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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営千葉県金融経済懇談会における挨拶

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日本銀行副総裁 内田 眞一
2023年8月2日

1.はじめに

日本銀行の内田でございます。本日は、千葉県の各界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から、日本銀行の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りしまして、改めて厚く御礼を申し上げます。

本日私からは、わが国の経済・物価情勢と、日本銀行の金融政策運営について、ご説明したいと思います。

2.経済の現状と先行き

はじめに、経済情勢です。わが国経済は、緩やかに回復しています。感染症下で抑制されてきた需要、いわゆるペントアップ需要が顕在化する中で、家計部門・企業部門のいずれにおきましても、経済活動は順調に改善しています。先行きも、当面はペントアップ需要に支えられる形で、またその後は、賃金の上昇や企業収益の増加を牽引役として、緩やかな回復を続けると予想しています。先週公表しました私どもの「展望レポート」では、今年度と来年度は+1%台の前半、2025年度は+1%程度の成長を見込んでいます(図表1)。

以下、家計部門、企業部門の順にご説明します。まず、個人消費は、新型コロナの感染症法上の位置付けの変更もあってペントアップ需要が顕在化しており、宿泊・飲食などサービス消費を中心に、緩やかなペースで着実に増加しています(図表2)。インバウンド需要の回復も、これら対面型サービス業の追い風になっています。

個人消費が増加を続けている背景には、こうしたペントアップ需要に加えて、家計所得が改善していく、という期待の高まりもあります。今年の春季労使交渉では、ベースアップを含め、30年振りの高い賃上げ率となりました(図表3)。年初くらいまでは、「大企業は賃上げできるとしても、地域の中小企業は厳しい」という声が多かったと思いますが、結果としては、「賃上げをしないと人材を採れない、あるいは流出する」として、企業規模によらず、賃上げが実現しました。背景には、言うまでもなく、厳しい人手不足があります。この10年、「雇用者所得」は、前年比2から3%程度の伸びを続けてきました(図表4)。内訳として、感染症拡大前は、「雇用者数の増加」が主導する形でしたが、コロナ禍を経てここ2年ほどは、女性や高齢者の追加的な労働供給余地が限られる中で、「賃金の上昇」が牽引する姿に変わってきていました。今春の賃上げは、昨年の物価上昇を反映している面はもちろんありますが、加えて、こうしたマクロ的な労働需給を背景としたものです。来年以降も労働市場の基本的な構図は変わらないと思います。このことは、企業にとっては人手不足の悩みが続くことを意味しますが、労働需給の面からみれば、賃金が上がりやすい環境が続くということです。

一方で、個人消費には物価高の影響が表れており、例えば、スーパーなどからは、購入点数を減らすとか、低価格商品にシフトするといった、生活防衛的な動きが広がっているという声が聞かれています。その影響は食品や日用品などで顕著で、これらを含む「非耐久財」の消費は弱めとなっています(図表5左図)。

これまでのところは、物価高のもとでも、雇用や賃金情勢の改善傾向に支えられて、各種の消費マインド指標は改善しています(図表5右図)。先行きについては、これら賃金・物価・個人消費の3つのバランスがポイントであり、(1)同じく上振れている物価との対比で十分な賃金上昇が続くのか、(2)それが個人消費を持続的に支えていけるのか、(3)そして来年以降の賃上げ定着につながっていくのか、よくみていきたいと思います。

次に、企業部門の動向です。各国中央銀行が、インフレ抑制のために急速なペースで利上げを行ってきた中で、海外経済の回復ペースは鈍化しています。わが国の輸出・生産は、その影響を受けつつも、自動車向け半導体などの供給制約の緩和などに支えられて、横ばい圏内の動きとなっています。この間、企業収益は高水準で推移しており、そのもとで、設備投資も緩やかな増加を続けています(図表6)。先行きも、人手不足やデジタル化への対応、気候変動関連投資、研究開発投資を含め、幅広い分野で着実に増加していく見通しです。

企業部門の先行きを左右する最大のリスク要因は、海外経済の動向です。海外経済の先行きについては、利上げの効果で各国のインフレ率は徐々に低下し、大きな混乱なく安定成長へと移行していくという「ソフトランディング」が、メイン・シナリオです。もっとも、賃金上昇を介してインフレ率が高止まりするリスクは残っていますし、金融システム面や金融資本市場を通じて、金融環境が一段と引き締まる可能性など、大きな下方リスクが存在しています。この3月には、米国のシリコンバレー銀行の破綻に端を発し、金融システム面の問題が懸念される局面がみられました。その後、破綻した銀行は特異なビジネスモデルのもとで経営を行っていた「アウトライアー(外れ値)」であるとの認識が浸透したことや、当局の事後的な対応が早かったことによって、そうした懸念は後退しています。ただ、米国では、これまで急速なペースで利上げを進めてきたわけですから、その実体経済面、金融面への影響には、不確実性を伴わざるを得ません。また、中国経済については、経済活動の正常化が進んでいるものの、世界的なIT部門の調整の影響がみられるほか、不動産市場の調整が長期化しており、持ち直しのペースが鈍化しています。若年層の高い失業率が注目されるなど、雇用・所得面の回復にも遅れがみられており、個人消費の回復は、行動制限の解除にもかかわらず、大方の予想よりも弱めです。今後の中国経済の持ち直しペースについては、不確実性が大きいと思います。これらの海外経済を巡るリスクについては、金融・為替市場の動向も含め、そのわが国経済・物価への影響を十分注視する必要があると考えています。

3.物価の現状と先行き

次に、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、直近の6月で3.3%となっています(図表7)。内訳をみますと、食料品や日用品など、「財」の寄与が大きく、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が大きいことがわかります。この点、輸入物価は昨年半ば頃にピークアウトし、足もとでは前年比マイナスで推移していますので、これが一定のラグを伴って影響を及ぼすもとで、消費者物価の上昇率もプラス幅を縮小していくとみています。その後は、景気回復が続き、需給ギャップが改善していくことに加えて、企業の賃金・価格設定行動が変化し、賃金上昇率や人々の中長期的な予想物価上昇率が高まっていくことで、物価は再びプラス幅を緩やかに拡大していくと考えています。これを展望レポートの消費者物価の見通しでみますと、今年度に+2.5%となった後、2024年度は+1.9%、2025年度は+1.6%となる見通しです(図表8)。物価の先行きについては、海外の経済・物価動向や資源価格の動向に加え、企業の賃金・価格設定行動など、不確実性はきわめて高い状況です。2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現が見通せる状況には至っていないと考えています。

今回の展望レポートでは、今年度の物価見通しを4月時点から大きく上方改定しました。年度替わりの消費者物価のデータやミクロ情報が、これまでみていたよりも強いものであったことを受けたものですが、問題は、上振れの背景です。元々の見通しでは、「コストプッシュによる「財」中心の物価上昇がいったん終息した後に、企業の賃金・価格設定行動が徐々に変化していき、賃金上昇とともに「サービス価格」が上昇する形で、再び物価が上昇していく」という姿を想定していました。足もとの物価の上振れは、前者のコストプッシュの影響が予想より長引いているということなのか、それとも、後者の賃金・価格設定行動の変化が思っていたより早めに表れたということなのか、という問題は、非常に大事な、しかし判断が難しい問題です。

先ほど申し上げた通り、今のところ、物価上振れの主因は「財」です。また、「サービス価格」のうちで上昇が目立つのも、外食や住宅リフォームのように輸入原材料を利用しているものです(図表9)。これらは、前者の仮説、すなわち、これまでの輸入物価上昇の規模や範囲が大きかったことから、価格転嫁が過去の経験則よりも長く、大きくなっている、という見方に適合します。一方で、予想を上回った春季労使交渉の結果やアルバイト時給の上昇などを受けて、企業が将来の賃上げの可能性も踏まえた価格設定を考えはじめたというのも、十分にありうる企業戦略のように思えます。また、ひと口に「財」と言っても、物流過程や小売りの現場など、消費者の手に渡るまでには人手を要するため、賃金上昇の影響を受ける部分があります。これらの点は、予想よりも早く企業行動が変わってきたという仮説を支えるものと言えます。

当然のことながら、どちらかの仮説が100%正しいということはなく、答えはその中間にあるのでしょうが、現時点では、企業の賃金・価格設定行動に「変化の兆し」が出てきている、というのが私の判断です。中途半端に聞こえるかもしれませんが、「デフレ期に定着した企業行動の変化」という大きな変曲点を捉えようとしているのですから、ミクロ・マクロの情報を精査し、慎重に判断していかなければなりません。特にこういう変化の時こそ、本日のように企業の皆様の声を直接お聞きするなど、本支店を通じたミクロの調査が重要だと思っております。

4.日本銀行の金融政策運営

金融政策の基本的な考え方

次に、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。日本銀行は金融政策運営の基本的な考え方を公表文で示しています。それは「内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく」というものです。

金融政策運営におけるオーソドックスな考え方は、「リスクマネジメント・アプローチ」、すなわち上下双方向のリスクとそれが起こった場合のコストを比較衡量しながら政策を運営する、というものです。このアプローチに沿って考えますと、現状では、「引き締めが遅れて、2%を超えるインフレ率が持続してしまう」という「上方向」のリスクよりも、「拙速な緩和の修正によって、2%を実現する機会を逸してしまう」という「下方向」のリスクの方が大きいと考えています。

先ほど、「企業の賃金・価格設定行動に変化の兆しが出てきている」と申し上げました。これは、物価見通しにとっては上振れ要因ですが、多少上振れたとしても、例えば米欧のように――もちろん規模は米欧ほどではないにしても――賃金が大幅に上昇し、それが更なる物価上昇をもたらす、といった形で2%を超える状態が続いてしまう可能性は、大きいとは言えません。それよりも、来年もしっかりと賃上げが行われるように、粘り強く金融緩和を続け、経済を支えていくことが必要な局面です。

デフレ下で定着した企業の行動が変わりつつあるのであれば、それは日本経済が長年待ち望んできた変化です。デフレ期には、企業は「自社だけが値上げをすると顧客が競合先に流出してしまうため、価格は据え置いて、コストカットで利益を確保する。したがって賃上げも慎重に行う」という行動が広くみられました。そうした行動が、あまりに強固に定着した結果、デフレではない状況となった後も、容易には変わりませんでした。

それが今、輸入物価の上昇がきっかけとはいえ、企業がよりフォワードルッキングに価格戦略を練ったり、人手不足のもとで、「賃金を上げないと人材を採れなくなる」という、いわば「早い者勝ち」の獲得競争が始まったりしています。こうした考え方や行動は、本来、経済に備わっているものであり、経済のダイナミズムを支えるものですが、これが、バブル崩壊とデフレのもとで弱まっていました。多くの経営者の方と接してきて、「こうしたデフレ期の企業行動は、変えるべきだし、環境が許せば変えたい」というのが実感なのではないか、と感じます。現状はまだ「兆し」の段階ですが、ようやく日本経済が変わるチャンスが来ているかもしれないのですから、粘り強く金融緩和を続けることで、こうした「変化の兆し」を大切に育てていくべきです。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の継続と運用

ここからは、少し技術的になってしまいますが、具体的な政策手段に沿ってお話しします。現在、日本銀行は、短期政策金利を「-0.1%」、10年物金利は「ゼロ%程度」を目標として、その変動幅を「±0.5%程度」とする、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」という枠組みで、金融緩和を行っています(図表10)。この政策に関して3つの点に分けてご説明します。

まず第1に、短期政策金利ですが、この部分は、日本銀行が自ら決めて、完全にコントロールすることができます。将来仮にマイナス金利を解除して例えばゼロ金利にする、ということになれば、この短期政策金利を、0.1%分だけ「引き上げる」ことを意味します。その決断は、「実体経済面で需要を抑制することで、物価の上昇を防ぐことが適当」と判断するということです。先ほどご説明した「リスクマネジメント・アプローチ」の考え方から言えば、-0.1%のマイナス金利を維持することで、「引き締めが遅れて、2%を超えるインフレ率が持続してしまうリスク」の方を、より心配する状況になるということです。現在の経済・物価情勢からみますと、そうした判断に至るまでにはまだ大きな距離があると思います。

第2に、現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という枠組みについては、対外公表文において「(2%の)「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」継続すると約束しています。現在、まだ2%の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていませんので、この基準に沿って、この枠組みを継続していきます。

そのうえで、第3に、この長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の枠組みの中での運用については、「金融仲介機能や市場機能に配慮しつつ、いかにうまく金融緩和を継続するか」という観点から、効果と副作用のバランスを取って行ってきました。

どのような政策も、効果があれば必ずコストも存在し、フリーランチはありません。これだけ大規模な金融緩和を行っているわけですから、緩和効果を発揮している反面として、金融機関の収益や金融仲介機能に影響を与えていますし、金利をコントロールしている以上、市場機能への影響は不可避です(図表11)。そして、この効果と副作用のバランスは、状況によって、とりわけ「人々や市場が考える先行きの物価上昇率(予想物価上昇率)」によって、変化します。このあと詳しくご説明しますが、予想物価上昇率が高まると、緩和効果が高まる一方で、副作用も大きくなるため、これをうまく調整していくことが必要になるのです。

昨年の12月には、10年物金利の変動幅をそれまでの「±0.25%程度」から「±0.5%程度」に拡大するなど、イールドカーブ・コントロールの運用の一部見直しを行いました。実際、昨年は、海外で非常に高いインフレ率が続き、国内の物価上昇率も高まったことから、ほぼ1年間を通じて、予想物価上昇率が上昇しました。予想物価上昇率の上昇は、同じ名目金利を維持した場合、実質金利が低下し、金融緩和の効果が高まることを意味しますが、一方で、その予想物価上昇率を反映して市場金利が上昇しようとするのを抑えることになるため、市場機能に及ぼす副作用も大きくなります。

昨年暮れの見直しの直前には、日本銀行は、10年物金利が0.25%を超えないように大量の国債買入れを行い、このゾーンの国債を100%保有することになりました。その結果、10年物金利は0.25%で抑えられた一方で、その他の年限の金利との関係が歪んでしまいました。また、社債市場では、その歪んだ国債金利をベンチマークにすることができず、社債と国債の間の金利差(スプレッド)が不自然に拡大するという問題も生じました(図表12)。これほどの無理をして10年物金利を0.25%に抑え込んでも、緩和の効果は、企業にまでうまく伝わらなくなっていました。金融緩和を粘り強く続けていくためには、見直しが必要だったということです。

その後半年余りが経過し先週の決定会合では、この間の情勢変化を受けて、イールドカーブ・コントロールの運用を更に柔軟に行うことを決定しました。具体的には、「±0.5%程度」という変動幅はそのままにしたうえで、この変動幅の位置付けを「目途」とし、市場の状況によっては、この範囲を超えて動くこともありうることとしました。ただし、1.0%では、そのレートで無制限の国債買入れを行う「連続指値オペ」を実施することで金利上昇を厳格に抑制することとします。また、0.5%から1.0%の間では、長期金利の水準や変化のスピード等に応じて、国債の買入れ額を増やしたり、連続ではない指値オペや共通担保資金供給オペを機動的に実施したりすることで、過度な金利上昇を抑制していきます(図表13)。

昨年12月の運用見直しの後、多少の紆余曲折はありましたが、イールドカーブはスムーズになり、社債市場の機能も回復しました(前掲図表12)。現時点では、当時とは異なり、明白な副作用、例えばイールドカーブの歪みが生じているわけではありません。しかし、先ほどご説明したように、内外の経済・物価情勢を巡る不確実性は、上下双方向にきわめて高い状況にあります。

まず、上振れ方向としては、この春、賃金・物価がともに上振れ、企業の賃金・価格設定行動に変化の兆しがみられる中で、予想物価上昇率には再び上昇の動きがみられています。今後も上振れ方向の動きが続く場合、10年物金利の上限を、0.5%で厳格に抑えようとすると、債券市場で歪みが生じたり、為替市場を含めて、他の市場の変動(ボラティリティ)に影響を与えたり、といった問題が生じるおそれがあります。昨年12月の見直し前後の状況を思い出してみても、そうした際に、最も強い手段である0.5%での「連続指値オペ」がもたらしうる副作用は、緩和効果とのバランスでみても、大きすぎると考えられます。そこで、あらかじめこの段階で、起こりうる副作用を和らげる措置を採ったということです。つまり、この先、物価の上振れなど、経済・物価の状況が変化した場合に、それでも混乱なく緩和を続けていくための「備え」としての工夫です。

一方で、海外経済を中心に下振れリスクもきわめて大きい状況です。仮に下振れリスクが顕在化した場合には、イールドカーブ・コントロールのもとで、変動幅の下限については、従来から厳格には対応しないこととしていますので、長期金利は自然に低下し、緩和効果が維持されます。

見直しのタイミングとしては、もちろん、ギリギリまで粘るほど緩和効果を引き出せる一方で、問題が生じてから事態を収束させる方が難しいですから、その判断は状況次第です。昨年12月に一度見直しを行っている経験が日本銀行、債券市場の双方にある中で、「問題が生じれば日本銀行はいずれ対応するだろう」と予見されていることも踏まえますと、今回はこのタイミングが適切であると判断しました。

以上をまとめますと、今回の運用の柔軟化は、内外の経済・物価を巡る不確実性がきわめて高い中、上下双方向のリスクに機動的に対応しながら、粘り強く金融緩和を続けていくことを狙いとするものです。当然、出口を意識したものではありません。

この点をはっきりさせるために、今回、3つの論点に分けてご説明してきました。「出口」ということに明確な定義があるわけではありませんが、少なくとも、「目標の実現」との関係で議論されるということでしょう。それは、第1や第2の論点、すなわち、マイナス金利政策の扱いや「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みをどうするか、という判断に関わる論点です。2%の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていない中で、これらにはまだ大きな距離があると思っています。一方で、第3の論点である、「イールドカーブ・コントロールの枠組みの中での運用」は、この枠組みの性質上、緩和を継続するうえで、どうしても調整しながらやっていくしかないのですから、これらとは別の問題です。今は粘り強く金融緩和を続けることが一番大切であり、これをうまく続けるための柔軟化です。

「多角的レビュー」の実施

金融政策運営の最後に、現在実施しております「多角的レビュー」について一言申し上げます(図表14)。

日本銀行は、このレビューの実施を4月に決定し、過去25年間のわが国経済と金融政策の振り返りを進めています。1990年代後半にわが国経済がデフレに陥り、日本銀行は、短期金利をゼロ%まで引き下げても十分な緩和効果を得られなくなったことから、それ以降長年にわたって、従来の金融政策の枠を超える「非伝統的金融政策」を実施してきました。そうした政策は効果のみならず副作用も生じるものであったわけですから、客観的で納得性のある評価を実施したいと思っています。また、その際、金融政策をそれ単独で評価するのではなく、わが国経済が置かれてきた状況との相互関係の中で評価することが重要だと考えています。その意味でも、本日は、貴重な機会を頂いたものと思っております。皆様から是非忌憚のないご意見を賜れれば幸いです。

5.千葉県経済の現状と展望

最後に、千葉県経済についてお話しさせて頂きます。当地では、脱炭素化やデジタル化のほか、人口減少といった経済・社会の変化に対して、前向きで戦略的な対応が次々と進められています。例えば、脱炭素社会の実現に向けては、千葉県が「カーボンニュートラル推進方針」を策定し、推進する中で、京葉臨海工業地帯に集積する鉄鋼業や化学工業などでは、CO2の排出量削減や回収に向けた技術開発が精力的に進められています。また、銚子市沖、いすみ市沖、九十九里沖では、洋上風力発電の導入に向けた取り組みも進められています。

この間、千葉県の人口は、長らく増加を続けてきましたが、2020年をピークに減少に転じています。これに対し、現在、当県では「地方創生総合戦略」のもとで、AIなどの先端技術の活用による生産性の向上、子育て支援、医療提供体制の充実など、様々な取り組みを進めておられます。「持続可能な地域社会の確立」というわが国にとっての大きな課題への対応において、当県が先導的な役割を果たされていくことが期待されます。

最後になりますが、近年、千葉県は台風や地震などの自然災害に度々見舞われてきました。とりわけ令和元年の台風15号、19号の上陸時には大きな被害が生じましたが、多くの関係者、金融機関の皆様のご尽力により経済活動の早期復旧が果たされたことは記憶に新しいところです。皆様方が地域の経済・金融の強靭性(レジリエンス)確保のためにご尽力されていることに敬意を表したいと思います。

今年は、千葉県誕生から150周年を迎える記念の年にあたります。祝意を申し上げるとともに、千葉県経済がますます発展していくことを祈念しまして、ご挨拶といたします。ご清聴ありがとうございました。