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【挨拶】新たな実行フェーズへと移るサステナブル・ファイナンスパリ・ユーロプラス主催「東京・インターナショナル・ファイナンシャル・フォーラム 2022」における挨拶の邦訳

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2022年11月15日

1.はじめに

本日は、パリ・ユーロプラス主催「東京・インターナショナル・ファイナンシャル・フォーラム」にお招きいただき誠にありがとうございます。

パリ・ユーロプラスは、フランス・パリをベースとした幅広い金融関係者が参加するシンクタンクとして、金融サービスや金融市場の発展に大きく貢献されてこられました。その活動は、フランスや欧州にとどまらず、国際的な情報発信にも積極的に取り組まれています。本日のフォーラムでは、日仏の金融関係者の皆さまの間で、非常に有意義かつ活発な議論が行われたことと思います。また、今回、東京・インターナショナル・ファイナンシャル・フォーラムの開催が25回目を迎えられたと聞いております。あらためて、そうした記念すべき貴重な場でお話しする機会をいただいたことを大変光栄に存じます。

私からは、今回のフォーラムのテーマの1つでもありました「日仏におけるサステナブル・ファイナンスの新たな動き」と関連して、特に、気候変動問題に対応するために進められている最近のサステナブル・ファイナンスの取り組みについて、日本における経験も交えつつ、お話したいと思います。

2.気候変動問題における金融の役割

気候変動は、長期にわたって社会や経済活動に広範な影響を及ぼしうる地球レベルの課題です。その「負の外部性」を踏まえれば、個々の利害を超えて、個人・企業・政府などあらゆる主体が責任ある行動を取っていかなくてはなりません。その解決のためには、幅広い分野から多面的なアプローチが求められますが、特に、社会全体で気候変動問題に適切に対応し、脱炭素化を着実に実現するためには、サステナブル・ファイナンスを通じた金融の役割がきわめて重要です。これは、金融が、さまざまなサービスや市場を介して、社会のこうしたあらゆる主体を媒介し、結び付ける機能を有しているからです。

昨年のフォーラムでは、金融がこうした役割を十全に果たしていくためには、気候変動に伴うリスクに対する金融システムの頑健性強化、ネットゼロへの円滑な移行を支援するための金融資源の動員、ディスクロージャーの拡充による市場機能の活用、の3つの要素が不可欠である、ということを申し上げました。この1年間を振り返ってみると、地政学リスクの顕在化やエネルギー価格の上昇の中にあっても、まさにこれら3つの要素に対応した様々な取り組みが、世界中の金融機関・金融市場やそれらに関係する政策主体において、大きく進展したと感じています。日本においても、同様です。もちろん、そうした取り組みの中で課題も多く見つかりました。今後は、それらの課題に取り組んでいくことで、さらに着実に脱炭素化への歩みを進めていくことが重要です。

3.日本における取り組み状況と今後の課題

以下では、日本において最近進められている主要な取り組みとして、(1)気候関連金融リスクの体系的な把握、(2)市場機能の強化、(3)企業の脱炭素化の取り組みに対する支援の3点を取り上げて、ご紹介するとともに、そこから得られた今後の課題についても、考えを申し述べたいと思います。

(1)気候関連金融リスクの体系的な把握

1点目は、気候関連金融リスクの体系的な把握に向けた取り組みです。

気候関連金融リスクを把握するために有用とされる「シナリオ分析」の検討作業が着実に進展しています。気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)では、2020年版以降、毎年、シナリオの更新が重ねられているほか、データギャップの解消に向けた検討も進みました。また、既にいくつかの法域では、NGFSシナリオを用いたシナリオ分析の実施結果が公表されています。

こうした中で、日本において、3メガバンクが、独自に設定したシナリオに基づく影響の試算結果を、自行のTCFDレポートの中で開示している点は特筆すべき点です。これは、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)の中でも先行する取り組みです。

加えて、金融庁・日本銀行は共同で、大手金融機関と連携して、試行的な取り組みとして、共通シナリオを用いたシナリオ分析を実施しました1 。今回は、気候関連金融リスクの定量的把握を目的とせず、今後の分析手法の改善や開発のための課題を発見することに主眼を置きました。そもそも気候変動や脱炭素化の取り組みが社会・経済・金融に与える影響は、長期かつ膨大な範囲に及ぶほか、複雑で不確実性が大きいため、シナリオ分析の精緻化・高度化には限界があります。金融機関は、こうした不確実性を十分に認識しつつ、シナリオ分析等を通じて気候関連金融リスクの総合的な把握に取り組むとともに、そうした理解に基づいて、取引先企業に対して気候変動対応のために必要な行動を促していくことが重要です。実際に、今回の試行的取り組みでは、当局と金融機関が密に連携して議論を重ね、有益な気づきが得られたと評価しています。

(2)市場機能の強化

2点目は、金融資本市場における市場機能の強化に向けた取組みです。

まず、市場機能の発揮の前提となるディスクロージャーに関しては、TCFD提言に基づく気候関連情報の開示が広がっています。加えて、国際的な気候関連情報の開示基準の策定に向けた検討作業が進んでいます。2021年11月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が設立されたことを受けて、日本でも、本年7月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立されました。SSBJは国際的な開示基準と国内対応に関する議論において中心的な役割を果たすことが期待されています。

また、市場機能が発揮されるためには、気候変動から生じるリスクや機会が、株式や社債などの金融商品の価格に適切に反映されることが必要です。そうなれば、金融市場を通じた資金調達や運用が円滑に行われ、ひいては、気候変動への対応が進んでいくことが期待されます。こうした背景のもとで、日本銀行では、「気候変動関連の市場機能サーベイ」を新たに立ち上げ、実施しました2。先行サーベイに比べると、金融機関のみならず、事業法人や格付け会社なども幅広く対象とした包括的な調査である点が特徴です。

サーベイの結果では、気候関連のリスクや機会は金融商品の価格にある程度織り込まれているものの、一段の織り込みの余地があるとの見方が示されました。そして、そうした一段の織り込みのためには、開示の充実や関連データの整備など情報のアベイラビリティの改善に加えて、ESG評価の透明性向上やリスク・機会の評価手法の充実などが課題であることが示唆されています。また、事業会社からは、ESG債の発行動機として、事業戦略上の重要性に加えて、レピュテーションの向上や投資家層の多様化などIR戦略上の理由を挙げる先が多く、ESG債の投資家も社会的・環境的な貢献を重視していることが窺われました。ESG債市場の裾野を広げていくうえでは、こうしたメリットの認識の浸透も課題の1つです。

今後は、こうしたサーベイで得られた気づきが、気候関連市場の発展のための取り組みにおいて活用されていくことが重要です。日本銀行としても、継続的に調査を実施するとともに、関係当局や市場参加者との対話をより深めていきたいと考えています。

(3)企業の脱炭素化の取り組みに対する支援

3点目は、金融機関による取引先企業の脱炭素化の取り組みに対する支援です。

足もと、大企業を中心に、TCFD等の開示要請の強まりを意識して、気候変動に関する経営戦略や脱炭素化の目標設定の取り組みが積極化しているほか、再生可能エネルギーや電気自動車などの事業に対する注目はますます高まっています。一方、今後、脱炭素化を加速させていくために引き続き様々な課題に取り組んでいくことが必要です。ここでは特に、金融面の関心として、トランジション・ファイナンスと中小企業に対する支援についての取り組みを指摘したいと思います。

まず、G20をはじめとする国際会議において、脱炭素化に向けては、それぞれの経済・産業構造に応じた段階的・戦略的なアプローチの重要性が広く認識されるようになってきたと思います。トランジション・ファンナンスに関する具体的な枠組みや原則等の検討は国際的にも進められており、日本においても、政府による基本指針や分野別ロードマップが策定されました。民間部門でも作業が進展しています。例えば、国連が設立したグローバルな銀行連合である「ネット・ゼロ・バンキング・アライアンス」やアジアの銀行が主導する「アジア・トランジション・ファイナンス・スタディグループ」は、金融機関がトランジション・ファイナンスを実行・促進していくための実務的なガイドラインを策定しました。成功事例の積み重ねを通じて、トランジション・ファイナンスの実務面の実効性を向上していくことが重要です。

また、中小企業においても、気候変動が自社の経営に与える影響についての認識が高まっています。これは1つには、グローバル企業がサプライチェーン全体を通じた温暖化ガスの削減に取り組んでおり、そのサプライチェーン内にある中小企業にも気候変動対応の取り組みが求められるためです。しかしながら、経営資源や情報が限られるもとで、中小企業は、脱炭素化に向けた技術面、追加的なコスト負担やその価格転嫁などの様々な課題に直面しています。その解決のためには、地域金融機関には、資金面の支援にとどまらず、包括的なコンサルティングや人材・技術面の助言など多面的なサポートが期待されます。

日本銀行は、昨年、金融機関等による気候変動対応の投融資をバックファイナンスする「気候変動対応オペ」を導入しました。日本が銀行中心型の金融システムであることを踏まえると、気候変動対応オペは、大企業のみならず中小企業の脱炭素化の取り組みを金融面から支援するにあたって、効果的な方法であると考えています。また、金融機関に一定のディスクロージャーを求めることで、市場からの規律が働くような工夫も施しています。既に昨年12月と本年7月に気候変動対応オペに基づく資金供給を実施しました。現在、貸付対象の金融機関は地域金融機関も含めて63先あり、貸付残高の総額は3.6兆円となっています。日本銀行としては、引き続き、このオペが、触媒としての機能を果たしつつ、わが国における脱炭素への取り組みを後押ししていくことを期待しています。

  1. 1「気候関連リスクに係る共通シナリオに基づくシナリオ分析の試行的取組について」(2022年8月)参照。https://www.boj.or.jp/about/release_2022/rel220826a.htm/
  2. 2「気候変動関連の市場機能サーベイ(第1回)調査結果」(2022年8月)参照。
    https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2022/ron220805a.htm/

4.むすび

以上を締め括ると、この数年で、気候変動問題に対する認識は大きく浸透し、脱炭素化に向けて社会全体で対応を進めていくという目標について広く合意が得られたと思います。足もとは、エネルギー価格高騰の試練に直面しつつも、脱炭素化の目標の実現に向けた様々な取り組みを具体的に実行する新たなフェーズに移ってきています。本日紹介した日本の経験も、そうした取り組みの一部です。脱炭素化を加速していくためには、それぞれの主体が、長期的な目標を見据えつつ、自らの役割を着実に実行していくことが何より重要です。

日本銀行としても、引き続き、金融機関や市場参加者とともに、気候変動問題に対する取り組みを強力にサポートしていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。