このページの本文へ移動

【挨拶】令和5年全国証券大会における挨拶

日本銀行副総裁 内田 眞一
2023年9月25日

1.はじめに

本日は、令和5年全国証券大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。大会がこのように盛大に開催されましたことを心よりお慶び申し上げます。

証券業界の皆様におかれましては、わが国証券市場の発展を通じて、日本経済の成長に多大な貢献をしてこられました。皆様のご尽力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。また、日頃より、日本銀行の政策・業務運営にご理解・ご協力を賜り、厚く御礼を申し上げます。

本日は、まず経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について、次に証券市場・証券業界に期待される役割について、お話ししたいと思います。

2.経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営

はじめに経済情勢についてです。

わが国の景気は、緩やかに回復しています。海外経済の回復ペースは鈍化していますが、輸出や生産は、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっています。企業収益は全体として高水準で推移しており、設備投資は人手不足対応やデジタル・脱炭素関連などを中心に緩やかに増加しています。また、雇用・所得環境は、緩やかに改善しています。今春のベースアップを受けて一般労働者の所定内給与が伸び率を高めているほか、夏季賞与も増加したとみられます。こうしたもとで、個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかなペースで着実に増加しています。先行きのわが国経済は、当面、海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、感染症下で抑制されてきた需要、いわゆるペントアップ需要の顕在化などに支えられて、緩やかな回復を続けるとみられます。その後は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まるもとで、潜在成長率を上回る成長を続けると考えています。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小していますが、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もと8月は+3.1%となっています。先行きは、こうした価格転嫁の影響が減衰していくもとでプラス幅を縮小するとみています。その後は、マクロ的な需給ギャップが改善し、企業の賃金・価格設定行動などの変化を伴う形で中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まっていくもとで、再びプラス幅を緩やかに拡大していくと考えています。

リスク要因としては、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性はきわめて高いと考えています。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があります。

続いて、金融政策運営についてお話しします。わが国の物価情勢は、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っておらず、粘り強く金融緩和を継続する必要があると考えています。そうした中、日本銀行は、7月の金融政策決定会合で、イールドカーブ・コントロールの運用を柔軟化しました。今回の柔軟化は、上下双方向のリスクに機動的に対応していくことで、イールドカーブ・コントロールの枠組みによる金融緩和の持続性を高めることを狙いとしています。日本銀行としては、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく方針です。

3.証券市場・証券業界に期待される役割

続いて、証券市場・証券業界に期待される役割について、3点お話しします。

1点目は、国民の資産形成に資する適切な金融サービスの提供です。「人生100年時代」において、私たちが長い人生を自分らしく、豊かに暮らしていくうえで、これを支える資産形成が不可欠です。そのためには、国民一人ひとりが、運用資産のリスクとリターンを十分に理解し、自らのライフステージや経済状況を踏まえて、証券投資を含めた資産を長期的な視点に立って積み立てていくことが重要です。こうした観点から、証券業界には、透明性が高く、顧客に寄り添った適切な金融サービスの提供が期待されます。また、適切に資産形成を進めるうえでは、個人の金融リテラシーの向上も大変重要です。この点、日本銀行が事務局を務める金融広報中央委員会は、長年にわたり、国民の皆様の金融に関するリテラシー向上に取り組んでまいりました。今後、政府が新たに機構を設置し、金融広報中央委員会の機能をそこに移管する方向で議論が行われておりますが、証券業界の皆様には、引き続き積極的なご支援と連携をお願いいたします。

2点目は、経済成長や社会的課題の解決に資するリスクマネーの供給です。デジタル化、脱炭素化、ライフサイエンスの重要性の高まりなどグローバルに大きな構造変化が進展するもとで、わが国経済の成長力を高め、様々な社会的課題を解決していくためには、イノベーションを支えるリスクマネーの供給が大きな鍵となります。この点は、今申し上げた資産形成において、幅広い成長分野に投資する資金循環を作っていくうえでも重要な視点です。例えば、イノベーション促進の観点からは、スタートアップ企業に対して、発展段階に応じて、エクイティやデットなど幅広い形のリスクマネーを供給し、研究開発や事業化を支えるとともに、M&AやIPOによる投資回収を支援することは、証券業界に期待される大きな役割の1つです。また、今後、脱炭素化対応などで長期にわたり巨額の資金需要が見込まれていますが、資本市場が担う役割は重要です。この点、わが国における気候変動関連のESG債の発行は増加しており、日本銀行が実施した「気候変動関連の市場機能サーベイ」でも、制度面・実務面の取り組みが着実に進捗していることが示されています。今後ともリスクマネーの供給が、制度や市場慣行等の整備を伴いつつ、進展していくことを期待しています。

3点目は、証券分野におけるデジタル化の推進です。スマートフォンやデジタル・プラットフォームを通じたオンライン取引、AIやアルゴリズムを駆使した市場取引、デジタル証券の発行など、証券分野でもグローバルにデジタル技術の活用が一段と加速しています。デジタル技術は、効率性を高め、より便利で低コストかつ質の高い金融サービスの提供につながっています。同時に、サイバー・セキュリティや個人情報保護、AIの利用の仕方など新しい課題への対応も求められています。デジタル技術を適切に活用し、わが国証券サービスが、より付加価値が高く、魅力あるものとなっていくことを期待しています。

4.おわりに

最後に、本日ご臨席の皆様のますますのご健勝と、わが国証券市場のさらなる発展を祈念いたしまして、私のご挨拶とさせて頂きます。本日は、誠におめでとうございました。