【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策三重県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子
2019年9月25日
I.はじめに
本日は、三重県の行政および金融・経済界を代表される皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行名古屋支店の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして御礼申し上げます。
金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させて頂く機会として開催しております。
本日は、まず、私から、わが国の経済・物価情勢や日本銀行の金融政策などについてご説明させて頂き、その後、皆様から当地の実情に即したお話やご意見などを承りたく存じます。
II.経済・物価情勢
日本銀行は、7月末の政策委員会・金融政策決定会合において、「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」を取りまとめ、2021年度までの経済・物価見通しを公表しました。
以下、経済・物価情勢については、「展望レポート」の内容に沿って、お話したいと思います。
1.海外経済の動向
はじめに、海外経済の動向ですが、現状について、総じてみれば緩やかに成長しているものの、減速の動きが続いていると判断しています。
良好な雇用・所得環境などを背景に、個人消費は総じて堅調に推移しています。とはいえ、貿易摩擦の影響は、端的に世界貿易量の伸びの鈍化として顕在化してきており、ITサイクルの調整とも相俟って、製造業を中心に企業マインドの悪化や投資意欲の減退につながっている様子が確認できます。例えば、グローバル製造業PMIは、本年5月から4カ月連続で節目の50を割り込んでいますし、米国でも、本年8月のISM製造業指数が2016年8月以来、約3年振りに50を割り込んでいます。海外の中央銀行や国際機関でも、こうした状況に対する懸念が共有されていると思います。本年6月のG20大阪首脳宣言では、「(世界経済の)成長は低位であり続けており、リスクは依然として下方に傾いている」と評価されています。また、IMFが7月に公表した世界経済見通しをみると、世界経済の成長率は、2019年に3.2%に減速した後、2020年に過去平均並みの3.5%に復する姿となっていますが、前回4月の見通しからは下方修正されており、これで下方修正は4回連続となります。さらに、今回の見通しは、貿易政策を巡る意見対立が解決に向かうことを前提としており、IMF自身、「この予測は心許ない」としています(図表1~2)。
主要地域別にみると、米国では、堅調な雇用と所得の伸びを背景に、家計部門が成長を支える姿が続いています。他方、欧州では、フランスなど消費が成長を支えている国はあるものの、全体として政治を巡る不透明さなどから投資を手控える動きがみられるほか、ドイツを中心に製造業の景況感に底入れの兆しがみられません。とくにドイツについては、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)は、本年7~9月期の経済成長率が、4~6月期に続いて2四半期連続のマイナス成長となる可能性があるとしています。中国では、概ね安定した成長が続いていますが、7月の工業生産の伸びが約10年半振りの低水準となり、8月はそれがさらに減速するなど、製造業部門では弱めの動きが出ています。また、NIEs・ASEANなどの新興国・資源国でも、IT関連財の調整などの影響がみられています。
先行きについては、当面は減速の動きが続くものの、その後は、各国の景気刺激策の効果発現や、IT関連財や資本財を中心に弱めの動きがみられる製造業部門の持ち直しなどにより幾分成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくと予想しています。とはいえ、英国のEU離脱期限が迫っている中で、その帰趨次第では国際金融市場の急変が懸念されますし、米中を中心とした貿易問題が慢性化しつつある中で、製造業を中心とした企業活動の下振れリスクは依然として大きいとみています。こうしたことから、海外経済が持ち直す時期やペースについては、私自身、慎重にみています。
2.わが国の経済情勢
(1)現状
次に、国内の経済情勢についてお話します。
わが国の景気については、「輸出・生産や企業マインド面に海外経済の減速の影響がみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」と判断しています。すなわち、全体としての基調判断は、前回4月の展望レポート時から据え置きましたが、海外経済の減速は、従来の輸出・生産面に加え、一部企業マインド面、あるいは、製造業における機械投資等にも影響しているとみています。もっとも、設備投資などの国内需要は非製造業を中心に堅調さを維持しているほか、個人消費も振れを伴いつつも緩やかに増加していますので、マクロの需給ギャップはプラスを維持しているほか、先月公表された4~6月期の実質GDP成長率は、前期比年率+1.3%と、3四半期連続のプラス成長となっています。
主要支出項目別にみると、企業収益が依然として総じて高めの水準を維持しているもとで、設備投資は、能力増強投資や人手不足に対応するための省力化投資、成長分野への研究・開発投資などを中心に増加基調が維持されています。とくに、非製造業では、eコマースの拡大を受けた物流施設の建設やインバウンド需要向け宿泊施設の建設などが増加しています。他方、本年4~6月期の法人企業統計をみると、製造業の設備投資は、貿易問題の影響などから前年同期比-6.9%減と、2年振りに前年を下回っています。個人消費は、引き締まった労働需給や所得環境の改善が続くもとで、天候要因による振れを伴いつつも、緩やかな増加基調を維持しています。輸出は、海外経済の減速の動きなどを受けて、弱めの動きが続いており、鉱工業生産は、こうした状況を映じて輸出関連財を中心に弱めの動きがみられる中で、全体としては横ばい圏内の動きとなっています。こうした中、企業の業況感は、製造業を中心にやや弱含んだ状態が続いています(図表3~6)。
(2)先行きの中心的な見通し
先行きについては、2021年度までの見通し期間中、景気面では「拡大基調が続く」とみています。2019年度は、当面、海外経済の減速から輸出が弱めの動きを続けるほか、設備投資も、製造業を中心に、幾分減速すると見込んでいます。その後は、海外経済の成長率が次第に高まっていくのに伴って、輸出は緩やかな増加基調に復していくと見込んでいます。また、設備投資も、省力化投資等の増加から、幾分伸び率を高めるとみています。個人消費は、消費税率引き上げの影響から、いったん下押しされる局面もあると考えていますが、雇用・所得環境の改善が続くもとで、増加を続けるとみています。公共投資も、オリンピック関連需要や国土強靭化等の支出拡大から増加が見込まれます。2020年度は、海外経済の成長率が高まるもとで、輸出の増勢が強まっていくほか、オリンピック開催に伴う政府支出が景気を下支えすると見込んでいます。また、設備投資は、緩やかな増加基調を維持するほか、個人消費や住宅投資は、消費税率引き上げ後の落ち込みから徐々に回復に向かうとみています。2021年度は、オリンピック関連の支出増加が剥落する一方、消費増税後の反動減の影響がなくなるため、個人消費や住宅投資が増加すると見込んでいます。また、輸出や設備投資も、緩やかな増加基調を維持するとみています。これを展望レポートにおける政策委員見通しの中央値で表しますと、2019年度の実質GDPの成長率は+0.7%、2020年度は+0.9%、2021年度は+1.1%となります(図表7)。
(3)中心的な見通しの不確実性
こうした中心的な見通しについては、様々な不確実性が存在しますが、中でも、現在、私が気にとめている点を2点申し上げます。
1点目は、外需の底入れ時期が後ずれするリスクです。私自身、昨年の後半以降、海外経済を中心にリスクは下方に厚くなっていると評価してきましたが、保護主義的な動きの強まりを始めとする政治的な要因により、足もと、下振れリスクはさらに増大しているとみています。これが、金融市場の急変や貿易を起点とした投資意欲の減退といった様々な経路を通じて、外需が底入れする時期に影響を及ぼしうるため、懸念しています。
2点目は、この10月から実施される消費税率引き上げの影響です。今回の増税は、2014年4月の前回増税時と比べると、税率の引き上げ幅が小さいほか、軽減税率やキャッシュレス決済利用時のポイント還元、価格転嫁の柔軟化などの対応を政府が行うこともあって、その下押し効果は小幅なものにとどまるというのが中心的な見方となっています。とはいえ、足もとの地政学的リスクの一層の高まりとも相俟って、先行きの消費に与える影響など、注視しています。
本年10月の「展望レポート」では、こうした点を含め、慎重に状況を見極めていきたいと思っています。
3.物価情勢
(1)現状
続いて、わが国の物価についてお話します。
消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格の下落の影響が出始め、足もとでは0%台半ばとなっており、幾分上昇に一服感がみられます。もっとも、肌感覚ではじわりと物価が上昇してきているように感じています。これは、購買頻度の高い食料品において値上げの動きがみられていることが影響していると考えています。実際、消費者物価では、食料工業品の幅広い品目で春先より前年比のプラス幅が拡大しているほか、ともにスーパー等のPOSデータを利用して算出している一橋大学の消費者購買単価指数や日経CPINowのT指数も高めの伸びを維持しています(図表8)。
日本銀行が2016年9月に実施した「『量的・質的金融緩和』導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」では、わが国は、他の国に比して、適合的な期待形成の要素が強い、つまり過去の物価上昇率に引きずられやすい傾向があると指摘していますが、その後の研究でも同様のことが確認されています1。これは、換言すれば、ガートラー(2017)2が、インフレ率が目標水準にアンカーされた歴史に乏しい経済では、「信じるためには、実際に目にしてみないといけない」と指摘しているように、物価上昇に向けた実績が積み重なっていくことが大切だということです3。こうした観点からみると、足もとみられ始めているいくつかの変化の兆しは、ポジティブなステップを踏みつつある中で生じているものと受け止めています。
実際、消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比は、先ほど申し上げた消費者物価指数(除く生鮮食品)の動きとは対照的に、本年度入り後、0%台半ばの水準で横ばいが続いています(前掲図表8)。また、企業の値上げがこのところ幅広い商品に拡がりをみせつつあることや、消費者物価指数の刈込平均値(大きな相対価格変動を除去した値)などの他のデータをみても、僅かながらではありますが、変化の兆しがみられるようになっていると思います。予想物価上昇率に目を移しますと、生活意識に関するアンケート調査をもとに日本銀行スタッフが推計したところ、今後5年間の予想物価上昇率は、2013年以来となる1%超まで上昇しています(図表9)。
また、適合的な期待形成の要素が強いということは、別の言い方をすれば、賃金や物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が根強く残っているということにもなります。この点、上昇幅としては控えめではありますが、6年連続のベア実現や26四半期に亘る名目雇用者所得の前年同期比増加を通じて、家計も経験を積み重ねつつあるのではないかと思っています。実際、日本銀行のスタッフが試算した家計の値上げ許容度も改善基調にあり、こうした点からも変化の兆しが表れていると感じています(図表10)。
このように、私自身は、「物価安定の目標」2%の実現にはなお距離はあるものの、それに向けたモメンタムが再び強まる兆しがみられると感じています。言い換えれば、企業や家計の価格上昇に対する耐性の向上や、予想物価上昇率の一層の上昇にも繋がり得る重要な局面に近付きつつあると感じており、この流れを大切に育てていくことが極めて重要と捉えています。
- 例えば、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ 19-J-2「日本のインフレ予想カーブの推計」。
- 「フォワード・ガイダンスの有効性の再検討:日本からの教訓」(マーク・ガートラー、金融研究2017年10月)
- 日本銀行ワーキングペーパーシリーズ 19-E-13 "The Formation of Consumer Inflation Expectations: New Evidence From Japan's Deflation Experience"では、実証分析に基づき、過去のインフレの経験が将来の予想物価上昇率に影響しているとの結論を導いている。
(2)先行きの中心的な見通し
先行き、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや、中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えています。7月の展望レポートにおける消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、政策委員見通しの中央値は、2019年度+1.0%、2020年度+1.3%、2021年度+1.6%と予想しています(前掲図表7)。
(3)物価のリスク要因
物価に固有のリスク要因としては、(1)企業や家計の中長期的な予想物価上昇率の動向、(2)マクロ的な需給ギャップに対する価格の感応度が低い品目があること、(3)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向といったものが挙げられます。私としては、足もと、海外経済を巡る下振れリスクが大きい中で、国際金融市場が急変した場合に、(3)の経路を通じて物価に対してネガティブな影響を与えることを懸念しています。
III.日本銀行の金融政策
次に、日本銀行の金融政策についてお話します。
1.現在の金融政策の枠組み
日本銀行は、現在、消費者物価の前年比上昇率2%を「物価安定の目標」と定め、これをできるだけ早期に実現することを目指して金融政策を運営しています。具体的には、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みのもとで、きわめて緩和的な金融環境を維持することにより、企業や家計の経済活動をサポートしています。
この枠組みは、主に、「イールドカーブ・コントロール」、「リスク資産の買入れ」、「オーバーシュート型コミットメント」、「政策金利のフォワードガイダンス」という4つの要素から成り立っています。1つめの「イールドカーブ・コントロール」は、長短金利を低位に安定させることを目的に、短期の政策金利を「-0.1%」、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする金融市場調節方針を定め、これを実現するように国債の買入れを行う政策です。2つめの「リスク資産の買入れ」は、リスク・プレミアムの縮小を促す観点から、ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行うものです。3つめの「オーバーシュート型コミットメント」は、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベース、すなわち日本銀行が直接供給するお金の総量を拡大し続けることを約束するものです。4つめの「政策金利のフォワードガイダンス」は、「海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」との方針を示すものです(図表11)。
2.強力な金融緩和を息長く続けていくために
日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、強力な金融緩和を継続してまいりました。もっとも、2%の「物価安定の目標」の実現にはなお時間がかかりそうであることが次第に明らかになってくる中で、昨年7月、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みを強化する措置を決定しました。具体的には、(1)政策金利のフォワードガイダンスを導入して、「物価安定の目標」の実現に対するコミットメントを強めたほか、(2)金融市場調節や資産の買入れをより弾力的に運営していくことで、強力な金融緩和の持続性を強化しました。(2)について若干敷衍しますと、長期金利について、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるとしたほか、長期国債の買入れについて、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施することにしました。また、ETFやJ-REITの買入れについても、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円という保有残高の増加ペースを維持しつつ、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて買入れ額は上下に変動しうるとしました。このように、金融政策の枠組みに一定の弾力性を持たせることにより、金融市場等の動向にある程度柔軟に対応できるようにしました。
さらに、本年4月には、強力な金融緩和を粘り強く続けていく政策運営方針をより明確にしました。具体的には、(1)政策金利のフォワードガイダンスについて、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する判断要素として「海外経済の動向」を加えたほか、「当分の間」の目安となる期間を「少なくとも2020年春頃まで」と明示しました。また、(2)円滑な資金供給・資産買入れの実施と市場機能の確保に資する観点から、(i)日本銀行適格担保の拡充、(ii)成長基盤強化支援資金供給の利便性向上、(iii)国債補完供給(SLF)の利用要件の緩和、(iv)ETF貸付制度の導入の検討、という4つの措置を講じることにしました。
日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みのもと、その時々で必要と考えられる施策を検討し、枠組みの強化に努めつつ、強力な金融緩和を持続可能な形で息長く続けてまいります。
3.足もとの不確実性への対応
このところ、国際金融市場では、政治的な色彩が極めて強い要因により、悲観と楽観が目まぐるしく入れ替わる中で、全体としてリスク回避的な状況が続いているとみていますし、その様相は強まっているように感じます。実際、ドイツでは、翌日物から30年債までのすべての金利がマイナスとなる場面もみられたほか、スイスでは、50年債までがマイナス圏となりました。米国でも、10年債の利回りが金融危機後の最低に迫る水準まで低下しており、市場ではインプリケーションについて様々な受け止め方があるようですが、8月中旬以降、2年債の利回りよりも10年債の利回りの方が低くなる「逆イールド」が生じる場面もみられています。この間、FRBやECBを始めとする主要国の中央銀行では、世界経済を巡る不確実性が自国・地域の経済・物価情勢に影響するのを未然に防ぐ観点から、政策スタンスを緩和方向へと修正しています。この点、日本銀行としても、海外経済を巡るリスクをしっかり点検し、それが国内の経済・物価動向にどのような影響を与えるかを慎重に見極めることが肝要であると考えています。そのうえで、必要があれば追加の政策対応を行うこともあり得るというのは、他の中央銀行と同様です。
こうした日本銀行の考え方を明確にするために、本年7月の金融政策決定会合の公表文では、「先行き『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」との方針を明示しました。また、先週の金融政策決定会合の公表文でも、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあるとの判断のもと、こうした情勢にあることを念頭に置きながら、10月の展望レポートを作成する次回の金融政策決定会合において、経済・物価動向を改めて点検していく旨の文言を追加しました。
中央銀行が対峙している現実の経済は非常に複雑で、しかも時間の経過とともにダイナミックに変化しています。この点、昨年のジャクソンホール・シンポジウム4では、近年、デジタル・イノベーションや無形資産(ソフトウェア、知的財産、ブランド力など)の増加といった様々な構造変化が生じている中で、こうした変化が金融政策に与えるインプリケーションについて議論が行われました。また、今年のジャクソンホール・シンポジウムでは、パウエルFRB議長が、足もとの不確実性を新たな金融政策運営上の課題として提示しました5。実際、足もとの保護主義的な動きの強まりが、状況をさらに複雑化する要因の一つになっていると思います。
こうした大きな環境変化や重視すべきリスクを十分注視しつつ、政策の効果と考え得る副作用について、あらゆる角度から検討し、「物価安定の目標」の実現に向けて、今後とも適切な金融政策運営を行っていこうと考えています。
- 4毎年8月、米国カンザスシティ連邦準備銀行が主催してワイオミング州ジャクソンホールで開催される経済シンポジウム。世界各国の中央銀行関係者や著名な経済学者等が出席し、世界経済や金融政策といったテーマについて議論している。
- 5Jerome H. Powell, "Challenges for Monetary Policy," speech at the "Challenges for Monetary Policy" symposium, sponsored by the Federal Reserve Bank of Kansas City, Jackson Hole, Wyoming, August 23, 2019
IV.おわりに ―― 三重県経済について ――
最後に、三重県経済についてお話させていただきます。
三重県は、平成の30年間で大きな躍進を遂げた地域の一つだったと言えるかと思います。名古屋にも大阪にもアクセスしやすいという立地の良さを活かして、商業・工業・農林水産業が従来からバランス良く発展してきましたが、2000年代以降、これに電子産業が加わったことで、三重県経済の生産性は飛躍的に向上しました。高い生産性を背景に良好な雇用・所得環境が実現しており、三重県の1人当たり県民所得は全国3位とトップクラスです。本年入り後、全国で輸出・生産に弱めの動きがみられるなかでも、東海経済が拡大を続けているのは、近隣の愛知県や岐阜県とともに、三重県が生産性向上に不断に取り組んでこられた成果だと受け止めています。
そして、新しい令和の時代においても、三重県経済が持続的に発展していくために、現在、県内では、政府が進める「Society5.0」(超スマート社会)の到来も見据えながら、概ね10年後の2030年に目指すべき産業の姿や産業政策の方向性を示した「みえ産業振興ビジョン」に沿って、様々な取り組みが進められていると伺っています。ここではそのすべてに言及することはできませんが、以下では、私なりに金融、物流、商流ごとに整理して、若干の所見を述べたいと思います。
まず、金融の面では、地域銀行と信用金庫のそれぞれで統合・再編が進んでいます。金融機関の統廃合は、地元の理解を得るのが難しいケースも少なくありませんが、当地の統合は、「地元経済にとって有意義」と好意的に受け止められていると伺っています。経営者の高齢化が進む中小企業の後継者問題への対応や、県が進めるコンパクトな街づくり、防災・減災対策には、地域密着型の金融支援が欠かせません。今後も、地元の金融機関を含む官民が一体となって、地域を支えていかれることを期待しています。
物流の面では、今年3月に、新名神高速道路や東海環状自動車道の一部区間が開通するなど、物流インフラの整備が進められています。これにより、移動時間の大幅な短縮や観光の活性化につながるほか、沿線に物流施設が建設されることで、物流の一層の効率化も期待されます。さらに、先行きは、リニア中央新幹線の延伸が予定されています。中部・関東・関西がリニアで一つに結ばれれば、単純計算では英国やフランスを上回る巨大な経済圏(スーパー・メガリージョン)が誕生します。これだけの経済圏で7千万人規模の人の移動が活発化すれば、世界中からヒト、モノ、カネ、情報が集まりやすくなり、各都市間の経済、産業、文化の融合による新たなイノベーションの創出が期待できます。
商流の面では、地元産品のブランド化や、中部・北陸9県を龍に見立てた「昇龍道プロジェクト」による県内の観光プロモーションを通じて、三重県の認知度を着実に高めていらっしゃいます。実際、日本銀行本店にもほど近い、東京日本橋に出店された県のアンテナショップ「三重テラス」は、連日賑わいをみせています。2016年5月に開催された伊勢志摩サミットでは、海も山もある三重県の豊富な食材を用いた「みえの食」でG7各国首脳をおもてなしされましたが、最近では、地域商社による国内外への販路の拡大が、真珠、松阪牛、伊勢エビなどの「三重ブランド」に新たな付加価値をもたらしているとも伺っています。
最後になりますが、三重県では、「女性の大活躍推進三重会議」を立ち上げ、働く女性のロールモデルを紹介するといった取組みを積極的に進めておられると伺いました。日本銀行が2017年6月に公表した地域経済報告(通称:さくらレポート)別冊6では、女性の活躍推進に向けた企業等の取組みを紹介しましたが、女性が働きやすい環境を整備することは、女性の労働参加を促したり、女性一人ひとりが生み出す付加価値を高めていくのを後押しするだけでなく、企業の競争力向上にも繋がっていくとしています。同様に、三重県の女性活躍に向けた取組みは、県内経済・地域の活力をより一層高めていくことに資すると思います。
三重県経済が、今後も、官民一体となったこうした取組みが奏功して、ますます発展されていくことを心より祈念いたします。日本銀行としましても、皆さまの取組みを今後もしっかりサポートさせていただくことをお約束して、私からのご挨拶とさせていただきます。
ご清聴ありがとうございました。