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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策滋賀県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 片岡 剛士
2020年2月27日

1.はじめに

日本銀行の片岡でございます。この度は滋賀県の行政および金融・経済界を代表する皆様と懇談をさせていただく貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から日本銀行京都支店の業務運営に対し、ご支援、ご協力を頂いておりますことを、この場をお借りして改めて厚く御礼申し上げます。

本日は、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営につきまして、私の考え方を交えつつお話しします。その後、皆様から、当地経済に関するお話や、日本銀行の業務や金融政策に対する率直なご意見をお聞かせいただければと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

2.経済・物価情勢

(1)海外経済の動向

初めに、海外経済の動向についてお話しします。世界経済の成長ペースは、2018年の後半から弱まり、2019年も製造業を中心に成長の鈍化が続きました。図表1はIMFの世界経済見通しを示していますが、2019年に2.9%まで減速した後、2020年以降は3%台半ばの成長率まで徐々に回復していくことが見込まれています。ただし、図表の右側にあるとおり、見通しはこれまで下方修正されてきており、回復の時期やペースについては一定の留意が必要であると考えています。また、図表2は世界の購買担当者景気指数(PMI)を示しています。製造業は、改善・悪化の分水嶺である50を下回った状況から脱したものの改善の度合いは非常に緩やかであり、サービス業は今年に入り幾分改善しているものの、均してみると緩やかな低下基調にあるなど、底打ちの兆しはありますが全体として力強さは感じられません。製造業部門の先行きに影響する半導体市場の動向を確認しますと、世界半導体出荷額は、図表3左図のとおり、昨年末に前年比がプラスに転化しています。右図にある昨年11月時点の半導体市場見通しでも、2020年には、前年の落ち込み度合いに対しては弱めであるものの、回復が見込まれています。このようにITサイクルが好転してきたことは、米中貿易交渉の第一弾合意や英国のEU離脱が成立するといった不透明要因の一部が剥落する動きとあわせて、先行き改善方向の期待をもたせる要因です。もっとも、その後、中東情勢の悪化や新型コロナウイルスの感染拡大といった新たなリスクも生じています。これらが、どの程度持続するか、全体として内外経済にどの程度の影響を与えるかは不確実性が高く、海外経済の回復の時期や強度については、引き続き予断を持つことなく慎重に判断する必要があります。

主要国・地域別にみますと、米国経済は、製造業の生産や設備投資で弱めの動きが続いていますが、消費は堅調さを保っており、住宅投資は金融緩和の効果もあって増加しています。欧州では、雇用や賃金の増加基調は維持されているものの、ドイツを中心に製造業の回復が遅れる中で、それらの増加ペースは若干ながら鈍っています。また、英国経済は、EU離脱後の諸外国との貿易関係を巡る不透明感もあって弱含んでいます。中国経済は、昨年末に、内需関連指標が持ち直し、輸出も減少から増加に転じるなど、底打ち感もみられますが、先行きは新型コロナウイルスの感染拡大が及ぼす下押しの影響に注意する必要があります1。その他主要地域の経済は、全体として緩やかな回復が進むとみられますが、インドや香港の停滞は長引く可能性があり、今後も留意が必要です。

  1. 新型コロナウイルスの感染拡大が中国経済に与える影響としては、人の移動等が制限されることによる(1)サービス需要減少、(2)生産・投資・輸出の減少、(3)雇用減少、(4)金融環境の悪化などが考えられます。中国経済の悪化が日本経済に及ぼす影響については、中国向け輸出の減少やサプライチェーンを通じた影響、中国からの訪日客数減少を通じたインバウンド消費の減少が懸念されます。

(2)わが国の経済情勢

続いて日本経済についてみていきたいと存じます。まず足もとの景気動向についてです。図表4では、景気先行指数、景気一致指数、景気ウォッチャー調査による景気の現状水準判断DIの推移を示しています。まず、現状水準判断DIですが、50を下回ると、景気が悪い、やや悪いと回答した人が多いことを示しています。2018年を通して50を下回っていましたが、2019年以降は消費税率引き上げ前後で上下しつつ40を下回る水準まで低下しています。次に、景気一致指数は、足もとの景気変化の方向やテンポをみたものですが、こちらも2018年以降、低下しています。内閣府が、景気一致指数から機械的に決める基調判断は、2019年8月以降、5か月連続で景気後退の可能性が高いことを示す「悪化」となっています。景気先行指数は下げ止まりつつあるものの、持ち直しの勢いは鈍い状況です2

次に、実質GDP成長率から日本経済の動向を確認します。図表5左図では、実質GDP成長率の推移を示しています。2019年10~12月期の実質GDPは、前期比年率マイナス6.3%と、2014年4~6月期以来の大幅なマイナス成長となりました。消費税率引き上げや自然災害の影響から、民間消費、住宅投資、民間設備投資といった内需が下落するとともに、輸出も低調な海外経済動向を反映して減少を続けました。右図では、実質GDP成長率と需要項目別の寄与度について、前回、消費税率が5%から8%に引き上げられた2014年4~6月期と比較しています。今回の消費の落ち込みは、税率引き上げ幅が小幅であり一部品目に対する軽減税率の適用もあって、前回対比では小幅となりました3。また、公的需要は増加したものの、民間設備投資は前回を超える大幅な落ち込みとなり、輸出も今回は下押しに作用しました。

日本経済の先行きですが、図表6で、本年1月の展望レポートにおける政策委員の経済見通しの中央値をみますと、実質GDPは2019年度+0.8%、2020年度+0.9%、2021年度+1.1%の成長率となっています。日本銀行の中心的な見通しでは、2020年以降、海外経済が総じてみると緩やかに成長していくもとで、わが国の民間消費、設備投資、輸出が、一時的に落ち込むことはあっても、均してみると堅調に推移することを見込んでいます。

もっとも、展望レポートで示していますように、こうした見通しに対するリスクは下方に厚く、私自身としても、先行きの景気についてより慎重に点検していく必要があるとみています。まず、民間消費ですが、図表7では、今回の消費税率引き上げ(昨年10月)前後の消費動向を、消費活動指数を用いて前回(2014年4月)と比較しています。消費税率引き上げの8か月前から3か月前までの消費の拡大テンポは、今回の方が緩やかであったことがわかります。しかし、今回の税率引き上げ直前1か月の消費は、前回に比肩する盛り上がりであったほか、その後の落ち込みは、自然災害の影響も加わって4、前回と同程度となっていることには留意が必要です。図表8で民間消費を支える雇用環境や消費者マインドの推移を確認しますと、景気ウォッチャー調査における雇用関連の現状水準判断DIは、昨年7月以降、分水嶺である50を割り込む形で低下を続け、有効求人数も10か月連続で前年を下回っています。また、消費者マインドは、今回は前回と比較して税率引き上げ前から低水準で推移し、引き上げ後の回復も小幅にとどまっています。加えて、国内で新型コロナウイルスの収束に時間を要する場合、外出・旅行の手控えや消費者マインドの悪化などを通じて、消費が下押しされることが懸念されます。以上から、民間消費については、雇用市場の調整や消費税率の引き上げを背景とした消費者マインドの悪化などを受けて、今後、基調が一段と弱まる可能性を考慮しておく必要があると考えます。

次に、設備投資については、図表9のとおり、名目GDPに占める設備投資の割合をみると、足もと増加基調が一服しています。これには、消費税率引き上げ後の反動減5に加えて、製造業を中心に設備不足感が弱まっていることが影響しているとみています。研究開発投資や、人手不足を背景としたソフトウェア投資が、近年の設備投資拡大の下支えとして寄与していますが、こうした投資の担い手の一部である自動車や小売といった産業の業況が悪化していることが、一定のタイムラグを経て設備投資の先行きに影響する可能性もあります。

さらに、輸出についても、図表10のとおり、実質輸出の増勢は、昨年以降、アジアや米国向けを中心に低調です。海外経済の回復時期やその程度に不確実性が大きいことを踏まえると、当面、持ち直しに多くを期待できない情勢が続く可能性が高いとみています。

  1. 2景気一致指数は、前回の消費税率引き上げ(2014年4月)前は駆け込み需要もあって上昇を続けましたが、今回の引き上げ(2019年10月)前は基調判断の悪化を伴いつつ下落が進みました。税率引き上げ直後の変化幅を見ると、今回の2019年10~12月期はマイナス4.6ポイントと、前回2014年4~6月期のマイナス3.6ポイントを超える低下となっています。これには消費税率引き上げのほかに自然災害などの影響が指摘されています。
  2. 32019年10~12月期の民間消費前期比はマイナス2.9%と、2014年4~6月期のマイナス4.8%対比ではマイナス幅が小幅であったものの、消費税率が3から5%に引き上げられた1997年4~6月期のマイナス2.5%対比では大きく、落ち込みは深刻であったと言えます。
  3. 4阿久津邦熙・小池泰貴(2019)「天候データを用いた個人消費の分析」(日銀レビュー2019-J-1)では、降水量、夏場の気温、冬場の気温、生鮮食品価格の季節調整済前月比、株価の前月比、実質雇用者所得の季節調整済前月比、消費活動指数(実質、旅行収支調整済)の季節調整済前月比の7変数からなるVARモデルを推計の上、消費活動指数の分散分解を行った結果から、消費活動指数の月々の変動の2~3割程度が天候要因であるとしています。また、中里透(2018)「『天候不順』の経済分析-消費増税後の消費動向」(上智大学経済学部ディスカッションペーパーシリーズJ17-2)では、実証分析の結果から実質所得と株価は、百貨店売上高の推移に有意な影響をもたらしたが、天候が百貨店売上高に与えた影響は限定的であるとしています。
  4. 5簡易課税制度を選択する事業者や免税事業者といった一部の中小・零細企業における駆け込み需要の反動減に加え、軽減税率・キャッシュレス決済対応需要が剥落したことや、OSのサポート終了を控えたパソコン買い替え需要のピークアウトも影響したと考えられます。

(3)物価の現状と先行き

続いて物価情勢です。本年1月の消費者物価指数の実績は、生鮮食品を除く総合で前年比+0.8%、生鮮食品およびエネルギーを除く総合で前年比+0.8%となりました。図表11左図には消費税率引き上げの影響を除いたベースの物価上昇率の推移を示していますが、2%の「物価安定の目標」との距離は依然として遠く、また右図にある消費者物価の基調的な変動を示す指標は、いずれも弱めの動きが続いています6

物価の先行きについては、本年1月の展望レポートにおける消費者物価指数前年比の政策委員見通しの中央値では、前掲図表6のとおり2019年度+0.6%、2020年度+1.0%、2021年度+1.4%と緩やかに上昇していくと見通されています。これについては、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタム(勢い)は維持されているが、なお力強さに欠けており、引き続き注意深く点検していく必要がある、というのが日本銀行の見解です。しかし、私自身は、モメンタムは既に損なわれており、物価上昇率が2%に向けて伸びを高めていく蓋然性は現時点では低いと判断し、1月の展望レポートにおける記述の一部に賛成しませんでした。

物価の先行きとモメンタムについては、先ほど述べた物価上昇率の実績に加えて、物価の基調的な変動に影響するマクロ的な需給ギャップと中長期的な予想インフレ率の動向、さらに、これらが物価上昇率に与えるメカニズムを考慮することが重要です。図表12左図に示した需給ギャップをみると、資本・労働市場の改善を受けて需要超過の状況が続いていますが、2018年10~12月期をピークに需要超過幅が一本調子で拡大を続ける状況ではなくなっています7。また、予想インフレ率は、右図のとおり、引き続き弱めの動きとなっています。

需給ギャップや予想インフレ率が先行きの物価上昇率に与えるメカニズムについては、以下の3点が重要と考えます。第1に需給ギャップの拡大がインフレ率の拡大につながりにくくなっていること、第2に、適合的期待形成を通じた予想インフレ率の上昇や、予想インフレ率の上昇を受けた物価上昇という経路が機能するには、かなりの時間を要すると考えられること、第3に、日本銀行の物価見通しの下方修正が続く一方で金融政策対応が微修正にとどまる中では、政策への信認が強まることで予想インフレ率が実際の物価上昇に先行して高まるとは見通しにくいことです。

このように、需給ギャップや予想インフレ率が高まっていない現状と、それらが物価上昇率に与えるメカニズムが強くない可能性を踏まえると、先行き物価上昇率が2%に向けて伸びを高めていくと想定することは現時点では難しく、モメンタムが維持されているとはいえないというのが私の見方です。

  1. 6図表に掲載した指標は、いずれも昨年半ばから悪化ないし横ばいで推移しており、物価の基調が高まる兆しはみられません。
  2. 7需給ギャップ(GDPギャップ)は推計手法によりかなり異なる値を取りうるほか、様々な推計誤差が含まれるため、十分に幅を持って評価する必要があります。石田良・中澤正彦(2012)「GDPギャップの推計誤差の評価」(KIER Discussion Paper No.1204)では、内閣府等が公表している推計手法を参照しつつ、生産関数アプローチを用いた推計を行い、その場合のGDPギャップの推計値には95%信頼区間で1.6%ポイント前後の誤差が生じうると分析しています。需給ギャップが物価に与える影響について、特に需要超過幅が縮小方向にある場合には、他の指標も参照しつつ、より慎重に判断する必要があります。

3.金融政策運営

以上の経済・物価見通しを踏まえつつ、現在の金融政策の概要についてご説明します。そのうえで、金融政策運営に対する私の考えを述べたいと存じます。

(1)現在の金融政策の概要

日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という枠組みのもとで2%の「物価安定の目標」の実現を目指して金融政策を運営しています。この枠組みは、大きく3つの手段から構成されています(図表13)。

1点目は長短金利操作です。短期政策金利をマイナス0.1%、長期金利の操作目標をゼロ%程度に設定し、長期金利については、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとして、長期国債の買入れを行っています。

2点目は、ETFをはじめとしたリスク資産の買入れです。ETFについては、保有残高が年間約6兆円に相当するペースで増加するよう買入れる方針ですが、資産価格のリスクプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて買入れ額が上下に変動しうるものとして運営しています。

3点目は、先行きの政策運営に関する対外的な約束、すなわちコミットメントです。コミットメントは、主に、物価上昇率が2%を安定的に超えるまでマネタリーベースの拡大方針を継続するという「オーバーシュート型コミットメント」と、政策金利に関する先行きの指針である「フォワードガイダンス」から構成されています。フォワードガイダンスについては、昨年10月に「政策金利については、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」といった形に修正しました。現在、日本銀行は、緩和方向をより意識して政策運営を行っており、必要な場合には躊躇なく追加緩和措置を講じるスタンスにあります。フォワードガイダンスの変更は、このことをより明確に示すことで、市場や国民からの金融緩和姿勢に対する信認の確保に資することを狙ったものです。

(2)金融政策運営に対する私自身の考え

こうした政策手段のうち、私は、長短金利操作とコミットメントの2つに対して反対しました。2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれているとの私自身の判断に基づけば、需給ギャップと予想インフレ率の双方をより高める措置を講じることが適当です。

長短金利操作については、短期政策金利のマイナス幅を拡大させることで、イールドカーブの形状をより緩和的なものに変化させ、需給ギャップの需要超過幅が一段と拡大するように働きかけることが適当だと考えています。できるだけ早期に「物価安定の目標」を達成するという政府との「共同声明」でも謳われている日本銀行の責務を念頭におくと、目標と物価上昇率の実績値に相応の距離がある現状では、こうした措置が必要です。

また、予想インフレ率を高める手段としては、コミットメントの強化が有効だと考えています。現在のフォワードガイダンスに付されている「物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間」という条件は、具体性に欠き、予想インフレ率にさらなるプラスの影響を与えるほどの信認を得られない可能性が高いと私自身は懸念しています。フォワードガイダンスについては、例えば、条件を2%の「物価安定の目標」と物価上昇率の実績値との乖離幅とし、それが一定水準を超えて拡大した場合に具体的に行動することが約束されているような、より強力なものに修正することで、予想インフレ率に対する効果を高めることができると考えています。

最近、先進国経済の「日本化(Japanification)」という言葉を見聞きする機会が増えました8。低成長・低インフレ・低金利を伴う総需要の停滞が続くと、潜在成長率が低下し、それがさらに低成長・低インフレ・低金利をもたらすという形で悪循環が長期化・固定化してしまいます。1990年代以降のわが国の長期停滞は、まさにこうした形で進展しました9。2013年以降、アベノミクスが始まってからは、日本銀行による大胆な金融緩和策も相まって、雇用が大きく改善し、物価もデフレではない状態を維持できており、これは大きな前進です。しかし、依然として、低成長・低インフレ・低金利を完全に払拭するには至っていません。

私は、日本経済が低成長・低インフレ・低金利の状態から完全に脱却するためには、経済政策に関する政府と日本銀行の持続的な政策協調という視点が大変重要だと考えています(図表14)。日本銀行が金融緩和を大胆に強化するもとで、機動的な財政政策が行われれば、両政策の相乗効果によって、それぞれの政策が単独で行われるよりも景気刺激効果を強めることにつながります。また、成長政策は、企業や家計の成長期待や自然利子率を高めることを通じ、長い目でみてマクロ経済政策の効果を強めます。このように、経済政策全体が協調して作用し続けることが、日本経済が低成長・低インフレ・低金利の状態から脱却する原動力になりうると考えられます10。私としては、財政・金融・成長政策の相互作用を含めた金融政策の効果を再度検証し、金融政策の枠組みをレビューすることを検討してもよいのではないかと考えています。

  1. 8今年のアメリカ経済学会では「日本化、長期停滞、財政・金融政策の課題」と題したセッションが開催されました。その模様は、以下のウェブサイトを参照。
    https://www.aeaweb.org/webcasts/2020/japanification-secular-stagnation-fiscal-monetary-policy-challenges
  2. 91990年代以降の長期停滞の進展から現代に至る最近の整理・分析については、例えば、鶴光太郎・前田佐恵子・村田啓子(2019)「日本経済のマクロ分析-低温経済のパズルを解く」(日本経済新聞出版社)を参照。
  3. 10田代毅(2017)「日本経済 最後の戦略-債務と成長のジレンマを超えて」(日本経済新聞出版社)では、わが国が長期停滞に陥った原因を分析し、金融政策と財政政策を活用することで総需要拡大への期待を高めることに加え、恒常的な所得の増加を通じた成長期待の向上が必要であると論じています。

4.滋賀県経済について

最後に、滋賀県経済についてお話しいたします。

滋賀県は、日本のほぼ中央に位置する地理的利点と、日本最大の湖である琵琶湖を抱くという恵まれた自然環境のもとで、古くから交通の要衝として発展してきました。戦国時代には、名立たる戦国武将が各地に城を構え、歴史を動かす合戦が繰り広げられるなど歴史の舞台となってきました。こうしたもとで、商業も発展し、近江商人のふるさととして多くの全国的企業を輩出する土壌となってきました。

このように交通の要衝として発展してきた滋賀県経済の最大の特徴は、全国有数の内陸型工業県として製造業が発達している点にあります。京阪神・中部圏・北陸圏へのアクセスが良いという地の利を活かして、化学、はん用・生産用・業務用機械、電気機械、自動車関連などの多様な業種の工場が集積し、県内総生産に占める製造業のシェアは全国トップです。製造業の発展に加えて、当地は京阪神のベッドタウンとしても発展してきたことから、2013年まで全国でも数少ない人口増加県でした。その後、県内人口は減少傾向となっていますが、減少ペースは比較的緩やかなものとなっており、先行きも全国平均に比べ小幅な減少にとどまる予想となっています。

当地の景気については、全体としてみると緩やかな拡大が続いています。企業の生産面では、一部に弱めの動きがみられるものの、内需関連は堅調に推移しています。設備投資では、当地の強みである製造業において、工場を新設・増設する動きがみられているほか、公共投資も新名神高速道路の整備を中心に増加傾向にあります。観光面では、自転車でびわ湖を一周する「ビワイチ」が人気を集めています。サイクリングに適した路面整備や案内看板の設置、サポートステーションの整備などの取組みが高く評価され、2019年11月には国土交通省の「ナショナルサイクルルート1号」に選ばれました。

当地経済の先行きを展望するうえで欠かせないのは、県を挙げたSDGs(持続可能な開発目標)への取組みです。2015年に国連が採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では「誰一人として取り残さない」との誓いが掲げられていますが、これは近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の精神に合致するものであるほか、琵琶湖の水質汚染問題に取り組んできた当地の歴史とも通じるものがあります。こうした中、滋賀県は、全国に先駆け、2017年1月に、SDGsを県政に取込むことを宣言し、持続可能な社会の実現に向けて様々な取組みを進め、2019年に県全体が「SDGs未来都市」に選定されました。例えば、これまでの琵琶湖での水環境保全の取組みを活かして水環境ビジネスの展開を図る「しが水環境ビジネス推進フォーラム」11に数多くの企業・団体が参画しているほか、2018年10月に設立された「滋賀SDGs×イノベーションハブ」では、産金官が連携して新たなビジネスモデルの発掘・構築に取り組んでおり、すでに環境、福祉、観光といった様々な分野で事業が立ち上がっています。このほか、滋賀大学では、わが国で初めてデータサイエンス学部が開設されました。産学官の連携により、ビッグデータを活用した新たな価値を社会に提案していくことが期待されます。

こうした持続可能な社会を見据えた様々な取組みを通じて、行政、産業界、金融界、学会、さらに県民が連携を深めながら、当地の魅力を最大限に活かすことで、当地経済が益々発展していくことを期待しています。日本銀行としても、京都支店を中心に、地域活性化に向けた取組みに少しでも貢献できるよう努めて参ります。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 112013年立ち上げ。19/12月現在、187企業・団体が参画。