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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策岡山県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 田村 直樹
2024年9月12日

1.はじめに

日本銀行の田村でございます。本日は、岡山県の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜り、誠にありがとうございます。また、日頃より、日本銀行岡山支店の業務運営にご協力頂いておりますことに、厚く御礼を申し上げます。

本日は、まず私から、わが国の経済・物価情勢や日本銀行の金融政策運営などについて説明させて頂き、その後、皆様から岡山県の実情に即したお話や日本銀行に対するご意見などを承りたく存じます。

2.経済・物価情勢

(1)経済情勢

はじめに、わが国の経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、全体としてみれば、緩やかに回復していると判断しています。先行きは、7月の展望レポートで示している実質GDP成長率をみると、政策委員の中央値で、2024年度が+0.6%、2025年度が+1.0%、2026年度が+1.0%となっています(図表1)。2024年度の成長率が低くみえますが、これは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響などもあって、2023年度末にかけてマイナス成長になったことの影響によるものです。2024年度中の各四半期の前期比成長率でみると、しっかりとした成長を遂げるとみています。その先も、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まっていき、潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。

こうした動きの背景にある個人消費と設備投資の動きについて、やや子細にみていきます。まず、個人消費については、物価高を受けた家計の生活防衛的な動きがみられるもとで、食料品や衣料品などの非耐久財消費は、価格上昇分を差し引いた実質ベースで減少傾向となっていますが、個人消費全体としては底堅く推移しているとみています(図表2)。生活防衛的な動きについては、物価高を受けて低価格商品へシフトするケースもある一方で、メリハリ消費と呼ばれる「使うところには使う」という消費行動も多くみられます。コロナ禍を経て消費者の行動に変化が起きている可能性もあり、統計から窺われるほど個人消費の実態は悪くない可能性もあるのではないかと感じています。所得面については、名目賃金の上昇が物価上昇に追い付かない状況が続いてきましたが、足もと改善がみられます。今年の春季労使交渉は、中小企業を含め昨年実績を大幅に上回る結果となったこと、日本銀行の本支店における企業からのヒアリング情報でも、人手不足に対応した人材の係留・確保の必要性といった側面もあって、幅広い企業に賃上げの動きが広がってきていることも踏まえると、先行きは、実質ベースの賃金の改善が下支えとなり、個人消費は緩やかに増加していくと見込んでいます(図表3)。更に、消費者マインドにネガティブな影響を与えていた急速かつ一方的な円安がある程度、是正されたことも、こうした動きを後押しするものと期待されます。

次に、設備投資については、全体として好調な企業収益を背景に、緩やかな増加傾向にあり、短観でみる2024年度の設備投資計画も、例年対比高めの増加計画となっています(図表4)。こうした中、人手不足を背景に設備投資の実行に遅れが出ているケースがみられ、機械や建設工事の受注残高は増加傾向が続いています。先行き、設備投資の実行が遅れ金額として下押しされる可能性はあるものの、人手不足対応やデジタル関連の投資、GX(グリーン・トランスフォーメーション)関連やサプライチェーンの強靱化に向けた投資など、設備投資需要はしっかりとしており、息の長い増加基調が続くと考えています。

(2)物価情勢

続いて、物価情勢についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、ひと頃と比べて低下してきており、足もとは2%台後半、振れの大きいエネルギーも除いた消費者物価の前年比も、2%程度となっています(図表5)。既往の輸入物価上昇を起点とした価格転嫁の影響が減衰し、財価格の寄与が低下してきていますが、人件費上昇の価格転嫁を受けたサービス価格の上昇が物価を押し上げている状況です。

物価の先行きについて、生鮮食品を除いた消費者物価の予想を政策委員の中央値で申し上げれば、2024年度が前年比+2.5%、2025年度が+2.1%、2026年度が+1.9%と、2%近傍の物価上昇が続く見通しとなっています(図表6)。数字として上下の振れはあり得ますが、「物価安定の目標」の実現に向けてオントラックで進んでおり、目標が実現する確度は、引き続き高まってきていると判断しています。

物価の先行きに関し、私としては、上振れリスクが膨らんできているのではないかと懸念しています。第一に、人手不足の影響です。企業の人手不足感は、短観で確認してもかなりの高水準にありますが、人手不足が供給制約となり、一部の業種では、供給不足・需要超過の状態にあるという印象を受けています(図表7)。例えば、客室稼働率を抑制せざるを得ないホテル業界、ドライバー不足に悩むタクシー業界、製造業でも人手不足で設備をフル稼働させられない企業もみられています。こうした状況が、想定以上に物価を上振れさせる可能性もあると考えています。第二に、中小企業を中心に賃金の価格転嫁は容易ではないとの声も引き続き聞かれていますが、昨年よりも高い賃金上昇が見込まれる中で、人件費の価格転嫁が想定以上に進む可能性があることです。第三に、足もとある程度是正されたとは言え、年初以降、円安が進んだこともあって、一度は落ち着いていた輸入物価が再度上昇基調にあることです。輸入物価の上昇を企業が製品価格に転嫁する際のパススルー率(コスト上昇分が製品価格にどの程度転嫁されるかの比率)が近年高まっており、消費者物価への影響も従来対比高くなる可能性があると考えています。

3.金融政策運営

(1)2024年7月の金融政策決定会合

ここからは、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指して、政策運営を行っており、2024年3月の金融政策の枠組みの見直し以降、短期金利の操作を主たる政策手段と位置付けています。「物価安定の目標」の実現する確度の高まりに合わせて、金融緩和度合いを調整していく方針にあり、7月の会合では短期政策金利の誘導目標を0.15%引き上げ、0.25%程度としました(図表8)。

また、国債の買入れ――過去行ってきた大規模な金融緩和からの不連続な変化を避けるために続けているもので、能動的な金融政策手段として用いているものではありませんが――について、予見可能性を高め、長期金利の形成を市場に委ねることを目的として、2026年3月までの減額計画を決定しました(図表9)。具体的には、同会合まで行っていた6兆円程度の月間買入れ予定額を1年半程度かけて段階的に3兆円程度まで削減する方針です。また、計画に一定の柔軟性を確保する観点から、来年6月時点で減額計画の中間評価を行うこと、長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に、買入れ額の増額等を実施することなども併せて決定しています。

日本銀行は、600兆円に迫る規模の国債を保有していますが、日本銀行の国債保有残高を名目GDP比で欧米と比べると段違いに規模が大きいことが分かります(図表10)。満期が到来した国債は償還されますので、国債の買入れ額を償還額以下に減額すれば、保有残高は減少していきますが、決定した減額計画のペースでは、日本銀行のバランスシートの正常化、すなわち、これ以上の削減を行わなくてよいという水準まで国債保有残高を減少させるまでに、かなりの期間が必要となってしまいます。一方で、市場に混乱を与えることを回避しながら国債買入れの減額を進めるには、この程度の減額ペースにとどめることが適当であるというのが現状です。現在、国債市場の機能度は、一時より改善したとはいえ依然低い状態にありますが、こういった日本銀行が国債を大量に保有することに伴う副作用は、日本銀行のバランスシートの正常化が進む過程では、しばらく残り続けてしまうことになります(図表11)。

私としては、大規模金融緩和からの正常化のためにはこれからの手綱さばきが極めて重要であり、その道のりはまだまだ長いと考えています。また、将来、万が一再び、量的な金融緩和を検討せざるを得ない状況となった際には、こうした出口論も含め、その効果とコストのバランスを慎重に検討する必要があると改めて感じています。

(2)見通し期間の金融政策運営

主たる政策手段である短期金利の操作に話を戻したいと思います。今後、消費者物価の基調的な上昇率は徐々に高まっていき、2026年度までの展望レポートの見通し期間の後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するというのが私どもの見通しです。こうした見通しが実現していく場合、2026年度までの見通し期間の後半には、政策金利である短期金利は経済・物価に対して中立的な水準、すなわち名目の中立金利まで上昇していることが必要と考えています。短期金利が経済・物価に対して中立的な水準を下回っていると、物価を必要以上に押し上げてしまうからです。

中立金利は、概念的には、経済・物価に対して中立的な実質金利の水準である自然利子率に、予想物価上昇率を加えたものですが、自然利子率は直接観察できるものではなく、その推計値は手法によって大きなばらつきがあります(図表12)。なお、現在、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利ははっきりとしたマイナスで、自然利子率のいずれの推計値をも下回っており、現在の短期金利の水準は緩和的な環境、すなわち、経済や物価を押し上げる位置にあると言えます。

この中立金利について、私は、最低でも1%程度だろうとみており、したがって2026年度までの見通し期間の後半には少なくとも1%程度まで短期金利を引き上げておくことが、物価上振れリスクを抑え、物価安定の目標を持続的・安定的に達成する上で、必要だと考えています。

ただし、長きに亘ってほとんど金利がない世界が続いてきたわが国においては、経済主体が金利にどのように反応するか、予断を持たずに注意深くみていく必要があります。したがって、2026年度までの見通し期間の後半の1%の水準を念頭に置きつつも、「物価安定の目標」の実現する確度の高まりに応じて、段階的に短期金利を引き上げつつ、経済・物価の反応を確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要があると考えています。

8月入り後、わが国の株価や為替の変動が大きくなりました。この背景には、経済指標の下振れを受けた米国の景気後退懸念を契機に、世界的にドル安と株価の下落が進んだことがあるとみていますが、日本銀行の金融政策を結びつける声も聞かれています。直前に行われた政策修正が早すぎたという主張がある一方で、遅すぎたとの主張もみられます。日本銀行の政策を少し振り返りますと、本年4月以降、経済・物価の見通しが実現していくとすれば、「金融緩和度合いを調整していくことになる」という考え方は一貫していました。しかし、そのことが過不足なく市場に伝わっていたのか、市場の受け止めに対してより適切に対応する術はなかったのか、後付けにはなりますが改めて振り返り、市場とのコミュニケーションの改善に絶えず努めていくことが重要であると感じています。また、金融資本市場の動向や経済・物価に与える影響については、引き続き、丁寧に目を配ってまいりたいと考えています。

現時点の市場が予想する短期金利の引き上げペースは緩やかです(図表13)。もちろん、経済・物価の進展次第ではこういった引き上げペースに止まる可能性はある訳ですが、このペースの短期金利の引き上げでは、見通し期間の後半においても短期金利は中立金利に届かず、懸念している物価の上振れリスクを更に高めてしまう、あるいは、後になって急ピッチの利上げを余儀なくされる可能性も否定はできません。そうしたリスクを避けるため、私としては、金融市場の動向にも十分に配意しつつ、経済・物価の反応を確認しながら、適時かつ段階的に利上げしていく必要があると考えています。

短期金利を引き上げていくことの各経済主体への影響についても考えておきたいと思います。大雑把に言えば、借入超過主体が金利を支払い、貯蓄超過主体が金利を受け取るため、短期金利の引き上げによって、借入超過主体は負担が増加し、貯蓄超過主体は受取利息が増加するということになります。したがって、家計であっても住宅ローン借入のある家計とない家計、企業でも借入のある企業とない企業、あるいは、借入があってもそれを上回る貯蓄を保有しているかどうかなどによって、短期金利の引き上げの影響は異なります。加えて、短期金利の引き上げが経済に波及する経路、更には、金利だけではなく、利上げに繋がった経済・物価の状況変化にも目を配る必要があると考えています。

例えば、家計の貯蓄・負債状況を世帯主の年齢別にみると、40歳代以下の世帯は負債の方が大きく、50歳代以上の世帯では貯蓄の方が大きくなります(図表14)。したがって、様々な前提を捨象して考えれば、平均的には、利上げは40歳代以下の世帯にとっては負担が増え、50歳代以上の世帯にはプラスが大きいという傾向になります。ただし、金利引き上げの影響を考えるうえでは、(1)短期金利の引き上げが住宅ローン金利にどの程度反映されるかは、貸出を行っている金融機関の判断によるほか、多くの場合、毎月の返済額が急には上がらない仕組みが設けられていること、(2)住宅ローン保有世帯は勤労世帯が多く、賃上げの恩恵を受けている世帯も含まれていること、といった側面があることも考慮に入れる必要があります。

50歳代以上の世帯は大きな貯蓄超過となっており、預金金利の引き上げ――どの程度引き上げられるかは金融機関の判断によりますが――による受取利息の増加が想定されます。老後に備えて預貯金の元本取り崩しには抵抗感を覚える家計も、安定した受取利息が増加すればマインドの改善に繋がる可能性が高いと思います。

企業についても、長らく資金フローは貯蓄超過となり、借入を減らして手元資金を積み上げてきたこともあって、無借金ないしは実質無借金の企業の割合は増加しています(図表15)。このため、過去と比較すれば、短期金利の引き上げの影響に対する耐性は高くなっていると考えられます。また、先ほど申し上げた見通しの通り、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まっていく中で潜在成長率を上回る成長が実現していけば、堅調な企業収益が支払利息の増加の影響を軽減させることも期待されます。更に、次元の異なる話ですが、金利が上昇し、金利の持つハードルレート機能1が発揮されるようになれば、企業が生き残るためには、その金利負担を賄うことができる儲かるビジネス、言葉を換えれば付加価値の高いビジネスに経営資源を集中させていく必要に迫られ、結果として、ビジネスの新陳代謝が促され、生産性が上昇するということも期待されます。

この他にも金利上昇の影響は、政府においても生じることとなります。一般論として申し上げれば、財政運営に対する市場の信認をしっかりと確保することが重要であると考えています。

以上のような影響を含め、政策金利の変化が与える影響を今後も丁寧に確認し、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営してまいりたいと考えています。

  1. 田村直樹「わが国の経済・物価情勢と金融政策――青森県金融経済懇談会における挨拶要旨――」(2024年3月27日、https://www.boj.or.jp/about/press/koen_2024/ko240327a.htm)を参照。

4.おわりに ―― 岡山県経済について ――

最後に、岡山県経済についてお話ししたいと思います。

岡山県は、西日本の交通の要衝として、古来からわが国の歴史に登場する地域です。1970年代以降は、山陽新幹線と中国・山陽自動車道の開通、瀬戸大橋の建設等を通じて鉄道・道路網が充実し、中四国の交通の結節点としての地位を確立しました。また、地震や風水害が少ないことも特徴です。100年に1度とも言われる2018年の西日本豪雨では甚大な被害を受けましたが、地域の皆様のご尽力により、着実に復興が進んでいます。一連の復興対応は、岡山県をより災害に強い地域へと進化させると考えられます。

そうした特徴を土台に、県内ではバランスの良い産業基盤が育まれてきました。高度成長期以来、水島コンビナートをはじめとする製造業の強固な基盤は、生産の面でも雇用の面でも地域を支え、県南部の岡山市と倉敷市には合計100万人を超える人口集積を生み、非製造業の発展にも貢献してきました。

こうした中で、足もとの県内景気はわが国全体の動きと同様、緩やかな回復を続けています。企業部門では、業績改善が続くもとで設備投資を積極化させており、近年は業務効率化に資する物流・製造拠点の建設も活発です。また、昨年からは賃上げの動きも広がりをみせています。一方で、家計部門では、物価上昇等を受けてこのところ消費の伸びが鈍化しており、特に食料品や日用品等の非耐久消費財の分野においては、低価格商品へのシフトといった生活防衛的な動きもみられています。

今後は、雇用・所得環境の改善が続くもとで、個人消費の増加ペースが再び高まることが期待されますが、企業・家計の両部門で、所得から支出への前向きの循環メカニズムを確かなものとするためには、地域のポテンシャルを活かした形で成長力を高めていくことが鍵を握ると考えています。本日は、特に重要と考えられる取組みを2点、挙げてみたいと思います。

1つ目は、脱炭素社会の実現に向けた対応です。「晴れの国」と称される岡山県では、日照時間の長さを活かしたメガソーラー発電が盛んで、太陽光発電量は全国トップクラスです。ほかにも、バイオマス発電等の代替エネルギーへの転換や、製造現場におけるCO2排出量の削減など、産学官金が連携しながら取組みを加速させていると伺っています。脱炭素対応を「新たな事業創出の機会」と捉え、県内一体となって岡山県経済の活性化に繋げていかれることを期待しています。

2つ目は、農業や非製造業の分野における海外需要の取り込みです。葡萄や桃に代表される付加価値の高い農産品は、海外に向けても岡山県の強みになります。また、欧米からの旅行者を中心に年々支持が高まっている現代アートの施設群は、国内でも特徴のある地域資源であり、2010年から3年毎に開催されている「瀬戸内国際芸術祭」も、瀬戸内海の多島美を舞台とするイベントとして知名度が上がっています。更に、今年はまもなく、中国山地の雄大な自然と現代アートを核とした「森の芸術祭」が初めて開催されます。こういった取組みが多様化する海外旅行者のニーズを捉え、一段のインバウンド需要獲得に繋がることを期待しています。

日本銀行岡山支店は2022年に開設100周年の節目を迎えましたが、これからも地域の第一線で中央銀行業務を遂行するとともに、関係する皆様との意見交換などを通じて、岡山県経済の発展に貢献できるよう努めてまいります。

ご清聴ありがとうございました。