【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策兵庫県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司
2021年12月2日
1.はじめに
日本銀行の鈴木でございます。本日は、兵庫県の行政、金融・経済界を代表する皆様方とお話しするこのような機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行神戸支店の様々な業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。
新型コロナウイルス感染症の影響により、私自身、金融経済懇談会にはオンライン形式での参加が続いていましたが、今回はこのように当地を訪れ、直接皆さまのお顔を拝見しながら懇談ができますことを、大変嬉しく思います。本日の懇談会では、まず私から経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてご説明申し上げたうえで、兵庫県の経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、兵庫県の実情に則したお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などを承りたく存じます。
2.最近の経済・物価情勢
(1)経済情勢
まず、海外経済からお話ししたいと思います。海外経済は、国・地域毎にばらつきはありますが、総じてみれば回復しています(図表1)。いち早くワクチン接種が進んだ米国や欧州では、経済活動再開の動きが継続するもとで、景気の改善が続いています。中国経済は、感染症再拡大や電力供給問題等に伴う内需・生産への影響もあって、改善ペースは鈍化しているものの、基調としては回復を続けています。中国以外の新興国・資源国経済は、一部の国・地域では夏場の感染症拡大に伴って内需や生産面への下押し圧力がみられましたが、足もとではその影響が和らぎつつあり、全体としては持ち直しています。
こうしたもとで、わが国の景気は、内外における感染症の影響から引き続き厳しい状態にありますが、基調としては持ち直しています(図表2)。国内における感染症の影響については、感染者数増加の波が繰り返す中、外食や旅行といった対面型サービス部門を中心に強い下押し圧力を受けてきましたが、秋以降は感染状況が落ち着くもとで、幾分和らぎつつあるとみられます。他方、海外では半導体不足やASEAN地域における夏場の感染拡大がグローバル・サプライチェーンに影響を与えており、わが国でも自動車関連を中心に輸出・生産の一時的な減速に繋がっています。もっとも、海外経済の回復や各種政策効果の下支えを背景とした、企業部門における収益から設備投資への前向きの循環は引き続き働いており、わが国の景気全体の持ち直し基調は維持されているとみています。以下、項目別にご説明致します。
まず、輸出は、足もとでは一部における供給制約の影響から弱い動きとなっていますが、海外経済の回復を背景に、基調としては増加を続けています(図表3)。財別にみますと、自動車関連は、ASEAN地域の感染症拡大に伴うサプライチェーン障害を背景とした各社の減産を受けて、大きく落ち込んでいます。他方で、情報関連は、自動車向けで減少している品目は見られますが、スマートフォンやデータセンター向けの半導体などが堅調に推移するもとで、増加基調を続けています。また、資本財も、世界的な機械投資の増加に加え、デジタル関連需要の拡大を受けた半導体製造装置の堅調さに支えられて、増加を続けています。先行きの輸出は、当面は、供給制約の影響が残ると見込まれますが、その後は、デジタル関連を中心としたグローバル需要の堅調な拡大を背景に、再びしっかりと増加していくとみられます。
次に、個人消費は、感染症への警戒感などからサービス消費を中心に下押し圧力が依然として強いですが、足もとでは持ち直しの兆しが窺われます。7から9月期の家計最終消費支出(除く持ち家の帰属家賃)は、前期比マイナスとなりました(図表2)。この背景には、感染症の影響による下押し圧力が飲食・宿泊等のサービス消費を中心に続いていたことに加え、半導体等の不足による乗用車や一部の白物家電等での供給制約、天候不順などの要因もありました。もっとも、10月以降は感染状況が落ち着くもとで、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の解除もあって、対面型サービス消費などに持ち直しの兆しが窺われています(図表4)。先行きの個人消費は、当面、感染症への警戒感などが重石となるほか、自動車などの供給制約も耐久財消費の下押しに働くものの、ワクチンの普及などにより感染抑制と消費活動の両立が進み、供給制約も和らぐもとで、サービスや耐久財のペントアップ需要の顕在化もあって、再び持ち直していくとみられます。その後は、感染症の影響が徐々に収束していくもとで、雇用者所得の改善にも支えられて、増加基調が明確になっていくと考えられます。
設備投資は、飲食・宿泊業の店舗・宿泊施設や運輸業の鉄道・道路車両など一部業種に弱さがみられるものの、全体としては、企業収益が改善するもとで持ち直しています。機械投資は、半導体製造装置や携帯電話基地局・5G関連投資などのデジタル関連財や建設機械等に支えられています。また、建設投資では、Eコマースの拡大を背景とした物流施設の増加や都市再開発案件の進捗がみられています。こうした設備投資の持ち直しの動きは、9月短観における今年度の設備投資計画が、前年比+9.3%の増加計画と、前回6月調査時点と同様にはっきりとした増加に転じる計画となっていることからも確認できます1。
雇用・所得環境をみますと、感染症の影響から、弱い動きが続いています。就業者数は、人手不足感の強い医療・福祉や情報通信等を中心に正規雇用の緩やかな増加が続いている一方、非正規雇用は対面型サービス業を中心に依然低めの水準にあります。また、失業率や有効求人倍率は、振れを伴いつつも横這い圏内の動きとなっています(図表5)。賃金についても、大きく落ち込んだ前年との対比でみればプラスとなっているものの、感染症拡大前と比較すると水準はやや低めとなっています。
- GDPの概念に近い「全産業全規模+金融機関」のソフトウェア・研究開発を含む(除く土地投資)ベース。
(2)物価情勢
続いて、わが国の物価情勢についてご説明します。生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、0%程度となっています(図表6)。もっとも、足もとの物価動向では、プラスとマイナスの両方向で一時的な要因の影響が大きくなっています。すなわち、本年春以降に低価格プランが導入されてきた携帯電話通信料が-1%ポイントを超えるマイナス寄与となっている一方で、昨年低迷していたエネルギー価格が世界経済の回復を受けた原油価格動向を反映して上昇していることや、昨年のGo Toトラベル事業による宿泊料割引の反動が、プラス方向に寄与しています。これらの一時的な要因を除いた、いわば実力ベースの消費者物価は前年比で0%台半ばのプラスとなっており、底堅く推移しています。こうした中、企業や家計による先行きの物価に対する見方、すなわち中長期的な予想物価上昇率は持ち直しています(図表7)。
(3)経済・物価の見通しとリスク要因
先行きのわが国経済については、当面は、感染症への警戒感によるサービス消費への下押し圧力や、供給制約による輸出・生産への影響が残ると見込まれます。もっとも、その後は、ワクチンの普及などに伴い感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、外需の増加や緩和的な金融環境、政府の経済対策の効果にも支えられて、回復していくとみています。そして、2023年度までの見通し期間の中盤以降は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが家計部門を含め経済全体で強まるなかで、わが国経済は、ペースを鈍化させつつも潜在成長率を上回る成長を続けると予想されます。こうした見通しを、10月の「展望レポート」における政策委員の見通しの中央値でみますと、実質GDPの前年比は、2021年度が+3.4%、2022年度が+2.9%、2023年度が+1.3%となっています(図表8)。
次に、物価の先行きについてです。コアCPIの前年比は、当面、エネルギー価格の上昇を反映してプラス幅を緩やかに拡大していくと予想されます。その後は、一時的な要因による振れを伴いつつも、需給ギャップの改善や予想物価上昇率の高まりなどを背景に、基調としては徐々に上昇率を高めていくと考えられます。コアCPIの前年比について、10月の「展望レポート」における政策委員の見通しの中央値は、2021年度が0.0%、2022年度が+0.9%、2023年度が+1.0%となっています(図表8)。
こうした経済・物価の見通しのリスク要因としては、引き続き、感染症の動向や、それが内外経済に与える影響に注意が必要です。特に、感染抑制と経済活動の両立が今後どのように進んでいくか、不確実性が高いです。すなわち、変異株の流行などによって、人々の感染症への警戒感が根強く残る場合には、消費を中心に経済が下振れるリスクがあります。一方で、ワクチンや治療薬の普及により、感染が抑制されるとともに、感染症への警戒感も大きく後退すれば、サービス消費のペントアップ需要が早めに顕在化することなどにより、経済活動が想定以上に活発化する可能性も考えられます。また、一部でみられる供給制約の影響が拡大・長期化するリスクにも留意が必要です。米国をはじめとする先進国の急速な景気回復や、アジア地域における感染再拡大の影響などから、半導体不足や海上輸送などの物流の停滞、サプライチェーン障害による部品調達難といった供給制約がグローバルにみられています。感染症の影響が和らぐにつれて、需要の偏りや生産・流通面でのボトルネックも解消に向かうとみられますが、供給制約の影響が想定以上に長引いたり拡大したりする場合には、見通し期間の前半を中心に経済が一段と下振れるリスクがあります。
3.感染症と気候変動問題への金融政策面での対応
次に、世界が直面している2つの重要な課題である、新型コロナウイルス感染症への対応と気候変動問題について、金融政策面での取り組みをお話ししたいと思います。
(1)感染症拡大の影響を踏まえた対応
まず、感染症拡大の影響を踏まえた対応です。日本銀行では、昨年3月以降、感染症への対応として、(1)新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム、(2)国債買入れやドルオペ等による潤沢かつ弾力的な資金供給、(3)ETFおよびJ-REITの買入れの「3つの柱」からなる強力な金融緩和措置により、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めています(図表9)。こうした対応は、政府の施策や民間金融機関による積極的な金融仲介機能の発揮と相俟って、効果を発揮してきています。その結果、わが国の金融環境は、企業の資金繰りの一部に厳しさが残っているものの、全体として緩和した状態にあります。
もっとも、変異株の流行もあり、内外経済の不透明感が強い状態が続いており、当面はこうした感染症の影響への対応が引き続き重要です。日本銀行は、「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」の期限を来年3月末まで延長しており、引き続き、このプログラムのもとで企業の資金繰りをしっかりと支えていきます。また、感染症が経済に与える影響を注視し、必要と判断すれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる考えです。
(2)気候変動問題への対応
次に、気候変動問題への対応についてお話ししたいと思います。気候変動問題は、将来にわたって社会・経済に広範な影響を及ぼしうるグローバルな課題です。このため、解決に向けて、企業・家計・金融機関・政府といったあらゆる経済主体が、長期にわたって積極的に取り組んでいくことが求められており、中央銀行もその例外ではありません。すなわち、気候変動問題は、中長期的に、経済・物価・金融情勢にきわめて大きな影響を及ぼしうるものであることから、「物価の安定」や「金融システム安定」を使命とする中央銀行にとっても、取り組むべき重要な課題です。こうした中、各国の中央銀行は必要な対応を進めており、日本銀行も、本年7月に、気候変動に関する取り組み方針を公表しました。これは、金融政策、金融システム、調査研究、国際金融など、多岐にわたるものです(図表10)。
このうち、金融政策面での対応として、気候変動分野での民間金融機関の多様な取り組みを支援するため、新たな資金供給の仕組みを導入することとしました(図表11)。9月に制度の詳細を決定・公表しており、今月から実際の資金供給を開始する予定です。このように、民間における気候変動への対応を支援していくことは、長い目でみたマクロ経済の安定に資するものであり、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」という金融政策の理念とも整合的です。
そのうえで、気候変動問題への対応を進めていくことが今後のわが国の経済にとって如何に重要であるかについて、新たな資金供給制度に対する見方と併せて、私の考えをお話ししたいと思います。
気候変動問題に対する意識が世界中で高まる中、デジタル・トランスフォーメーションに加え、今後はグリーン・トランスフォーメーション、すなわち、温室効果ガスの発生による気候変動を抑制し経済成長に繋げるような産業構造や社会経済の変革への対応が、企業価値を決するとも言われています。企業活動を取り巻く環境の変化として、今後、温室効果ガス排出量制限などの規制に加えて、炭素税や排出権取引といった「カーボン・プライシング」の導入が、各国・地域で進んでいくものとみられます。これにより、企業活動が気候変動に与える影響がコストに明示的に反映されるようになると、企業はそうしたコストをより意識して意思決定を行うこととなります。その結果、例えば、製造業を中心に、使用エネルギーを化石燃料から電力に切り換えるとともに、より安く、より環境に配慮した電力が利用できる立地に活動拠点を移転する動きが拡がっていくものと考えられます。
こうした中、わが国では、東日本大震災後の原子力発電所の稼働停止もあり、欧米諸国と比較して電源構成における化石燃料による火力発電の割合が高い状況にあります。また、わが国の産業用電気料金は世界の主要国の中でも高水準にあり、再生可能エネルギーから生み出されるものに限ればさらに割高となります。このような状況が続けば、これまで人件費や為替変動リスクを削減する観点からグローバルに地産地消を進めてきたわが国の企業が、電力にかかるコストと調達可能量の制約を避ける観点から、工場等の海外移転を加速させる可能性があります。
これを防ぐためには、国内において、気候変動対応にかかる様々な技術の研究開発投資や、そうした技術を用いるための設備投資を拡大していく必要があります。具体的には、(1)使用エネルギーを化石燃料から電気や、水素等のカーボン・フリーな代替エネルギーに切り換えていくとともに、(2)再生可能エネルギーによる発電能力の引き上げや、(3)二酸化炭素の回収・再利用等を並行して進めていくことが期待されます。そのためには、産学官が一体となった取り組みが不可欠です。グリーン・トランスフォーメーションで世界に後れを取ることでわが国の産業の空洞化が加速することのないよう、財政・制度面での政府の一層の取り組みに期待するとともに、日本銀行としても新たな資金供給の仕組みを通じて気候変動関連分野での民間金融機関の多様な取り組みを、しっかりと支援していきたいと考えています。
そのうえで、こうした取り組みを進めていく際には、金融面では市場中立性への配慮が重要となります。特に、わが国の産業は相当規模が間接金融で支えられており、その背後では、融資先企業とのきめ細やかなコミュニケーションに基づき、変化する資金ニーズに柔軟かつ適切な範囲で応えるという、金融機関の目利き力が重要な役割を果たしています。こうした中、中央銀行が個別の資源配分に直接介入する形で、グリーンな経済活動を支援し、ブラウンな経済活動を抑制するといった政策を進めていくと、金融システムに様々な歪みが生じる可能性があります。この点、今回の資金供給制度では、金融機関が自らの判断に基づいて行う気候変動対応投融資をバックファイナンスする形をとっていますので、そうした金融システムへのマイナスの影響を回避できるものと考えています。
4.「物価安定の目標」の実現に向けて
続いて、感染収束後も見据えた金融政策運営に関してお話ししたいと思います。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、3月の点検により持続性と機動性を増した「長短金利操作付き量的・質的緩和」のもとで、強力な金融緩和を粘り強く続けていくこととしています(図表12)。
もっとも、先ほども触れたように、2023年度にかけて、物価上昇率は、徐々に高まっていくとはいえ、目標である2%には達しない見通しとなっています。このように、物価上昇により多くの時間を要するとみられる背景には、過去のデフレの経験から物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に定着しているという事情があります。
将来不安による個人消費の弱さ
私は、これに加えて、人々が将来の増税や年金受給額の減額等への不安を抱いていることや、賃金上昇への期待が高まらないことが、家計の消費意欲、ひいては値上げに対する許容度が高まっていかないことに繋がっているものとみています。
こうした観点から、まず財政政策と経済活動の関係について、私の考え方をお話ししたいと思います。感染症の影響により経済が大きく下押しされる中、わが国をはじめ、各国で大規模な財政支出が行われています。これが、景気の底割れを防ぎ、経済を成長軌道に戻していくうえで必要不可欠なものであることに、疑う余地はありません。そのうえで、その財源は将来にわたって確保していく必要があることに留意しなくてはなりません。例えば、英国では、感染対策の財源確保を目的として、2023年に約50年振りとなる法人税率の引き上げを行う方針が発表されています。また、これまでにはわが国でも、東日本大震災からの復興にかかる財源を、所得税などに上乗せする形で確保してきています。今回の感染症対策にかかる財源を将来確保していく過程では、経済活動に大きな影響が及ぶ可能性があると考えられることから、財政健全化を巡る今後の議論を注視していく必要があります。
次に、賃金に関するお話をしたいと思います。2013年以降、日本銀行による大規模な金融緩和と政府による機動的な財政政策のもとで、需給ギャップが改善し、労働需給がタイト化したことで、女性や高齢者の労働参加が進みました。その結果、感染拡大前までは、就業者数が増加し、これに伴い雇用者所得も増加を続けていました。他方で、一人当たりの賃金の上昇率は、2013から2019年の平均で、名目ベースで+0.5%、実質ベースでは-0.5%にとどまっています。2014年以降は8年連続でベースアップが実現しており、感染症の影響を受ける中にあってもこの動きが途切れていないことは喜ばしいことです。もっとも、ベースアップの水準については、連合が発表している集計が可能な企業の結果では8年間の平均で+0.5%程度と、2%の物価目標と比較すると低い水準にとどまっています。
賃金上昇に向けて
こうした状況から賃金を高めていくうえでは、企業が成長分野の事業に資源を機動的に振り向けていくとともに、労働者が必要な再教育も受けつつ、より付加価値の高い仕事を求めて企業内あるいは企業間を柔軟に移動できるようになっていくことが必要です。この点、感染症の影響により、そうした経済構造の変革が遅れることとなった可能性には、留意が必要です。経済活動が大きく下押しされているもとでは、政府や日本銀行が、企業の存続と雇用の維持のために積極的な政策対応を取ったことで、企業倒産数や失業率の上昇は限定的なものにとどまっています。これにより、わが国の経済は、ある種の連続性を保つかたちで回復に向かうことができていますが、他方で、感染拡大以前から存在していた非効率な事業の存続も可能になっている面もあるものとみています。
このため、感染症の経験を経て、デジタル化や脱炭素化に向けた世界経済の潮流が一層加速する中で、成長分野へのシフトを促すかたちで、わが国の経済構造の変革を進めていくことの重要性はより高まっています。こうした中で、金融政策面からも経済を下支えすることで、事業転換を含む社内資源の再配分や他社との提携・統合などを通じて、企業がより生産性の高い分野に資金や労働者を振り向けていく動きを支援していきたいと考えています。これにより、企業収益の増加が賃上げに繋がり、先行きも賃金が着実に高まっていくという期待を家計が抱くようになれば、将来への不安が和らぐことで安心して所得を消費に回していけるようになります。その結果、家計の値上げに対する許容度が高まることでコストの価格転嫁が容易となった企業の収益力が高まり、さらなる賃金上昇に繋がっていくことを期待しています。
物価の安定と金融システムの安定
次に、今後の金融政策運営にあたっての私の考えについてお話し致します。
感染症の影響もあり、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、8年半超にわたって推し進めてきている強力な金融緩和は、さらなる長期化が避けられない情勢です。こうした中、感染収束後も2%の「物価安定の目標」の実現に向けて、3月の点検を踏まえた「より効果的で持続的な金融緩和」を粘り強く続けていくことが想定されますが、金融緩和政策が効果を持続していくうえでは、金融システムの安定維持が不可欠です。
この点、感染症が引き続き国内外の経済・金融面に大きな影響を及ぼしている中にあっても、わが国の金融システムは、全体として安定性を維持しています。もっとも、国内外の景気回復の遅れに伴い信用コストが増加する可能性には引き続き注意が必要です。また、感染症が収束した後も、低金利環境の長期化や、人口減少などに伴う借入需要の減少といった構造的要因による、金融機関の基礎的収益力の趨勢的な低下圧力は続くとみられます。こうした中で、金融仲介機能が停滞方向に向かうリスクや、金融機関による利回り追求行動などに起因して金融システム面の脆弱性が高まる可能性には引き続き留意していく必要があります。
3月の点検では、金融緩和が経済・物価にもたらす効果とともに、金融仲介機能や市場機能に与える影響についても分析・評価を行ったうえで、より効果的で持続的な金融緩和のための政策対応を行いました。今後も、その時々における経済・物価・金融情勢を踏まえて金融緩和の効果と副作用の比較衡量を丹念に行っていくことで、金融政策にさらなる改善の余地はないか検討を続けていきます。その際、時間の経過とともに金融緩和の副作用が累積していくことに十分な注意を払っていくべきである、というのが私の考えです。「物価の安定」と「金融システムの安定」という日本銀行の2つの使命を果たすべく、引き続き、適切な金融政策運営に努めて参りたいと思います。
5.おわりに ―― 兵庫県の経済について ――
最後に、神戸支店を通じて承知している情報も踏まえ、兵庫県の経済についてお話ししたいと思います。
兵庫県の経済は、皆さまもご承知のとおり、阪神工業地帯や播磨臨海工業地帯に代表される全国屈指の生産拠点として、第2次産業、とくに製造業のウェイトが高く、素材産業である鉄鋼や化学をはじめ、輸送用・電気情報通信・生産用の機械、食料品など、その裾野が広いことが特徴です。また、近年、優れたモノづくりに止まらず、デジタル技術と製品とを組み合わせることで、ビジネスモデルの拡張を通じて新たな需要の取込みを図ったり、気候変動問題へのグローバルな関心の高まりを踏まえ、製品の脱炭素化に向けた製造プロセスのイノベーションに取り組むなど、環境変化をビジネスチャンスと捉え、前向きに対応していこうとする動きがみられています。
このように多様で、かつ、しなやかな製造業が集積する当地においても、中長期的には、人口減少などの課題を抱えていますが、こうした課題への対応を含め、さらなる発展を目指して、産官学が一体となって様々な取り組みが進められています。
まずは、成長産業の育成です。震災復興事業としてスタートした「神戸医療産業都市」は、人工島ポートアイランドを拠点に、日本最大級のバイオメディカルクラスターへと成長しています。昨年、初の日本製手術支援ロボットが実用化され、注目を集めているほか、参画するスタートアップも増加しており、さらなる発展が期待されます。また、気候変動問題への対応としては、脱炭素化の切り札となる水素サプライチェーンの構築が、当地企業がメインプレーヤーとなって進められています。水素供給の大幅なコストダウンを実現することで、わが国産業の一層の発展に貢献することが期待されます。
次に、地域活性化に向けた動きです。コロナ禍のもとで、「淡路島」では密の回避に適した都市近郊型リゾートとして人気を集め、グランピング施設やお洒落なカフェなどの観光コンテンツを充実する動きがみられています。また、今秋には、神戸のウォーターフロントに新たなランドマークとして「神戸ポートミュージアム」がオープンしたほか、JR三ノ宮駅周辺の再開発が着手されるなど、次代を見据えた基盤整備への取り組みも進み始めています。もとより兵庫県は、北は日本海、南は瀬戸内海に面しているなど地域毎に気候・歴史・風土が異なり、六甲の山々と海に囲まれた美しいみなとまちの「神戸」、世界遺産の「姫路城」、国内有数の温泉地である「有馬温泉」や「城崎温泉」など多彩な観光資源を有しています。2025年開催予定の大阪・関西万博も見据えつつ、多彩な観光資源の活用や、魅力的な街づくりを通じて、交流人口が増加し、当地経済の一層の活性化に繋がっていくことが期待されます。
こうした当地の皆さまの前向きな取り組みが、当地経済の一層の発展に繋がっていくことを祈念しております。日本銀行としても、神戸支店を中心に、兵庫県経済の発展に少しでも貢献できるよう努めてまいります。ご清聴ありがとうございました。