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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策鹿児島県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 安達 誠司
2023年6月21日

1.はじめに

日本銀行の安達でございます。この度は、鹿児島県の行政、財界、金融界を代表される皆様とお話をさせて頂く貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの鹿児島支店の様々な業務運営にご協力頂いております。この場をお借りして改めて厚く御礼申し上げます。

本日は、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営につきまして、私の考えを交えつつお話しします。その後、皆様から、鹿児島県経済の動向や日本銀行の業務・金融政策に対する率直なご意見をお聞かせ頂ければと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

2.経済・物価情勢

(1)経済情勢

最初に、新型コロナウイルス感染症について少し触れたいと思います。感染症の流行開始から3年が経過した訳ですが、5月8日には新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが5類に変更され、経済・社会活動の正常化が一段と進みつつあります。日本に先立ってそうした正常化が進んだ海外の例を踏まえますと、感染症がわが国経済に与える影響は、一定の警戒は必要ですが、今後更に小さくなっていくと思われます。

その上で、日本経済の現状については、足もと、個人消費の一部や輸出において幾分のもたつき、すなわち回復ペースの鈍化がみられますが、緩やかな回復を続けているとみています。もたつきの背景には、個人消費では物価上昇が、輸出では海外経済の回復ペースの鈍化が影響しているとみています。

少し仔細にみて参りますと、個人消費は、自動車等の耐久財消費が供給制約の影響の緩和を背景に回復しているほか、感染症のもとで抑制されていた需要が経済再開のもとで顕在化する動きもあってサービス消費が回復しており、全体としては増加しています。一方で、物価上昇の影響も窺われており、例えば、日用品等において、廉価品や価格を抑えたプライベート・ブランド商品への需要のシフトが観察されるようになっていると考えます(図表1)。

次に輸出は、供給制約の影響の緩和を背景に先進国向けで増加傾向が続いていますが、NIEs・ASEAN等向けが、グローバルなIT関連財需要の弱さ、すなわちスマートフォンやパソコン向けを中心とした半導体等電子部品の落ち込みから、減少しているほか、中国向けも、資本財等で弱めの動きをみせています。輸出全体としては、足もと、横ばい圏内の動きとなっています(図表2)。

一方で、設備投資は総じて堅調となっています。要因としては、デジタル・トランスフォーメーション(DX)や省力化のための情報関連投資や、Eコマースの拡大を背景とした物流施設、および、都市再開発の建設投資が堅調です。加えて、政府支援も背景としたサプライチェーンの強靱化に向けた投資にも前向きな動きが出ています。こうしたもとで、今年度の法人企業の設備投資計画は堅調な姿となっています(図表3)。

日本企業は、バブル崩壊後、低成長が長期化するとの予想の広がりや負の外的ショックの経験を背景に、設備投資は抑制して手元流動性は厚く確保するという、ある種のリスク回避的な投資行動を続けてきました。しかしながら、ここにきて、1990年代以降にはみられなかった前向きな変化が日本企業に起きつつあるように思います。例えば、本年3月に内閣府が発表した「企業行動に関するアンケート調査」によると、今後5年間の実質経済成長率見通しは、上昇しました(図表4)。後ほどお話しする金融政策運営にあたっては、こうした日本企業による前向きな動きを後押しするためにも、日本銀行として経済をしっかりサポートしていくことが重要と考えております。

(2)物価情勢

わが国の物価を巡る状況

次に、物価情勢について、足もとおよび先行きの順にお話しします。

まず、足もとの物価ですが、直近4月の全国消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合(コア)が前年比+3.4%、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(コアコア)が同+4.1%となっています(図表5)。このうちコアは、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、直近ピークである1月の前年比+4.2%からプラス幅が縮小しています。一方、コアコアの前年比は、既往の輸入物価上昇に伴う原材料価格等の上昇分を販売価格に転嫁する動きなどを背景に、プラス幅が拡大しています。こうした物価上昇は、私自身がこれまで考えていたよりも速いペースであるとの印象を持っています。

この間、予想物価上昇率に目を転じてみると、経済主体によって区々ですが、緩やかに上昇した後、横ばいとなっています(図表6)。このうち家計の予想をみますと、先行きも物価の上昇が続くとみているようです。例えば、日本銀行が4月に公表した「生活意識に関するアンケート調査」(第93回<2023年3月調査>)によれば、1年後の物価の見方に関する項目で、回答者の85.7%が「上がる」と回答1しています。なお、1年前と比べた現在の物価の見方に関する項目では、回答者の94.5%が「上がった」と回答2しており、先行きの物価上昇の勢いは、これまでよりは若干落ち着くとの見方になっています(図表7)。

こうしたわが国の物価を巡る状況は、長きに亘ってデフレを経験したわが国にとっては、デフレ脱却に向けた動きとしての側面があります。一方で、物価上昇のペースが速過ぎれば、実質所得の下押し圧力など、経済に押し下げ方向の影響を与え得るという側面もあります。後述の金融政策運営を考えるにあたっては、物価を巡るこのような状況変化がもたらす様々な側面を含めて、丁寧に経済・物価情勢を評価して参りたいと思います。

  1. 1内訳は「かなり上がる」が33.1%、「少し上がる」が52.6%。
  2. 2内訳は「かなり上がった」が62.8%、「少し上がった」が31.7%。

わが国の物価の先行き

次に、今後の物価動向についてお話しします。

先ほど、足もとまでの物価上昇は、私自身がこれまで考えていたよりも速いペースである旨を述べました。先行きの物価に関する日本銀行のメインシナリオは、消費者物価の前年比は、一旦プラス幅を縮小した後、「物価安定の目標」に向けて再びプラス幅を拡大していくというものです。ただし、このメインシナリオには、大きな不確実性があり、上振れ・下振れともにリスクは相応に厚いと考えられます。以下では、私がこのように考える背景についてお話ししたいと思います。

物価の上振れ・下振れリスクについて具体的にお話しする前に、私が物価変動を考察する際に有益と考える切り口についてご紹介させてください。

消費者物価を分析する方法は種々あるところですが、私は、品目の価格の改定頻度に着目して、物価を「粘着的な(sticky)消費者物価」と「伸縮的な(flexible)消費者物価」に分けて動向をみることが有益であると考えています。「粘着的な消費者物価」は価格の改定頻度が比較的低い項目でみた物価を指し、実際にわが国の消費者物価指数で分類してみますと、サービス価格が多く含まれます。一方、「伸縮的な消費者物価」は価格の改定頻度が比較的高い項目でみた物価を指し、財価格が多く含まれます(図表8)。

まず、「粘着的な消費者物価」は、中長期の予想物価上昇率、および、賃金やそれに影響を与えるとみられる企業の中長期的な成長期待(あるいは需要見通し)にも影響を受けると考えられます。このうち、賃金についてみると、今春の労使交渉での賃金上昇率は過去平均や事前予想を大きく上回る見込みとなっています。これは先行き物価の上昇要因になり得ます。ただし、先行きの物価動向を考える観点では、賃金上昇が今回の単年度で終わるのか、あるいは、来年度以降も持続するのかという点が重要です。この点、これまで労働供給を支えてきた女性や高齢者の追加的な労働参加が見込みにくくなるもとで、労働需給の一段の引き締まりを受けて、企業は労働力確保のために賃上げを継続する可能性が考えられます。

「粘着的な消費者物価」は、日本がデフレに陥る前の1980年代半ばから1990年代前半には、消費者物価指数を相当程度押し上げていたと考えられます。一方、足もとでは、消費者物価における「粘着的な消費者物価」の押し上げ寄与度はまだ大きくないとみています。ただし、今春の労使交渉の結果をきっかけに、サービス価格が多く含まれる「粘着的な消費者物価」による押し上げ寄与度が先行き高まる展開も想定されます。その際は、先ほど申し上げたように、賃金の持続的な上昇が鍵となります。先行き、企業による賃上げが、これまで価格上昇が小幅だったサービス価格の上昇にどの程度波及していくのかについて注目しております(図表9)。

次に、「伸縮的な消費者物価」については、景気循環あるいは需給ギャップの影響を受け易いほか、商品市況等を映じた原材料価格の影響も受け易い傾向があります。後者の要因もあって、「伸縮的な消費者物価」は、過去、輸入物価の動きに時差を伴って連動する傾向がみられてきました。日本銀行が公表している企業物価指数で輸入物価をみると、昨年9月のピーク以降、原材料価格の低下などから、低下の動きが続いています。こうした輸入物価の下落は、先ほど申し上げた過去の傾向によれば、時差を伴って「伸縮的な消費者物価」の伸びを縮小させていくと考えられます。実際、生産者物価でみると、需要段階別の川上から川下へと輸入物価の下落が波及しつつあります(図表10)。先行きを展望すると、こうした生産者物価の下落は、基本的には、いずれ消費者物価へと波及することが想定されます。

以上を踏まえて、先ほど申し上げました日本銀行の先行きの物価見通しのメインシナリオを、「粘着的な消費者物価」と「伸縮的な消費者物価」の枠組みで解釈すると、賃金上昇とともに「粘着的な消費者物価」が徐々に上昇していくものの、当面は、輸入物価の下落が「伸縮的な消費者物価」の下落に波及する動きが本格化することで、物価全体の伸び率が押し下げられることを見込んでいると言えると思います。

わが国の物価の上振れリスク

次に、先行きの物価を巡るリスクについてお話しします。私は、当面は上振れリスクに注意が必要ですが、その後については下振れリスクにより注意が必要と考えています。順にお話しします。

物価の上振れリスクとしては、「粘着的な消費者物価」の上昇が続く一方で、「伸縮的な消費者物価」の上昇率が、メインシナリオと異なり、下がらないリスクが想定されます。

先ほど、「伸縮的な消費者物価」は輸入物価の動きに時差を伴って連動する傾向がみられるという話をしましたが、これはあくまでも過去にそのような関係があったことに基づいた考えです。一方で、先ほど、わが国の物価を巡る状況のパートでお話ししたとおり、「生活意識に関するアンケート調査」の結果などをみますと、家計において、これまで定着していた「物価は上がらない」という物価観が変化する時期に来ている可能性もあります。これを、企業の立場からみると、過去のデフレ期に定着した価格設定行動を変える時期が来ているように映るかも知れません。すなわち、企業が商品の値付けをするにあたり、「今後原材料価格が下がった際に、商品の値下げをしなくても、売上は減少しないかも知れない」と考える可能性もあるように思います。もし、企業によるそうした価格設定行動が拡がれば、輸入物価が下落しても、企業の販売価格は下がらず、その結果、「伸縮的な消費者物価」の上昇率が想定されたほど下がらない可能性があります。同時に、企業がマージンの改善を原資に賃上げを継続すれば、「粘着的な消費者物価」の上昇率も高まる可能性もあります。

次に、わが国の物価の上振れリスクに関連して、消費者物価の構成品目別の価格上昇率の分布の観点から、私が注目している点について少し触れたいと思います。既に物価の上振れが観察された米国のケースをみると、日本とは基礎的条件が異なる点には留意が必要ですが、消費者物価の構成品目別の価格上昇率の分布は、コロナ禍前は2%付近に頂上がくる「山型」だったものが、コロナ禍入り後は、山が2%超の領域に広がって崩れたような形(台形のよう)になるという変化が起きました。日本の消費者物価の構成品目別の価格上昇率の分布も、現時点では0%付近に頂上がくる形にはなお変化はありませんが、今後、何らかの変化が起きる場合には、それが物価の上振れに繋がるものであるかという観点で、注目して参りたいと思います(図表11)。

わが国の物価の下振れリスク

次に、物価の下振れリスクについてお話しします。物価の下振れリスクとしては、先行き一旦の低下が予想される「伸縮的な消費者物価」の上昇率が、想定通りに再び上昇しない可能性が考えられます。このリスクは、国内から生じる要因というよりも、海外から生じる要因による可能性が高いと考えています。

足もと、世界経済には様々な不確実性が存在します。欧州では、ウクライナ情勢の帰趨次第では、ユーロ圏を中心に経済の下押し圧力が高まる可能性などがあります。中国では、不動産市場における調整圧力の存在や若年失業率が高止まったもとでの経済停滞リスクなどが気がかりです。そう申し上げた上で、私が特に注意が必要と考えているのが、米国経済の不確実性です。

米国では、インフレ率が昨年後半にピークアウトし、徐々に落ち着きを見せつつある中で、市場では、今次利上げサイクルは最終局面に差し掛かり、金利は今後低下局面に移り、経済の大きな落ち込みも回避できる、という見方が相応に拡がっているように思われます。しかし、米国において、短期金利が長期金利を上回った「逆イールド」状態となっていることは、先行きの景気後退のシグナルであるとの見方も引き続き排除できないと感じています。また、雇用は景気に遅行する傾向があり、今後、米国経済が想定以上に減速する場合、遅れて失業率が想定以上に上昇する可能性もあります。

米国経済の不確実性に関しては、更に、金融面の状況が経済の下振れに繋がるリスクにも付言しておきたいと思います。過去の米国の景気後退局面では、1980年代後半に本格化したS&L(貯蓄貸付組合)危機、2008年のリーマン・ショックの後などに見られたように、金融面のストレスが景気後退を増幅した例が少なくありません。もっとも、仮に金融面のストレスが生じた場合でも、それが実体経済に与える影響を正確に予測することは容易ではありません。

金融引き締めは、経済の過熱を抑制して「適温状態」に戻すことを意図して行われますが、経済が「適温状態」に戻る前に金融面のストレスの高まりがみられる場合は、先行きの経済・物価見通しの予測は困難化し、金融政策は引き締めの継続か、停止ないし緩和への転換かの難しい判断を迫られます。たとえば、金融緩和への転換が早過ぎれば、経済の過熱の抑制が不十分となる結果、高インフレが定着してしまう懸念があります。一方、金融緩和への転換が遅れて金融面のストレスが大きく高まる場合は、経済への悪影響が拡大してしまうことも考えられます。

最近では、3月以降、米国で複数の銀行破綻が起きましたが、米国当局による迅速な対応もあって、市場は落ち着きを取り戻しているようにみられます。また、これらの銀行破綻の要因として、米国の監督当局のレビュー等では、バランスシート構造が特殊であったことに加え、経営陣のリスク管理において、金利リスクや流動性リスク等の管理の基本プラクティスが遵守できておらず、管理水準に問題があったということが挙げられており、基本的に個別金融機関の問題という認識が広がっているように思います。

以上申し上げた米国経済の下振れリスクは、仮にそれが顕在化した場合には、わが国経済にも大きな影響を与えかねないので、その帰趨は金融の状況も含め、慎重にフォローしていくべきと考えています。

3.金融政策運営

基本的な考え方

これまでお話しした経済・物価情勢や先行きのシナリオを踏まえたうえで、日本銀行の金融政策運営に関して、私の考えをお話ししたいと思います(図表12)。

昨年来、物価上昇等を受けて、日本銀行は金融政策の修正を図るべきタイミングに来ているとの声が聞かれます。たしかに、物価が勢いを伴って上昇し、予想物価上昇率も緩やかに高まってきたこと等を踏まえると、「デフレマインド」あるいは「物価は上がらない」という物価観に変化が生じつつあると私は考えています。その意味で、以前と比較すれば、「物価安定の目標」の実現に近づきつつあると思われますが、これまでお話しした物価のメインシナリオは大きな不確実性を伴っており、まだ金融政策の修正に踏み切るのは時期尚早と考えられます。

既に述べましたように、日本銀行は、メインシナリオとして、消費者物価の前年比は、一旦プラス幅を縮小した後、「物価安定の目標」に向けて再びプラス幅を拡大していくとみています。金融政策の修正の適否の判断という意味では、メインシナリオのもとでは、先行き消費者物価のプラス幅が一旦下がった後に再び上昇する局面において、持続的・安定的な上昇の実現に向かっていくかの判断が重要になります。しかし、これまで申し上げてきたとおり、先行きの物価には、大きな不確実性のもとで、上振れ・下振れリスクが存在し、長い目でみた場合、下振れリスクの方が大きいように思います。金融政策の修正の適否は、そうしたリスクも慎重に考慮に入れる必要があります。

先ほどお話ししたとおり、最近の世界経済、特に米国経済の不確実性を考慮すると、世界経済のリスクシナリオのもとでのわが国の物価の下振れリスクに注意を払う必要があります。米国経済の下振れリスクが顕在化した場合は、わが国の需給ギャップも悪化し、経済や物価が下振れる可能性があります。また、米国の金利低下などを通じて、米ドルに減価圧力が生じる場合には、日本の輸入物価ひいては消費者物価に下振れ圧力が生じる可能性も考えられます。

これとは逆に、物価の上振れシナリオにも一定の注意を払う必要があるとも考えています。先ほど申し上げたとおり、「伸縮的な消費者物価」の上昇率が下がらない可能性も排除されません。

いずれにせよ、現時点では、先行きの物価見通しについて不確実性が高いとの認識のもとで、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現に向けた動きの見極めを丁寧に行うことが大切と考えています。

こうした中、日本銀行では、4月の金融政策決定会合で、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していく方針を確認したところです。また、同時に、4月の会合で、日本銀行は、過去25年間に実施してきた金融政策運営について、「多角的レビュー」を行うことを決定しました。わが国経済は、デフレに陥った1990年代後半以降、長きにわたって「物価の安定」の実現が課題となってきました。課題に対し、日本銀行は、金融政策面で様々な工夫を行ってきました。こうした政策は、わが国の経済・物価・金融の幅広い分野と、相互に関連し、影響を及ぼしてきました。レビューを通じて、金融政策と経済等の相互関係についての理解を深め、そこで得られた知見を将来の政策運営に活かしていきたいと考えております。これまでの経験から得られた知見や内外の学界における研究の蓄積、こうした懇談の機会を通じて皆様から頂戴するご意見も踏まえながら、今後、1年から1年半程度のまとまった時間をかけて取り組んで参ります。

イールドカーブ・コントロール

金融政策運営に関する話題の最後に、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)に少し焦点を当ててお話ししたいと思います。

イールドカーブ・コントロールは、短期政策金利についてマイナス0.1%のマイナス金利を適用し、長期金利については10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、必要な金額の国債買入れを行う枠組みです。

イールドカーブ・コントロールの導入経緯を振り返りますと、2016年1月にマイナス金利を導入した後、2016年9月に、それまでの政策枠組みを強化し、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する目的で導入されました。当時、日本銀行は、予想物価上昇率が弱含みに転じたことが、2%の「物価安定の目標」の実現の主な阻害要因となっていると考察しました。足もとでは、予想物価上昇率は、一頃に比べて上昇していますが、先ほど申し上げた先行きの物価のメインシナリオや下振れリスクの存在なども考慮すれば、この枠組みは必要と考えています。

また、この間、日本銀行は、イールドカーブ・コントロールの枠組みによる金融緩和の持続性を高める観点から、様々な工夫を行ってきています。例えば、イールドカーブ・コントロールのうち、長期金利の操作に関しては、昨年、債券市場で、各年限間の金利の相対関係や現物と先物の裁定などの面で市場機能が低下する問題が生じました。具体的には、期間10年の金利より8から9年の金利の方が高い、あるいは、先物市場と現物市場の価格に乖離がみられる、期間10年の国債金利について、指値オペの対象としているカレント物と残存期間10年の20年物国債の金利に乖離がみられる、といった状況が観察されました。昨年春先以降に海外の金融資本市場のボラティリティが高まった中で、日本銀行の操作目標と市場参加者の予想に基づく金利に乖離が生じたと考えられます。国債金利は、社債や貸出等の金利の基準となるものであり、こうした状態が続けば、企業の起債など金融環境に悪影響を及ぼす惧れがあると判断しました。

このような状況に対し、日本銀行は、イールドカーブ・コントロールの運用について、市場機能の改善を図り、円滑なイールドカーブの形成を促すため、国債買入額を増額しつつ、10年物国債の金利の変動幅を拡大する等の見直しを行いました。これらの見直しに加え、海外金利の低下もあって、現状、わが国のイールドカーブの形状は、総じてスムーズになっており、市場機能には改善の動きがみられていると考えています(図表13)。こうした点も踏まえて、私としては、引き続きイールドカーブ・コントロールの枠組みのもとで、金融緩和を継続していくことが適当であると考えています。

4.おわりに ――鹿児島県経済について――

最後に、鹿児島県経済について、お話ししたいと思います。

鹿児島県の景気は、生産面を中心に海外経済の減速の影響がみられますが、内需を中心に持ち直しているとみています。企業の良好な売上・収益を背景に設備投資も高水準となっているほか、雇用・所得環境が緩やかに改善する中、旺盛なペントアップ需要、行政のサポートにも支えられて個人消費は持ち直しています。また、観光も国内客に加え訪日外国人客の流入もあり、着実に持ち直しています。今年は、夏の「2023かごしま総文」3や秋の「燃ゆる感動かごしま国体・かごしま大会」など、全国から人が集まる大きな大会が予定されており、鹿児島への注目度は一層高まるものと思われます。

ただ、やや長い目でみれば、当地経済については先行きを不安視する声も聞かれます。この背景としては、少子高齢化や人口減少などの課題に直面する中で、県内市場の縮小や当地経済を担っていく人材の不足が懸念されていることがあると思われます。

こうした中、鹿児島県では、2022年3月に「かごしま未来創造ビジョン」を改訂し、鹿児島県の基幹産業である農林水産業と観光関連産業の更なる振興を図りつつ、高い技術力を有する製造業の競争力の強化に取り組むなど、「稼ぐ力」の向上に注力されています。昨年の全国和牛能力共進会において日本一となった「鹿児島黒牛」をはじめとする農畜産品のブランド力向上や、海外を含めた域外への販路拡大に加え、スマート農林水産業の普及にも取り組んでおられます。また、観光面では、屋久島や奄美大島などの世界自然遺産をはじめとする豊かな自然、安全・安心で質の高い食事、豊富な温泉などの魅力を活かすために、戦略的なPRの展開などにより、誘客促進を図っておられます。

このほか、各経済団体においても、従来から抱えていた構造問題である人口減少、人手不足への対応として、デジタル技術の活用等に関する提言や各種支援を通じて企業の生産性向上に向けた取り組みの後押しをされています。

かつて、幕末において、製鉄や紡績などの最先端技術を取り入れ、近代化にいち早く取り組むなど、変革を成し遂げてきた鹿児島県が、DNAに刻まれた進取の精神を発揮して進めている数多くの取り組みを結実させ、更なる発展を遂げられることを心より祈念しまして、挨拶の言葉とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。

  1. 3第47回全国高等学校総合文化祭