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【挨拶】今、決済の未来を考える意味について「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会(第4回)」における開会挨拶

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日本銀行理事 内田 眞一
2022年11月24日

本日は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する連絡協議会にご参加頂き、誠にありがとうございます。

日本銀行では、昨年4月に実証実験を開始し、今年度は、その第2段階として、CBDCの周辺機能についての検証を行っています。連絡協議会メンバーの皆様とは、この場を通じて、実証実験の進め方や制度設計に関する意見交換をさせて頂き、本年5月には「中間整理」を取りまとめることができました。改めましてご協力に感謝申し上げます。

今後の実証実験や制度設計の進め方につきましては、実験第2段階の結果も踏まえて判断していくこととなりますが、いずれにしても、これまで以上に皆様との共同作業をお願いすることになると考えております。どうかよろしくお願い申し上げます。

この2年余り、皆様とともに国内の取り組みを進め、海外中央銀行の仲間と議論を重ねる中で、いくつかの点が明らかになってきました。CBDCを巡る議論の道筋についても、一定程度整理されてきているように思います。

第1に、CBDCを巡る検討は、「将来の決済システムの全体像」を考える作業だということです。この会合の初回において「現金が安全に使えて、国民のほとんどが預金口座を持っているわが国でCBDCが必要だろうか」という問題意識をお話ししました。実際、現状では、「CBDCを導入しないと困る」というような差し迫った事情やユースケースは見当たりません。このことは、わが国に限らず、多くの国にみられる現象です。

未来を語ることの難しさは、「未来はわからない」ということですが、我々はそんなに遠い未来の話をしているわけではありません。この10年か15年で、スマートフォンやSNS、eコマースなどが、どれだけ私たちの生活に入り込み、変えてきたかを考えれば、その延長に予想される近未来において、「決済」や「お金」の役割を議論することは必須だと感じます。そして、その一つの表現形態が「CBDCの是非」という問題なのだろうと思います。

CBDCの特性は明確です。紙や金属の現金と同様に、「どこでも使える」「安全な」支払い手段であるということです。デジタル化が進む中で、これらの要素(すなわち「一般受容性」や「相互運用性」と、「安全性」や「支払完結性」)を、公共財として、どのように組み込むべきか。問い自体はシンプルなのです。

第2に、こうした決済の未来を考えることは、民間の皆様との共同作業であるということです。この「シンプルな問い」に答えることが難しいのは、多くのプレーヤーがすでに役割を果たしている中で、それをどう変えていくか、という現実のビジネスのあり方に直結するからです。白地に絵を描くのであれば、CBDCと呼ぶかどうかは別にして、何らかのデジタル形式の中央銀行負債はあったほうが良いでしょう。

決済手段のように日々使用するものには、「経路依存性」があります。個人の側からみると、どの手段で支払いを行えるとしても、たいていはこれまでと同じ手段を習慣的に使います。例えば、商店街の魚屋さんでは現金を使い、コンビニではコード決済、行きつけのレストランではクレジットカードで支払い、塾の月謝は銀行振込みにしている、といったことです。

世の中全体としては、各国に、人々のニーズを満たすように決済システムができあがってきました。わが国においても、民間主導のもと、世界に先駆けて新しいアイデアを実現してきました。1973年に稼動を開始した全銀システムとそれとの連携を図る各業態のシステムは、きわめて先進性をもったものでした。わが国では、しばしばキャッシュレス化の遅れが指摘されていますが、少なくとも口座振替や振込は、極めて便利にできています。

店舗等におけるキャッシュレス決済においては、現在、銀行、ノンバンクを含めて様々な民間事業者がサービス提供にしのぎを削っています。また、相互運用性の改善に向けた取り組みについても、例えば、異なるプラットフォームを跨ぐ個人間送金について、全銀システム参加資格の拡大や「ことら」の導入が図られるなど、進展がみられています。

CBDCという新たな決済手段の導入を議論するうえでは、当然のことながら、現に機能している決済システムを活かすことが大前提になります。既存のシステムとの関係でCBDCがカバーする範囲をどうするか、いわゆる「水平的な共存」を図っていく必要があります。また、日本銀行は、早い段階から、CBDCを導入する場合「間接型」の発行形態を維持する方針を明言してきました。CBDCのエコシステムの中で、どのような役割分担を考えるか、という「垂直的な共存」についても、様々なバリエーションが可能です。この問題はこれからより具体的に議論していく必要がありますが、わが国決済システムの現状を踏まえますと、大きな方向性としては、CBDCのエコシステムは、(1)水平的には、現在現金が担っている分野を中心として、(2)垂直的には、ユーザーとのインターフェースを極力オープンな形にしたうえで、通貨の発行主体である中央銀行は基盤となる非競争領域でできるだけプレーンな「公共財」を提供する、ということかと思います。一方、「CBDCがない」決済システムを考える場合にも、「どこでも使える」「安全な」デジタルの支払い手段をどう確保するか、そこにおける中央銀行の役割は何かという問題は残ります。CBDCがあるか、ないか、という二者択一の議論ではなく、わが国の決済システム全体をどうデザインするかという問題であることは強調しておきたいと思います。

第3に、デジタル社会における決済の未来像を考えるうえで、今は良い時期ではないかと思います。わが国ではなお、多頻度小口のリテール決済において、現金が主要な地位を占めています。安全かつどこでも使えるという意味で、現金は非常に効率的な決済手段であり、日本銀行としては、現金に対する需要がある限り、その供給は責任をもって続けていく方針です。もっとも、現金が決済インフラとして機能している裏では、金融機関や流通業、小売店舗等において、大きな負担が存在しています。金融機関は、現金流通にかかるコストを減じる必要から、店舗・ATMの削減、取扱手数料の導入などの施策を打ち出し、その動きは加速しています。

この間、現金の利用が急速に減少した国もあります。これらの一部では、リテール決済市場において、民間事業者による寡占・独占が進んでいることへの懸念も指摘されています。

決済手段に「経路依存性」があると言っても、現金を含めて、同じ手段がずっと使い続けられることまで保証するものではありません。特に急速なデジタル化のもとでは、技術や生活様式の変化を受けて、時として急激に変遷することがありえます。そして、ひとたびある手段が広範に使われるようになると、それが習慣として定着するという形で現れるのです。

わが国ではまだこうした段階には至っていません。逆に言えば、そういう状況だからこそ、今、決済システムの未来像を議論すべきだと思います。実際に現金が使われなくなるよりも前に、「経路」が狭まって現実的な選択肢が乏しくなるよりも前に、「あるべき姿」を議論しておくべきではないかと思うのです。

第4に、国際的な視点が重要であること、同時に、そのうえで各国の実情が反映される余地は十分にあるということです。先進各国でCBDCのプロジェクトが着実に進行していることを踏まえますと、かねて申し上げている通り、将来、「CBDCを一つの要素とする決済システム」が世界のスタンダードとなる可能性は小さくありません。

もちろん、他国がやっているからやるということではなく、CBDCを導入するかどうかは、あくまで、わが国決済システムの安全性や効率性を高めるために考えるということでなくてはなりません。グローバル化は各国の決済サービスのあり方に大きな影響を及ぼしますが、決済システムそのものが同一でなくてはならない訳ではありません。

現在の先進国間の議論では、各国のCBDCは、まずは国内利用を基本に据えて、それぞれの事情が反映されたものとなることが想定されています。ただ、クロスボーダーでの利用は、比較的はっきりしたユースケースになりえますので、その可能性を当初から念頭に置いて、うまく接続できるよう取り組んでいくという方向性です。日本銀行を含む7つの中央銀行とBISによるCBDC検討グループでは、この面でも緊密に協力していくこととしています。

第5に、私たちはおそらく「決済システムの未来」だけでなく、より広い意味の「イノベーション」についても、語っているということです。この先社会において、物やサービスの流れとお金の流れが一体的に処理される傾向は、さらに強まっていくと考えられます。あらかじめ定められた条件を満たした時に自動的に支払いが履行されるといった「プログラマブル」な決済をどのように社会に提供していくかは、大きなテーマです。この点、CBDCは、先ほど申し上げた「どこでも使える」「安全な」という特性に加え、新しい手段として「白地に絵を描ける」(clean slate)という特性を有しており、これは国際的な議論においてもしばしば取り上げられるメリットの一つです。

また、プログラマブル化まで一気に行かないとしても、現金の利用が減って、デジタル化された多頻度小口決済が増えていく中で、システムにかかる負荷が重いものとなっていくことにどう対応するのか、という課題もあります。既存のシステムにおいて、高度な安定性を維持しながら、エンドユーザーの求める機能を新たに持ち込むための時間やコストが、次第に大きくなってきていることは否めません。新たなニーズの高まりに対して、既存の決済システムの改善と合わせて、新しいシステムを構築して対応していく、ということも、現実的な選択肢になってくると思います。

その際CBDCがあれば、これを含むシステムを考えることで選択肢が広がります。そこでは、公共財として提供されるCBDCを共通の基盤としてネットワーク効果を享受しつつ、多数の民間事業者が多様なユーザーニーズを汲み上げて創意工夫を競う、というモデルが実現できます。これらが既存のシステムと相まって、社会のイノベーションを支える決済インフラを形作っていくという考え方です。

CBDCを導入するかどうかは、国民的な判断です。そして、その判断によって、民間のビジネスのあり方が変わり、全体としての決済システムの姿が決まってきます。この姿次第で、民間企業の投資のあり方も変わってきますし、投資にはリードタイムが必要ですから、国際的な潮流も意識しつつ、どこかの時点では、そうした判断を行っていかなければなりません。日本銀行としては、その前提となるものとして、CBDCの技術面の実験と制度面の検討をしっかりと進めていきます。その際、本日お話しした通り、これまでにも増して、皆様の知見とご協力を頂かなければならない段階に入ってきたと感じております。

ご清聴ありがとうございました。