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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年9月23日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、新型コロナウイルス感染症の影響が続く中、例年とは異なりオンライン形式ではありますが、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店の様々な業務運営にご協力頂いています。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

皆様との意見交換に先立ち、私からは、感染症の影響を受けるもとでの内外経済情勢に対する日本銀行の見方をお話しした後、最近の金融政策運営の考え方についてご説明したいと思います。

2.内外経済情勢

最初に、内外経済情勢についてお話しします。今年に入ってからの感染症の大流行を受けて、多くの国・地域では、春先以降、外出制限や営業・生産活動の停止といった厳格な公衆衛生上の措置を講じました。こうしたもとで、本年前半の世界経済は大幅に落ち込みました(図表1)。IMFでは、2020年の世界経済成長率は-4.9%と、リーマン・ショック時を超えるマイナスを予想しています。現在も、世界的に感染症の拡大が収まっておらず、世界経済は、厳しい状態が続いています。しかしながら、多くの国・地域が、感染拡大を抑えつつ、経済活動を徐々に再開させる取り組みを進めるもとで、大きく落ち込んだ状態からは持ち直しつつあります。グローバルPMIをみると、4月をボトムに持ち直し、最近は改善・悪化の境目である50を上回っています。IMFでは、世界経済について、本年下期から回復し、2021年はプラス成長となることを予想しています。もっとも、感染防止策が続けられるもとで回復は緩やかというのがIMFの想定です。

わが国経済も、世界経済と同様の展開となっています。すなわち、わが国の景気は、引き続き厳しい状態にありますが、経済活動が徐々に再開するもとで、持ち直しつつあると考えています(図表2)。4~6月の実質GDP成長率は、感染症の影響から、個人消費、輸出を中心に大幅なマイナスとなり、雇用・所得環境にも下押し圧力がかかりました。幅広い業種に影響が及んでいますが、とりわけ、飲食・宿泊、対個人サービス等の業種で、需要の大きな減少に直面しています。もっとも、緊急事態宣言の解除後、経済活動は徐々に再開してきています。個人消費をみると、対面型のサービス消費は依然として低水準となっていますが、家電販売等のモノ消費は、営業再開や所得支援策等を背景に、持ち直しています。輸出については、水準は低いものの、海外での経済活動再開が進むもとで、持ち直しに転じています。先行きについては、不確実性がきわめて大きいですが、標準的なシナリオとしては、感染症の影響が和らいでいくもとで、改善基調を辿ると考えています。ただし、感染症への警戒感が続くもとでは、企業や家計の自主的な感染防止の取り組みが、経済活動を抑制する力として作用し続けるため、そのペースは緩やかなものにとどまると見込まれます。

続いて、わが国の物価です(図表3)。消費者物価の前年比は、当面、感染症や既往の原油価格下落、「Go Toトラベル事業」による宿泊料の割引等の影響を受けて、マイナスで推移するとみられます。もっとも、現時点では、値下げにより需要喚起を図る価格設定行動が拡がっているようには窺われません。価格の上昇品目の割合から下落品目の割合を差し引いた指標は、「上昇」超が続いています。こうしたもとで、標準的なシナリオとしては、先行き、経済が改善していくもとで、消費者物価の前年比は、プラスに転じていき、徐々に上昇率を高めていくと考えています。

もっとも、只今申し上げた経済・物価見通しは、不透明感がきわめて強く、下振れリスクの方が大きいとみています。何よりも、感染症の帰趨やその内外経済への影響に関して、不確実性が非常に大きいと認識しています。加えて、感染症のショックにより、企業や家計の成長期待が低下し、支出スタンスが慎重化することはないかという点にも注意が必要です。これまでのところ、企業は必要な成長投資の多くを継続するスタンスにあり、また、情報通信技術の活用などの前向きな変化もみられるなど、成長期待が大きく低下しているとは考えていませんが、今後の動向を注視したいと思います。

3.日本銀行の金融政策運営

ここまで、内外経済情勢についてお話ししてきましたが、感染症は、金融面にも大きな影響を及ぼしました。金融市場は、2月下旬以降、世界的に投資家のリスクセンチメントが悪化する中で、急速に不安定化しました。また、経済の大幅な落ち込みによる売上げの減少から、企業の資金繰りは世界的にタイト化しました。

今回の感染症の経済・金融面へのショックに対して、各国・地域の政府・中央銀行は、大規模な対応を迅速に講じました。このうち中央銀行の対応は、次の2つの点で共通しています。第1に、貸出を支援する資金供給やCP・社債の買入れなどにより、企業等の資金繰りを支援すること、第2に、資産買入れなどを通じた大規模な流動性供給により、金融市場の安定を図ることです。日本銀行も、こうした観点から、3月以降、金融緩和を強化してきました。その内容は、次の「3つの柱」に整理できます(図表4)。

1つ目は、企業等の資金繰り支援のための総枠130兆円を超える「特別プログラム」です。これは、(1)約20兆円を上限とするCP・社債等の買入れと、(2)最大約110兆円規模になり得る「新型コロナ対応特別オペ」から構成されます。特別オペは、金融機関が行う新型コロナ対応融資を日本銀行が有利な条件でバックファイナンスするものです。

2つ目は、金融市場の安定確保のための円貨および外貨の潤沢な供給です。円貨については、長短金利操作のもとでイールドカーブを低位で安定させるために、金額に上限を設けずに、必要な金額の国債を買入れることを明確にしました。外貨についても、拡充されたドルオペを通じて、潤沢にドル資金を供給してきました。

3つ目は、資産市場におけるリスク・プレミアムに働きかけることを目的とした、ETFおよびJ-REITの積極的な買入れです。この措置は、資産市場の不安定な動き等が、企業や家計のコンフィデンス悪化に繋がることを防止し、前向きな経済活動をサポートすることを目的としています。

こうした取り組みは効果を発揮しています。金融市場は、感染症への警戒感から、依然、神経質な状況にありますが、ひと頃の緊張は緩和しています。企業の資金繰りには、なおストレスがかかっていますが、外部資金の調達環境は緩和的な状態が維持されています(図表5)。資金調達コストは低水準で推移しており、銀行貸出残高やCP・社債合計の発行残高は、前年と比べていずれも高い伸びを続けています。このように、今回、金融システムが全体として安定性を維持しているもとで、政策効果にも支えられ、外部資金の調達環境が緩和的な状態にあることは、金融面から実体経済への下押し圧力が強まったリーマン・ショック時との大きな違いです。今後も、金融システムの安定性が大きく損なわれず、金融面からの下支え機能が発揮されると考えていますが、経済主体の課題が、流動性から支払い能力の問題にシフトしていく中で金融システムに影響を及ぼす可能性もありますので、先行きの動向をよく見ていきたいと考えています。

先程、今回の危機に対して、各国・地域の政府・中央銀行は、大規模な対応を迅速に講じたと申し上げました。わが国でも、政府は、234兆円という、リーマン・ショック時を大きく上回る事業規模の経済対策を実施しています。今回のような緊急事態に対しては、政府と中央銀行が連携して政策を行うことが効果的です。2つの点について敷衍してご説明します。

第1に、危機時における企業等の資金繰り支援についてです。これに関しては、世界的に「中央銀行が流動性を供給し、政府が支払い能力を補完する」というのが基本的な考え方です。わが国でも、今回、政府が民間金融機関の中小・零細企業等向けの貸出に信用保証を行い、日本銀行が「新型コロナ対応特別オペ」を通じて、そうした貸出に有利な条件でバックファイナンスを提供するという仕組みが、効果をあげています。

第2に、財政政策と金融政策の関係です。今回、わが国政府は、過去に例をみない大規模な経済対策を講じており、国債発行が増加しています。同時に、日本銀行は、積極的な国債買入れを通じて金利を低位に維持しています。これは、金融政策運営上の必要に基づいて実施しているものであり、足もとでは、感染症の影響を踏まえて、債券市場の安定を維持するために、また、そのことを通じて経済を下支えし、物価の安定という日本銀行の使命を果たすために行っています。こうした枠組みのもと、政府と中央銀行がそれぞれの役割を果たしつつ、「財政・金融政策のポリシーミックス」が効果的に達成され得るようになっています。

以上、今回の危機への日本銀行の金融政策面の対応についてご説明してきました。日本銀行としては、地域経済の実情も踏まえつつ、引き続き、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めてまいります。

最後に、やや長い目でみた金融政策運営上の課題について触れたいと思います。グローバル金融危機後、先進国では、自然利子率が趨勢的に低下する中で、政策金利が金利下限制約に達しやすくなっていることから、金融政策の有効性と信認をどのように高めるかといった共通の課題に直面しています。先月、米国FRBでは、インフレ目標について、「時間を通じて平均して2%」を目指すことを表明しましたが、これは、こうした課題を踏まえて行われていた金融政策の枠組みレビューの結果です。このもとで、FRBは、インフレ率が継続的に2%を下回った場合には、当面の間、2%を適度に上回るインフレ率を目指すとしています。

この点、日本銀行も、従来から課題の克服のために様々な取り組みを続けてきました。特に、2016年9月には、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みを導入しました。その柱の一つが「オーバーシュート型コミットメント」です。これは、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することを約束したものです。日本銀行では、こうした枠組みのもとで、物価上昇率が景気の変動等を均してみて、平均的に2%となることを目指しています。このように、今回のFRBの考え方は、日本銀行のこれまでの政策運営の考え方と軌を一にしたものであると考えています。

引き続き、日本銀行としては、足もとの感染症への対応を含め、「物価安定の目標」の実現に向け、きわめて緩和的な金融環境を維持する必要があると認識しています。とりわけ、感染症の経済・金融面への影響には大きな不確実性があることから、当面、感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じていく考えです。

ご清聴ありがとうございました。