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【講演】 感染症への対応と中長期的な日本経済の課題:ポストコロナも見据えて 日本経済団体連合会審議員会における講演

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年12月24日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、わが国の経済界を代表する皆様の前でお話する機会を賜り、誠に光栄に存じます。

1年の最後に、この場所でお話させていただくのも、今年で8回目となります。その中でも、本年は、新型コロナウイルス感染症というショックによって、社会・経済を巡る環境変化が特に大きい1年となりました。そこで、本日は、感染症の影響を中心に、今年の経済の動きを振り返ったうえで、この先の経済・物価の見通しについてお話し、日本銀行の政策対応の考え方についてご説明いたします。政策運営についての説明では、先週の金融政策決定会合で示した、より効果的で持続的な金融緩和を実現していくための点検にも言及したいと思います。そして、最後に、今回の危機を乗り越え、その経験を将来の成長に繋げていくために必要なこと、すなわち、中長期的な視点でポストコロナも見据えた時に、日本経済全体として取り組むべき課題について、お話したいと思います。

2.コロナ禍における経済・物価情勢と先行き見通し

経済に現れる感染症の影響

それでは、新型コロナウイルス感染症の影響を中心に、この1年の経済情勢を振り返ることから、話を始めたいと思います。

新型コロナウイルス感染症は、年初から拡がり始め(図表1)、春先にかけての短期間に、世界中で大流行しました。各国政府は、感染症の拡大を防止するため、厳格な公衆衛生上の措置を、広範に実施しました。そうしたもとで、世界経済は大幅に落ち込みました。もっとも、夏場以降は、公衆衛生上の措置が緩和されるにつれ、各国とも成長率は前期比プラスに転じるなど、世界経済は、大きく落ち込んだ状態から持ち直しています。こうした動きは、わが国でも、概ね同じです。広範な経済活動が抑制されるもとで、4~6月期の成長率は前期比-8.3%と大幅なマイナスとなりました。もっとも、7~9月期の成長率は+5.3%とプラスに転じており、現在のわが国経済は、引き続き厳しい状態にありながらも、ボトムからは持ち直しています。

さて、今回の景気変動は、過去にみられたものとは性質が異なります。第二次世界大戦後の景気変動のほとんどは、循環的な設備投資や在庫投資の調整、あるいは、金融不均衡によって引き起こされています。一方、今回の景気変動は、感染症という経済に内在しないショックに端を発し、公衆衛生上の観点から外生的に経済活動が抑制されるという点で、異例なものです。感染症という疫学的な要因に経済が大きく左右されることになります。

また、今回の感染症の性質から、人と人の交流を伴う経済活動への影響がとりわけ大きい点も特徴的です(図表2)。わが国企業の経済活動をセクター別にみると、小規模事業者が多い飲食業や宿泊業、イベント等の娯楽業などの対面型サービス業の落ち込みが大きくなっています。家計の消費支出からみても、モノの消費に比べて、サービス消費は大きく落ち込んでいます。感染症への警戒感から、サービス消費が抑制されているわけですが、このことは、年齢による消費行動の違いにも表れています。サービス消費を年齢階層別にみると、若年層は戻りが早い一方で、感染症への警戒感が強い高齢層では落ち込みが大きく、持ち直しペースはより緩慢です。

一方、モノを生産する製造業やモノを販売する小売業では、相対的に影響が小さいと言えます。世界的にみても、モノの取引は比較的早いペースで持ち直しています(図表3)。世界の貿易活動をみると、リーマン・ショック時と比較して落ち込みが小さく、早期の回復がみられています。そうしたもとで、わが国の輸出は、早いペースで水準を戻しています。このことは、製造業の生産活動の相対的な底堅さに繋がっています。

このように、感染症のショックが及ぼす影響は、企業の業種や規模、消費者の年齢などの属性によって均一ではなく、大きなばらつきを伴っています。そのことは、特に今次局面では、集計値や平均値だけではなく、経済主体の属性毎の状況も含めて、丁寧に経済情勢を点検していく必要があることを示していると考えています。

経済の先行き見通し

続いて、先行きのわが国経済の見方です。中心的な見通しでは、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、海外経済の持ち直しにも支えられて、緩やかながらも改善基調を辿ると予想しています(図表4)。春先に比べると、多くの国で、感染対策と経済活動のバランスを意識した対応が行われています。もちろん、感染症の影響が続くもとでは、経済の回復ペースは、緩やかなものに止まらざるを得ません。しかし、春以降の経験を活かして、的を絞った感染予防策をとりながら、社会全体で新しい生活様式に適応していく中で、経済活動の水準が徐々に高まっていることも確かです。先行きも、メインシナリオとしては、こうした動きが続くと考えています。

もっとも、こうした見通しについては、不確実性が高く、下振れリスクの方が大きいと認識しています。このところ伝えられるワクチンに関する前向きな動きに勇気付けられるのは確かですが、ワクチンが広く普及するにはなお時間を要しそうです。一方、足もとをみると、世界的に感染拡大が続いており、わが国でも再び感染者数が増加している点には注意が必要です。また、感染症の影響が収束するまで、成長期待が大きく低下せず、金融システムの安定性が維持されるかについても不確実性があります。引き続き、内外経済の情勢をしっかり点検していきたいと思います。

物価の現状と先行き

次に、物価についてです(図表5)。わが国の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マイナスで推移しています。ただ、その背景をみると、既往の原油価格の下落や、Go Toトラベル事業による宿泊料の割引といった一時的な要因が、物価押し下げに寄与しています。感染症の影響による需要減が物価の上昇を抑制しているとはいえ、こうした一時的な押し下げ要因を除けば、消費者物価の前年比は小幅のプラスで推移しており、下落するには至っていません。

先行きの消費者物価については、当面、前年比マイナスで推移した後は、一時的な押し下げ要因が剥落し、経済が改善していくもとで、前年比プラスに転じ、徐々に上昇率を高めていくと予想しています(前掲図表4)。このように、今のところ、物価が全般的かつ持続的に下落していくことはない、すなわちデフレに戻ることはない、と考えています。ただし、経済の改善ペースが緩やかなことや、先行きの経済の不確実性が大きいことを踏まえると、物価動向にも、引き続き、注意が必要です。

3.日本銀行の金融政策運営

感染症への金融政策面での対応と金融情勢

以上、経済・物価情勢についてお話してきました。続いて、新型コロナウイルス感染症への金融政策面での対応の考え方をご説明します。今回、世界的な感染症のショックに対して、各国の政府・中央銀行は、大規模な対応を迅速に講じました。政府は、所得補償や債務保証を含む大規模な経済対策を実施し、中央銀行は金融緩和を行っています。中央銀行の対応については、第1に、感染症の影響を受けた企業等の事業継続を、資金繰り面から支援すること、第2に、金融市場の安定を図ることで、金融市場の混乱と実体経済の悪化の悪循環を回避すること、という2つの点で世界的に共通しています。

日本銀行も、こうした観点から、3月以降、感染症への対応として、強力な金融緩和措置を実施しています(図表6)。その内容は、次の「3つの柱」に整理できます。1つ目は、企業等の資金繰りを支援するための「新型コロナ対応特別プログラム」です。2つ目は、金融市場の安定を確保するための、国債買入れやドルオペなどによる、潤沢かつ弾力的な資金供給です。そして3つ目は、資産市場のリスク・プレミアムへの働きかけを目的とした、ETFおよびJ-REITの積極的な買入れです。

日本銀行の対応は、政府の施策や金融機関の積極的な取り組みと相俟って、効果を発揮しています(図表7)。金融環境をみると、企業の資金繰りには厳しさがみられますが、外部資金の調達環境は緩和的な状態を維持しています。銀行の貸出態度が緩和的なもとで、貸出残高の前年比は約30年振りの伸び率となっています。CP・社債の発行残高も前年比10%を超える高い伸びが続いています。このように、金融仲介機能が円滑に発揮されていることは、金融面から実体経済への下押し圧力が強まったリーマン・ショック時との大きな違いです。また、内外の金融市場は、一時大きく不安定化しましたが、日本銀行をはじめ、各国の政府・中央銀行の大規模な対応により、リーマン・ショック時と比べて、今回は短期間で落ち着きを取り戻しています。

「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」の延長

もっとも、新型コロナウイルス感染症の影響により、経済・物価への下押し圧力は、長期間継続すると予想されます(図表8)。そうしたもとで、経済を支え、2%の「物価安定の目標」を実現するため、日本銀行は、先週の金融政策決定会合で、2つのことを決定しました。一つは当面の対応、もう一つはやや長い目でみた対応です。

すなわち、第1に「新型コロナ対応特別プログラム」を延長します。先行き、景気の改善が緩やかなもとでは、当面、企業等の資金繰りにはストレスがかかり続けるとみられます。こうした情勢を踏まえて、日本銀行では、「特別プログラム」の期限を来年9月末まで延長することを決定しました。必要であれば、さらなる延長も検討します。日本銀行は、引き続き、企業等の資金繰りをしっかりと支援してまいります。

より効果的で持続的な金融緩和のための点検

第2に、2%の物価安定目標を実現する観点から、より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検を行うこととしました。その結果は、来年3月の会合を目途に公表します。

日本銀行は、2013年から大規模な金融緩和を実施しています。開始から3年を経過した2016年の夏には、その効果について、「総括的検証」を実施しました。検証の結果としては、第1に、大規模な金融緩和のもとで、それ以前の極端な円高や株安が是正されるなど、金融環境が大きく改善したこと、第2に、これが企業収益の改善や経済活動の押し上げに繋がったことを確認しました。この点、経営環境がそれ以前と比べて大きく改善したことは、皆様の実感にも合うのではないかと思います。一方で、物価面では、第1に、消費者物価は総じてプラス圏で推移し、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではない状況を作り出すことができましたが、目標とする2%を実現することはできなかったこと、第2に、長きにわたるデフレの経験によって定着してしまった、物価が上がりにくいことを前提とした人々の考え方や慣行を転換するには、なお長い時間がかかるであろうとの結果を得ました。また、金融緩和が、金融機関の収益や生命保険・年金などの業務に累積的にマイナスの影響を与え、ひいては金融仲介機能に悪影響を与え得るという問題点も明確になってきました。

こうした検証結果を踏まえた政策的な対応として、2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。この枠組みは、緩和の効果だけでなく副作用にも配慮しながら、適切な水準に金利をコントロールしていくことで、大規模な金融緩和が作り出している良好な金融経済環境、皆様にとっての良好な経営環境を持続していこうというものです。

今回の点検もこうした問題意識の延長線上にあります。「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、導入後4年間、コロナ禍のこの10か月を含めて、適切に機能してきましたので、この枠組みを見直す必要はないと考えています。この枠組みのもとで、その運営の仕方や、ツールとしての各種の資産買入れなどの施策について、所期の効果を発揮しているか点検します。そして、2%の「物価安定の目標」の実現に向けて、より効果的で持続的な金融緩和を続けていくうえで、さらなる工夫があるのであれば実施したいと思います。

キーワードは「効果的」と「持続的」です。まず、コロナ禍の影響でさらに長丁場とならざるを得ない中で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を持続していく工夫が求められます。また、ただ長く続けられればよいというものではありません。長く続けることで仕組みが硬化してしまっては、何にもなりません。今回のコロナ禍でも明らかなように、この先も様々なショックが起こるでしょう。起こり得る経済・物価・金融情勢の変化に対して、必要な時に効果的な対応を行えるような機動性を備えておく必要があります。

経営者の皆様には当たり前ということかと思いますが、いかなる施策にもコストがかかります。この点は、金融政策も同様です。低金利の継続によって金融機関の収益には負の影響がありますし、長期国債やETFなどの各種の資産買入れは、市場機能に影響します。こうした「コスト」ないし「副作用」はできるだけ抑える必要があります。一方で、コストを抑えるだけでは経営目標は達成できません。いかに少ないコストで大きな効果を生むかが経営なのだと思います。無駄や非効率は避けなければなりませんが、コスト・副作用を抑えることが、私どもの点検の重点ではありません。むしろ副作用を抑えながら、より効果的に金融緩和を実施し、目標である経済と物価の安定を実現するにはどうしたらよいか、というフォワードルッキングな方向で点検していきたいと考えています。

4.ポストコロナも見据えた日本経済の成長力強化

新型コロナウイルス感染症の大流行は、今なお世界経済に甚大な影響を与えており、わが国でも多くの方々が懸命な努力を続けています。まず、危機からの脱却のためにすべきことは、感染症の封じ込めと経済活動の両立です。同時に、こうした時だからこそ、危機を乗り越えた先、すなわち、ポストコロナも見据えて、日本経済全体で取り組むべき課題を考え、そして、今回の経験から得られた知見も活かしつつ、しっかりと取り組んでいくことが重要です。

バブル崩壊や金融危機の経験を振り返ると、大きなショックの後には、低成長が長引くという問題がしばしばみられます(図表9)。例えば、バブル崩壊後や90年代後半の金融危機の後の日本、また、リーマン・ショック後の先進国全般が、そうした問題を経験しています。低成長が長引くと、事後に対応する社会的コストが大きくなることは、デフレに苦しんできた日本経済をみれば明らかです。こうした経験を踏まえて、今回、各国の政府・中央銀行は、感染症のショックが、長い期間、後遺症として経済に影響を及ぼし続ける、いわゆる「scarring effect」を、できるだけ回避するために、懸命に取り組んでいると言えます。

一般的に、経済の成長力は、「労働投入」と「資本投入」に加えて、技術進歩を示す「全要素生産性」の3つの要素によって規定されます。そのうえで、大きなショックの後に低成長が長引く理由としては、(1)ショック時の失業増加などが、回復期の労働投入にも影響を及ぼす「履歴効果」、(2)設備投資の抑制による「資本投入の停滞」、そして、(3)「技術進歩の停滞」、の3要因に整理されることが多いと思います。感染症の影響が収束した後に、しっかりとした成長経路に復していくためには、こうした問題に対処することが大事です。そこで、この3つを軸に、中長期的な視点から重要と思われる課題についてお話したいと思います。

労働投入:労働者のスキル維持・向上

最初に、労働投入です。労働投入に関する経済危機の「履歴効果」とは、雇用調整によって失業した労働者が、スキルを低下させてしまうことや、労働市場から退出してしまうことで、その後の労働投入に影響が残ることを指します。この問題は、欧米で指摘されることが多いですが、わが国でも、いわゆる「就職氷河期」世代の問題が、20年近く経った現在でも、なお議論されていることを考えれば、注意が必要なことが分かります。この問題を大きくしないためには、ショックの発生時に失業者をできるだけ増やさないことが重要です。今回、各国が取り組んでいる、雇用維持や事業継続の支援策は、こうした労働投入の履歴効果の問題に対応する観点でも有効です。日本でも、政府の雇用調整助成金や持続化給付金、政府・日本銀行の資金繰り支援のもと、企業や金融機関の取り組みによって、大規模な失業や倒産の増加は起きていません(図表10)。

ただし、より長い目でみれば、労働投入の面で、さらに求められることがあります。それは、企業が雇用する労働者のスキルを、経済構造の変化に対応できるように、進化させていくことです。感染症を契機に、ビジネス環境の大きな変化に直面している現在、既存のスキルを維持するだけでは、十分な競争力が保てません。感染症の流行前でも、適切な人材の不足が、業務拡大のボトルネックとなったことがよく聞かれました。現在も、デジタル化の取り組みが進む中で、IT人材の不足が、喫緊の課題とされています。こうしたもとで、大きな変化に果敢に対応していくために、企業内教育によるスキル向上はもとより、他業種との人材交流によって新たなスキルの吸収を進める企業もみられています。これまでも、企業の皆様は、構造変化に対応した雇用者のスキル向上に努めてきましたが、こうした取り組みを一段と進めていくことが重要です。

資本投入:設備投資による資本ストックの蓄積

次に、資本投入についてです。資本投入の面で、大きな危機の後に低成長が長引く要因として指摘されるのが、必要な資本ストックの蓄積が阻害されることです。すなわち、危機に伴う収益悪化や、経済の不確実性の増大、資金調達環境の悪化などから、設備投資が過度に抑制され、また、その後も企業の慎重な姿勢が続き、資本蓄積が長期間停滞することです。

ここで、わが国企業の設備投資スタンスを振り返ってみたいと思います(図表11)。わが国では、バブル崩壊後、デフレが続くもとで、企業が設備投資に消極的な状況が長く続きました。しかし、昨年この場でも述べたように、ここ数年は、高水準の収益も背景に、企業の投資スタンスが、確実に積極化してきました。そうしたもとで、本年入り後、感染症のショックに見舞われました。確かに、積極的な投資を行ったうえで手許に残っていた高水準の貯蓄が、今回のショックの影響を和らげた面もあります。しかし、重要なことは、そうした経験に基づいて、過度に投資スタンスを慎重化させることは、将来の競争力の差となって現れるということです。企業の皆様は、この点を十分に認識していると思います。企業の方からは、リーマン・ショック後の大幅な投資抑制が、その後の競争力低下に繋がった経験を踏まえ、今回、必要な投資は続ける、という声が少なからず聞かれます。ポストコロナも見据えると、感染症の流行前にみられていた、未来に向けた投資を積極的に行うという、前向きな流れを途切れさせないことが大事だと考えています。

技術進歩:成長投資の継続

技術進歩も重要な要素です(図表12)。危機の後に、技術進歩が停滞し、経済全体での生産性の伸びが低迷するという例は、リーマン・ショック時をはじめ少なからずみられます。この背景には様々なことが考えられますが、1つには、企業の研究開発投資の不足が挙げられます。研究開発投資が消極化すると、先端技術の導入が遅れることで、イノベーションが生まれにくくなります。このように、技術進歩には、中長期的な視点での成長投資と、そのもとでの革新的な取り組みが必要です。この点、現在の厳しい経済環境のもとでも、企業をはじめ、わが国の様々なレベルにおいて、一段とデジタル化を推進しようとする動きが進んでいることは、注目すべき兆候です。実際、企業のソフトウェア投資は、設備投資全体と比べて堅調なスタンスが維持されています。企業の皆様が、こうした成長投資を通じて、イノベーションを産み出していく姿勢を維持しているのは、大変心強いことです。

以上、中長期的な視点に立って、わが国経済を持続的な成長経路に戻していくために重要なポイントを、「労働投入」、「資本投入」、「技術進歩」という3つの観点でお話しました。もちろん、感染症の問題が収束した後の、いわゆるニューノーマルの経済がどのような姿になるのか、現時点では、誰にも分かりません。しかし、過去にもこの場で述べてきたように、大きな変化に直面した時に、一歩先んじて行動し、チャンスに変えることで、企業は大きく成長することが可能になります。持続可能な開発目標(SDGs)の実現という観点から取り組みが進む、環境問題も同様です。多くの企業が、環境問題に取り組まれているのは、社会的な要請に応えることはもちろん、将来の新しい社会における競争力向上にも繋がると考えてのことだと思います。企業の皆様には、未来の成長力を高めるための視点を持って、様々な課題に果敢に挑戦していただくことを期待しています。

5.おわりに

本日は、日本経済の現状と先行き、日本銀行の感染症への対応、さらには、ポストコロナも見据えて求められる取り組みについて、お話してきました。感染症は、人と人との交流の重要性を改めて気付かせる機会になりました。人々は、日々のコミュニケーションを続けるためにバーチャルな手段を使いこなし、他方で、気兼ねなく対面でやり取りできる日常への渇望が、ワクチン開発などの原動力を高めているのだと思います。こうした強いモチベーションは、大きな変革を生むきっかけになります。感染症という厳しい経験を、どうすれば社会全体で前向きな力に変えていけるかが、私たちに問われていると言えます。

本日申し上げたように、経済の変化をチャンスに繋げることができれば、感染症の後に、わが国経済が停滞するのではなく、飛躍することができると考えています。そのためには、民間部門の積極的な取り組みが不可欠です。もちろん、公的部門は、そうした取り組みをしっかりと支援します。日本銀行としては、緩和的な金融環境を提供することで、変革に向けた動きを強力にサポートしていきたいと思います。

最後に、来たる年が皆様にとって素晴らしい年になることを心より祈念して、本日のお話を終わらせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。