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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2022年9月26日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店の業務運営にご協力頂き、厚くお礼申し上げます。

前回、前々回の懇談会は、新型コロナウイルス感染症のため、オンライン形式となりました。今回、3年ぶりに、皆様に直接お目にかかってお話しできますことを大変嬉しく思います。皆様との意見交換に先立ち、まず、私から、わが国の経済・物価情勢や金融政策運営の考え方について、お話ししたいと思います。

2.経済情勢

はじめに、わが国の経済情勢についてお話しします。

国内外で繰り返し訪れる感染症の波は、様々な経路を通じて、わが国経済に影響を及ぼしてきました。今年の前半には、いわゆる「ゼロコロナ政策」が徹底されている中国で感染が広がり、上海などの主要都市がロックダウンとなりました。日本が得意とする自動車や工作機械といった製造業でも、部品調達に支障を来たし、減産を余儀なくされました。その後、上海のロックダウンは解除され、その面からの供給制約は解消してきています。一部に、依然として部品の不足が続いている分野もありますが、輸出や生産を全体としてみますと、供給制約の影響が和らぐもとで、基調として増加しています(図表1)。

国内の個人消費に目を転じますと、今年3月に全国的に行動制限措置が解除されて以来、感染症による下押し圧力は和らいできました(図表2)。夏場には、感染の第7波が訪れ、感染者数はこれまでのピークを大幅に更新しましたが、大阪やなんばの駅前など繁華街の人出は、振れを伴いつつも感染症が広がる前の水準に戻りつつあります。京都祇園祭の山鉾巡行が3年ぶりに開催されたことも、局面の変化を象徴しているように思います。もちろん感染症の影響がなくなったわけではありませんが、小売や外食の売上げなどからも、個人消費は緩やかに増加していると判断しています。

この間、原油などの国際商品市況は、ウクライナ情勢などの地政学的リスクの高まりに加え、世界的な需要回復もあって、大幅に上昇しました。このことは、資源や穀物など原材料の多くを輸入に頼るわが国にとって、海外への所得流出という形で、経済への下押し圧力になります。

わが国経済は、このような資源価格上昇の影響などを受けながらも、感染抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直しています。先行きについては、次に申し上げる3つの点を踏まえますと、今後も回復を続ける可能性が高いと考えています。

第一に、企業の輸出・生産や設備投資の改善です。輸出や生産は、受注残が積み上がっているほか、これまで下押し圧力となってきた供給制約が緩和される効果もあって、増加基調を続ける見込みです。設備投資は、高水準の企業収益に加え、感染症や供給制約の影響で先送りされてきた案件が実行されることが下支えに寄与します(図表3)。デジタル化や脱炭素化、サプライチェーンの再構築といった、中長期的な課題に対応する投資も見込まれます。実際、今年度の企業の設備投資計画をみますと、例年以上に高い伸びとなっています。

第二に、個人消費の底堅さです。最近の物価上昇は、家計の実質購買力を低下させ、消費を押し下げる方向に働く要因です。もっとも、当面は、旅行や外食などで、コロナ禍のもとで抑制されてきた需要が顕在化することに加え、これまで蓄積されてきた貯蓄にも支えられ、消費は増加を維持すると考えています(図表4)。ただし、こうした、いわゆるペントアップ需要は、その性質上、一時的な効果にとどまります。その先も個人消費が持続的に増加するかは、賃金上昇をはじめとした家計所得の増加にかかっています。ここは大事な点ですので、後ほど改めて触れたいと思います。

第三に、政府が入国制限の緩和を進めているもとで、今後、インバウンド需要の回復も期待されることです。特に当地のように観光資源が豊富なところにおいては、潜在的な需要は高まっていると考えられます。

そう申し上げたうえで、先行きを巡る不確実性、とりわけ下振れ方向のリスクが従来にも増して大きくなっているのも事実です。

そのようなリスクとしては、まず内外の感染症の動向が挙げられます(図表5)。先ほども触れましたが、わが国では、第7波の感染拡大において、これまでにないペースで感染者数が急増しました。経済活動との両立が進むもとで、感染者数の割には、経済へのマイナスの影響は限定的との見方もできますが、感染時のリスクが相対的に大きいとされる高齢者を中心に、消費活動に慎重な姿勢も窺われます。今後も感染症の波が繰り返し訪れる可能性は否定できず、その帰趨によっては、ペントアップ需要の出方やタイミングが影響を受けることになります。さらに、中国をはじめ、わが国企業のサプライチェーンに関わる地域で感染症が拡大した場合、供給制約が再び強まる可能性にも留意が必要です。

リスクの2つ目としては、海外の経済・物価動向が挙げられます(図表6)。現在、世界的に物価上昇率が高まっています。米国やユーロ圏の物価上昇率は、約40年振りとなる2桁に近い水準となっています。これを受けて、各国の中央銀行が、利上げを行っています。

米国では、経済の再開に伴って求人数が大幅に伸びるなど、労働需要が急速に高まる一方、感染症への懸念などから、高齢者や女性などの労働供給の回復が遅れており、労働需給のミスマッチが拡大しています(図表7)。賃金は5%以上の高い伸びを示し、労働コストの面でも物価の上昇圧力を強めています。これを受けて、人件費の影響を受けやすいサービス価格も一段と上昇しています。米国の中央銀行であるFRBは、こうした賃金の上昇圧力とインフレ圧力が相互に高めあうという、いわば賃金と物価のスパイラル的な上昇に対する懸念を強めています。インフレ抑制に向け、需要の抑制を図る観点から、今年に入って既に5回、累計で3%の利上げを行っています(再掲図表6)。

ユーロ圏も米国並みのインフレ率となっていますが、その要因は異なっています。物価上昇は、主としてエネルギー価格の高騰など、いわゆるコスト・プッシュ要因によるもので、需要がそこまで強まっているわけではありません。もっとも、欧州中央銀行(ECB)は、大幅なインフレが人々のインフレ予想を押し上げ、それが高めの賃金設定を経由してインフレに歯止めがかからなくなるリスクを懸念しています。そのため、インフレ抑制を優先課題ととらえ、景気への悪影響はある程度覚悟のうえで、急ピッチで利上げを進めています。このほか、英国などの他の先進国、さらには新興国の中央銀行でも、利上げの動きが相次いでいます。これらはインフレ抑制のために必要な措置であるとはいえ、結果的に世界経済の減速感を強める可能性があります。

海外経済を巡るリスクは、他にも数多く存在します。欧州では、物価高や利上げの影響に加え、エネルギーの供給制約が強まるリスクもあります。中国の不動産市場の調整も懸念材料です。

IMFは、四半期ごとに世界経済の見通しを改定していますが、2022年の見通しは、昨年秋以降、急速に下方改定されてきました(図表8)。それでも今年7月にIMFが公表した見通しでは、世界経済全体で3%程度の成長を見込むなど、引き続きソフトランディングをメインシナリオとしています。もっとも、世界的な利上げの動きがどの程度の減速をもたらすのか、といったことを含め、今ご説明してきたように、下振れリスクが大きい点には注意が必要です。

3.物価情勢

次に、わが国の物価情勢についてお話しします。

世界的なインフレの影響は、わが国にも及んでいます。先週公表された8月の消費者物価の前年比は、生鮮食品を除くベースでみて、+2.8%となりました(図表9)。先行きの消費者物価は、年末にかけて、さらに伸び率を高めるとみられますが、年明け以降は、コスト高の押上げ寄与が一巡してくるため、2%を下回る水準まで低下していくと予想しています。

このような見通しの背景ですが、最近の物価上昇について、押上げ要因となっている品目をみますと、ガソリンや電気代といったエネルギー関連に加え、食料工業製品など、国際的な原材料価格の上昇の影響を受けやすい品目が大きく寄与しています。これらに加え、最近は、家電製品などの耐久消費財、外食や住居工事といったサービス価格にも値上げの動きが広がっていますが、これらの値上げの背景も、主として、原材料価格の上昇という海外からの要因です。このように、現在のわが国の物価上昇は、国内の需要の盛り上がりによるものというよりも、資源高や為替円安などに伴うコスト高を背景としたものと考えられます。この点を踏まえますと、国際商品市況が先行きも上がり続けるということでもない限り、そうした面からの物価の押上げ圧力は、年明け以降徐々に小さくなっていくと予想されます。

また、こうした海外からのコスト・プッシュ要因を除いた物価の基調的な動きを規定する要因としては、景気の動向、すなわち需給ギャップと、人々の予想インフレ率の2つが挙げられます。わが国の需給ギャップはマイナスの領域にありますが、先行き、潜在成長率を上回る成長経路をたどるもとで、今年度後半にはプラスに転じ、その後もプラス幅の緩やかな拡大が続くと予想されます。また、後者の予想インフレ率については、このところ物価上昇率が伸びを高めるもとで、短期の予想インフレ率に加え、長期の予想インフレ率も上昇してきました(図表10)。こうした動きが今後も続くのか、しっかりと確認していく必要がありますが、以上の需給ギャップと予想インフレ率の動向を踏まえますと、基調的な物価は、緩やかに上昇していくものと考えられます。ただ、先ほども申し上げたとおり、年明け以降、コスト高の押上げ寄与が一巡してくるため、来年度以降の消費者物価は、2%を下回る水準まで低下していくと予想しています。こうした見方は、IMFや民間の予測機関にも共通しています(図表11)。

4.日本銀行の金融政策運営

金融政策運営の基本的な考え方

次に、日本銀行の金融政策運営の考え方についてお話しします。

日本銀行は、2013年に量的・質的金融緩和を開始して以来、一貫して2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を目指して、金融政策を運営してきました。日本銀行が目指しているのは、あくまでも、経済活動が改善し、賃金や企業収益が増加する中で、物価も緩やかに上昇するという好循環の形成です。

この点、賃金の動向をみますと、今年の夏の賞与は、高水準の企業収益を背景に、高い伸びを示しています(図表12)。最低賃金の改定幅も過去最大となりました。先行き、コロナ禍で影響を受けてきたサービス業では、感染症の影響が収束するにつれて、旅行や外食におけるペントアップ需要が顕在化するほか、インバウンド需要の回復も見込まれます。元々感染症の前までは人手不足の状態にあったわけですが、このような需要の盛り上がりによって労働需給が引き締まっていけば、非正規労働者を中心に、賃金も上昇していくと考えられます。また、これまで供給制約によって下押しされてきた輸出や生産、設備投資は、供給制約の緩和に伴って回復していくと見込まれ、製造業などの労働需給や賃金の改善につながっていくものとみられます。このように、賃金引き上げに向けた環境が徐々に整っていくもとで、今後の賃金交渉においても、これまでの物価上昇が反映されると見込まれます。

日本銀行としては、金融緩和を継続することにより、需要面からしっかりとわが国経済を支え、こうした賃金の上昇を伴う好循環の形成を後押ししていきたいと考えています。

企業等の資金繰りへの対応

また、先週末の金融政策決定会合では、「新型コロナ対応金融支援特別オペ」、いわゆるコロナオペを段階的に終了しつつ、幅広い資金繰りニーズに応える資金供給による対応に移行していくことを決定しました。コロナオペは、2020年春の感染症拡大を受けて時限措置として導入した後、金融環境の状況に合わせて一部見直しも行いながら、期限を延長してきたものです。当初は中小企業に限らず、大企業の資金繰りも支援するという性格のオペでしたが、今年の4月以降は、中小企業等に支援の対象を絞って実施しています。

今回、このコロナオペについて、特に金融機関が自らリスクを取って行っている「プロパー融資」を裏付けとした部分は期限を半年間延長し、来年3月末に終了することとしました。また、それ以外の「制度融資」に対してバックファイナンスを提供する部分は3か月間延長して、資金供給を実施します。

企業の資金繰りについては、感染症の影響だけでなく、例えば原材料価格上昇に伴う運転資金の増加など、様々な形で資金繰りニーズが存在しています。そのような幅広い資金繰りニーズに対応する観点から、従来、隔週で上限2兆円の範囲で資金供給を行ってきた「共通担保資金供給オペ」について、金額に上限を設けずに実施していくこととしました。「共通担保資金供給オペ」は、幅広い担保を裏付けに資金を供給できる点で、日本銀行が有する様々な資金供給手段のなかでも最も汎用性が高い手段です。

わが国の金融環境をみますと、全体として緩和した状態にあります(図表13)。感染症の影響は、中小企業等の一部になお残っていますが、これらの中小企業等の資金繰りも改善方向にあります。コロナオペの利用ニーズも低下してきました。日本銀行としては、コロナオペのような急性の危機対応としての措置は、状況変化に応じて段階的に役割を後退させつつ、幅広い資金繰りニーズへの対応に軸足を移していくことで、企業の皆様にとって緩和的な金融環境を引き続きしっかりと維持していく考えです。

5.おわりに

以上、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について申し上げてまいりました。感染症や地政学的リスクの高まりといった様々なリスクが次々に訪れる中、わが国は社会・経済全体として、柔軟に対応し、成長につなげていくことが求められています。とりわけ人口減少社会においては、賃上げに加え、スキルアップや働き方の多様化も含めた「人への投資」、デジタル・トランスフォーメーションなどによる生産性の向上は喫緊の課題です。また、今回は詳しく申し上げる時間はありませんでしたが、気候変動問題という、より長期の視点に基づく社会課題にも取り組む必要があります。言うまでもなく、中長期的な経済成長の原動力は、民間の成長力向上に向けた様々な取り組みです。日本銀行としては、良好なマクロ経済環境を維持することを通じて、こうした皆様の取り組みを金融面からしっかりとサポートしてまいりたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。