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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策札幌市金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 中村 豊明
2024年6月6日

1.はじめに

日本銀行の中村でございます。本日は、北海道の行政および金融・経済界を代表する皆様と懇談させて頂く貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から札幌支店の円滑な業務運営に当たり、多大なご支援を賜り厚く御礼申し上げます。

本日は、内外の金融経済情勢や持続的な2%の「物価安定の目標」達成に向けた日本銀行の金融政策、さらに日本の経済成長についての私の思い等をお話しさせて頂き、北海道経済の現状と期待される取り組みに触れさせて頂いた後、皆様から率直なお話を承りたく存じます。皆様との懇談を通じて、地域経済の現状や課題に対する理解を深め、頂いたご意見を日本銀行の業務や政策判断に活かしてまいりたいと存じます。

2.内外経済情勢

海外経済は、回復ペースが鈍化しています。世界的にインフレ圧力が残存し、賃金上昇等を介したインフレの再燃が懸念されるほか、欧州・中国経済の回復の遅れや中東情勢の一段の緊迫化等、不確実性の高い状況が続いています(図表1)。米国経済は、利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に底堅く推移し、IMFによると2024年は+2.7%の成長が見込まれていますが、インフレの再燃がみられる場合には、引き締め的な金融政策運営が長引くリスクがあります。欧州経済は、利上げ等の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いています。インフレの再燃リスクに加え、ドイツ経済の低迷等、景気回復の遅れが懸念されます。また、中国経済は、不動産市場の調整や少子高齢化、家計の節約志向の高まり等を受け、内需不足と供給過剰の経済構造となり、緩やかな減速傾向が続いています。先行きも、労働市場や不動産市場における調整圧力が残るなか、一部の財における供給過剰等を背景にデフレ圧力の高まりや貿易摩擦の拡大等も懸念され、不透明感は依然強いと思われます。

日本経済は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。企業部門では、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、財輸出は横ばい圏内の動きとなっているほか、サービス輸出であるインバウンド需要は、円安の影響による押上げもあり、増加を続けています。鉱工業生産は、基調としては横ばい圏内の動きとなっていますが、足もとでは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響もあり減少しています。企業収益は改善傾向にあり、業況感は良好で、設備投資も増加傾向です。家計部門の個人消費は、底堅さもみられるものの、賃金上昇に比べて可処分所得の伸びが小幅に止まるなか、物価上昇の影響や一部メーカーの出荷停止による自動車販売の減少等がみられ、足もとは低調な状況です(図表2)。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰してきているものの、ラグを伴った間接的な影響も残るなか、政府支援策の影響の一巡に加え、サービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台前半となっています。

日本経済の先行きを展望しますと、4月公表の展望レポートでは、海外経済が緩やかに成長していくもとで、緩和的な金融環境等を背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています(図表3)。もっとも、私が懸念している点としては、少子高齢化や人口減少等の構造的問題による社会負担や年金受給人口の増加、「年収の壁」等により、賃上げ率ほどには家計の可処分所得が伸びず、家計の貯蓄率低下の巻戻しや節約志向の高まり等に加え、中小・中堅企業の「稼ぐ力」の改革が遅れることも考えられ、その場合には、潜在成長率を下回る成長が続く可能性もあると考えています。この点については、後ほど私の考えを詳しく申し上げたいと考えています。また、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政策委員の大勢見通しにおいて、2024年度に2%台後半となったあと、2025年度、2026年度は、概ね2%程度で推移すると予想していますが、私は、2025年度以降については、家計の貯蓄率低下の巻戻しや節約志向の高まり等から個人消費が低迷し、値上げ鎮静化が進むと、2%に届かない可能性があるとみています。

3.金融政策運営と経済構造の変革

日本銀行は、3月の政策決定会合において、金融政策の枠組みの見直しを決定しました。その際、私は、改革の進む大企業に関係するETF買入れ等の終了については賛成しましたが、マイナス金利政策および長短金利操作付き量的・質的金融緩和の枠組み修正については、2%の「物価安定の目標」の達成を確実にするため、金融市場の混乱等による経営者の改革意欲への悪影響を避け、企業の改革を促し、経済成長をリードする大企業の改革成果の波及を通じた中小企業の「稼ぐ力」と「賃上げ余力」の向上を確認してから変更すべきと考え、反対しました。その後、3月短観では中小企業の業績が向上する見通しであることも示されたこと等から、現時点でのデータに基づくと、当面は現状の政策維持が妥当と考えています。ここからは、足もとの経済・物価情勢を踏まえ、今後の金融政策運営に関する私自身の考えについてお話しします。

(1)家計の購買力強化の重要性

足もとの物価と賃金の動きをみますと、4月の消費者物価(除く生鮮食品)は前年比+2.2%と25か月間2%以上の上昇率が続くなか、企業・家計のインフレ予想が高まり、好調な企業業績や人手不足等から大企業中心に持続的な賃上げ意欲の高まりも感じられます(図表4、図表5)。

もっとも、足もとの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比の拡大は、政府支援効果の一巡による電気・ガス代のマイナス幅縮小が主因と考えています。エネルギー価格変動の直接的な影響を受けない消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)も8か月連続で伸びが縮小する等、ここまでの物価上昇は輸入価格高騰のラグを伴った影響が大きく、賃金から物価への波及はまだ弱いと思われますが、2024年1Qはユニット・レーバー・コストが+2%に上昇しましたので、今後の変化に注目しています(図表6)。

連合の春季労使交渉の回答集計結果では、2024年度の賃上げ率が5.2%と33年振りの高さとなりましたが1、主に大企業の回答集計結果ですので、今後、従業員の8割が働き、人件費の7割を占める中小・中堅企業への波及を確認してまいります。また、2023年は、雇用者報酬が前年比+1.7%でしたが、家計の購買力を示す可処分所得は、社会負担の増加や前年の政府による住民税非課税世帯への給付金支給の裏要因等から+0.2%に止まりました。こういった停滞感が残る所得環境のなかでも、家計最終消費支出は+3.7%増加しましたが、コロナ禍の時期に蓄積された超過貯蓄の取崩しが大きく、貯蓄率は前年の3.4%から0.1%に低下しました2(図表2再掲)。家計の購買力は依然として弱く、2023年度の実質家計最終消費支出は前年度より0.6%減少しました(図表7)。2024年度は、所得税・住民税の定額減税の効果が期待されますが、貯蓄率低下の巻戻しや節約志向が高まる可能性も考えますと、所得から支出への前向きの循環メカニズムが強まるには、実質賃金のプラス転化に加え、可処分所得の確りとした増加が必要と考えています。

今年の春季労使交渉では、33年振りの高い伸びとなりましたが、1990年から2023年にかけて、生産年齢人口は9割に減少し、年金受給人口は2.4倍に増加しています。さらに、主婦・高齢者層等の「年収の壁」の問題や、後期高齢者が高齢者の5割を超えるほどの超高齢社会の進展等、追加的な労働参加率の向上を見込み難くなっています(図表8)。家計調査によると、世帯主が65歳以上の家計では消費支出が大きく減少するため(図表9)、高齢化が進むとともに、家計の消費支出には下押し圧力がかかっていくことが予想されます。家計の購買力を強化し、個人消費を活性化するには、現役世代の高い賃上げ率が持続する必要があります。また、後ほど詳しく申し上げますが、日本の家計が米欧の家計と同様、上場企業の成長を通じて可処分所得を押し上げる金融資産構造へ変化していくことも、可処分所得の確りとした増加に有効だと思います(図表10)。

ここまで説明してまいりましたように、持続的な経済成長には、高い賃上げ率が可処分所得の確りとした増加を支え、所得から支出への前向きな循環メカニズムが強まっていく必要があります。このため、今後の金融政策運営を考えるうえで、この裏付けとなる実質個人消費のプラス転換の状況を注意深く確認してまいります。

  1. 第5回回答集計結果。
  2. 内閣府「家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報(参考系列)」(2023年10から12月期速報値(2015年(平成27年)基準:2008SNA))。

(2)中小・中堅企業の「稼ぐ力」と「賃上げ余力」の向上の重要性

わが国の中小・中堅企業は、従業員の8割が働き、人件費の7割を占めていますが、大企業と比べた一人当たりの人件費は、中小企業で1/2、中堅企業で3/4の水準です(図表11)。全国レベルで物価に負けない賃金上昇を持続的に実現するには、中小・中堅企業の「稼ぐ力」と「賃上げ余力」の向上が必要不可欠です。デフレ期以降、経済が長期に亘り停滞し、価格転嫁が困難な商慣行や過当競争が続き、リスクオフ経営が主流となったため、経営規模が拡大せず、コストカット志向に陥り、「稼ぐ力」や「賃上げ余力」が低下しました。そのなかで多くの大企業は、事業ポートフォリオ改革を進め、「稼ぐ力」や「賃上げ余力」を高めています。法人年報によれば、一人当たり営業利益は、1990年度から2022年度にかけて大企業が1.6倍に成長したのに対し、中小企業は1/2程度に低下し、中堅企業は横ばいでした。また、データ制約から2007年度から2022年度にかけての数字となりますが、大企業は損益分岐点比率を6割程度まで改善したのに対し、中小企業は9割程度のままで、中堅企業も8割程度までの緩やかな改善に止まり、「稼ぐ力」や「賃上げ余力」の格差は拡大しています(図表12)。こうしたなか、足もとの賃上げの理由について、「人財3係留目的の防衛的賃上げ」との声も少なからず聞かれているため、私自身は賃上げの持続性に確信を持てておらず、経済成長をリードする大企業の改革成果の中小・中堅企業への波及はまだ弱いと考えています。

このため、中小・中堅企業の経営者の危機感は強まっていると思われます。今年に入り、公正取引委員会の取組強化の効果拡大の報告が多く聞かれるようになり、9月の「価格交渉促進月間」に向けて中小・中堅企業の価格転嫁努力が進捗し、賃上げの原資確保が進むと期待しています。3月短観においても、中小企業では、販売価格判断DI(「上昇」-「下落」)の先行きが大きく改善しており(図表13)、2024年度の増益も見込まれていることから、価格転嫁環境の改善により大企業の改革成果が中小企業へ波及する可能性が高まってきたように思われます。しかし、価格転嫁環境の改善は短期的な業績向上策として有効ですが、持続的な賃上げを可能にするには、賃上げ分の価格転嫁で終わらず、収益体質を向上させた中小・中堅企業が、競争力強化を志向し、改善した収益基盤をベースに生産性向上や付加価値拡大を図る投資や事業構造強化を進めることが必要です。大企業は、自前主義からオープンイノベーションに舵を切り、コア事業を強化する等、成長力を高めています。経済産業省の調査によれば、上場企業でも過去10年間で従業員が2,000人以下の中堅企業から大企業へ成長した企業の割合は、米欧に比べ著しく低い状況ですが4、こうした改革を進め、自律的に成長力を高める中小・中堅企業が増えてくると考えています。2023年度の設備投資5の着地見込みは前年比+10.2%で、中小企業はそれを上回る+13.7%でした。ただし、足もとでは、中小企業を中心に、供給制約・投資余力不足等による設備投資の先送りがみられており、事業計画達成に必要な能力を必要な時期に準備出来ず、商機を逸し機会損失による賃上げ原資確保未達に陥る恐れもあるため、設備投資の広がりを確認したいと考えています。

また、正社員求人の都道府県別の募集賃金上昇率をみますと、昨年以降、各地で上昇率が高まっていますが(図表14)、全国レベルでの持続的賃金上昇には、中小・中堅企業の成長が必要です。このため、中小・中堅企業やその地域をよく知る地域金融機関が、中小企業基盤整備機構やINPIT(工業所有権情報・研修館)、産業技術総合研究所、地元大学の研究所等の支援組織との連携を強化し、M&Aや第三者事業承継等の踏み込んだビジネスマッチング等の付加価値提供サービスを通じ、中小・中堅企業のコア事業強化や経営規模拡大、従業員の働きがい向上等の動きを後押しし、人口流出に悩む地方の魅力向上・創生に繋げていくことが重要だと思います。

  1. 3「人財」は、人が会社経営にとって財産(human capital)である旨を表す造語。
  2. 4経済産業省の調査によれば、2011年度時点で中堅企業(従業員数301から2,000人)であった上場企業のうち、2021年度に大企業(従業員数2,000人超)となった企業の割合は、日本は11%であり、米国の30%、欧州(英・仏・独)の22%と比べて著しく低い状況となっている(経済産業省「成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する政策について」(2024年3月13日))。
  3. 5ソフトウェア・研究開発を含む設備投資額(除く土地投資額)。全規模合計、全産業ベース(金融業、保険業を除く)。

(3)2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な達成

日本経済は、物価と賃金が漸く動き始めたことで(図表15)、長い停滞の歴史から抜け出し、2%の「物価安定の目標」や持続的な経済成長を達成する千載一遇のチャンスを掴みかけており、重要な転換点に差し掛かっていると思います。人手不足や更なる成長のために大企業が高い賃上げ率を主導するようになったことで、賃金水準を押し上げ、中小・中堅企業にとっても賃上げ分を価格転嫁するハードルが下がり始めています。このため、中小・中堅企業においても、販売価格引上げに必要な顧客満足度を高める様々な企業努力が行われ、経済構造に前向きの変化が起こっていると思います。この努力が市場や企業で適切に評価され、顧客満足度向上に応じて販売価格が改善され、付加価値創造に貢献している従業員の賃金が上昇することで、エンゲージメントや成長期待が向上し、生産性やイノベーションの向上を伴って、物価から賃金、賃金から物価への好循環が回り始めます。物価安定目標の持続的・安定的な達成とともに、企業活動が積極化し、家計も将来に希望を持てるようになることが期待されます。今後とも、成長志向の企業経営者の皆様の持続的な改革の推進を期待しております(図表16)。

もっとも、30年続いた企業のコストカット志向が僅か2年で一気に変わるとは考え難く、私としては、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な達成のためには、経済の力強い回復への期待を確信に変える経済構造の変化が必要と考えています。こうした観点から、中小・中堅企業の価格転嫁努力の浸透状況や「賃上げ余力」の向上状況、設備投資や人財投資、研究開発投資、M&Aや第三者事業承継の実行状況等、事業構造強化や成長施策の進捗を丁寧に確認していくことが重要だと考えています。

4.構造的問題を克服する持続的経済成長に向けて

ここからは、構造的問題の影響が大きい日本経済が、持続的に成長していくために必要な企業・雇用・家計のダイナミズムについて、中長期的な視点から私見をお話ししたいと思います。

(1)成長への「憧れ」と「企業と雇用のダイナミズム」の醸成

少子高齢化・人口減少等の構造的問題を抱える社会では、一般的には家計の購買力が弱まり個人消費は低迷しやすいと考えられるため、経済が縮小スパイラルに陥り、社会保障制度への不安も拡大し、国民が将来に明るい希望を持てない悪循環に陥る恐れがあります。このため、既存企業の着実な成長と成長企業への労働移動の活発化や、スタートアップのユニコーンへの急速な成長により、成長スパイラルを創り出すことが必要です。そして、高い賃上げ率の広がりや、価格転嫁にかかる商慣行の改善に加え、人財が生み出す付加価値を高め、経営規模を拡大する経営努力も重要です。また、成長を続ける海外への輸出拡大も重要です。こうした経営努力により、企業の「稼ぐ力」が強まり、構造的問題に起因する社会負担増加を上回る生産性向上によって継続的に賃金が上昇する「構造的賃上げ」が実現され、国民が豊かさを実感出来る持続的な経済成長が可能になると思います。

大企業はコア事業に経営リソースを集中し、「ジョブ型雇用の導入」や生産性に比べて低位に抑えていた若年層の所定内給与の引上げを積極化し始めました。さらに、リスキリングや専門人財のキャリア採用等人財投資を強化し、人財にやりがいと活躍の場を提供することにより、個々のイノベーション創出力を強化し、製品・サービスの顧客満足度を高める等、「稼ぐ力」を強化するために人財に焦点を当てた経営努力が積極化していると感じています。また、キャリア採用を行っている大企業の割合が検討中を含め5割を超える6等、人財獲得競争が強まっており、成長を続け賃金水準も高い大企業に人財が移動している様子が窺われ、G7の中で最下位の賃金水準(図表17)を押し上げる力が労働市場で増してきていると思います。もっとも、ジョブグレードに応じた賃金水準の上昇カーブは、アジア主要国に比べても緩やかですので(図表18)、個々人の成長努力が適切に評価され、今後も大きな賃上げや賃金カーブの改革が進められていくことが必要です。

成長志向の中小・中堅企業が価格転嫁の進展等により、改善した収益体質をベースに投資や事業構造強化を進め、政策支援の後押しもあり、中小企業から中堅企業へ、中堅企業から大企業へと経営規模を拡大する等、「ダイナミズム」を持った企業が増えてくると期待しています。一方で、日本では、新しいテクノロジーにより新たな市場を創造しようとするスタートアップの資金調達が伸び悩み、ユニコーンの数も圧倒的に少ない状況にあり(図表19)、成長スパイラル創出の勢いに欠けています。今後、政府の「スタートアップ育成5か年計画」に沿って、多くのスタートアップがユニコーンへと急速な成長を遂げ、中小・中堅企業の成長と相俟って、成長する企業や人財が「憧れ」の存在となり、成長志向の企業へ資金や人財が集まることで、成長スパイラルが創出され、賃金水準の上昇が続く「企業と雇用のダイナミズム」が強まることを期待しています(図表20)。

こうしたなか、M&Aや第三者事業承継の件数は着実に増加しており、事業承継後の成長率は同業種平均より高く(図表21)、「企業と雇用のダイナミズム」の芽は着実に育っています。この芽を大きく育て、少子高齢化や人口減少等の構造的問題を克服して、将来を担う若者が未来に希望を持てる「成長する社会」へ発展させていかなければなりません。

  1. 64月に日本経済新聞社が公表した主要企業を対象とした「採用計画調査」において、3月12日までに採用計画を未確定とした企業も含めて集計したところ、具体的な数値目標を示して中途採用計画を回答した企業は54.2%となっている。

(2)「家計のダイナミズム」向上への期待

今年からNISAの新制度が始まり、「貯蓄から投資」の動きが進み始めました。米国の家計と異なり、長年勤める企業からの勤労所得に大きく依存してきた日本の家計の可処分所得構造が変化し始めています(図表2再掲)。家計の可処分所得向上のために、自身の勤務先の成長への貢献に加え、成長企業への転職やリスキリング等による能力向上を通じて賃金増加を図る動きが活発化しています。さらに、経済成長をリードする上場企業からの配当収入を増加させる投資が拡大する等、「家計のダイナミズム」が生まれています(図表22)。リスクを相応に考慮する必要がありますが、「長期・積立・分散」を前提とし、個々の家計の生活の余裕度に応じて「貯蓄から投資」へのシフトを進め、「配当収入等による収入基盤の拡大」を継続していくことは、重要な経済の成長要素であり、高齢者を含め、経済成長による豊かさを実感することに繋がると思います(図表8再掲、図表10再掲)。今後、インフレ予想が高まっていくもとで、家計の金融資産・可処分所得の構造がどのように変化していくのか、注目しています。

もっとも、将来不安から老後に備えて金融資産の積立意欲ばかりが高まると、「消費から投資」への流れが起こり、節約志向が高まる可能性もありますので、「老後の資産形成と現在の所得創出のバランス」に配慮した資産形成も重要です。このため、4月に設立された金融経済教育推進機構の消費・貯蓄・投資のバランスの取れた啓蒙活動に大いに期待しています。

5.おわりに ―― 北海道経済について ――

最後に、北海道経済について申し上げます。

北海道経済は一部に弱めの動きがみられますが、持ち直しています。インバウンドに牽引された観光の回復に加え、雇用・所得環境の改善もあって、個人消費は堅調に推移しています。企業活動についてみますと、生産は海外向けの弱さもあって横ばい圏内の動きですが、設備投資は、建設需給タイト化による人手不足や建設資材高による影響がみられるものの、先端半導体施設の建設が進んでおり、持ち直しています。賃金は、今年の春季労使交渉の現時点での結果をみますと、昨年度に続き1990年代以来の高水準の賃上げとなり、当地においても賃金と物価の好循環が展望されています。一方で、人手不足による供給制約が、宿泊飲食や物流を始めとする幅広い業界で課題となっていますが、省人化投資や外国人労働者の積極活用等の企業努力も進められています。

北海道では、食と自然の魅力を保ちながら、更なる変化と飛躍に向けた具体的な動きが進んでいます。

1つ目は先端半導体企業の進出です。来年のパイロットライン稼働を目指して、施設の建設が急ピッチで進んでいます。工事に関わる直接の経済効果に加え、稼働以降もサプライチェーンの広がりや高度専門人財の雇用機会の創出等、幅広い波及効果が期待されています。将来的には、デジタル関連産業や研究機関等の集積にも発展し得るまたとない好機であり、これを北海道新産業創造機構による地元企業との橋渡しや、北海道半導体人材育成等推進協議会による人財育成推進等、産学官金が一体となって支援する体制も整いつつあります。

2つ目はGX関連投資の進展です。当地は国内随一の再生可能エネルギー供給のポテンシャルを有しており、政府が掲げる2030年目標や2050年カーボンニュートラルの実現に向け、様々な再エネ電源の立地が見込まれています。再エネ電源の整備を起点に、本州への海底高圧直流送電インフラや水素生成プラント等の整備が計画されているほか、電源供給基地としての機能に止まらず、当地のグリーン電源の活用を狙いとするデータセンターや脱炭素に向けた製造業の立地の具体化も進み始めています。GX投資に関するアジア・世界の「金融センター」の実現を目指して組織された「Team Sapporo ハイフン Hokkaido7」も大いに注目されるところです。

3つ目はスタートアップの成長です。当地では、北海道からグローバルを目指すスタートアップを生み育てるエコシステムの実現に向けて「STARTUP HOKKAIDO8」が設立され、「一次産業・食、宇宙、環境・エネルギー」の分野で成長を促す支援の枠組みが整備されています。これらの分野の経営者の方とお話しする機会がありましたが、夢の実現に向け事業化を着実に前進させる熱量に感銘を受けました。こうした企業が成長を続け、当地の経済に新しい成長エンジンを構築されるものと期待しています。

北海道においては、他の地域と同様、人口減少・流出や札幌を中心とする道央地域とそれ以外の地域との二極化等、地域の課題が山積しています。しかし、北海道経済が持続的な成長実現に向けて、更なる変化と飛躍に向けた前向きな取り組みを粘り強く推進し、地域課題の克服に向けて「企業・雇用・家計のダイナミズム」が向上し、「成長する社会」へ発展していかれることを祈念して、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。

  1. 7北海道の有する国内随一の再生可能エネルギーのポテンシャルを最大限に活用し、GXに関する情報・人財・資金が北海道・札幌に集積する、アジア・世界の「金融センター」の実現に向けて組織された産学官金のコンソーシアム。構成員は札幌市・北海道等の自治体、金融庁・経産省等の省庁、地元金融機関・メガバンク・政府系金融機関等の金融機関、大学、道内経済界、エネルギー関連事業者等。
  2. 8グローバルに活躍するスタートアップ企業を産み育てるエコシステムの実現に向けて、北海道、札幌市、北海道経済産業局が設立した推進組織。