【挨拶】令和6年全国証券大会における挨拶
日本銀行総裁 植田 和男
2024年10月2日
1.はじめに
本日は、令和6年全国証券大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。本大会が、このように盛大に開催されましたことを心よりお慶び申し上げます。
証券業界の皆様におかれましては、わが国証券市場の健全な発展・育成を通じて、日本経済の成長に大きく貢献をしてこられました。皆様のご尽力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。
私からは、はじめに経済・物価情勢について、次に今後の証券業界への期待について、お話ししたいと思います。
2.経済・物価情勢
はじめに経済・物価情勢についてです。
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。先行きは、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けるとみています。
物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇などを受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台後半となっています。先行きは、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による施策の反動などが前年比を押し上げる方向に作用すると考えられます。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと想定しており、「展望レポート」の見通し期間後半には2%の「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するとみています。
リスク要因としては、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高いと考えています。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があります。特に、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面があると考えています。米国をはじめとする海外経済の先行きは引き続き不透明であり、金融資本市場も、引き続き不安定な状況にあります。当面は、これらの動向を極めて高い緊張感をもって注視し、わが国の経済・物価の見通しやリスク、見通しが実現する確度に及ぼす影響を、しっかりと見極めていく考えです。
今後とも、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していく方針です。
3.今後の証券業界への期待
次に、今後の証券業界に期待することについて、お話しします。
1点目は、適切な金融サービスの提供を通じた、家計の中長期的な資産形成に対する支援です。わが国の平均寿命は伸び続け、「人生100年時代」を現実のものとして迎えつつあります。長い人生を豊かなものにするためには、住まいの取得や教育といったライフイベントや将来の不確実性を見据えて、家計が長期的な観点から資産形成を進めていくことが重要です。さらに、高齢世代から若い世代へ資産を承継していくうえで、世代間を跨ぐ資産形成への関心も高まっています。
こうした様々な家計の資産形成ニーズを満たすために、証券業界は、顧客の立場に立って、ライフステージやリスクの選好に応じた金融商品とサービスを適切に提供していくことが求められます。今年に入り、新たなNISA制度の導入や金融リテラシーの向上に向けた金融経済教育推進機構の設立など、制度面での一層の整備・拡充が図られています。とりわけ、金融経済教育の推進は、若年層の資産形成に対する関心を草の根的に高め、投資家の裾野を着実に広げることにも繋がります。証券業界の皆様には、これらの動きにも呼応しながら、家計の中長期的な資産形成を支援する取り組みを一段と進めることで、「貯蓄から投資」への流れを確かなものとしていくことを期待しています。
2点目は、多様化する企業の金融ニーズに応じた金融仲介の実現です。新規事業への参入、成長戦略や資本効率の追求、事業承継など様々な経営上の要請から、本邦企業によるM&A件数は、極めて高水準で推移しています。また、グリーンボンドやトランジションボンドの発行額も増加し、さらに近年は、SDGsの定着化に伴う社会的なリターンへの関心もあって、ソーシャルボンドの発行増加や社会課題をテーマにした投資信託などの新たな金融商品もみられています。
このことは、企業が直面している経営面の課題や社会的な課題を解決するうえで、証券業界によるアドバイザリー機能や発行・流通市場におけるマーケットメイキングの機能が、これまで以上に大きな役割を果たすことを意味しています。証券業界の皆様には、家計の様々な資産形成ニーズを、多様化する企業の金融ニーズと的確にマッチングさせることで、わが国の成長力強化や社会問題の解決に繋げていって頂くことを期待しています。
3点目は、デジタル技術の効果的な活用です。スマートフォンやデジタルプラットフォームを通じた証券取引のオンライン化は、取引コストの低下や投資行動の容易化により、取引拡大に繋がるなど、様々な恩恵をもたらしています。一方で、デジタル化の推進は、インターネットを経由した取引への依存を高めるため、サイバー・セキュリティの強化や個人情報保護などへの対応も怠れません。デジタル化の追求により、証券市場が魅力ある投資対象として一段と発展していくためには、引き続き、投資家の利便性向上と業務や取引の安全性確保をしっかりと両立させることが重要です。
4.おわりに
最後に、今後とも、皆様のますますのご健勝と、わが国証券市場のさらなる発展を祈念いたしまして、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。