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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策群馬県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 田村 直樹
2023年2月22日

1.はじめに

日本銀行の田村でございます。本日は、群馬県の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜り、誠にありがとうございます。また、日頃より、日本銀行前橋支店の業務運営にご協力頂いておりますことに、厚く御礼を申し上げます。

私はスキーと温泉が大好きで、これまで群馬県には数えきれないくらいお邪魔しています。昨年7月に日本銀行審議委員に就任して初めての金融経済懇談会を、その大好きな群馬県で開催させていただけることを大変嬉しく思っております。

本日は、まず私から、わが国の経済・物価情勢や日本銀行の金融政策運営などについてご説明させて頂き、その後、皆様から群馬県の実情に即したお話や日本銀行に対するご意見などを承りたく存じます。

2.経済・物価情勢

(1)経済情勢

景気の現状

はじめに、わが国の経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、資源高の影響などを受けつつも、新型コロナウイルス感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直しています。これまで、経済再開の動きが、他の先進国と比べて慎重に進められてきたこともあって、経済の回復ペースは緩やかなものにとどまっていましたが、それでも実質GDPはコロナ禍前の水準近くまで回復してきています(図表1)。

景気の現状について詳しくみていきます。まず、家計部門です。この冬も感染第8波が到来しましたが、個人消費への影響は過去と比較すると限定的なものにとどまっており、基調として感染症の影響による落ち込みからの回復が続いています(図表2)。これは、感染症のもとで積み上がった貯蓄を背景とするペントアップ需要や、全国旅行支援などに支えられたものです。

次に、企業部門です。輸出・生産は、供給制約の影響が和らぐもと、高水準の受注残にも支えられて、基調として増加しています(図表3)。輸出を財別にみると、自動車関連は、車載向け半導体の世界的な需給ひっ迫が徐々に緩和するもとで、緩やかに増加しています。資本財は、高水準の受注残に支えられて、増加しています。一方、半導体などの情報関連は、スマートフォンやパソコン向けで調整圧力が強まっており、弱めの動きとなっています。企業収益については、業種や規模などによって状況は異なるほか、直近は小幅の減益となっているものの、全体としてはコロナ禍前の水準を上回り、過去最高水準となっています(図表4)。企業規模別にみますと、大企業は増益基調であるのに対し、中堅中小企業は横ばい圏内の動きになっています。設備投資については、コロナ禍で控えられてきた投資のペントアップ需要もあって、製造業・非製造業ともに、積極的な投資スタンスとなっています。

景気の先行き

次に、景気の先行きについてお話しします。欧米では、インフレが急速に進み、それを抑制するため中央銀行による利上げが続けられているもとで、経済の先行きは減速が見込まれています(図表5)。一方、わが国は、資源高や海外経済減速の下押し圧力を受けるものの、感染症や供給制約の影響が和らいでいくもとで、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられて、回復していくことが見込まれます。実際、IMFの世界経済見通しでは、2023年はわが国が、G7諸国の中で最も高い成長率になると見込まれています(図表6)。

こうしたわが国経済の見通しの背景にある動きのポイントは、次の5点です。第一に、供給制約の緩和が、輸出や生産の押し上げに寄与していくこと。第二に、足もとでも個人消費や設備投資の押上げに寄与しているペントアップ需要が、当面の間は、回復の支えになること。第三に、インバウンド需要も、入国制限の緩和を受けて増加していくこと。第四に、企業収益が全体として高水準を維持する中で、人手不足対応やデジタル関連の投資、成長分野・脱炭素関連の投資を含めて、設備投資は増加を続けていくこと。第五に、労働需給の引き締まりや物価上昇を反映して賃金上昇率が高まっていく中で、所得から支出への前向きな循環メカニズムが徐々に強まっていくことです。以上の点を踏まえて、景気回復を予想しています。

1月の展望レポートで示している先行きの実質GDP成長率は、政策委員の中央値で、2022 年度が+1.9%、2023 年度が+1.7%、2024 年度が+1.1%となっています(図表7)。日本経済の巡航速度である潜在成長率は、足もとでゼロ%台前半と推計されますので、この潜在成長率を上回る成長が続く見込みです。とはいえ、成長率が徐々に減速していくのは、ペントアップ需要の押し上げ効果が薄れていくことに加え、政府の経済対策の効果とその反動を織り込んでいるためです。

こうした見通しを巡る不確実性はきわめて高いと考えています。特に、海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向、ウクライナ情勢の展開やその影響を受ける資源・穀物価格の動向、感染症の経済への影響には注意が必要です。こういった要因から、上下双方向のリスクがありますが、当面は下振れリスクの方が大きいと考えています。

(2)物価情勢

次に、物価情勢についてお話しします。生鮮食品を除いた消費者物価は、昨年12月に、前年比+4.0%の上昇となっています(図表8)。エネルギー価格の上昇に加えて、財では、食料品や日用品、耐久財を中心に、コスト転嫁の動きが幅広い品目で強まっています。また、一般サービスについても、住居工事などの家事関連サービスや外食を中心に原材料コストを転嫁する動きが強まるもとで、上昇率が拡大してきています。

こうした物価上昇のきっかけは資源高や為替円安を背景とした輸入物価の上昇ですが、今次局面で特徴的なのは、企業の価格設定行動の変化です。わが国では、仕入価格が上昇しても価格転嫁がなかなか進まない状況が続いていましたが、そうした状況が変化しつつあり、これまで価格改定に慎重な姿勢をとっていた企業も、競合他社の動向を睨みつつ、値上げを進めています(図表9)。また、短観で企業の1年後の物価見通しについてみると、足もとでは、自社製品の販売価格の見通しが、物価全般の見通しを上回っています。これは、2014年の調査開始以来初めてのことで、企業の価格設定行動の積極化を示していると考えられます。

物価の先行きについては、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰していくことに加え、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果もあって、来年度半ばにかけて、上昇幅を縮小していくと予想しています(図表10)。生鮮食品を除いた消費者物価は、政策委員の中央値で、2022 年度が前年比+3.0%の上昇となった後、2023 年度および2024 年度は+1%台半ばから後半と、プラス幅は縮小するものの、過去と比較すると高めの上昇率が続くとみています。

物価の見通しについても不確実性が高く、当面は、上振れリスクの方が大きいとみています。私は、企業の価格転嫁の動きは現在進行形であり物価上昇モメンタムは続いていること、サービス価格も次第に上昇ペースを高めてきていることから、想定以上に物価が上振れる可能性も否定できず、引き続き注視していく必要があると思っています。

3.金融政策運営

(1)「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現

ここからは、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、「物価安定の目標」を持続的・安定的な形で実現することを目指して、金融政策を運営しています。日本銀行は、わが国がデフレに苦しんでいた約10年前に、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率で2%と定め、この実現を目指して大規模な金融緩和を行ってきました。

現在の金融緩和の枠組みは、長短金利操作付き量的・質的金融緩和と呼んでいるもので、2つの要素、一つは金融市場調節によって長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」、もう一つは消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することを宣言し、これによって物価目標の実現に対する信認を高める「オーバーシュート型コミットメント」から構成されています(図表11)。イールドカーブ・コントロールの具体的内容は、短期の政策金利は-0.1%とし、長期金利は、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、国債の買入れ等のオペレーションを行うものです。イールドカーブ・コントロールによって、名目金利を押し下げるとともに、オーバーシュート型コミットメントを通じて人々の期待に働きかけ、予想物価上昇率を押し上げることにより、実質金利(=名目金利-予想物価上昇率)が低下する、そして、実質金利の低下が経済活動を押し上げ、需給ギャップを改善させ、それが現実の物価上昇に繋がっていくという波及メカニズムを想定しています(図表12)。

大規模な金融緩和を始めてから約10年が経過し、わが国の経済は、物価の持続的な下落という意味でのデフレではない状況が実現されました(図表13)。需給ギャップも、感染症の影響による下押し圧力を強く受ける前までは、はっきりとしたプラスに転じるなど改善を続け、足もともプラスまであと一息というところにきています。また、失業率が低下を続けるなど雇用環境が改善するとともに、デフレ期にはみられなかったベースアップが連続して実現しています。

もっとも、物価については、先ほど申し上げた通り、先行き2%を下回っていくとみており、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現できる状況には至っていません。また、単に表面的な数字がどうなるかだけでなく、物価の上昇が企業の売上・収益の増加や雇用者の賃金の上昇によって裏打ちされ、経済の好循環が実現されているかという観点が重要です。

現在、消費者物価が大きく上昇している中にあって、この先、賃金がそれに見合うペースで上昇していくかということが、持続的・安定的な形で「物価安定の目標」を達成するうえで特に重要なポイントであると考えており、今春の労使交渉の結果に注目しています(図表14)。個々の企業によって状況は異なるとは思いますが、私自身は、賃上げに前向きな政労使のスタンス、全体として好調な企業収益、お互いに支えあう傾向の強いわが国の労使関係、対面型サービス業や中小企業における人手不足といった要因を踏まえると、高めの賃上げが実現する可能性も相応にあると考えています。

当面の金融政策運営について、私自身の考えを述べると、現在、輸入物価の上昇をきっかけに消費者物価が上昇する中においても、ペントアップ需要が景気を下支えしているという稀有な環境にあるとみています。このような状況下、足もとは、賃金と物価の好循環が実現するかどうかを注視していくべき局面にあると捉えており、現時点においては、金融緩和を継続することが適当と考えています。

(2)大規模な金融緩和の副作用

大規模な金融緩和は、効果と副作用のバランスを取りながら進められてきましたが、次に、副作用の側面についてもお話ししたいと思います。

第一は、市場機能の低下です。この点については、昨年12月の金融政策決定会合で、副作用を踏まえたイールドカーブ・コントロールの運用見直しを行いましたので、見直しの内容とその背景についてご説明します(図表15)。昨年春先以降、海外の中央銀行の利上げやわが国の消費者物価の上昇といった環境の中で、日本国債のイールドカーブは上昇圧力を受けていました。日本銀行は10年物国債金利が「ゼロ%±0.25%程度」のレンジ内で推移するよう必要な金額の長期国債の買入れを行っていましたが、金利上昇圧力を受けるもとで、長期金利が上限である+0.25%に張り付いて推移することも多い状況にありました。こうした中、期間10年の金利より8~9年の金利の方が高い、先物市場と現物市場の価格に乖離がみられる、また、期間10年の国債金利についても、直近発行の国債が0.25%以下となっていた一方で、残存期間10年の20年物国債はそれよりも高い金利で取引される、こういった状況となっていました。このようなイールドカーブの歪みが生じている中、市場参加者に対するアンケート調査でも、国債市場の機能が低下しているとの見方が強まっていました。

国債金利は社債や貸出等の金利の基準、指標となるものであり、こうした歪みが続くと、企業の起債など金融環境に悪影響を及ぼす惧れがあると考えたことから、緩和的な金融環境を維持しつつ、市場機能の改善を図るため、イールドカーブ・コントロールの運用を一部見直すこととしたものです。具体的には、国債買入れ額を大幅に増やしつつ、長期金利の変動幅を従来の「ゼロ%±0.25%程度」から「ゼロ%±0.5%程度」に拡大しました。こうした見直しによって、長期金利の変動幅は従来よりも拡大しますが、金融緩和の効果が企業金融などを通じてより円滑に波及していく、そうしたメリットが大きいと考えた結果です。見直しが市場機能に及ぼす影響を評価するにはなお時間を要しますが、現段階では、市場がどのように落ち着き、市場機能がどれだけ改善するか謙虚かつ丁寧にフォローしていくことが重要だと考えています。

この運用見直しに関して、「実質的に利上げではないか」、「利上げではないという説明は分かりにくい」という声が多く聞こえてきます。確かに長期金利は上昇していますが、これは、副作用を軽減し金融緩和を持続可能なものにするための措置であり、金融引締めを企図したものではない、ということを改めて強調しておきたいと思います。

副作用の第二は、金融機関収益を圧迫することによって、金融仲介機能に悪影響を与える可能性です。金融機関の収益性は、国内資金利益の減少トレンドなどを背景として長らく低下傾向にありました(図表16)。長期にわたる低金利環境もその一因ですが、地域における人口や企業数の減少により資金需要が限られる中、金融機関同士の競争が激化したという要因もあったと考えられます。もっとも、近年は、各金融機関の自助努力もあって、経営効率が改善し、収益性の低下傾向が反転、上昇してきています。金融機関の資本基盤は企業の資金ニーズを支えるのに十分な水準を保っているほか、短観でみても、金融機関の貸出態度、企業の資金繰りは良好な水準にあり、現在のところ、金融仲介機能は円滑に発揮されていると判断されます(図表17)。

この他にも、長期にわたる大規模な金融緩和が、生産性の低い投資やビジネスを継続させる、更に、本来市場から退出すべき企業を存続させるなど、経済の構造改革を遅らせたり、生産性に悪影響を及ぼしたりしているのではないかという指摘もあります。たしかに、日本の開廃業率、すなわち経済の新陳代謝率は米欧と比べて低位で推移しています(図表18)。

こうした動きは、基本的には、各経済主体がそれぞれの主体的な判断のもとで行動した結果であり大規模な金融緩和がこうした事象の張本人とまではいえないと考えています。ただし、私個人としては、長期にわたる大規模な金融緩和が、発揮されるべき市場原理の効果を抑えてしまっている面も否定できないと考えています。

今後、継続的な賃金上昇を伴う経済成長を実現するためには、第一に、ミクロレベルで考えると、個々の企業が、設備投資・研究開発投資・人的資本への投資、あるいはビジネスモデルの変革などによって、生産性を高めていくことが重要です。第二に、マクロレベル、すなわち日本経済全体の観点から考えると、開廃業率、すなわち新陳代謝が高まり、生産性の高い企業のウエイトが大きくなる、あるいは、労働移動の活性化によって、生産性の高い企業・産業で働く人のウエイトが高まることが大事です。こういった変化が生じることによって、わが国全体として生産性が向上していくことが期待できると考えています。

大規模な金融緩和の副作用についてお話ししてきました。私自身としては、将来、いずれかのタイミングでは、金融政策の枠組みや物価目標のあり方を含め、点検・検証を行い、政策の効果と副作用のバランスを改めて判断することが必要と考えていますが、現時点では、先ほど申し上げたとおり、金融緩和を継続することが適当と考えています。

4.おわりに ―― 群馬県経済について ――

結びにあたり、群馬県の経済について、日本銀行前橋支店の調査報告も踏まえて、お話ししたいと思います。

群馬県経済は、供給制約や資源高の影響を受けつつも、新型コロナウイルス感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直していると判断しています。生産面では、輸送用機械に供給制約の影響が残っており、足踏み状態となっていますが、個人消費は物価高や感染症の影響を受けつつも、サービス消費を中心に増加しているほか、設備投資も輸送用機械関連の製造業を中心に増加しています。

群馬県は、農業・工業・商業のバランスがとれた産業基盤を有しています。歴史的な経緯をみますと、古くは一大消費地である江戸への供給基地として養蚕や麦作など第1次産業が発展し、これらを原材料とする製糸・織物や製粉など加工業も成長しました。明治以降は、官営富岡製糸場が設立されるなど、製糸業の集積地となりました。その後も、豊富な水資源とそれを用いた電力を求めて素材産業の進出が相次いだほか、昭和初期には旧中島飛行機の主要拠点が置かれました。ここで培われた技術力やものづくりの精神は、自動車産業を中心とする今日の当地の産業にもしっかりと引き継がれていると理解しています。

また、群馬県は、高速道路や鉄道などの交通・物流網が充実していることに加え、地震や台風などの自然災害が少ないことも大きな強みです。こうした優位性を背景に、工場立地件数は全国トップクラスを維持しており、最近では、業務継続の観点から都内に本社を置く企業が本社機能の一部を当地に移転する動きもあります。さらに、数多くの温泉地や豊富な観光資源を有しており、春から秋は登山やラフティングなどのアウトドア・アクティビィティ、冬はスキーなどのスポーツを楽しむこともできます。

このように、多様な魅力に溢れる群馬県ですが、最近では、県知事のリーダーシップのもと、2021年度から2023年度の3か年でデジタル化に集中的に取り組み、2023年度末までに日本最先端クラスのデジタル県になることを目指していると伺っています。本年4月には当地で、「G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合」が開催される予定であり、デジタル化に向けたこれまでの取り組みを内外に示す絶好の機会だと思います。このほか、前橋市では、国が推進する「デジタル田園都市国家構想推進交付金」の採択を受け、「まえばし暮らしテック推進事業」を進めています。昨年は本事業の中核となるデジタル個人認証「めぶくID」の発行を開始したほか、データ連携基盤の運用を担う株式会社「めぶくグラウンド」を官民共同で設立するなど、実現に向けた準備が着実に進展していると伺っています。

数年前に富岡製糸場を訪れ、各地への技術の伝播を目的に工女の技術習得・育成に取り組んでいたこと、そして工女のための診療所を設けたり工女の寮を日当たりのよい場所に移築したりと、工女をとても大切にしていたということを知り、感銘を受けました。今でいえば、人への投資を積極的に行っていたということであり、このような歴史・風土のある当地において、皆さまのデジタル化に向けた取り組みが実を結ぶとともに、デジタル人材をはじめとした人への投資が活発化し、今後、群馬県経済が一層の発展を遂げることを祈念しております。ご清聴ありがとうございました。