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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策兵庫県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 中村 豊明
2023年11月30日

1.はじめに

日本銀行の中村でございます。本日は、兵庫県の行政および金融・経済界を代表する皆様と懇談させて頂く貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から神戸支店の円滑な業務運営に当たり、多大なご支援を賜り厚く御礼申し上げます。

本日は、内外の金融経済情勢や持続的な2%の「物価安定の目標」達成に向けた日本銀行の金融政策、さらに日本の経済成長についての私の思い等をお話させて頂き、兵庫県経済の現状と期待される取り組みに触れさせて頂いた後、皆様から率直なお話を承りたく存じます。日本銀行では、過去25年間に実施してきた非伝統的金融政策の効果・副作用について理解を深め、将来の政策運営にとって有益な知見を得るため「多角的レビュー」を進めています。本日も、これらについて皆様方から忌憚のないご意見を頂ければ幸いです。皆様との懇談を通じて、地域経済の現状や課題に対する理解を深め、頂いたご意見を日本銀行の業務や政策判断に活かしてまいりたいと存じます。

2.内外経済情勢

海外経済は、グローバルなインフレ圧力が残存し、各国中央銀行による累次の利上げの影響や、ウクライナ情勢に加え、中東問題の拡大懸念も台頭し、不確実性が高まっています(図表1)。米国経済は、引き続き雇用・所得環境が堅調なもとで底堅く推移しており、ソフトランディング期待が高まっています。しかし、財政支出拡大の継続、賃金上昇率の高止まり等により、2%の物価目標の達成には時間が掛かるとみています。また、2年以上に亘る4%超の賃金上昇と長引く高インフレにより、財中心に消費が前倒しされている可能性や、累次の利上げの影響、超過貯蓄の減少や学生ローンの返済再開等、個人消費や企業業績への下押し圧力により、一部には経済の減速懸念も聞かれ、スタグフレーションに繋がる可能性もあるとみています。欧州経済は、各国間でインフレ格差があるもとで、地政学リスクの拡大、累次の利上げの影響等を受けて減速傾向が続き、7から9月期の実質GDPが前期比-0.1%と減少する等、リセッションも懸念されています。また、中国経済は、政策面の下支えもあり持ち直しの動きが続くとみられますが、人口減少や若年失業率の高止まりに加え、今まで高成長をリードしてきた不動産投資、外資による投資・技術移転や輸出等に代わる成長ドライバーの育成がまだ不十分であり、成長期待が低下し、家計や民間企業の支出抑制志向が強まり、潜在成長率の低下が続くと思われます。このほか、インド経済については、「メイク・イン・インディア」政策によって製造業の振興を図る中、人口増加に伴う内需拡大や海外企業の直接投資積極化等により、今後の更なる成長が期待されます。

日本経済は、緩やかに回復しています。企業部門では、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響緩和に支えられて、輸出や生産は横ばい圏内の動きとなっているほか、経済再開と円安に伴いインバウンド需要も増加しています。また、価格決定力の改善や経営改革の推進等により企業の「稼ぐ力」の強化が進み、企業業績の改善が続く中、成長期待の高まりや物価上昇期待の持続による投資回収可能性の向上等もあって、設備投資意欲は高まっています。家計部門の個人消費は、好調な企業業績や労働市場逼迫等による賃上げモメンタムの継続、ペントアップ需要の顕在化等により、緩やかに増加しています。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年同月比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果等によって、直近ピークの2023年1月の+4.2%から10月は+2.9%に低下しました(図表2)。但し、企業に残存するコスト未転嫁分の販売価格への転嫁に加え、食料・エネルギー価格が再上昇する可能性もありますので、今後の動向を注視しています。

日本経済の先行きを展望すると、当面は海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、行動制限下で積み上がった貯蓄にも支えられたペントアップ需要の顕在化、緩和的な金融環境や経済対策の効果、成長期待やデジタル化・環境対応意識の高まりによる設備投資の拡大、企業の「稼ぐ力」の強化等から、賃金上昇とともに緩やかに回復していくとみています。その後は海外経済が国・地域ごとにばらつきを伴いつつ緩やかに成長していくもとで、所得から支出への好循環が徐々に強まり、潜在成長率を上回る成長が続くと期待しています。また、2024年度の消費者物価(除く生鮮食品)の政策委員の大勢見通しは、+2.8%と前回の7月展望レポートから上振れていますが、これは政府によるエネルギー負担軽減策が本年度末頃に終了することを見通しの前提としていることも影響しており、エネルギー価格の変動の直接的な影響を受けない生鮮食品・エネルギーを除いた消費者物価では+1.9%と予想しています(図表3)。

3.金融政策運営

足もとの経済・物価情勢を踏まえ、当面の金融政策運営に関する私自身の考えについてお話します。消費者物価(除く生鮮食品)の前年同月比は9月に+2.8%と13か月ぶりに3%を下回りましたが、以下の通り、2%の「物価安定の目標」のもとで、当面は現在の金融緩和を粘り強く続ける必要があると考えています。

(1)金融政策運営と日本経済の課題

日本銀行の金融政策の理念は、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することです。物価と賃金が連動し易い米欧では、物価と賃金の上昇が長年続いていますが、過度な物価上昇は経済のコストであることはもちろん、労働生産性の向上を伴わない賃金の過度な上昇は持続的ではありません。こうした面を踏まえ、2%の物価上昇が目標とされているように思います。これは、物価と賃金が連動して上昇する経済・賃金構造を前提とし、行き過ぎたインフレ率を鎮静化することを念頭に置いた目標です。今次局面では、ピーク時のインフレ率が米国で+9.1%1、ユーロ圏で+10.6%2となりましたが(図表2再掲)、まさにこうした事態に対応する目標ということです。日本の場合は状況が異なります。日本では、1990年代後半以降、物価と賃金が殆ど上昇しなかったことで(図表4)、企業のイノベーションが阻害され、アジア主要国との高度専門人財3の賃金水準が逆転する等(図表5)、経済は長い停滞に陥りました。2%の「物価安定の目標」の達成状況は、この停滞を脱するために必要な「経済成長とともに物価も賃金も上昇する経済・賃金構造への変革」の進捗を測る基準でもあると考えています。

人口増加に伴って成長した日本は、人口減少に伴い経済が停滞を始める「成長の罠」に嵌り、環境変化への対応が遅れました。例えば、多くの企業では終身雇用慣行のもとで、「良いものを安く大量に」提供する効率重視の大量生産モデルが維持され、人口減少社会に適応した付加価値重視の事業モデルへの転換が遅れました。そして、不況の度にオイルショック時の成功体験から、事業継続・雇用維持を優先しコストカットや投資抑制が徹底され、業績改善が図られました(図表6、図表7)。これは、賃上げを抑制しても雇用を守れば、従業員は会社のために働き続けてくれるという「従業員の善意に依存した経営」だったと思います。この間、「稼ぐ力」を強化する「選択と集中」・事業ポートフォリオ改革(M&A・事業売却等)の先送りに加え、イノベーション創出のカギとなる人財投資や研究開発投資の抑制等、「守りの経営」が徹底されました。この結果、環境変化への対応が遅れ、賃金の停滞や成長期待の低下を招き、従業員エンゲージメントや労働の質が低下し、一人当たり労働生産性がOECD38か国中29位4に低迷する等(図表8)、日本は世界の成長スピードから遅れ、「低成長・低インフレ・低賃金上昇」の「低温経済」に陥り、デフレマインドが形成されたと考えています。

  1. 2022年6月。
  2. 2022年10月。
  3. 「人財」は、人が会社経営にとって財産(human capital)である旨を表す造語。
  4. 2021年順位。同年の日本の時間当たり労働生産性は27位。

(2)物価・賃金の持続的上昇の兆し

輸入物価の高騰と人手不足の深刻化の2つの要因によって、日本でも「物価・賃金・金利」が動き始めました。物価については、世界的な物価高騰が日本にも波及し、価格転嫁に対するマインドに変化が現われ、企業の価格戦略も変わってきました。9月短観の企業の価格判断DI(「上昇」-「下落」)をみると、仕入価格判断DIが低下傾向にある中、販売価格判断DIは先行きも含めて高止まりし、両者のギャップが縮小傾向で(図表9)、従来にない企業の積極的な価格設定行動が窺われます。

所得・雇用環境については、雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)が足もと-33%pt、先行き-37%ptとなる等、人手不足が一段と深刻化しており(図表10)、30年振りの高い賃上げ率となった2023年春季労使交渉に続き、連合等からは2024年も高い賃上げ率が目標として提示されています。従来から相応に高い賃金上昇がみられてきた米欧と異なり、日本では賃金が30年停滞していました。日本企業は、デフレ期に国内では賃金や投資を抑制しましたが、コスト低減のために海外拠点展開を進め、現地企業を育成する等、新興国企業の成長に貢献し、新興国の賃金も上昇を続けました。海外主要国では、業種・職種・スキルに応じた賃金水準が形成される労働市場が構築され、物価と賃金の連動が起き易くなっています。このため、海外企業の賃金上昇が進み(図表5再掲、図表11)、人財獲得競争に拍車をかけていると思います。業績を維持し雇用を守る「守りの経営」だけでは、地域の人口流出を抑えるのは難しいように思います。しかし、日本でも労働市場の改革が進み始め、環境変化への対応が必須となる中で、経営者に、企業の「稼ぐ力」を強化することで持続的な賃上げを実現し、従業員が働き甲斐を感じることが必要との意識が高まっているように感じています。このため、「従業員の善意に依存した経営」から「従業員の価値を高める経営」への改革が進むと期待しています。政府も、賃上げが高スキル人財を惹きつけ、企業の生産性を高め、更なる賃金上昇を生む「構造的な賃上げ」の実現を目指し、リスキリング等支援策強化の取り組みを進めています。従業員の価値を高める取り組みに積極的な企業と消極的な企業との間で成長力や賃上げ率に差が現われ、より高い賃金ややり甲斐を求めて転職が加速し、成長と賃上げを続ける企業の雇用拡大が進むと考えています。実際に、日本でも転職率が上昇し始め、転職者の方が非転職者よりも賃金上昇率が高くなっており(図表12、図表13)、従業員や経営者の意識の変化とともに、物価上昇を上回る賃金上昇が実現する兆しが現われていると思います。

(3)金融緩和継続の必要性

デフレマインドの変化や企業・政府の懸命な取り組みにより、企業の経営改善努力が販売価格や賃金の上昇に繋がり始めています。そして、従業員のエンゲージメントやイノベーション創出意欲の向上により、魅力ある製品・サービスが創出され、企業の「稼ぐ力」の向上とともに労働生産性が向上し、持続的な賃金上昇が「家計の余裕」を生み、個人消費の拡大や投資の増加に繋がり、社会保障の持続可能性も高まり、「成長と分配の好循環」が回り始めると期待しています(簡略化した構図は図表14)。これによって、再び若者が将来に希望を持てる日本になるのだと思います。

9月の消費者物価(除く生鮮食品)の前年同月比は+2.8%と13か月ぶりに2%台に低下しましたが、実質賃金は18か月連続の前年同月比マイナスであり、GDPデフレーターのユニット・レーバー・コストをみても、米欧のような大幅な拡大は確認されていません(図表15)。このため、現状の物価上昇はラグを伴った輸入コストプッシュインフレの色彩が強く、賃金上昇を伴った持続的な2%の「物価安定の目標」の実現に確信を持てる状況ではありません。現在、賃金と物価の好循環を実現させる千載一遇のチャンスが到来しており、その実現の正念場を迎えていますので、今は慎重な対応が必要であり、金融緩和の政策修正にはもう少し時間が掛かると考えています。

4.日本経済の変革

ここからは、2%の「物価安定の目標」の持続的な実現に必要な企業の「稼ぐ力」の強化と経済・賃金構造の変革等について、お話したいと思います。

(1)企業の「稼ぐ力」の強化と経済・賃金構造の変革

持続的な賃金上昇や「成長と分配の好循環」を実現するためには、企業の「稼ぐ力」の強化や物価と賃金がともに上昇する経済・賃金構造への変革が必要であり、そのためには供給サイドの改革が必要と考えています。

販売価格が動かなかった時代は、多くの企業で原価低減効果や新製品・サービス開発による付加価値創出がコストアップで相殺され、賃上げや成長投資の原資になりにくい状況でした。この結果、今では高度人財の賃金水準はアジア主要国と逆転しています(図表5再掲)。世界的な物価高騰や人手不足の深刻化が続くもとで企業は、価格決定力を高めるイノベーティブな製品・サービスの開発、「選択と集中」による生産性の高い事業構造へのポートフォリオ改革の強化、イノベーションを起こす技術進歩への積極的な投資、経営リソース強化のための事業統合等に取り組むことが必要です。こういった改革意欲がリーマンショックを経て大手企業を中心に高まり、企業の「稼ぐ力」の強化が進みつつあると思います(図表16)。

さらに、中小企業を含めたバリューチェーン全体での合理的な価格転嫁やイノベーション創出の取り組み、新たな市場を創造するスタートアップの増加、成長産業への円滑な労働移動の進展に注目しています。

また、「少子・超高齢化」が進む中でも、終身雇用慣行や年功序列賃金体系が続き、物価と賃金がともに上昇する経済・賃金構造への変革が遅れています。このため、12月に政府が提示する年功ではなく「物価上昇と能力向上に見合った賃金上昇に繋がるような日本企業に適合した職務給の類型モデル」への企業の取り組みに加え、人手不足緩和や労働移動促進に繋がる「リスキリング支援」や「年収の壁・支援強化パッケージ」等の今後の政策効果に注目しています。

(2)中小企業の「賃上げ・投資余力」の向上

名目GDPがショック以前の水準に戻るまでの回復期間をみると、デフレ期では1997年度の水準に回復するのに19年掛かりましたが、コロナ禍では2019年度水準を3年で回復し、2023年度上期には年率約590兆円を記録し、過去最高を更新しています(図表17)。法人企業統計でも、2022年度の経常利益が過去最高を更新し、2023年4から6月期も過去最高を更新しました。9月短観でも、2023年度の経常利益見通しが上方修正され、設備投資も前年比+13.3%5の増加計画となっています。特に大企業では、リーマンショック以降進めてきた事業ポートフォリオ改革等によって「稼ぐ力」に対する自信を深めている様子が窺われ6、賃上げモメンタムは強まっていると思います。

もっとも、物価上昇に負けない賃金上昇の実現には、従業者の67%7が働く中小企業の「稼ぐ力」の強化が重要です。「賃上げ・投資余力」について、一人当たり経常利益で確認すると、2022年度の中小企業については、資本金10百万円未満(従業者全体の19%が勤務)では50万円、資本金10百万円以上50百万円未満(従業者全体の34%が勤務)では86万円、資本金50百万円以上1億円未満(従業者全体の14%が勤務)では103万円で、資本金1億円以上の大企業平均(509万円)に対し、それぞれ10分の1、6分の1、5分の1と経営規模に応じて「賃上げ・投資余力」が向上しています(図表18)。

日本の中小企業がドイツの中小企業のような強い「稼ぐ力」を持つためには8、経営リソースを強化し、研究開発力や市場対応力を高めることで、価格決定力を高める製品・サービスの開発や、輸出・新規事業への進出等、自律性を高めることも必要です。限られたデータですが、中小企業によるM&A件数は2021年で2,413件と2014年の7倍に増加し、経営リソースを強化する動きは活発化しています。また、社長の年齢が若いほど新事業への進出割合が高まる等のデータや、世代交代や第三者事業承継による経営者の若返りが進む事例も増えており、物価上昇を上回る賃金上昇を実現する事業構造改革が進むと期待しています(図表19)。なお、中小企業によるM&A候補の探索依頼先の8割弱が金融機関ですので9、地域金融機関の伴走支援によって、成功事例が蓄積され改革の輪が広がり加速していくことを期待しています。

  1. 5ソフトウェア・研究開発を含む設備投資額(除く土地投資額)。全規模合計、全産業ベース(金融業、保険業を除く)。
  2. 67月に日本経済新聞社が公表した大手企業を対象とした「社長100人アンケート」において、来春の賃上げ意向を固めている企業が4割あることは、「稼ぐ力」に対する自信を深めている証左であると考えています。
  3. 7法人企業統計調査の年次別調査(令和4年度調査)のベース(金融業、保険業を除く)。
  4. 8「法人企業統計調査」(年次別調査)によれば、日本の中小企業の税引前利益率は3%程度です。一方、BundesbankFinancial statement statisticsextrapolated results)」によれば、売上高50百万ユーロ未満のドイツの中小企業の税引前利益率は6%程度となっています。
  5. 92022年版の「小規模企業白書」(中小企業庁)によれば、買い手としてM&A実施意向のある企業の相手先の探索方法は金融機関への依頼が最も多くなっています。

(3)スタートアップ躍進の重要性

日本経済の成長率を高めるには、既存企業の「稼ぐ力」の向上だけでは不十分です。新しいテクノロジーにより新たな市場を創造し、成長をリードするスタートアップの役割も非常に重要です。20世紀の日本で多くのスタートアップが躍進し経済成長をリードしたように、21世紀でもスタートアップの成長促進が必要です。しかし、現状では資金調達規模やユニコーン数が圧倒的に少なく、経済低迷要因の1つとなっています。このため、政府の「スタートアップ育成5か年計画」のもとで、多くのスタートアップが躍進し、新しいテクノロジーの開発を通じて新たな市場が成長し、活力あふれる経済へ進化していくことを期待しています(図表20)。

(4)家計の「稼ぐ力」の強化

日本の経済・賃金構造の変革には、供給サイドの改革とともに、需要サイドである家計の「稼ぐ力」の強化による可処分所得の安定的な増加も重要です。この伸びが低いと消費支出は貯蓄率の低下によって支えられるため、持続力を欠いてしまいます。このため、2つの変革が必要と考えています。第一は、可処分所得に占める割合が94%10と極めて高い雇用者報酬の向上に向けた変革です(図表21)。既に述べたように中小企業を含む企業の「稼ぐ力」の強化や「従業員の価値を高める経営」への変革が重要ですが、より高い賃金水準の企業への転職もオプションの1つです。

第二は、家計の金融資産構造の変革です。日本の家計の金融資産構造をみると、現預金の割合が54%、株式等・投資信託の割合が15%となっており、米国やユーロ圏に比べて現預金の割合が高い特徴があります(図表22)。このため、可処分所得に占める配当・利子収入の割合が4%と低く、デフレ期以降、雇用者報酬の停滞とともに「家計の余裕」が低下し、低い貯蓄率の中で将来に備えて支出を抑え「お金を保蔵する」デフレ思考の高まりが窺われます(図表21再掲)。今後、可処分所得の増加に連れて、消費・貯蓄・投資のバランスを改善し、「お金を活用する」成長思考へのマインド変革も可処分所得の安定的な増加に必要です。

30から50年に亘る「長期・積立・分散投資」による家計の資産形成とともに、家計が上場企業から利益の分配を受け取ることにより、家計と日本経済のブリッジが強化され、投資と更なる消費に繋がる好循環が形成されます11。そして、「共助」・「公助」の源泉となる税収・社会保険料が増加し、「自助・共助・公助」のバランスが取れた形で経済成長していくことで、社会保障の持続可能性とともに成長期待が高まり、個人消費が活発化し、「超高齢社会」のもとでも国民経済の健全な発展が実現されると期待しています。

  1. 102019年末時点。
  2. 11日本では、住宅は家計の代表的な資産ですが、日本の住宅寿命は40年弱で、中古市場は住宅市場の15%と小さく耐久消費財に近いため、老後の安定した資産形成にはなりにくいのが現状です。米国では、住宅寿命は60年弱で、中古市場は住宅市場の79%となっています(国土交通省「令和4年度 住宅経済関連データ(<4>1.(1)、<9>3.(2))」)。

5.おわりに ―― 兵庫県経済について ――

最後に、兵庫県経済の現状と期待される取り組みについて申し上げます。

兵庫県経済は、一部に弱めの動きがみられるものの、緩やかに回復しています。生産と輸出については、完成車メーカーの生産回復といった押し上げ効果はあるものの、当地からの輸出ウエイトが高い中国向けの需要減退を主因に、増勢鈍化ないし横ばい圏内となっています。一方、設備投資は、ハード・ソフト両面で増加しているほか、個人消費も、物価上昇を受けた生活防衛的な動きはみられつつも、経済活動の正常化を受けたペントアップ需要等が牽引する形で、緩やかに回復しています。こうした中、2023年春季労使交渉では高い賃上げが実施されましたが、当地は全国を上回るペースで人口減少が進展しており、人手不足の声が多く聞かれています。

このため、兵庫県では、人の流れを生み出すための未来志向の取り組みが進められています。その事例を2つ挙げると、1つ目は、産業構造を活かした将来への期待を高める取り組みです。当地は、県内総生産に占める製造業の割合が全国対比高く、播磨臨海地域における脱炭素に向けた水素産業の強化に代表されるように、先進的なモノ作り県です。これを子育て世代や海外人財に積極的にアピールし、ワンストップ相談窓口等を通じて、女性就業の促進や海外人財の雇用サポート等に取り組まれています。また、若年層の県内定着を企図して、県内中小企業の若手従業員を対象とした奨学金返済支援制度の創設や、一部公立大学の学費等の無償化が予定されています。当地全体では人口の転出超過が続いていますが、国内屈指の教育や住環境の良さを映じて、子育て世代である30から40歳代は転入超過に改善しており、今後、若年層の転入超過や外国人留学生の県内定着も期待されています。

2つ目は、観光関連の取り組みです。本日、開催500日前を迎えた2025年大阪・関西万博では、本会場のみならず、兵庫県全体をパビリオンに見立て、地場産業やSDGsを体験できるプログラム「ひょうごフィールドパビリオン」が展開されています。また、神戸空港では、2025年に国際チャーター便の運用が始まり、2030年前後には国際定期便就航も予定されています。こうした県を挙げた誘客施策と、兵庫県が誇る世界遺産・姫路城や全国最多の9つの日本遺産12といった豊富な観光資源の相乗効果により、インバウンド需要や新たな商機の獲得に繋がることが期待されています。

当地は、新しいテクノロジーで新たな市場を創出し、成長をリードするスタートアップの支援にも積極的です。2020年には、「ひょうご神戸スタートアップ・エコシステムコンソーシアム」が、大阪・京都の各コンソーシアムとの連名で、「世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略」13の「グローバル拠点都市」に選定されたほか、神戸大学キャピタルでは、本年、「神戸大学ファンド」が設立されています。こうした支援の枠組みを活用して、「バイオものづくり」分野では微生物や植物等を用いた医薬品原料等有用物質の生産、IT分野ではオフィスの受付・入退館を自動化するソフトウェアの開発・提供等、世界への飛躍を視野に入れたスタートアップの設立・成長も進んでおり、着実に成果を重ねています14・15。また、2023年10月には、世界大手IT企業が、人工知能(AI)を中心とした開発支援拠点を神戸市に開設しており、今後、当地企業のDX推進やIT関連企業の集積も期待されます。

本日ご出席いただいた皆様のこうした前向きな取り組みが結実し、59年振りのプロ野球の関西シリーズの盛り上がりも手伝って兵庫県の経済が持続的な成長を遂げられることを祈念しまして、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。

  1. 12(1)丹波篠山 デカンショ節、(2)『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」、(3)播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道、(4)きっと恋する六古窯、(5)荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間、(6)「日本第一」の塩を産したまち 播州赤穂、(7)日本海の風が生んだ絶景と秘境、(8)1300年つづく日本の終活の旅、(9)「伊丹諸白」と「灘の生一本」下り酒が生んだ銘醸地、伊丹と灘五郷。
  2. 13国がスタートアップ・エコシステムの形成を推進する拠点形成計画を認定し、政府、民間サポーターによる支援を実施するもの。支援パッケージとして、政府系スタートアップ支援機関の支援プラットフォーム(支援機関によるワンストップサービス強化、事業規模1,200億円)の構築や、官民ファンドによるリスクマネー供給の強化が図られています。
  3. 14「ひょうご神戸スタートアップ・エコシステムコンソーシアム」では、2020から2023年3月の間、県内でスタートアップ企業が90社、県内大学発ベンチャー企業も22社設立。
  4. 15神戸大学ファンドは、2023年1月に設立された国立大学では初となる100%民間資本のファンド。2023年11月現在、地方創生や地域活性化などに資するベンチャー企業9社に投資。