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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策青森県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 田村 直樹
2024年3月27日

1.はじめに

日本銀行の田村でございます。本日は、青森県の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜り、誠にありがとうございます。また、日頃より、日本銀行青森支店の業務運営にご協力頂いておりますことに、厚く御礼を申し上げます。

本日は、まず私から、わが国の経済・物価情勢や日本銀行の金融政策運営などについてご説明させて頂き、その後、皆様から青森県の実情に即したお話や日本銀行に対するご意見などを承りたく存じます。

2.経済・物価情勢

(1)経済情勢

はじめに、わが国の経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復していると判断しています。こうした中、私が足もと心配している点を2点申し上げます。1つ目は、個人消費の動向です。個人消費は、物価高の中でも、コロナ禍からのペントアップ需要などにより緩やかな増加を続けてきました(図表1)。もっとも、食料品や衣料品などの非耐久財消費は、このところ低価格商品へのシフトといった動きがみられており、価格上昇分を差し引いた実質ベースでは減少傾向となっています。賃金の上昇が物価上昇に追い付かない状況が続くもとで、物価高が消費に陰りをもたらし始めていると捉えています。2つ目は、設備投資です。全体として高水準で推移している企業収益を背景に、短観でみる2023年度の設備投資計画は、はっきりとした増加計画となっています(図表2)。もっとも、実績が計画を下回るのは通常想定される動きであるとはいえ、GDP統計でみた昨年12月までの実績は、やや力強さに欠けています。一方で、機械や建設工事の受注残高は増加傾向が続いており、企業の設備投資の需要自体はあるものの、人手不足などにより受注はしても製造できない、すなわち供給能力不足の状況が生じているのではないかと、私としては捉えています。

1月の展望レポートで示している先行きの実質GDP成長率は、政策委員の中央値で、2023年度が+1.8%、2024年度が+1.2%、2025年度が+1.0%となっており、潜在成長率を上回る成長を予想しています(図表3)。足もとでは先ほど申し上げたような不安材料がありますが、少し先を見通すと、個人消費については、物価の上昇が落ち着いていく中で、賃金も伸び率を高め、政府の経済対策も相まって、消費を下支えしていくと見込まれます。設備投資についても、人手不足対応やデジタル関連の投資、GX(グリーン・トランスフォーメーション)関連やサプライチェーンの強靱化に向けた投資など、設備投資需要はしっかりとしており、ある種の供給制約がある中でも息の長い増加基調が続くと考えられます。このほか、インバウンド需要も増加を続けていくことが期待されることなども踏まえると、見通しの中長期的な姿が腰折れする懸念は小さいとみています。

(2)物価情勢

次に、物価情勢についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、ひと頃と比べて低下してきましたが、なお2%台後半となっており、振れの大きいエネルギーも除いた消費者物価の前年比も、3%程度となっています(図表4)。既往の輸入物価上昇を起点とした価格転嫁の影響が減衰しつつある中、財価格の寄与は低下してきていますが、サービス価格の上昇が物価を押し上げています。今回の物価上昇局面の当初段階では、「原材料価格の上昇分は売値に転嫁できても、人件費の上昇までは転嫁できない」という声がもっぱらでしたが、その後、次第に人件費を価格転嫁する動きが拡がってきており、そうした変化が人件費比率の高いサービス価格の上昇に反映されてきています。私としては、こうした動きは、わが国企業の価格設定行動が明確に変化したことを示していると捉えています。

物価の先行きについて、生鮮食品を除いた消費者物価の予想を政策委員の中央値で申し上げれば、2023年度が前年比+2.8%、2024年度が+2.4%、2025年度が+1.8%となっています(図表5)。こうした見通しが実現するためには、賃金と物価の好循環が実現し、その好循環が続いていくことが重要です。

今年の賃上げは、大幅な賃上げが行われた昨年を上回る可能性が高いと考えています。先日発表された今年の春季労使交渉の途中集計結果は、中小企業を含め昨年実績を大幅に上回るものでした(図表6)。中小企業に対するアンケート調査でも、賃上げに前向きな企業に一段と拡がりがみられているほか、日本銀行の本支店における企業からのヒアリング情報でも、幅広い企業に賃上げの動きが拡がってきていることが窺われます。この背景としては、人手不足を踏まえた人材の係留・確保の必要性といった側面が強いと捉えています。もちろん、個々の企業では、賃上げの原資がない、賃金上昇分の価格転嫁は難しいといった声が聞かれることも事実ですが、最新のデータやヒアリング情報、あるいは、先に述べた企業の価格・賃金設定行動の変化や人手不足という環境を踏まえると、こうした賃金と物価の好循環が今後も続いていく公算が大きいと考えています。

3.金融政策運営

(1)金融政策の枠組みの見直し

ここからは、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指して、大規模な金融緩和を続けてまいりました。先ほど申し上げたように賃金と物価の好循環の強まりが確認され、先行き、「展望レポート」の見通し期間――これは、直近のレポートでは2023年度から2025年度までとなりますが――の終盤にかけて、2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断したことから、先週の金融政策決定会合において、これまでの金融政策の枠組みを見直すこととしました(図表7)。

具体的には、政策金利を無担保コールレートとし、日本銀行の当座預金に0.1%の付利金利を適用することによって、無担保コールレートが0から0.1%程度で推移するよう促します。見直し前は、マイナス0.1から0%の範囲で推移していましたので、金利水準は0.1%程度上昇することになります。

長期金利については、金利を操作するために設定していた目標水準や上限の目途を撤廃しました。国債の買入れについては、これまでと概ね同程度の金額で継続し、長期金利が急激に上昇する場合には、機動的に買入れ額の増額などを実施する方針ですが、能動的な金融政策手段として用いるのではなく、不連続な変化を避けるためのものと位置づけられます。

このほか、ETFとJ-REITの買入れも、市場環境の好転に伴い実際の買入れはほとんど行っていない状況にありましたが、新規の買入れを終了することとしました。

以上のような政策の見直しによって、マイナス金利やイールドカーブ・コントロールなど、これまで行ってきた異次元とも評される金融政策を脱し、金融政策の正常化への第一歩を踏み出したと捉えています。この先も、引き続き2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現する観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していきますが、現時点の経済・物価見通しを前提にすると、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えています。

(2)過去25年間の振り返り:「ほとんど金利がない世界」

金融政策の正常化への第一歩を踏み出した、このタイミングで、わが国経済がデフレに陥った1990年代後半以降、長期にわたって実施してきた金融緩和について少しだけ振り返りたいと思います。そして、私が日本銀行の審議委員に就任するまでに感じていた金融実務家としての実感を交えつつ、金融政策の根幹である金利の機能について考えたいと思います。

伝統的な金融政策手段である短期金利についてみると、バブル崩壊前の80年代後半から90年代始めにかけて4から8%前後の水準にありましたが、90年代後半に0.5%程度にまで下がり、「ほとんど金利がない世界」に入った後、ゼロ金利政策の開始やマイナス金利の導入により、その水準は0%、そしてマイナス圏へと切り下がっていきました(図表8)。この間、時間軸政策や量的緩和政策、さらにはイールドカーブ・コントロールといった非伝統的な施策によって、長期金利の水準も低位に抑えられてきました。

バブル崩壊後の景気低迷、そして金融不安が高まる中、「ほとんど金利がない世界」に至る過程での金融緩和には、経済の下支え役として一定の効果があったと感じています。一方で、「ほとんど金利がない世界」に達して以降の更なる金融緩和の効果については、調達コストの低下という点で借入企業に一定の利益があったほか、株価や不動産価格の上昇、行き過ぎた円高の是正を通じたプラス効果があったのも事実ですが、一方で、私自身の経験を振り返ると、コンマいくつの限界的な金利の低下によって、設備投資など、企業活動が活発化する様子はあまり感じられませんでした。これは、「ほとんど金利がない世界」においては、金利の上げ下げを通じて需要を調整し、物価に影響させるという金利の機能は限界的であったということだと捉えています。

異例の金融緩和がこれだけ長期間続いた結果、様々な副作用も発生しました。副作用が発生すること自体はやむを得ないものであり、効果とのバランスで政策判断すべきものですが、ここでは、金利機能に関する副作用として私が懸念している2点について、お話しします(図表9)。

1つ目は、ビジネスの新陳代謝を促すという、金利の持つハードルレート機能の低下です。企業の借入金利が高い場合、企業が生き残るためには、その金利負担を賄うことができる儲かるビジネス、言葉を換えれば付加価値の高いビジネスに経営資源を集中させていく必要に迫られます。しかし、借入金利が低いと、付加価値がそれほど高くないビジネスを続けていくことも選択肢としては残ります。すなわち、金利のハードルレート機能が発揮されるような環境では、生産性の高いビジネスに資金が集まり、結果として、ビジネスの新陳代謝が促され、マクロでみた資源配分が効率化されると考えられます。一方で、政府による支援策が講じられ、加えて低金利が続いた環境では、生産性が相対的に低いビジネスにも資金がわたる結果、ビジネスの新陳代謝があまり進まなかった可能性があります。実際、わが国においては、企業の開廃業率は主要国と比べて低い状態が続いており、労働生産性の伸びも緩やかな状態が継続してきました(図表10)。

金利機能に関する副作用の2つ目は、市場で自由に形成される金利の持つシグナリング機能の低下です。長期金利の水準やその変化は、市場が将来の経済・物価や政府の財政状態などについてどのように考えているかといった情報のシグナルを提供していますが、日本銀行が国債を大量に購入することによって、このシグナリング機能が十分には発揮されない状況となっています。

もちろん、金利のハードルレート機能が低下していても、それに関わらずより高い生産性を求めて企業は行動することができます。また、シグナリング機能が低下していても、他の様々な情報を基に、将来の経済・物価や政府の財政状態などについて適切に判断することは可能です。金融は経済の黒子、血液であり、経済を主体的に動かしているのは、企業、政府などの経済主体です。しかし、「金利がほとんどない世界」あるいは「金利がない世界」の中で、金利が果たすべきこのような機能が低下してしまっていたことは、しっかりと認識しておく必要があると考えています。

(3)金融政策の正常化に向けて

先ほど、金融政策の正常化への第一歩を踏み出したと申し上げましたが、金融政策の正常化とは何でしょうか。私が考える最終的なゴールは、2%の「物価安定の目標」のもとで、金利の上げ下げを通じて需要を調整し、物価に影響させるという金利機能が発揮できるような水準まで戻すとともに、先ほど申し上げた金利のハードルレート機能やシグナリング機能を回復させることです。

金融政策の枠組みは見直しましたが、短期金利は、先ほど申し上げた「ほとんど金利がない世界」であることに変わりはないほか、長期金利は、完全に市場に金利形成を委ねるところまではできていません。したがって、第一歩を踏み出し、これまでより改善されるとはいえ、先ほど申し上げたような副作用も残る状況が続いていると考えられます。先行き、経済・物価・金融情勢に応じて、ということが大前提ではありますが、ゆっくりと、しかし着実に金融政策の正常化を進め、異例の大規模金融緩和を上手に手仕舞いしていくために、これからの金融政策の手綱さばきは極めて重要だと考えています。

4.おわりに ―― 青森県経済について ――

最後に、青森県経済について、日本銀行青森支店の調査も踏まえて、お話ししたいと思います。

青森県は、世界自然遺産「白神山地」をはじめとした雄大な自然に恵まれ、世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」に象徴される悠久の歴史を有し、太宰治や棟方志功など多くの文化人を輩出した、多彩で独自性に富んだ文化を誇る地域です。

その当地において、日本銀行青森支店は、終戦後間もない混乱期に、経済団体や銀行協会をはじめとした多くの地元の方からの要請により、戦後第一号支店として開設されました。以来約80年に亘り、地域の皆さまのお力を頂きながら、現在に至っております。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

足もとの県内景気は、緩やかに回復しています。生産面では、海外経済の鈍さなどを背景として、全体として弱めの動きが続いていますが、サービス消費が観光需要の増加を背景に回復しています。また、日本銀行青森支店が本年1月に公表したアンケート調査によると、2024年度は多くの企業で、賃上げに積極的だった前年度より高めまたは同程度の賃上げを見込んでおり、今後、「所得から支出への好循環」が生じることが期待されます。

このように、緩やかな回復経路にある青森県経済ですが、全国と比べても速いペースで人口減少が進む中、働き手の不足が大きな課題になっていると認識しています。昨年6月、20年振りに県政のリーダーが代わられ、「青森新時代」が幕開けとなりました。AX(Aomori Transformation)を基本理念として掲げ、その基盤の一つにデジタル技術の活用を挙げられているのは、このような背景によるものだと捉えています。

一方で、青森県は大きな可能性を秘めています。先ほど申し上げた雄大な自然や悠久の歴史、青森ねぶた祭をはじめとした多くの観光資源、多彩で独自性に富んだ文化、りんごやホタテをはじめとした農水産物を有し、全国トップクラスの食料自給率を誇る食糧供給基地としての優位性。1965年から1968年にかけて日本銀行青森支店長を務めた吉田満は、「青森讃歌」という著書を残しており、その中で、「『青森の持つ無限の可能性を自分たちの手で掘り起こす』ことは、ここに住む人の最もたのしい使命なのではないだろうか」と述べています。先般の大相撲で快挙を成し遂げられた尊富士関のように、青森県が無限の可能性を自らの手で掘り起こされ、県経済が一層の発展を遂げられることを祈念しております。

ご清聴ありがとうございました。