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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策茨城県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司
2019年2月28日

1.はじめに

日本銀行の鈴木でございます。本日は、茨城県の金融・経済界を代表する皆様方にお集まり頂き、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より日本銀行水戸事務所の様々な業務運営に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日の懇談会では、まず私から経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてご説明させて頂いたうえで、茨城県経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地の実情に則したお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などを承りたく存じます。

2.最近の経済・物価情勢

海外経済の動向

まず、海外経済についてですが、足もとの製造業の業況感には国・地域間でばらつきがみられているものの、全体としては着実な成長が続いています。先行きについても、米中貿易摩擦など最近の様々な動きには注意を要しますが、内需が堅調な中で、総じてみれば着実な成長を続けると考えています。米国経済は、良好な雇用・所得環境などに支えられて、しっかりとした成長が続いています。先行きも、拡張的な財政政策に支えられ、景気は拡大を続けていくとみられます。欧州については、自動車の排ガス規制強化の影響などから生産の増勢が鈍化しており、経済成長率も足もと低下傾向にあります。輸出では持ち直しの動きがみられるほか、設備投資は増加基調にあり、景気自体は減速しつつも回復傾向が続いていると考えられますが、先行きには留意が必要です。中国経済は、総じて安定した成長を続けています。足もと、米国の対中輸入関税率引き上げに伴う駆け込み需要やその反動から輸出に振れがみられるほか、債務抑制政策の影響や、製造業の景況感の低下など気懸りな点もありますが、先行きも、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどるものとみています。その他の新興国・資源国経済については、輸出の増加や各国の景気刺激策の効果などから、全体として緩やかに回復しており、内需が堅調に推移するなか、先進国との貿易活動にも支えられ、先行きも緩やかな回復が続いていくと考えられます。

世界経済の先行きのリスク

本年1月にIMFが発表した世界経済の成長見通しでは、2019年および2020年の見通しが昨年10月時点よりも引き下げられましたが、水準としてはなおプラス3%台半ばの成長が続く見通しとなっています(図表1)。もっとも、昨年秋以降、米中間の貿易摩擦や欧州の政治情勢を巡る不透明感、中国における弱めの経済指標などを背景に投資家はリスク回避姿勢を強めており、昨年末から年明けにかけては株式市場や為替相場がやや不安定な動きをみせました。現時点では、実体経済のファンダメンタルズに大きな変化はないとみていますが、こうした市場の動揺をきっかけとして世界経済が変調をきたすリスクも含め、経済への下振れ方向の不確実性が高まりつつある点には留意が必要です。具体的には、米国の保護主義的な動きとそれに対する相手国の反応、英国のEU離脱交渉を巡る展開、昨年の秋から年末にかけて大きく下落した原油価格の動向、地政学的リスク、中国経済の減速などについて引き続き注視していく必要があります。また、米国では、低格付け企業向けのレバレッジド・ローンが米ドル建てで約1兆ドルまで増大してきています。こうしたローンには財務制限条項が付されることが一般的ですが、足もとは当該条項を緩めたコベナンツライト・ローンが増加しており、複数のレバレッジド・ローンを集めて証券化したローン担保証券(Collateralized Loan Obligation、CLO)の残高もこの5年間で大きく増えてきています。現時点ではレバレッジド・ローンのデフォルトは低水準にありますが、FRBが昨年11月に公表した初の「金融安定報告1」の中でもこうした状況が抱えるリスクについて指摘がなされており、今後の動向には注意が必要です。

  1. "Financial Stability Report," Board of Governors of the Federal Reserve System, November 2018.

国内経済の現状

次に、わが国の経済についてですが、わが国の景気は、需給ギャップが需要超過を維持し、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しています。昨年は、1~3月期の実質GDP成長率が天候要因等を背景に9四半期ぶりのマイナス成長となり、4~6月期に一旦持ち直したものの、7~9月期には自然災害による個人消費や輸出等に対する下押しもあり再びマイナス成長となりました。このように起伏がある中で、直近公表された10~12月期は、設備投資や個人消費、輸出の持ち直しによってプラス成長に復しています(図表2)。

日本銀行が1月に公表した「地域経済報告」、いわゆる「さくらレポート」では、地震や豪雨など自然災害の影響がみられていた北海道や中国地方での復旧・復興が進む中、全国9地域のうち関東甲信越を含む6地域で景気の総括判断を「拡大」としています(図表3)。関東甲信越では、設備投資が増加しているほか、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、個人消費も振れを伴いながらも緩やかに増加しています。とりわけ茨城県内では、新興国における鉄道や道路などのインフラ整備に伴い、メンテナンス用部品などの輸出が高水準で推移しているほか、深刻な人手不足を受けて、中小企業等では省力化投資を積極的に実施する先が増えており、政府のものづくり補助金等が活用されています。

景気の拡大基調が続く中で、労働需給は着実に引き締まってきています。失業率は2%台半ばの低水準にあり、有効求人倍率も高水準を維持しています(図表4)。日本銀行の短観の雇用人員判断DIでみた企業の人手不足感は、幅広い業種で引き続き高水準となっており、こうしたもとで、多くの業種においてAIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用等を含む省力化投資が積極的に進められています。この点、わが国の労働力人口をみますと、足もとこそ過去最高の水準にありますが(図表5)、人口全体の減少や少子高齢化の進展度合いなどを踏まえますと、いずれ労働力人口は減少に転じていくことが指摘されています2。こうした中で、AIやRPAの推進が足もとの一時的な人手不足への対応としてだけでなく、わが国全体の人口動態の中での将来的な労働力不足を補うためにも重要な施策であると考えられます。新しいテクノロジーの導入によって、より安価なコストで財やサービスを提供することが可能となれば、労働者一人あたりのアウトプットが増加し、企業収益や賃金にもプラスの方向で作用することが期待されます。一方、先行きこうした技術によって人間の作業の代替が急速に進めば、労働需要の低下に伴う賃金や雇用への影響や、人手が足りている業種と不足している業種との間の「人材のミスマッチ」が生じる惧れもあります。このため、テクノロジーの導入と合わせて、これを使いこなすための知識とスキルを持った人材の育成も重要です。言い換えれば、労働力と設備、そしてテクノロジーの3つをわが国に合ったかたちでうまく組み合わせていくことができれば、少子高齢化や労働力人口の減少という課題を乗り越え、わが国の潜在成長率や自然利子率の押し上げにも繋がると考えられます。

  1. 2わが国の労働力人口は、2020年に6,381万人、2030年に6,169万人と減少していくとの推計結果がある(国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2019)」)。

国内経済の先行き

先行きのわが国経済については、2020年度までの見通し期間を通じて、拡大基調が続くとみられます。2019年度は、上期において消費税率引き上げ前の駆け込み需要から個人消費が増勢を強めた後、下期はその反動減や実質所得の減少効果が下押し方向に作用すると考えられます。もっとも、2018年度に相次いだ自然災害に対する補正予算の執行や国土強靭化政策の推進などから、公共投資ははっきりと増加することが見込まれることに加え、海外経済の着実な成長を背景に輸出も増加基調を維持するとみられます。また、設備投資では、オリンピック関連投資の一巡等の影響もあり徐々に減速するとみられるものの、輸出に支えられた投資需要もあって、増加基調は維持されると考えられます。2020年度については、消費税率引き上げの影響から2019年度下期に落ち込むとみられる個人消費や住宅投資が徐々に回復に向かうことが予想されます。こうしたもとで、設備投資は資本ストックの蓄積に伴う調整圧力の高まりを背景に幾分減速する可能性がありますが、増加基調を続ける輸出やオリンピック開催に伴う支出等が景気を下支えするかたちで、景気の拡大基調は続くと考えられます。

具体的に、日本銀行が1月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値では、2018年度、2019年度はプラス0.9%、2020年度はプラス1.0%となっています(図表6)。なお、本年10月に予定されている消費税率引き上げについては、政府による各種施策が講じられることを踏まえると、個人消費は、これらの施策の効果や雇用者所得の増加、既往の株価上昇による資産効果などにも支えられ、基調としては緩やかな増加を続けることが見込まれます。

物価の現状

こうしたもとで、物価情勢についてみますと、生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、昨年2月にプラス1%まで上昇した後、若干減速しましたが、その後再び1%を回復し、足もとは0%台後半の水準で推移しています(図表7)。日本銀行では、「物価安定の目標」を「2%」と設定し、大規模な金融緩和を実施していますが、その目標に向けてはなお距離があります。

こうした物価の動向を分析するうえでのポイントについて、本日は「マクロの需給環境」、「ミクロの物価変動要因」、「企業・家計のマインド」の3つの視点からご説明します。

(1)マクロの需給環境

まず、「マクロの需給環境」という点に関して、日本銀行では、わが国経済の総需要が景気循環の影響を均した平均的な供給力からどの程度乖離しているかを示すマクロ的な需給ギャップを推計しています。こちらをみますと、労働需給の着実な引き締まりや資本稼働率の上昇を背景に、需給ギャップは2016年第4四半期以降、8四半期連続でプラスを維持しています(図表8)。つまり、マクロ的な需給という観点では経済は需要超過の状態が続いており、物価に対して押し上げ方向の力が作用していると考えられます。

(2)ミクロの物価変動要因

次に、「ミクロの物価変動要因」という観点で申し上げます。物価を表す指標として用いられている「消費者物価指数」は、様々な財・サービスの価格を集計し、一つの数字で表現したものですが、足もとでは、これまで物価の前年比を押し上げてきたエネルギー価格は、昨秋以降の原油価格の下落の影響を受けてそのプラス寄与が縮小してきているほか、携帯電話通信料について、先行き一層の価格低下が進む可能性もあります。また、企業間で取引される商品の物価を示す国内企業物価指数をみますと、原材料費や人件費の上昇を背景に2018年は平均して前年比プラス2.5%の上昇がみられており、企業間では2%を超える値上げが行われているものの、企業が消費者に対して提供している商品では、企業物価ほどには値上げが行われていないという状況が窺われます。もっとも、少しずつではありますが、足もとも家庭用小麦粉やアイスクリーム、ペットボトル飲料、冷凍・冷蔵食品等において値上げの動きがみられており、こうした取り組みの裾野が拡がっていけば、先行きの物価上昇に向けた足掛かりができていくものと考えています。

(3)企業・家計のマインド

3点目として、物価を「企業・家計のマインド」の面から考えてみます。様々な企業経営者の方のお話を伺っておりますと、値上げにより消費者が離れて他社にシェアを奪われることを懸念する声が多く聞かれます。これには、インターネット通販の普及等もあり競争環境が厳しさを増していることに加え、わが国では、長期にわたる低成長やデフレの経験などから、先行きも賃金や物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業・家計の双方に強く残っていることも影響しているとみられます。加えて、消費者の側では、「人生100年時代」と言われる中、先行きの人生設計を見据え貯蓄も考えなければならず、なかなか消費を増やせないといった心理もあると考えられます。こうした中で、家計や企業の中長期的な予想物価上昇率は、横ばい圏内での動きが続いています(図表9)。予想物価上昇率は、理論のうえでは過去(現実)の物価上昇率に基づく「適合的な期待形成」と、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことに伴う「フォワードルッキングな期待形成」の双方に影響されると考えられますが、足もとの企業や家計の予想物価上昇率の指標からは、現実の物価上昇率に引きずられている面が大きいことが窺われます。もっとも、これは「足もとの物価が少しずつ上がっていけば、それが将来の予想物価上昇率を押し上げ、現実の物価の押し上げにも繋がる」と解することもできます。まずは足もとの物価が上がることが先決ですが、それにより企業や家計の先行きの物価に対する見方も変わっていけば、そのことがさらに現実の物価上昇を加速させるということが考えられます。

最近では、消費者の側でも、自らの価値観に合う商品やサービス、エンターテインメントなどにはお金を積極的に使うといった「メリハリ消費」や「コト消費」と呼ばれる傾向が幅広い年代でみられるようになっています。こうした消費の対象がさらに拡大し、企業側でも消費者の動向を踏まえた価格設定を図ることができれば、値上げが徐々に受け入れられ易くなるのではないかと考えています。

物価の先行き

ただ今申し上げました「マクロの需給環境」、「ミクロの物価変動要因」、「企業・家計のマインド」という点を踏まえたうえで、消費者物価の先行きについては、マクロ的な需給ギャップがプラスを維持する中、企業の値上げに向けた取り組みの裾野が拡がり、企業・家計のマインドにも少しずつ変化が生じていくことで、物価上昇に向けた材料が次第に整っていくと考えられます。原油価格の動向等の影響による振れはあると考えられますが、「物価安定の目標」に向けたモメンタムは引き続き維持されており、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくとみています。具体的に、1月の展望レポートにおけるコアCPIの政策委員見通しの中央値では、2018年度にプラス0.8%、2019年度にはプラス1.1%、2020年度にはプラス1.5%となっています(図表6)。

今後、日本銀行が「物価安定の目標」を達成し、国民経済の健全な発展に資するためには、「物価だけが上がれば良い」というものではなく、物価の上昇に企業収益の増加や実質ベースの賃金の上昇が伴っていくことも重要です。日々、企業経営者の方々は、生産性・効率性の向上やコスト削減、高品質な商品・サービスの提供といった、様々な努力をされています。こうした努力の結果として、企業が生み出す製品やサービスの付加価値が高まり価格が上昇する、すなわち物価が緩やかに上昇する環境においては、企業収益も潤っていくことが考えられ、その場合には企業で働く労働者の賃金も増え、家計所得もまた潤うと考えられます。家計が潤うことで、人々がさらに企業の製品やサービスへの支出を増やすと考えられますので、企業収益が一層潤う、こうした好循環を先行き創り出していくことが肝要であると考えています。

3.金融政策運営

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」について

次に、金融政策についてお話しします。日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、現在、2%の「物価安定の目標」の実現に向けて、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を推進しています。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、長短金利操作、すなわちイールドカーブ・コントロールは、「物価安定の目標」に照らし最適と考えられる金利の期間構造の形成を促すものです。具体的に、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%に設定するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています(図表10)。

こうした「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入以降、長短金利の水準は日本銀行の金融市場調節方針と整合的な水準に維持されており、需給ギャップもプラスの水準を保っています。物価の面では、コアCPIは、2016年9月のマイナス0.5%からプラス0%台後半まで、この2年半で1%ポイント以上上昇しました。予想物価上昇率という観点でも、日本銀行が実施している「生活意識に関するアンケート調査」の結果をみますと、中長期的な予想物価上昇率の水準はなかなか上がらないものの「1年後」の物価が「上がる」と答えた個人の割合は足もと上昇してきており、人々の物価の見方に変化の兆しもみられ始めています(図表11)。コアCPIの水準自体は「物価安定の目標」に向けてなお途半ばの状況にありますが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和を息長く継続していくことが重要と考えています。

金融緩和の持久力

2013年4月の「量的・質的金融緩和」の導入から、丸6年が経過しようとしています。先ほど申し上げたとおり、大きな流れとしては企業の値上げに向けた取り組みや企業・家計のマインドの変化が少しずつ進展していくと考えられますが、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスや家計の値上げに対する慎重な見方はなお根強く、先行きも長期間にわたり消費者物価上昇率の高まりが抑制される可能性があることにも留意が必要です。こうしたことを踏まえると、今後の金融政策運営においては、「持久力」が必要となってくると考えられます。

では、金融政策の「持久力」を高めるためには、何が重要でしょうか。この点についての私自身の考えを申し上げますと、「走り続けるという意志」、「柔軟性」、そして「ランニングエコノミー」の3点であると考えています。

(1)走り続けるという意志

まず、「走り続けるという意志」という観点では、日本銀行の先行きの政策運営スタンスを明確にし、政策への信認の確保・維持を図るということです。日本銀行では、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスを示し、「物価安定の目標」の実現に対するコミットメントの強化を図っています(図表12)。

(2)柔軟性

2点目に、陸上選手がストレッチ運動で体の柔軟性を保ち、怪我を防止しているように、金融政策運営においても、適度の「柔軟性」を持たせることが重要と考えられます。日本銀行では、昨年7月、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みの持続性を高めるため、10年物国債金利の操作目標を引き続きゼロ%程度としつつ、「経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうる」こととしました(図表12)。これは、イールドカーブ・コントロールの導入後、結果的に金利形成が幾分硬直的となっていたことを踏まえ、弾力的な国債買入れの実施によって市場機能への影響にもより配慮したものです。ただし、現時点で金利水準を引き上げていくことを想定しているわけではありませんので、金利が急速に上昇する場合には迅速かつ適切に国債買入れを実施することとしています。加えて、保有残高がそれぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行っているETF(指数連動型上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資法人投資口)についても、リスクプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から「市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうる」こととし、政策の柔軟性・持続性の向上を図っています。

(3)ランニングエコノミー

3点目として、「ランニングエコノミー」の観点が挙げられます。これは、長距離走においていかに効率良くエネルギーを使うか、すなわち「燃費」の概念ですが、金融政策についても、効果とコスト、副作用の比較衡量を図りつつ、そのパフォーマンスをできるだけ高い状態で維持し続けることが重要です。イールドカーブ・コントロールの枠組みにも、既に積み上げてきた日本銀行の保有国債残高のストックによる金利押し下げ効果の大きさを活用することで、きわめて低い長短金利の水準を効率良く実現し、そのことを通じて経済を刺激していくという側面があります。この点、よりミクロな国債市場の構造に着目しますと、現状、10年物新発国債は、発行後およそ半年でそのかなりの部分が市場からはなくなり、日本銀行へ持ち込まれている状況であり、市中に残存する国債残高は減少傾向が続いています。こうした中で、金融機関では資金調達などの目的で、日本銀行に差し入れているオペの担保のほか、デリバティブ契約上の担保、外貨調達のための担保、円レポ取引における担保など様々な用途で、低金利環境下でも一定量の国債を保有するニーズがあります。今後も市中に残存する国債残高が減少を続ければ、金融機関によっては保有国債残高が徐々に必要最低限の水準まで近付いていくことが予想されます。このような国債に対する金融機関の需要などを丁寧にモニタリングしつつ、状況に応じて、各回の国債買入れオペの金額についても適切な調整を図ることが重要と考えられます。

金融機関の持久力

このように、日本銀行が金融政策の「持久力」を高めていくことが重要であると同時に、金融政策の効果は、主として金融機関を通じて経済全体へと波及していくことにも目を向けていく必要があります。そうした意味では、先行きも金融機関が金融仲介機能を十分に発揮できるよう、金融機関の「持久力」についても肌理細かくモニタリングをしていくことが重要です。

金融機関では、足もとの低金利環境に加え、地域における人口や企業の減少などを背景に収益へのプレッシャーが高まっており、有価証券の益出しや与信費用の戻入によって収益を下支えしてきています。もっとも、金融機関の基礎的収益力をみますと、緩和的な金融環境が続くもとで、金融機関の新規貸出約定平均金利はきわめて低水準となっており、当該金利から経費率を控除した数値をみますと、例えば地域銀行では足もと10bps程度となっていますが、これは過去20年間の平均信用コスト率を大きく下回っています。また、地域銀行や信用金庫では、都銀等を上回る貸出の伸びを示しており、相対的にリスクの高いミドルリスク企業向けの貸出や不動産賃貸業向け貸出等もみられます。今後、仮に景気後退局面となった場合、こうした先の経営悪化が信用コストとして顕現化する惧れがあるほか、貸出先企業のデフォルト率が上昇すれば貸出ポートフォリオ全体として貸倒引当金の積み増しが必要となり、金融機関における加速度的な収益悪化の要因となり得る点に注意が必要です。

この点、少なくとも現状においては、わが国の金融機関は全体として資本、流動性の両面で強いストレス耐性を備えており、金融システムの安定性も維持されているものとみていますが、地域金融機関も含めた金融機関のリスクテイク姿勢や経営の動向については、金融システムや金融仲介機能への影響という観点から引き続き注視していきたいと考えています。今後も、現状の金融緩和政策を息長く続けていくもとで、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行うとともに、「物価安定の目標」に向けたモメンタムをしっかりと維持すべく、適切な政策運営に努めて参りたいと考えています。

4.おわりに ―― 茨城県経済について ――

最後に、茨城県の経済についてお話ししたいと思います。

当地は、奈良時代に編纂された「常陸国風土記」において、「土地が広く、海山の産物も多く、人々は豊かに暮らし、まるで常世の国(理想郷)のようだ」と述べられているとおり、農業産出額、水産物の海面漁獲量はともに全国屈指であり、メロンやピーマン、白菜など数多くの農産物で全国1位の産出量を誇っています。加えて、東海地区には大強度陽子加速器施設「J-PARC」をはじめとする研究機関・施設が集積し、国の国際戦略総合特区であるつくば地区では次世代がん治療法やバイオマスエネルギー等の最先端分野の研究が行われています。日立地区における高度なものづくり産業、鹿島地区での鉄鋼・石油・化学等の素材産業もあります。こうしたもとで、昨年12月の短観では、全産業の業況判断DIは+12と良好な水準にあり、非製造業が全国平均を下回っているものの、製造業は全国平均を上回る好調さをここ数年維持しています。

このような当地の産業を支えているのは、広域交通ネットワークです。南北の常磐自動車道、東西の北関東自動車道に加え、大動脈である首都圏中央連絡自動車道では2024年までに全線4車線化される見通しとなっています。上野東京ラインやつくばエクスプレスによる鉄道での都内への乗り入れも可能であり、海路では茨城港・鹿島港、空路では茨城空港が玄関口となり、国内外へのアクセスも可能です。また、こうした交通ネットワークを活かし、本年6月にG20サミットに合わせて貿易・デジタル経済大臣会合が当地で開かれるほか、9月から10月には45年ぶりの国体となる「いきいき茨城ゆめ国体2019」、本県初の全国障害者スポーツ大会である「いきいき茨城ゆめ大会2019」が開催され、2020年の東京オリンピックでも当県の会場が使用される予定です。

世界的・全国的なイベントの開催も見据えつつ、県の特性をさらに成長・発展させる観点から、県では昨年11月に「茨城県総合計画~『新しい茨城』への挑戦~」を策定されています。同計画では、今後の重点施策として、企業誘致や農業の活性化、地域医療・福祉の一層の充実、戦略的なトータルブランドの形成などを掲げており、中小企業の競争力強化や農林水産業の成長性の維持・強化、地域による医療格差の是正、災害対応力の強化などの課題に対し、様々な取り組みの推進が図られています。

この茨城には、水戸藩第九代藩主・徳川斉昭公が築いた弘道館と偕楽園があります。文武両道を旨とする藩校・弘道館と、日本三名園の一つであり領民の憩いの場として造られた偕楽園は、斉昭公の「一張一弛(いっちょういっし)」の精神を体現したものと言われています。こうしためりはりのつけ方は、今日の企業経営や組織運営にも通ずるところがあるように思います。そして、弘道館での学びには「卒業」という言葉が無いように、金融政策運営においても、新たな考え方や情報を採り入れつつ、絶えず洗練を重ねていくことが大切であると考えております。

今後も、皆様の幅広い取り組みが奏効し、茨城県経済が一層の発展を遂げられていくことを祈念いたします。ご清聴ありがとうございました。