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【講演】最終局面を迎えたLIBOR移行対応-デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)は現れない-NIKKEI Financialオンラインセミナーにおける講演

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日本銀行副総裁 雨宮 正佳
2021年6月8日

1.はじめに

日本銀行の雨宮でございます。NIKKEI Financialのオンラインセミナーにおきまして、LIBOR移行対応に関してお話しをする機会を頂戴し、誠にありがとうございます。

LIBOR移行対応とは、LIBORを参照する金融商品について、新たな金利指標に置き換えていく取り組みを指します。わが国だけでなく、世界の金融市場において、今後も円滑な取引が行われていくうえで、大きな課題となっています。

本年3月5日、このLIBOR移行対応において、重要な出来事がありました。それは、全通貨のLIBORの公表停止が確定したことです1。最も広く利用されている米ドルLIBORは、基本的に、2023年6月末に公表停止されることになりました。それ以外の円を含む全通貨のLIBORは、本年末に公表が停止されることになります。これまでLIBOR公表停止の可能性は、多くの市場参加者が意識していたことではありますが、実際に公表停止の時期が確定したことは、重要な意味を持っています。つまり、これまで幅広く利用されてきた円LIBORは、本年末には、完全に利用できなくなることが確定したということです。円LIBORの公表停止までに残された時間は、あと7か月を切っています。

LIBOR公表停止の確定を受けて、2012年に発覚した不正操作問題を契機に始まった一連のLIBOR移行対応は、舞台に例えると、いよいよ最後の幕があがった段階に至ったということができます。しかしながら、LIBORから新たな金利指標に移行する手当てが十分に整っていない取引は、今なお、多く残っています。この最終局面において、解決されなければならない課題は大きい一方、残された時間は非常に短いと言わざるを得ません。只今、「最後の幕があがった」と舞台に例えましたが、古代ギリシャの演劇では、こうした困難な状況において、絶対的な神が登場し、全ての問題を解決に導くという演出手法が採られることがありました。神を演じる役者が「マキナ(Machina)」と呼ばれるクレーンのような機械仕掛けで登場したことにちなんで、デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)と呼ばれています。しかし、LIBOR移行対応の最後の舞台で、このようなデウス・エクス・マキナが現れることはありません。

これまで国内外の関係者が様々な検討と取り組みを行ってきた結果、LIBOR移行対応を円滑に進めるための道具立ては、かなり整っています。残された時間の中で、LIBOR移行対応の成否は、個々の市場参加者が、こうした道具立てをしっかりと使いながら、着実かつ迅速に必要な対応を進めるかどうかにかかっています。現在は、LIBOR移行対応が可能かを考える段階ではありません。移行を完了させるために、確実に作業を進めるべき段階です。

本日は、特に円LIBORの移行対応に焦点を当て、これまでの取り組みを振り返るとともに、市場参加者の皆さまが、個々の移行対応を進めていくうえで留意していただきたい点をお話ししたいと思います。

  1. 具体的には、LIBORの運営機関であるICE Benchmark Administrationが、LIBORの恒久的な公表停止時期に関する市中協議結果を公表し、それを受け、FCA(英国金融行為規制機構)は、全通貨のLIBORの公表停止時期を確定させるアナウンスメントを実施した。

2.LIBOR移行対応とは

これまでの経緯

まず初めに、LIBOR移行対応に関する経緯とわが国での対応を簡単に振り返りたいと思います。

LIBOR移行対応を3つの局面で捉え直せば、第1の局面は、2012年に、LIBORに対する不正操作問題が明らかとなったことによって始まりました。この結果、金利指標改革の国際的な機運が高まりましたが、この段階では、あくまでLIBORの公表継続を前提に、金利指標としてのLIBORの頑健性をいかに高めていくかが論点でした。その後、2017年7月に、当時のベイリーFCA(英国金融行為規制機構)長官が2021年末のLIBOR公表停止の可能性に言及するスピーチを行い、第2の局面が始まりました。この局面では、LIBORを巡る論点は、「LIBORの公表継続を前提とした金利指標改革」から「LIBORの公表停止を前提とした新たな金利指標への移行対応」に大きく変わりました。そして、冒頭申し上げたとおり、本年3月に、円を含む全通貨のLIBORの公表停止が確定し、最終局面が始まりました。

こうした変遷の中でのわが国での対応を確認します(図表1)。まずLIBORの公表継続を前提にしていた第1の局面では、金利指標改革の一環として、円LIBORだけでなく、東京市場の銀行間取引レートに基づき算出されるTIBORについても、金利指標としての頑健性を高めるために、様々な取り組みが進められました。2017年7月に、そうした取り組みが結実し、公表レートの算出根拠に関する透明性の向上等が図られました。また、新たな金利指標として、翌日物資金取引の実取引レートをもとに算出するリスク・フリー・レートの特定化が検討されました。その結果、2016年12月に、日本銀行が算出し、公表をしている無担保コール・オーバーナイト物レートが、日本円のリスク・フリー・レートとして特定されました。

その後、LIBORの公表停止に備える対応が論点となった第2の局面では、2018年8月に、日本銀行を事務局とする「日本円金利指標に関する検討委員会」が設立されました。検討委員会は、金融機関や事業法人など多様な市場関係者から構成されており、幅広い視点から、円LIBORに代わる金利指標の選択と利用のあり方に関する検討を進めてきました。そして、円LIBORの移行対応の成否を決める現在の最終局面では、これまでの検討が一段と進められた結果、移行作業に必要な道具立てが概ね出揃う中で、各市場参加者による移行作業の実施に焦点が移っています。

円LIBORに代わる金利指標について

ここで円LIBORに代わる金利指標として、具体的にどのような選択肢があるのかを確認します(図表2)。

わが国では、3つの選択肢が存在します。ひとつの選択肢は、先ほど申し上げたTIBORです。これは、メガバンクを含む主要な金融機関15先が呈示する銀行間取引レートをもとに、全銀協TIBOR運営機関が算出し、公表をしています。

別の選択肢は、無担保コール・オーバーナイト物レートを用いた、後決め複利と呼ばれる金利指標です。これは、必ずしも一般に馴染みのある金利指標ではないため、やや詳しく説明します。例えば、後決め複利における3か月物変動金利は、無担保コール・オーバーナイト物レートで3か月間連続して毎日借入れを行った場合に、最終的に累積した金利がいくらになるかという考えに従って計算されます。後決め複利は、市場で実際に取引されるレートから算出される無担保コール・オーバーナイト物レートを使って計算されるため、最も頑健性の高い金利指標と考えられます。ただし、後決め複利では、支払いの直前まで利息額が確定しません。このため、事前に利息額が分かっていることを前提とした既存の事務運用やシステムとの親和性が低くなる分、移行対応のコストは、他の選択肢に比べて高くなる傾向があります。

最後の選択肢は、ターム物リスク・フリー・レートであり、わが国においては、東京ターム物リスク・フリー・レート、いわゆる「TORF(Tokyo Term Risk Free Rate)」が該当します。TORFは、金利スワップ市場で後決め複利と交換される固定金利であるOISレートに基づいた金利指標です。TORFを使う場合には、LIBORと同様に利息額が事前に分かるため、既存の事務運用やシステムとの親和性が高い指標と言えます。しかし、その算出に係るガバナンス体制の構築や算出プロセスの透明性向上、また算出の裏付けとなるOIS取引の市場流動性など、金利指標としての頑健性の確保が重要な論点となります。

以上のように、円LIBORに代わる金利指標には、複数の選択肢があります。そうした中で、全ての市場参加者は、金融商品や取引の性質、また自らのニーズに従って最適な金利指標を選択したうえで、それに基づく新規取引の実行や既存取引の契約変更を進めていかなければなりません。このような市場参加者の取り組みを後押しするため、日本円金利指標に関する検討委員会は、様々な材料の提供や推奨案の提示を行ってきました。その中には、市場参加者が移行計画を策定するうえで参照すべきマイルストーンを示した「本邦移行計画」2が含まれています。ここからは、この本邦移行計画を中心に、市場参加者の皆さまに留意していただきたいマイルストーンを、3点お話しします。

  1. 2日本円金利指標に関する検討委員会(2021)「円LIBORの恒久的な公表停止に備えた本邦での移行計画」を参照。

3.LIBOR移行対応の加速に向けて

円LIBORを参照した新規取引を停止すること

第1に、本邦移行計画では、本年6月末を目途に、円LIBORを参照した貸出や債券について、新規取引を停止することになっています(図表3)。この移行計画は、幅広い業態の主要プレイヤーが国際的な議論も参考に検討を重ねてコンセンサスに至った結果が反映されています。このコンセンサスを踏まえて、今から残り1か月の間で、円LIBORに代わる金利指標を参照した新規取引の準備を完了させることが極めて重要です。

本年6月末の新規取引の停止という目標の達成に向けて、必要な道具立ては既に整っています。日本円金利指標に関する検討委員会は、貸出や債券の新規取引で使用する代替金利指標等について、幅広い市場参加者の意見を集約するために、2019年7月に第1回市中協議を行い、その結果を同年11月に公表しました。当時、ターム物リスク・フリー・レートは、算出・公表主体や名称などが決まっていない状況でしたが、市中協議の結果では代替金利指標として最大の支持を集めたことが示されました3。それを受けて、検討委員会により、その算出・公表主体として株式会社QUICKが選定されるとともに、OISレートに基づくターム物リスク・フリー・レートの名称をTORFとすることが決定し、参考値も公表されました。その後も、TORFの算出に係るガバナンス体制の構築と算出プロセスの透明性向上に向けて、関係者による検討が精力的に続けられました。こうした結果、実際の取引に使用できるTORFの確定値は、当初予定を約2か月前倒しする形で、本年4月26日から公表されています4

従って、現在は、新規取引に必要な3つの代替金利指標、すなわち、TIBOR、後決め複利およびTORFの全てが、利用可能となっています。これまで市場参加者からは、例えば、全ての代替金利指標の選択肢が揃わないと、金利水準の比較ができないため、新規取引を開始しにくいといった声も聞かれていました。しかし、円LIBORを参照した新規取引を停止するうえで、この点は、もはや阻害要因ではありません。本年6月末以降、これら代替金利指標に基づく貸出や債券の新規取引が、しっかりと実現されることを強く期待したいと思います。

  1. 3日本円金利指標に関する検討委員会(2019)「『日本円金利指標の適切な選択と利用等に関する市中協議』取りまとめ報告書」を参照。
  2. 4TORFは、本年4月27日に、金融商品取引法上の「特定金融指標」に指定されたほか、QUICKにより設立されたTORFの運営機関であるQUICKベンチマークスは、同法上の「特定金融指標算出者」に指定された。こうした結果、現在、金融庁による監督のもとで、TORFの算出・公表が運営されている。

円LIBORを参照した既存取引残高を大幅に削減すること

第2に、本邦移行計画では、本年9月末を目途に、円LIBORを参照した貸出や債券について、既存取引の残高を大幅に削減することになっています(図表4)。この実現に向けては、円LIBORを参照する条件を直ちに解消し、代替金利指標を参照した新たな条件で取引を行うことだけでなく、フォールバック対応という手段が存在します。フォールバック対応とは、円LIBORの公表停止日に、参照金利が円LIBORから代替金利指標へと確実に置き換わるよう、予め契約で合意することを指し、将来の残高削減を前もって確保する意味を持ちます。既存取引に関する円LIBORの移行対応を確実なものとするには、こうしたフォールバック対応もしっかりと進めていくことが重要です。

フォールバック対応に関しても、必要な道具立ては既に整っています。日本円金利指標に関する検討委員会は、2020年8月に、貸出と債券のフォールバック対応の推奨案に関して、第2回市中協議を実施しました。その結果は、同年11月に公表され、多くの市場参加者は、貸出・債券ともにフォールバックにおける代替金利指標としてTORFを第1順位とし、後決め複利を第2順位とすることに賛同したことが示されました5

これらフォールバックにおける代替金利指標の選択肢も、現在、全て利用可能となっています。また、相対貸出やシンジケートローンについては、フォールバック対応に関する契約変更の雛形が、全国銀行協会および日本ローン債権市場協会のホームページから入手することができます。こうした道具立てを参考に、本年9月末までに、既存取引のフォールバック対応をしっかりと進めていただきたいと思います。これが実現しないと、本年末以降に満期を迎える円LIBORを参照した契約の履行において、大きな混乱が生じることになります。

なお、既存取引のフォールバック対応に関して、強調しておきたいことがあります。それは、フォールバック対応を実行するには、投資家の皆さまにも積極的に役割を果たしていただく必要がある、ということです。円LIBORを参照した債券の発行体がフォールバック対応を行うためには、社債権者集会を開催し多数決に基づく契約条件の変更を行うか、または、全ての投資家から契約条件の変更に係る同意を取得するか、の何れかを実現する必要があります。特に投資家全員の同意を求めるケースでは、投資家による積極的な議論や交渉への参加が不可欠となります。円LIBORを参照した債券の移行対応では、どうしても発行体の責任に注目しがちですが、それを保有する投資家も重要な役割を担います。残された時間において、発行体と投資家が、それぞれ果たすべき役割を認識して、債券のフォールバック対応を進めていくことが極めて重要です。

  1. 5日本円金利指標に関する検討委員会(2020)「『日本円金利指標の適切な選択と利用等に関する市中協議(第2回)』取りまとめ報告書」を参照。なお、同報告書は、貸出と債券のフォールバックにおける代替金利指標の第1順位を、「ターム物リスク・フリー・レート」と示しているが、現時点で同レートに該当し、利用可能なものはTORFとなる。

円LIBORスワップ取引からOIS取引へ移行すること

最後の点は、貸出や債券ではなく、金利デリバティブに関わるものです。すなわち、円金利スワップの取引において、円LIBORスワップの新規取引を取りやめ、OIS取引に移行することです(図表5)。

日本円金利指標に関する検討委員会は、本年3月下旬に「円金利スワップ市場におけるLIBOR公表停止への対応」6と題するステートメントを公表しました。このステートメントにおいて、市場参加者は、遅くとも本年9月末を目途に、円LIBORスワップの新規取引を停止するとともに、可能な限り前倒しで、その実現に取り組むことになっています。そのための手立てとして、円金利スワップ市場において、円LIBORスワップに代わって取引の中心となるべきは、OIS取引であることが明確化されています。

このステートメントは、デリバティブ取引に関するLIBOR移行対応に関して、FSB(金融安定理事会)が求めるグローバルスタンダードに沿った内容にもなっています。円金利スワップの市場参加者は、ステートメントの内容を踏まえて、可能な限り早めに移行対応を進めていくことが重要です。その結果、OIS取引の拡大を通じて、貸出や債券で利用されるTORFの頑健性向上にも繋がることが期待されます。

  1. 6日本円金利指標に関する検討委員会(2021)「円金利スワップ市場におけるLIBOR公表停止への対応」を参照。

4.終わりに

以上、市場参加者の皆さまに対して、留意していただきたいマイルストーンを念頭に、検討委員会や業界団体が提示した様々な道具立てを活用しながら、今後の移行対応を迅速に進める必要があることを申し上げてきました。

LIBOR移行対応は、非常にチャレンジングな課題であることは疑う余地もありません。というのも、LIBOR移行対応では、多くの方々が、事務運用の変更やシステムの改定などの面で大きなコストを払いながら作業を進めていく必要があり、後戻りが効かない分、判断は慎重になるからです。このため、「他者の動向や市場のスタンダードを見極めてから、自分の行動を決定する」というインセンティブが働きやすくなります。

もっとも、多くの先がこうした選択を行うと、社会全体の観点から望ましくないばかりでなく、最終的には、個々人の利益を損なうことになります。金融機関が保有している円LIBORを参照した契約のうち、本年末を超えて満期が到来するものは、昨年末時点で計2,000兆円に達しています7。移行に係る作業の先送りが続いてしまえば、膨大な金額の契約に関する秩序だった移行対応が全体として困難になり、わが国の金融システムや金融市場にとって重大な影響が生じることで、個々の主体の健全な経済活動が阻害されることになりかねません。だからこそ、検討委員会や業界団体は、これまで推奨案や雛形の公表、またマイルストーンの提示などを行ってきたのです。

円LIBORが公表停止になる本年末までに、残された時間は限られています。その中で、秩序だったLIBOR移行対応が実現するかどうかは、個々の市場参加者の皆さまが、これまでに提供された道具立てを活用し、必要な対応を着実かつ迅速に進めることにかかっています。繰り返しになりますが、この舞台には、デウス・エクス・マキナは現れません。

日本銀行は、引き続き、金融庁と連携しながら、海外の動向にも留意しつつ、日本円金利指標に関する検討委員会の事務局として、また中央銀行の立場から、残された時間における市場参加者の皆さまの取り組みを、しっかりとサポートしていく方針です。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 7金融庁・日本銀行(2021)「LIBOR利用状況調査結果概要」を参照。