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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策群馬県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 片岡 剛士
2021年3月3日

1.はじめに

日本銀行の片岡でございます。この度は、群馬県の行政、財界、金融界を代表する皆様とオンライン形式で懇談させていただく貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から日本銀行前橋支店の業務運営に対し、ご支援、ご協力を頂いておりますことを、この場をお借りして改めて厚く御礼申し上げます。

本日は、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営につきまして、私の考えを交えつつお話しします。その後、皆様から、群馬県経済の動向や日本銀行の業務・金融政策に対する率直なご意見をお聞かせいただければと存じます。群馬県を訪問することが叶わず大変残念ですが、皆様との懇談を通じて、地域経済の現状や課題に対する理解を深めるとともに、頂いたご意見を日本銀行の業務や政策判断に活かしてまいりたいと考えております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

2.経済・物価情勢

(1)海外経済の動向

初めに、海外経済の動向についてお話ししたいと存じます。昨年の世界経済は、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大によって様相が一変しました。図表1で新規感染者数の推移をみると、昨秋以降、米国、ユーロ圏といった先進国を中心に再び増加した後、減少に転じましたが、全体として高水準で推移しています。こうした中、世界経済は、一部で感染再拡大の影響がみられますが、全体として持ち直しています。ただし、持ち直しの動きは緩やかであり、製造業部門の生産活動や貿易量は回復を続ける一方で、感染症の影響を色濃く受けるサービス業部門には下押し圧力が加わっている状況です。

世界経済の先行きですが、当面、回復の足取りは全体として緩やかなものになると見込まれます。また、国による感染症拡大の深刻度合い、公衆衛生上の措置や政府・中央銀行によるマクロ経済政策の強弱により、回復の足取りには違いが生じると考えられます。

図表2は、IMFによる今年1月の世界経済見通しを、感染症が世界的に広がる前の昨年1月時点の見通しと比較しつつ示しています。主要国・地域別にみると、中国経済は外需をうまく取り込みつつ、雇用や所得の増加を通じて内需の拡大につなげています。実質GDPは、既に感染症が拡大する前の水準を上回り、昨年1月時点に見込まれた成長経路に概ね沿った形で成長すると予想されています。これには、感染症を早期に抑制したことや政府の経済対策が奏効していると考えられます。他方、先進国や中国以外の新興国・発展途上国の経済は回復が遅れており、実質GDPが感染症拡大前の水準に復帰するのは今年の後半になると見込まれています。さらに、世界経済の先行きを巡っては、感染症の動向、地政学的要因、気候変動といった様々なリスク要因が存在しており、特に下振れリスクに引き続き留意することが必要です。

(2)わが国の経済情勢

次に、日本経済についてみていきます。まず、日本経済の推移を実質GDP成長率から確認します。図表3では、実質GDP成長率を折れ線で、消費や投資といったGDPを構成する需要項目の寄与度を棒グラフで示しています。2020年10~12月期の成長率は、前期比+3.0%、年率では+12.7%となりました。2四半期続けてのプラス成長となり、民間消費、輸出、設備投資、公的需要のいずれもプラスに寄与しました。もっとも、2020年通年の実質成長率は-4.8%となり、2020年4~6月期の大きな落ち込みからの回復としては弱い状況です。

日本経済の先行きですが、1月に公表した日本銀行の展望レポートでは、政策委員の実質GDP成長率見通しの中央値として、2020年度-5.6%、2021年度+3.9%、2022年度+1.8%が見通されています(図表4)。日本経済は、2020年後半から感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで改善基調をたどる見通しですが、感染症への警戒感が続く中で、そのペースは緩やかなものにとどまると考えられます。その後、世界的に感染症の影響が収束していけば、海外経済が着実な成長経路に復していくもとで、日本経済はさらに改善を続けると予想されます。

見通しに対するリスク・バランスは、感染症の影響を中心に下振れ方向のリスクが大きいと考えられます。特に国内外における感染症の帰趨と、それによる経済・物価の下振れリスクには引き続き十分に注意する必要があります。

以下、民間消費、設備投資、輸出といったGDPの主要構成項目の動向を確認したいと存じます。

まず、民間消費です。図表5に示した実質消費は、感染症が拡大した昨年3月から5月にかけて、観光・宿泊・飲食・娯楽といったサービス消費を中心に、顕著に落ち込みました。その後、財消費は、昨年初の水準まで回復したものの、サービス消費は、感染再拡大の影響もあり、持ち直しの動きが鈍くなっています。感染症の収束が依然として展望できないことを踏まえると、消費は、しばらく厳しい状況が続くと予想されます。

民間消費を支える雇用環境について確認しますと、図表6左図にあるとおり、完全失業率は3.1%まで悪化した後、2.9%まで若干改善しましたが、感染症拡大前の水準と比べると、高止まりが続いています。図表7では、就業者数の変化についてやや詳しくみるために、性別・年齢階級別の就業者数について、2013年から2019年までの平均と、感染症の影響が顕在化した昨年1年間を比較しています。各年齢階層において、昨年の就業者数が減少方向に変化していますが、主に寄与しているのは非正規の就業者数の減少で、若年層や女性において変化幅が大きいことがわかります。ただし、女性の25歳~64歳においては、非正規就業者数の減少幅が大きい一方、正規就業者数が増加する動きもみられます。また、名目賃金は、図表6右図のように昨年4月以降前年比マイナスが続いています。とりわけ昨年末には特別給与の減少を主因に低下幅が再拡大しており、先々の消費への影響が懸念されます。

次に、企業の設備投資です。図表8のとおり、名目GDPに占める設備投資額の比率である設備投資比率は、足もとやや持ち直していますが、2019年までの水準よりも低くなっています。生産・営業用設備判断DIをみると、設備の過不足感も感染症の拡大に伴って大きく過剰方向に変化しました。図表9には昨年12月短観の設備投資計画を掲載しています。製造業は前年比プラスからマイナスへ悪化し、非製造業もマイナス幅が拡大しており、設備投資は、当面、弱い状況が続くと予想されます。

最後に輸出です。図表10のとおり、実質輸出は、感染症の影響が深刻化した昨年4~6月に、地域別には欧米向け、財別には自動車関連、情報関連、資本財のいずれも大きく落ち込みました。その後は増加に転じており、昨年末の時点で、感染症の影響が深刻化する前の水準を概ね回復しました。さらに本年入り後も、情報関連財の輸出は堅調に増加しています。先行きについても、中国経済や米国経済の回復が続く前提のもと、情報関連や資本財を中心に輸出の増加基調は続くとみています。

(3)物価の現状と先行き

続いて、物価情勢をみてまいります。図表11左図に示した本年1月の消費者物価指数の実績値は、生鮮食品を除く総合で前年比-0.6%、生鮮食品およびエネルギーを除く総合で前年比+0.1%となりました。右図では消費者物価の基調的な変動を示す指標の動きをまとめています。刈込平均値のマイナス幅は一頃より拡大し、その他の指標においてもプラス幅が縮小しているように、物価の基調は緩やかに低下しています。

物価の先行きについてですが、本年1月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値では、前掲図表4のとおり2020年度-0.5%、2021年度+0.5%、2022年度+0.7%と、徐々に上昇率が高まっていく予想となっています。もっとも、図表12で、物価の基調的な変動に影響するマクロ的な需給ギャップと中長期的な予想インフレ率をみますと、左図の需給ギャップは、2020年4~6月期に4%超の供給超過となった後、供給超過幅は縮小したものの、依然として大きな供給超過の状況が続いています。また、予想インフレ率は、右図のとおり、2019年末以降、低下しています。感染症の収束が見通せない中で経済の回復ペースが緩慢である可能性を念頭におくと、需給ギャップが需要超過に転じ、予想インフレ率が上昇することで、物価上昇率が勢いをもって2%の「物価安定の目標」に近づいていく状況を見通すことは、現状、難しいと考えています1

  1. 物価の先行きに関しては、プラス方向の可能性も考えられます。感染症の影響や政府の経済対策を背景に、実質可処分所得や貯蓄率は大きく上昇しましたが、先行き、感染症の収束に伴って貯蓄率がコロナ前の水準に戻る中で、これまで抑制されてきた消費や投資が大きく盛り上がることで、物価上昇率が高まる可能性もあります。

3.金融政策運営

以上の経済・物価見通しを踏まえつつ、現在の金融政策の概要についてご説明します。そのうえで、金融政策運営に対する私の考えを述べたいと存じます。

(1)金融政策の概要

日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という枠組みのもとで2%の「物価安定の目標」の実現を目指して金融政策を運営しています。この枠組みは、「長短金利操作」、「リスク資産の買入れ」、および、先行きの政策運営についての対外的な約束である「コミットメント」の3つから構成されます。

これらに加えて、新型コロナウイルス感染症への対応として、昨年3月以降、(1)企業等の資金繰りを支援するための「特別プログラム」の実行、(2)金融市場の安定確保を企図した潤沢かつ弾力的な資金供給、(3)資産市場におけるリスクプレミアムの抑制を企図したETFとJ-REITの積極的な買入れ、の3つの措置を実施してきました(図表13)。これまでのところ、これらの感染症対応策は、金融資本市場の動揺を抑え、企業等の資金繰りに対して一定の効果をもたらしたと考えています。

もっとも、景気の改善ペースが緩やかで、下振れリスクが大きいと予想されるもとでは、当面、企業等の資金繰りに対してストレスがかかり続けると考えられます。このため、日本銀行は、昨年12月の金融政策決定会合で「特別プログラム」の期限を半年間延長することで本年9月末までとし、企業等の資金繰りを引き続き支援していくことを決めました。

今後も、感染症の影響を注視しつつ、必要があれば、特別プログラムの再延長も含め、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる方針です。また、今後を見据えた対応として、経済を支え、2%の「物価安定の目標」を実現する観点から、より効果的で持続的な金融緩和を実現していくための点検を行うこととしました。現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みを継続することを前提に、各種の施策を点検し、3月の金融政策決定会合を目途に結果を公表する方針です。

(2)金融政策運営に対する私自身の考え

私は、以上ご説明した感染症への対応策については賛成しましたが、長短金利操作とコミットメントの2つには反対を続けました。資金繰り支援策や流動性供給だけではなく、物価下落圧力を可能な限り抑制し、日本経済が力強い成長軌道に復することを支援する政策が必要であると考えたためです。

まず、感染者数の増減とそれを受けた公衆衛生上の措置が経済・物価に影響する波及経路について、私なりの考え方をご説明します。感染者数の増加等は公衆衛生上の措置の強化につながり、公衆衛生上の措置の強化は、それ自体が民間消費の抑制につながるほか、消費者心理の悪化や金融経済を巡る不確実性の高まりを介しても民間消費や企業の設備投資を縮小させ得ます。それらは、需給ギャップを供給超過方向に悪化させ、物価の低下圧力として作用します。

こうした経路を想定したモデルを構築し、これまでの感染状況をもとに先行きを展望すると、物価が停滞するリスクは一段強まったと推計されます。感染再拡大によって、需給ギャップが需要超過方向に回復するタイミングが遅れることで、物価に下押しの圧力が掛かる期間が、感染再拡大がない場合より長期化すると予想されます。さらに、適合的な期待形成の度合いが強いわが国の物価予想を前提とすると、物価上昇率の停滞する期間が長期化するほど、予想インフレ率は上昇しにくくなります。このように、感染拡大が繰り返されると、需給ギャップと予想インフレ率の双方に悪化方向の圧力が掛かることで、物価が停滞する期間が長期化すると予想されます。

このような認識を前提とすると、私自身は、金融政策においては、長短金利操作とコミットメントに関して緩和を強化することが必要であると考えています。長短金利操作に関しては、コロナ後を見据えた前向きな設備投資など成長投資を後押しする観点から、積極的に国債を買入れ、長短金利を引き下げることが適当です。金融緩和によって成長投資を後押しすることは、感染症の拡大と必ずしもトレードオフの関係にはないと考えています。また、コミットメントについては、デフレへの後戻りを回避するためにも、財政・金融政策のさらなる連携が必要であり、日本銀行としては、政策金利のフォワードガイダンスを物価目標と関連付け、具体的な条件下で行動することが約束されている強力な内容に修正することが適当と考えています。

なお、「より効果的で持続的な金融緩和を実現するための点検」ですが、私自身がまず必要と考えるのは、長短金利操作、リスク資産の買入れ、フォワードガイダンスおよびオーバーシュート型コミットメントのそれぞれについて、経済や物価に与える効果などをしっかりと分析・検証することです。そのうえで、感染症の拡大により経済・物価への下押し圧力が長期間継続し、物価目標達成への道筋が見えなくなっている状況を踏まえ、現在の施策を丹念に点検し、分析・検証と合わせて、今後の戦略を検討・説明していくことが必要であると考えています。政策委員会の一員として、「物価安定の目標」の達成・維持に向けて、引き続き最大限の努力をしてまいります。

4.群馬県経済について

最後に、群馬県経済についてご説明したいと存じます。今回は、大変残念ながら群馬県を訪問することが叶いませんでしたので、日本銀行前橋支店の調査を参考にお話しいたします。

群馬県は、首都圏への供給基地としての歴史と、豊富な水資源や電力、恵まれた観光資源といった地の利を生かし、農業・工業・商業がバランスよく発展してきました2

足もとの県内景気は、感染症の影響から引き続き厳しい状況にありますが、基調としては持ち直しているとみています。製造業をみると、自動車関連では、海外販売の好調や国内の新車投入により、生産水準が引き上げられています。また、電気機械では、5G基地局やデータセンター向けといったIT関連需要の拡大を受け、生産が増加しています。足もとでは、世界的な半導体不足により自動車関連で供給面の制約がみられていますが、生産全体として、振れを伴いながらも増加していると考えています。一方、サービス業では、巣ごもり需要を背景にスーパーや家電量販店は持ち直しているものの、昨秋からの感染再拡大に伴うGo Toトラベル事業の停止や、先日まで要請されていた県内飲食店の営業時間短縮等を背景に、宿泊・飲食といった対面型サービス業は厳しい状況となっています。

景気の先行きについては、感染症の影響に関する不確実性が大きいものの、総じてみると改善基調をたどると考えられます。内外の自動車需要は堅調に推移し、IT関連需要も拡大が続くとみられます。個人消費も、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、基調としては持ち直しが続くと考えられます。

このように、足もとの景気については感染症の影響が大きい状態にありますが、コロナ後を見据え、中長期的な成長に向けて取り組んでいくことも重要です。この点、群馬県は2つの点で大きな可能性を有していると考えています。

1点目は、群馬県には、テレワーク拡大やオフィス分散化の恩恵を受ける地理的利点があることです。首都圏への通勤者にとって、群馬県は、在宅勤務と出勤を組み合わせる働き方が可能な居住地と言えます。この点、都道府県ごとの転出入者数をみると、群馬県は、2020年7月以降12月まで6か月連続で転入超となっています。こうした動きを県内自治体も後押しされていると聞いており、人口減少のインパクトを抑制するうえで時宜を得た取り組みと言えます。

2点目は、県内総生産に占めるシェアが高い自動車産業において、産・学・官が連携し、安全・自動・電動といった次世代を見据えた取り組みが活発に進められていることです。関連企業では、安全技術の搭載はもちろん、自動化・電動化に対応するための投資が積極的に行われています。また、群馬大学の「次世代モビリティ社会実装研究センター」では、自治体や民間企業と連携し、自動運転技術の研究や実証実験が進められています。こうした動きは、新たな付加価値の取り込みを可能とし、群馬県の成長力を大きく高める方向に働くと考えられます。

当面、感染症の影響は続きますが、こうした前向きな取り組みを着実に進めることで、群馬県経済が一層発展されることを祈念いたします。日本銀行としても、前橋支店を中心に、群馬県経済の発展に貢献できるよう努めてまいります。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 2群馬県は、古くは江戸という一大消費地への供給基地として第1次産業が発展し、これらを原材料とする加工産業も成長しました。明治以降は、世界遺産に登録されている官営富岡製糸場の設立などから、製糸・紡織業の集積地となりました。その後も、豊富な水資源とそれを用いた電力を求めて素材産業の進出が相次いだほか、昭和初期には、旧中島飛行機の主要拠点がおかれました。こうした経緯から、群馬県は製造業の集積度の高さが大きな特徴の1つとなっており、全国トップクラスの工場立地件数を維持しています。さらに、観光分野においても、草津・伊香保・水上・四万といった日本有数の温泉地に恵まれています。