このページの本文へ移動

【講演】コロナ禍とその後における金融システムの課題と展望国際預金保険協会(IADI)年次コンファレンスにおける講演の邦訳

English

日本銀行副総裁 内田 眞一
2024年11月14日

1.はじめに

国際預金保険協会(IADI)年次コンファレンスにお招きいただき、誠にありがとうございます。本日は、コロナ禍とその後の経済・金融動向を振り返り、金融安定に関する教訓を得たいと思います。

この数年間で、グローバル経済や金融環境は劇的に変化しました。コロナ禍は社会経済に大きな影響を与えました。各国政府は、感染症拡大を防止するため、厳格かつ広範な公衆衛生上の措置を実施したほか、大規模な財政支出を行いました。中央銀行は、積極的に金融緩和を行うとともに、中央銀行間スワップも通じ、国内外で潤沢な流動性を供給しました。さらに踏み込んで、信用リスクの一部を引き受けた政府もありました。こうした施策は、金融市場や金融システムの安定を維持することに貢献し、金融仲介機能の発揮を促すことで実体経済を支えました。コロナ禍の間、大規模な銀行破綻は発生しませんでした。

しかしながら、その後、経済が正常化していくにつれ、我々は、グローバル・サプライチェーンの混乱による供給制約や、地政学リスクの高まりによる商品市況の上昇に直面し、その結果、グローバル経済は高インフレに見舞われました。これを受け、各国中央銀行は政策金利を引き上げました。その後、2023年には幾つかの銀行の経営問題が発生しました。流動性リスクや金利リスクが顕在化し、シリコンバレー銀行が破綻し、クレディ・スイスが吸収合併されました。幸い、当局の迅速な対応によって、金融安定は維持されました。

コロナ禍において、政府や中央銀行は金融安定に細心の注意を払っていましたが、こうした銀行の経営問題が発生することを予測するのは困難でした。当時、我々はインフレよりもデフレを懸念していました。流動性リスクや金利リスクよりも、信用リスクを懸念していました。こうした事例からわかるように、たとえ経済・金融情勢やそれに伴うリスクを理解していたとしても、将来起こりうるショックの本質を事前に予測することは困難です。それでも、我々は、金融安定を使命とする以上、将来のショックに備えなくてはいけません。我々にできることは、過去から学び、その教訓を将来に活かすことです。

2.コロナ禍の経験と当局の対応

ポリシーミックス

まず、コロナ禍の経験を振り返ります。2020年春、感染症が世界的に流行した際、各国政府は、厳格な公衆衛生上の措置を実施し、感染防止に努めました。人々の健康や安全を守るために必要な措置でしたが、経済活動は大きく制約され、家計や企業は経済に対する不確実性を強く懸念しました。2008年の国際金融危機とは異なり、コロナ禍は実体経済へのショックでした。

こうした経済の難局への対応策の中核は、当然、マクロ経済政策となりました。政府は財政支出を拡大し、中央銀行は緩和的な金融政策を講じました。こうしたポリシーミックスは、経済を支えるために必要であり、多くの国で採用されました。中央銀行が非伝統的な政策手段を採用した場合には、国債発行が増加するもとでの国債買入れの運営は、デリケートな問題でした。財政ファイナンスの懸念を惹起する可能性があったからです。この点、日本銀行では、その4年前に導入していたイールドカーブ・コントロールの枠組みのもとで、10年物国債金利の操作目標をゼロ%程度に設定していました。これは自らの使命である物価の安定を実現するために適切と考えて設定したものです。そのもとで、国債の買入れ額については、上限を撤廃し、この金利操作目標を実現するために必要な金額の買入れを行うこととしました。もっとも、結果的には、コロナ禍の間は、実際の買入れ額に大きな変化はありませんでした。

金融市場の安定化

また、我々は、金融システムと実体経済の負の相乗作用を回避しなければなりませんでした。2020年2月下旬以降、株価急落等にみられたように、国際金融資本市場は不安定化しました。現金を急いで確保する動き(dash for cash)は、米ドル調達プレミアムの急激な上昇をもたらしました。こうした事態を受け、日本銀行を含む主要6中央銀行は、協調して米ドル資金供給オペレーションを拡充しました。潤沢なドル資金が市場に供給され、中央銀行の市場安定に対する強固なコミットメントが示されたことで、市場参加者の間には安心感が醸成されました。その結果、まもなく米ドル調達プレミアムは縮小しました。

このように、国際協調に基づく流動性供給によって、金融市場のコンフィデンスは比較的短期間で回復しました。この間のFRBによる迅速かつ精力的な対応や各国中央銀行の同僚たちの協力に感謝したいと思います。こうした一連の動きは、中央銀行の拡張された「最後の貸し手」の機能、すなわち「最後のグローバルな貸し手」の機能(GLLR)や「最後のマーケット・メイカー」(MMLR)の機能が効果的であることを示しています。これらの機能は、国際金融危機以降に発展してきたものです。

企業金融の支援

さらに、多くの国では、政府と中央銀行が、企業金融を支援するための異例の施策も講じました。当時、経済活動は大きく制約されており、金融面から実体経済に対して更なる下押し圧力がかかることを防ぐことが重要でした。日本では、政府が、中小企業に対する銀行貸出の信用リスクを引き受ける施策を導入しました。日本銀行は、企業の資金繰りを支援するための総枠100兆円を上回る「特別プログラム」を創設しました。このプログラムでは、銀行貸出を有利な条件でバックファイナンスするとともに、社債・CP等の買入れを増額しました。これは、政府と中央銀行がそれぞれの役割を明確にしたうえで協力して企業金融を支援した一例といえます。

また、金融機関が果たした役割についても強調しておきたいと思います。金融機関は、コロナ禍において、十分な資本基盤のもとストレス耐性を示し、堅調な貸出を続けました。この点については、国際金融危機以降、バーゼルIIIなどの金融規制が強化されてきたことが特に重要であったといえます。

以上、政府と中央銀行による対応、そして金融機関による取り組みが一体となって、金融システムと実体経済の負の相乗作用の発生を防いだ、と評価できると思います。

3.コロナ後のインフレと高金利環境

経済活動の正常化とインフレ

コロナ禍の当時、各国の政府や中央銀行、そして多くの市場参加者も、実体経済の悪化が長期化することや、企業の資金繰りの問題が流動性からソルベンシーにシフトしていくことを懸念していました。しかしながら、そうしたリスクが顕現化する前に、特に米欧では、ワクチン接種と財政支出の効果もあって、経済活動が予想よりも早く再開・回復しました。一方、供給制約はグローバルに残存していました。こうした需給両面の要因は、ロシアのウクライナ侵攻による地政学リスクの高まりと相まって、高インフレをもたらしました。インフレを抑え込むため、多くの中央銀行は、かつてないハイペースで政策金利を引き上げることになりました。

欧米銀の経営不安

2023年3月、シリコンバレー銀行(SVB)が破綻したのに続き、クレディ・スイスが経営難に陥りUBSに吸収合併されました。2つの銀行が困難に陥った要因は、個別性の高いものでした。とりわけ、SVBのバランスシート構造は非常に特異であったといえます。負債サイドは、テクノロジー業界等からの非付保預金に依存し、資産サイドでは、固定金利・満期保有の債券を保有していました。こうして金利リスクが高まっていたもと、一度預金が流出し始めると、債券評価損に対する懸念が更なる預金流出を招きました。クレディ・スイスは、数年前より、個別の損失事案が続くなど、ビジネスモデルやガバナンスに対する懸念が意識されており、「増資が困難」との報道をきっかけに、短期間のうちに預金が流出しました。

いずれも個別性の高いショックだったとはいえ、銀行破綻が連鎖するテール・リスクが意識されました。このため、米国では、SVBを含む破綻金融機関の預金全額保護のほか、FRBが、金融機関が保有債券を額面で担保として差し入れることを認める新たな資金供給手段(Bank Term Funding Program)を導入しました。スイスでは、クレディ・スイスの合併の際、緊急令に基づくスイス国立銀行の流動性供給が公表されました。こうした措置は、危機時の異例な対応ではありましたが、市場の不安を取り除き、実体経済に悪影響を及ぼす事態を避けることに貢献しました。

日本の金融システムの動向

ここで、この間の日本の金融システムの動向についても少し触れておきます。コロナ禍が貸出債権ポートフォリオに及ぼした影響については、日本の銀行の信用コストは、低位に抑制されています。日本銀行は、10月に金融システムレポートを公表し、企業倒産やデフォルトについての分析を示しました。コロナ禍においては、先ほど述べた各種支援策のもとで、脆弱性を抱える企業のデフォルト率は低下しましたが、コロナ後は再び上昇しており、既往の脆弱性がラグを置いて顕在化した可能性を示唆しています。日本銀行は、銀行の貸出債権ポートフォリオの質について、企業間のばらつきに留意する必要はあるものの、企業財務が改善を続けるもとで、全体として維持されていると判断しています。

また、コロナ禍後の金利環境の変化の影響については、金融システムレポートでは、円金利の上昇が銀行の預金・貸出に与える影響について分析しています。金利上昇は、固定金利貸出や満期の長い有価証券保有が多い銀行を中心に、一部の銀行の利鞘を一時的に下押しする可能性もありますが、長い目でみれば、銀行収益の改善に寄与すると考えられます。いずれにせよ、既往の日本の金利上昇は欧米に比べるとかなりゆるやかであり、銀行ビジネスや金融システムに与える影響も同様です。

全体として、日本の金融システムは安定性を維持しています。金融機関は、グローバルな金利上昇シナリオや国際金融危機型のストレスを含め、各種リスクに耐えうるだけの充実した資本基盤と安定的な資金調達基盤を有しています。金融仲介活動は引き続き円滑に行われています。

4.教訓と今後の課題

では、教訓と今後の課題についてお話しします。冒頭に述べたとおり、経済・金融情勢とそれに伴うリスクについて理解していたとしても、将来起こりうるショックがどのようなものになるか、予測することは困難です。しかし、だからといって、未知の出来事には準備できないということにはなりません。むしろ全く逆で、本日お話ししたエピソードが示しているのは、危機に直面した時に迅速に対応するためには、平時に何をしておくかがいかに大事か、ということです。

中央銀行の役割

まず、中央銀行間スワップの拡充を素早く実施できたのは、国際金融危機時の経験と、中央銀行間の日々のコミュニケーションや協調というベースがあったからです。コロナ禍での金融市場の不安定化やコロナ後の銀行セクターの混乱からもわかるように、金融システムにストレスがかかると、流動性や資金繰りに対する懸念から市場環境が急速に悪化することがあり、負の相乗作用を生むリスクが高まります。こうした状況において、中央銀行は、GLLRやMMLRの機能を発揮することで、市場のコンフィデンスを維持することが重要です。特に最近は、危機に対してより迅速かつ大規模に対応しなければならなくなっています。平時から中央銀行間で緊密なコミュニケーションを維持することが肝心です。

また、中央銀行は、LLR機能を適時に果たすために、日々、金融機関と緊密なコミュニケーションを取って、リスクをモニタリングし続ける必要があります。私自身の経験を少し紹介します。2000年代初頭、未だ日本の金融システムが不安定であったとき、私は、日本銀行の金融機関モニタリングとLLR機能の調整を担うチームのリーダーでした。我々のチームは、日々の預金流出入にかかる短期的な見通しや利用可能な担保等を含め、個別行の情報をできるだけ仔細に取得するよう努めていました。皆さんもよくご存じのとおり、個々の銀行は全て異なっています。我々は、問題を抱える銀行を救うにせよ、処理するにせよ、それを秩序立って行うための計画を立てる際には、仔細でテクニカルな情報を有している必要があります。しっかりと準備すれば報われるのです。

金融規制については、国際金融危機以降、各国当局は、幅広く議論し、合意するために懸命に努力してきました。バーゼルIIIへの移行による銀行セクターの資本基盤強化が有効であったことは、コロナ禍において、証明されました。金融機関は、政府からの支援とともに、借り手を支える自らの役割を果たしました。改めて、グローバルに、バーゼルIII枠組みの全ての要素を完全かつ整合的な形で、かつ可能な限り早期に実施することが重要であると強調したいと思います。

金融システムのトレンド

コロナ禍やグローバルなインフレの影響に加えて、我々は、底流する金融システムのトレンド、具体的には、グローバルな金融システムの連関性の高まり、ノンバンク(NBFI)の存在感の高まり、デジタル化などにも留意する必要があります。

まず、金融システムの連関性がグローバルに高まり、ショックがより速いスピードで国境を越えるようになるにつれて、前述のとおり、中央銀行や監督当局は非常に限られた時間で状況を把握し、流動性を供給することが求められるようになっています。特に、日本のように、金融市場が時差の関係で他地域より早く開く法域にとっては、国際的な協調が極めて重要です。

次に、NBFIの存在感の高まりにも留意が必要です。NBFIがグローバルな金融仲介のほぼ半分を占めるとするレポートもあります。金融資本市場は、ごく最近も経験したように、NBFIの戦略や行動に度々影響されています。NBFIは、中央銀行マネーに直接アクセスしていないことが多く、当局は、預金取扱機関と比べて少ない情報しか有していません。しかしながら、NBFIと銀行セクターの関連性が深まるにつれて、ノンバンクに問題が発生した時には、金融市場を介し、金融システム全体に影響が及ぶ可能性があります。

最後に、デジタル化やIT技術の進展は、これまでも、金融機関のビジネスやリスク管理に影響を与えてきましたが、コロナ禍によってリモートワークやオンライン会議等が急速に増加し、デジタル化はさらに加速しました。ソーシャルメディアの普及やオンラインバンキングの高度化により、預金移動のスピードの速さや規模の大きさは劇的に高まっています。金融機関も、当局も、ソーシャルメディア等を通じて情報が短時間で拡散することを踏まえ、突然の預金流出に備える必要があります。同時に、オペリスクやサイバーリスクへの目配りも重要です。

これらのトレンドは新しいものではありません。我々は、既に問題を認識し、その対応策についても議論してきました。こうしたトレンドは今後も続きます。我々も取り組みを続けていかなければなりません。

5.おわりに

本日は、近年の金融システムにおける重要な出来事を振り返りました。主として中央銀行の視点からお話ししましたが、もちろん、他にも議論すべき課題は数多くあります。このコンファレンスで、皆さんは、預金保険制度の枠組みを含む幅広いトピックを扱われると思います。預金保険制度の意義は、円滑な破綻処理にとどまるものではなく、金融システム全体の安定を維持するための非常に重要なセーフティネットであることです。預金保険が存在することによって、預金者のコンフィデンスが保たれ、本来的に満期変換や流動性リスクを伴う銀行ビジネスが可能になっています。預金保険制度の運営においては、金融システムの安定とモラルハザードのリスクのバランスを取る必要があります。この点は、銀行だけではなく、ノンバンクのビジネスにも影響します。また、預金保険は、ともに銀行の流動性を補完する役割を果たしている点で、中央銀行の機能、特にLLRの機能にも関係しています。ストレス時に中央銀行がどう行動するかということが、預金保険制度の設計や運営に影響しますし、逆もまた然りです。今日お話しした最近の出来事やそれ以前からのトレンドは、預金保険制度に対しても、中央銀行に対しても、課題を投げかけています。新しい課題もあれば、古くからある課題もあります。

これらは大きな課題です。私の考えをご紹介したかったのですが、残念ながら時間切れのようです。この先の議論は皆さんにお任せしたいと思います。本日の議論が、預金保険制度の高度化にとって重要な一歩になることを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。