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【挨拶】 テクノロジーの進化がもたらす金融仲介機能の機会と課題 パリ・ユーロプラス ファイナンシャル・フォーラム 2024における挨拶の邦訳

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日本銀行総裁 植田 和男
2024年11月21日

1.はじめに

本日は、「パリ・ユーロプラス ファイナンシャル・フォーラム」にお招きいただき、誠にありがとうございます。

パリ・ユーロプラスは、フランス・パリをベースとした幅広い金融関係者が参加するシンクタンクとして、金融サービスや金融市場の発展に大きく貢献されてこられました。こうした貴重な場でお話しする機会をいただいたことを大変光栄に存じます。

パリでは、今夏、オリンピック・パラリンピックが開催され、2021年の東京大会に続き、アスリートによる熱い戦いが繰り広げられました。パリ大会を円滑に運営し、興奮と感動を世界中の人々に届けるうえで重要な役割を果たしたのは、最新のテクノロジーでした。高性能カメラやAIを活用した安全で効率的な大会運営、人間の目が追えない技を判定する審判補助等、様々な面でテクノロジーがスポーツの祭典を支えていました。会場から遠く離れた地で応援する視聴者は、AIによる動画編集で纏められた競技ハイライトを、様々な言語で、まるで会場にいるかのような臨場感あふれる映像や解説で楽しむことができるようになりました。最新のテクノロジーは今や、スポーツ界においてなくてはならない存在となっています。

テクノロジーの進化は、金融セクターの発展においても、同様に、大きな役割を果たしています。とりわけ、ここ最近のデジタル化の一段の進展は、コロナ禍に伴う社会変容とも相まって、金融ビジネスに大きな影響を与えています。同時に、金融セクターは、テクノロジーの進化を後押しする重要な役割も果たしています。

本日は、こうしたテクノロジーの進化がもたらす金融仲介機能の機会と課題について、お話ししたいと思います。

2.金融仲介機能にもたらす機会

金融セクターはこれまで、テクノロジーの進化に大きな影響を受けながら、その姿を変え、発展してきました。テクノロジーの進化は、金融機関の業務効率化やコスト削減だけでなく、金融仲介機能の高度化・多様化をもたらしており、様々な選好・リスク許容度を持った主体の資金が経済に行き渡ることを助けています。

従来、店舗やATMといった有形インフラを必要としていた金融サービスは、インターネットやスマートフォン等の新しいツールの出現により、オンラインで提供されることが可能となり、顧客の利便性向上、金融機関業務の効率化、顧客層の拡大に繋がりました。また、コンピューターによる情報処理能力の向上に伴い、ブローカー・ディーラーが仲介する資本市場でも、高度なデリバティブ取引やアルゴリズム取引等が出現し、金融仲介機能の多様化が進みました。

さらに、フィンテックの分野では、IT企業やスタートアップ企業が、新しい情報技術を金融イノベーションに活用しながら存在感を一段と増しています。金融イノベーションの一つとして、例えば、特定の管理者を要することなく自動的に金融サービスを提供する分散型金融(DeFi)と呼ばれる、効率的な金融サービスが挙げられます。

近年は生成AIの登場により、金融ビジネスの様相はさらに大きな変化を遂げようとしています。生成AIの活用については、まだ草創期にあるものの、日欧の金融機関において着実に取組みが進められています。具体的には、議事録作成や文書の要約、翻訳、コンプライアンスチェック等の社内プロセス向上に向けた利用が進められ、日本では、労働力不足への対応手段としても期待されています。これらに加えて、顧客データの分析や詐欺の疑いのある取引の探知、その他の重要なオペレーションの場面でも生成AIが利用され始めており、金融セクターの収益性や生産性の向上に一段と貢献することが期待されています。

以上、テクノロジーの進化が金融仲介機能の多様化を支えてきた歴史を振り返りましたが、逆もまた然りで、金融仲介機能の拡大は、研究開発や事業化といった過程において必要な投資資金を提供することで、テクノロジーの進化を支えています。すなわち、銀行だけではなく、ベンチャー・キャピタルやプライベート・エクイティ・ファンド、プライベート・デット・ファンド等が、幅広い分野やリスクプロファイルの借り手に資金を提供し、イノベーションを支える重要な役割を果たしています。金融仲介機能とテクノロジー進化の前向きなフィードバックは、今後、日欧の経済成長や生産性向上を実現するうえで重要な鍵となっていくでしょう。

3.金融仲介機能にもたらす課題

一方で、テクノロジーの進化は、金融安定上の新たなリスクの源泉にもなり得る点には留意が必要です。例えば、昨年3月の銀行部門の混乱では、オンラインバンキングやSNSの影響によって、信用不安が素早く伝播し、預金流出を加速させた可能性が指摘されました。このように、金融サービスが多様化・複雑化する中、リスクの波及経路が見えにくくなっているほか、新しい形態の金融サービスには既存規制が十分に及ばないおそれもあります。

こうした中、サイバーセキュリティやサードパーティ・リスクの適切な管理を含むオペレーション頑健性の確保は、一段と重要性を増しています。また、近年関心が高まっている生成AIについては、ハルシネーション、ブラックボックス化、情報保護等のリスクが議論されています。このため、中央銀行やその他金融当局においては、こうした新しい金融仲介機能の実態を把握し、関係主体に対して、頑健なガバナンスを構築し新しいリスクに応じた管理体制を設計するよう働きかけていくことが必要です。

さらに、進化したテクノロジーに対応する適切な規制監督枠組みの策定も求められます。例えば、日本では、暗号資産に係る法整備やステーブルコインを規制する法律を海外に先駆ける形で導入し、また、本年、サイバーセキュリティに関するガイドラインが制定されました。欧州では、欧州連合(EU)が、信頼できるAIを促進するための世界で初めての規制であるAI法を成立させました。今後、世界中でAIの活用が進んでいくと思いますが、日本銀行も、各国の規制面での取組みを注視していきます。

4.おわりに

最後に、テクノロジーは、中央銀行がリスクに対応し、分析を高度化させるためにも活用されていることを付言します。テクノロジーがもたらす恩恵を最大限享受できるような未来を実現するためには、金融関係者の知見と試行錯誤の蓄積が必要です。

本フォーラムは、日仏の金融関係者が意見交換する貴重な機会であり、パリオリンピック・パラリンピックのスローガンである「広く開かれた大会(Ouvrons Grand Les Jeux)」に倣って、知見が共有され実りある議論が交わされる、活気ある会合となるであろうと信じています。

ご清聴ありがとうございました。