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【挨拶】 決済の進化:「シン個人」のための決済システム FIN/SUM(フィンサム)2023における挨拶

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2023年3月28日

はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、FIN/SUM(フィンサム)2023でお話しする機会を頂戴し、誠にありがとうございます。

さて、今年のFIN/SUMのテーマは、「フィンテック、『シン個人』の時代」です。「シン」には様々な意味があるようですが、ここでは「進む」ないし「進化」という意味で捉えて、お話ししたいと思います。

インターネットとスマートフォンの普及によりさまざまな情報があふれているもとで、「シン個人」たる消費者は、多くの情報をもとに多様な行動をとるようになっています。その結果、金融サービスに関するニーズの多様化が急速に進んでおり、これまで通り平均的なサービスを提供することではユーザーのニーズに応えられなくなっています。

そうしたもとで、金融サービスは、新たな技術やビジネスアイデアを取り込みつつ、絶え間ない進化、イノベーションを遂げることになります。金融サービスの1つである決済の分野も例外ではありません。FIN/SUMでお話しする機会を最初に頂いたのは2019年9月でしたが、それ以降に限っても、新しい決済に向けての民間セクターの取り組みは目覚ましいものとなっています。

サービスや機能のアンバンドリング

そうした決済における進化の中で、私が注目している動きの1つ目は、これまで一体的に提供されてきたサービスや機能のアンバンドリングが進んでいることです。

例えば、銀行が提供する決済機能をフィンテック事業者がオープンAPIを通じて活用することで、新しい顧客サービスや便利で快適な利用体験を作り上げる動きは珍しくなくなってきました。

海外では、パーミッションレス型ブロックチェーン上で流通するステーブルコインも数多く登場していますが、これは、決済機能のうち、決済資産となる負債を発行する機能と、決済資産の帰属を記録する機能を分けるアンバンドリングと捉えることができます。

最近よく聞かれる「プログラマビリティ」という言葉についても、一定の条件に基づき決済を行うといった機能を、従来のように、決済機能を担う主体が提供するのではなく、その利用者も含む様々な主体がプログラムすることができるという点において、注目されるところです。

負債変換を通じた決済の仕組みの単純化

2つ目は、負債変換を通じた決済の仕組みの単純化を進めていこうとする試みがみられることです。

例えば、近年海外で導入された即時送金システム(Fast Payment System)の多くは、銀行間決済を即時グロス決済で行うものとなっていますが、これは、銀行間の受払の差額を計算し債権債務関係の置き換えを行うプロセスをなくすことが技術進歩により可能になり、負債を変換する仕組みが単純化されていることに他なりません。

よくよく考えると、現在の仕組みは、過去における技術制約の中で出来上がっているものが少なくありません。クロスボーダー送金の銀行間決済に民間が発行するステーブルコインやホールセール型の中央銀行デジタル通貨を活用しようとする試みについても、国境を跨ぐ複数の当事者間で負債を変換しながら支払人から受取人まで資金を到達させるこれまでのコルレスバンキングの仕組みを単純化することにより、効率性が大きく向上するのではないかとの問題意識に根差していると考えられます。

経済活動が行われる場の進化

3つ目は、経済活動が行われる場の進化です。決済は、経済活動により生まれる債権債務関係を消滅させるものですから、当然のこと、経済活動と決済の両者は深く関係しています。様々な経済活動がインターネット上で行われるようになるにつれ、インターネット上での決済も拡大していくことになります。

このところ、「Web3(ウェブスリー)」や「Web 3.0(ウェブサンテンゼロ)」という言葉を聞くことが多くなっています。この言葉に込められた意味は人によって様々ですが、この概念の提唱者とされるギャビン・ウッドが設立したWeb3ファウンデーションでは、「ユーザーが自分のデータ、アイデンティティ、運命をコントロールできる分散型で公正なインターネット」と定義付けています。

こうしたアイデアが現実にどのように発展するか、また、そのもとでの経済活動がどのような姿となるかは、まだ見ぬ将来のことですが、決済の進化を考えるうえでは、経済活動が行われる場が将来的にどのように進化していくかも意識しておく必要があると考えられます。

中央銀行マネーの役割

以上申し上げたような決済の進化は、消費者の利便性の向上、新たなビジネスの機会、ひいては経済の成長につながる可能性を秘めています。そうした目覚ましい進化の中でも、維持されるべきことはあると考えられます。

それは、様々なマネーが共存し続けるべきということです。これは、適切に設計された枠組みや規制のもとで、現金、銀行預金、電子マネー、ステーブルコインといった支払手段が互いに競争しながら、それぞれがその得意とするところを強めていくということによって初めて、将来にわたって、決済システムが全体として安全で、効率的で、強靭であり続けるからです。

そうした中で、現金や中央銀行当座預金といった中央銀行マネーについては、金融仲介という極めて重要な機能を担う銀行預金を含め、多様な民間マネーが共存する中で、中心的な役割を果たしていくことが期待されます。中央銀行マネーという、価値の尺度を体現するマネーが存在し、それが他のマネーと摩擦なく交換されることによって、「マネーの一様性」、つまり、どのマネーであっても「1円は1円」であるという状況を確保することが可能になります。経済活動が行われる場が進化し、決済サービスが今までになかった新たな場でも提供されることとなったとしても、そこでの価値の尺度は、リアルな世界と連続的であることが望ましいはずです。

おわりに

頂いた時間を締めくくるに当たり、中央銀行デジタル通貨(CBDC)について、一言触れておきたいと思います。他の様々な「お金」との共存を図ったうえで、中央銀行が民間と協力しながら、「いつでもどこでも誰でも安心して使えるお金」をデジタルな形態でも提供するということは、今後実現していかなければならないし、実現していくと私は考えています。そうした「お金」をいつからどのように提供するかには、幾つもの選択肢があり得るところですが、いかなる対応もできるよう予め準備しておくことは、中央銀行の責務と言えます。

将来への備えをしっかりと行う観点から、日本銀行は、2年前に個人や企業を含む幅広い主体の利用を想定した一般利用型CBDCに関する「技術的な検証」をスタートし、その結果を踏まえ、この4月からは「パイロット実験」へ移行することを決定しました。「パイロット実験」では、新たに設置する「CBDCフォーラム」のもと、リテール決済やそれに関わる技術に携わっている民間事業者の皆様の有用な技術や知見をしっかりと活用していく方針です。決済の進化の動きを「シン個人」のための決済システムの構築へと繋げていくためにも、皆様のお力を拝借することは不可欠ですので、ご協力よろしくお願いします。

ご清聴ありがとうございました。