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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営高知県金融経済懇談会における挨拶

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日本銀行副総裁 内田 眞一
2025年7月23日

1.はじめに

日本銀行の内田でございます。本日は、高知県の各界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から、高知支店の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りしまして、改めて厚く御礼を申し上げます。本日は、まず私から、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について、ご説明したいと思います。

2.経済・物価の現状と先行き

はじめに、経済・物価情勢です。図表1をご覧ください。わが国経済は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。先行きは、各国の通商政策等の影響を受けて成長ペースは鈍化すると考えられますが、その後は、海外経済が緩やかな成長経路に復していくもとで、成長率を高めていくと見込まれます。もっとも、各国の通商政策等の今後の展開やその内外経済・物価に及ぼす影響に関する不確実性は極めて高い状況にあります。こうした見通しは、各国間の交渉がある程度進展することや、グローバルなサプライチェーンが大きく毀損するような状況は回避されることなどを前提にしたものです。

そこで、今後の経済を展望するうえで、大きなポイントとなる、(1)各国の通商政策とその世界経済への影響、(2)わが国経済への影響、そして、(3)食料品など消費者物価の上昇と個人消費の動向の3点について、順にご説明したいと思います。

各国の通商政策と世界経済

図表2をご覧ください。本年春先以降、米国が打ち出した一連の関税政策により、内外の金融経済を取り巻く環境は大きく変化しています。国際機関の経済見通しは、大きく下方修正されました。もっとも、今のところは、各国の経済指標の悪化は、マインド面などのソフトデータが中心で、成長率や雇用などのハードデータは、米国の関税引き上げに伴う駆け込みなどもあって、それほど悪化していません。

図表3をご覧ください。米国では、関税の引き上げは、輸入品価格の上昇を通じて、消費者物価を上押す方向に、実体経済に対しては、インフレ率の高まりや不確実性の強まりを通じて、企業や家計の支出を下押す方向に作用すると考えられます。左上のグラフで、赤い線や緑の点線の企業の景況感は、関税政策発表以降、幾分悪化しています。また、先行きのインフレ懸念の高まりなどから、青い線の消費者マインドは大きく低下しています。

この間、右上のグラフの消費者物価については、全体として、これまでのところ関税引き上げの影響は限定的ですが、家電・家具・玩具など輸入依存度が高い財の一部では価格が上昇しています。この点に関して、左下のグラフにありますとおり、米国の輸入が第1四半期に急増しています。現在、米国内で販売されている商品の多くは、関税が課される前に輸入されたものである可能性があり、今後数か月間の物価の動き、さらには、物価上昇がみられた場合の個人消費などへの影響をしっかりみていく必要があります。

一方で、右下グラフの赤い線の失業率は、4%程度で概ね横ばいで推移しています。この背景には、青い線で示したように、労働参加率が低下していることがあります。労働市場の指標は振れが大きいので、もう少し見ていく必要がありますが、移民政策の転換の影響などで労働供給が鈍化している可能性もあります。労働市場は引き続きタイトですが、新規採用など労働需要は鈍化しており、賃金に強い押し上げ圧力がかかる状況にはないとみられます。

先行きは、メインシナリオとしては、労働需要の緩やかな減速と労働供給の減速がおおむね見合うようなかたちで、タイト感がゆっくりと緩和していく方向にあるとみられます。そうであれば、賃金の上昇を介した二次的なインフレ率の高まりには繋がりにくいということになります。一方で、関税の影響で消費者物価が大きく上昇し、かつ、労働市場のタイト感が強い状況が続く場合には、インフレ方向のリスクを意識せざるを得なくなります。逆に、労働市場が大きく悪化する場合には、経済の減速を意識した政策対応になると予想されます。このように、今後数か月の消費者物価と労働市場の動向は、米国経済やFRBの政策運営をみるうえで重要であり、それは為替市場をはじめとした国際金融資本市場にも影響を与えると考えられます。

この間、中国経済は、耐久消費財の買替え補助などの政策効果や駆け込み輸出などの影響で、高めの成長を維持しています。もっとも、今後はこれらの反動が予想されるほか、不動産市場の低迷や高い若年失業率などの問題も根強く残っています。また、もともと構造的な生産過剰を抱えている中で、わが国企業からは、中国からの輸出によって、素材を中心にアジア市場などの市況が悪化することを懸念する声があります。

欧州の景気は、消費者マインドが悪化している中で、駆け込み輸出の反動もみられ、弱めに推移しています。この間、強めの動きとしては、AI関連を中心にグローバルなIT需要は回復しています。非AI部門は、駆け込みとみられる動きが一服しており、関税の帰趨にもよりますが、やや慎重な見方が増えているように窺えます。

このように、足元までの世界経済は、関税の影響がマインド面でははっきり出ている一方で、駆け込みのタイミングや反動などによって、ハードデータの評価が難しくなっています。先行きについては、貿易を通じた直接的な影響に加えて、マインドの悪化が設備投資や個人消費にどんな影響を与えるか、注視していく必要があると思います。

各国の通商政策と日本経済

次に、日本経済への影響についてお話しします。図表4をご覧ください。今月1日に公表しました、私どもの短観の結果をみますと、企業の業況感は、米国の関税政策の影響などから製造業の一部で悪化していますが、全体としては良好な水準を維持しています。

図表5をご覧ください。企業収益は、業種や企業規模を問わず、増加傾向が続いています。右の表の今年度の収益計画は、製造業では下方修正され、8.4%の減益を予想しています。ただ、通商政策の影響が相対的に小さい非製造業では上方修正されたほか、製造業でも昨年度までの収益水準が高いことから、企業部門全体としてみれば、昨年度の増益率(5.6%)と今年度の減益率(マイナス5.7%)がほぼ見合う形で、高めの水準が維持されています。

図表6をご覧ください。企業の設備投資は、緩やかな増加傾向が続いており、左グラフで今年度の設備投資計画をみても、増勢が維持されています。右グラフは、設備投資の先行指標である機械受注や建築着工の動きを示していますが、こちらも増加傾向が続いており、現時点では、企業の投資意欲に大きな変調は窺われません。もちろん、輸出企業などでは、通商政策等を巡る不確実性が極めて高い中で、設備投資計画を見直すこと自体を先送りしているケースも、多いと思います。ただ、幅広い業種の企業の皆様からは、人手不足が厳しさを増す中で、省力化・効率化投資は必須であるとか、デジタル化や脱炭素化に向けた投資など中長期的な視点で必要な投資は、関税政策の行方に関わらず、しっかり行っていくといった声も数多く聞かれています。

図表7をご覧ください。雇用・所得環境です。左グラフで今年の春季労使交渉の最終集計結果をみますと、賃上げ率は、前年を幾分上回る5.25%となり、34年ぶりの高水準を記録しました。下の表で規模別・就業形態別の賃金改定率をみますと、組合員99人以下の中小組合が前年対比で最も賃上げ率を高めています。日本商工会議所など他の機関の調査を見ても、厳しい人手不足に直面する中小零細企業では、防衛的な賃上げを含めて、昨年度並みかそれを若干上回る賃上げが実施される見込みです。関税政策の影響は、今年の春闘の段階では大きくないように窺われます。

こうした高い賃上げ率を反映する形で、右グラフの所定内給与は、営業日数等による振れはありますが、はっきりと増加してきています。この間、雇用者数も、人手不足感の強い情報通信や医療・福祉等を中心に着実な増加を続けており、賃金と雇用者数を掛け合わせた雇用者所得は、前年比+4%程度と高めの伸びが続いています。

このように、関税政策のマイナスの影響が予想される中にあっても、わが国企業の事業計画は、減益とはいえ高水準の収益を維持し、設備投資や人への投資は継続するという方針です。

もっとも、問題は先行きです。各国の関税交渉の帰趨はなお不確実であり、企業の対応はこれからです。日本経済全体としても、(1)メインシナリオとしては、冒頭で申し上げたとおり、海外経済が減速し、わが国企業の収益なども下押しされるもとで、成長ペースはいったん鈍化する、(2)そのうえで、不確実性は大きく、リスクはダウンサイドにある、と考えています。

まず、企業にとって、米国の関税引き上げの直接的な影響は、関税によるコスト増加分を現地の販売価格に転嫁するかどうかによって、輸出採算あるいは輸出数量に表れると考えられます。図表8をご覧ください。例えば、輸出物価、特に北米向け乗用車の輸出物価は、4月以降はっきりと下落しています。ただ、この段階では、国内の親会社と米国の販売子会社との取引が中心とみられますので、子会社が実際どういった価格で販売するかは、今後の米国市場の競争環境にもよるでしょう。こうした点を含め、企業がどういった輸出・販売戦略を採るか、その結果収益にどの程度影響するかは、関税率の具体的な水準や、それを受けた各国企業の対応などによって、変わってくると思われます。

そのうえで、各国間の関税交渉がある程度進展するという前提に立つのであれば、仮に輸出企業の収益が相応に下押しされたとしても、企業部門全体としては、高水準の収益が維持される、というのが先ほど述べた短観の見通しです。賃金設定についても、今後も人手不足感が強い状況が続くと見込まれるため、近年の積極的な賃金・価格設定行動の流れは途切れないというのがメインシナリオです。

もっとも、関税政策の負のインパクトが予想以上に大きくなったり、長引いたりした場合には、例えば、輸出産業の国内サプライチェーンの中で、原価低減圧力が強まったり、個人消費を通じて非製造業の業況に影響するなどの形で、ここ数年の賃上げの流れが弱まることが懸念されます。世界経済や国際金融資本市場の動きを巡る不確実性が極めて大きいことを踏まえますと、わが国経済・物価に対するこうしたダウンサイドリスクを注視していく必要があります。

さらに、これらの点は、業種や企業、地域によっても事情は異なり、マクロのデータだけでは十分な情報は入手できません。特に不確実性が企業の投資などの判断にどう影響するかは、企業経営者の皆様方との対話を通じて、タイムリーかつ丁寧に把握していきたいと思っております。私どもの支店を通じたヒアリングなどにご協力いただきますよう、引き続きよろしくお願い申し上げます。

消費者物価と個人消費の動向

続いて、3つ目の論点、物価情勢と個人消費の動向についてお話しします。図表9をご覧ください。米などの食料品価格の上昇や関税政策を巡る不確実性などを背景に、左グラフの消費者マインドは、このところ悪化した状態にあります。右グラフは、実質ベースの個人消費の動向です。食料品価格の上昇などに伴い、消費者の節約志向が強まるもとで、緑の点線の食料品を含む非耐久財の消費は減少傾向が続いていますが、赤い線の消費全体としてみれば、雇用・所得環境の改善に支えられて、緩やかな増加基調を維持しています。先行きについては、先ほどご説明したとおり、賃金の上昇は続くと見込まれますので、物価上昇との相対的な関係が重要になります。

図表10をご覧ください。赤い線の生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、直近の6月は3%台前半となっています。近年の物価上昇の主因は、水色の棒で示した「食料品」の動きです。一度目は、22年から23年にかけて、輸入物価の上昇によるものでした。これが昨年前半に一服したのち、昨年後半からは、米価格の上昇を主因に再び食料品価格が上昇しています。

この間、ピンクの「サービス」の伸び率は23年にかけて上昇したのち、横ばい圏内で推移しています。賃金上昇がサービス価格を緩やかに押し上げる動きは、加速はしていませんが、底流として続いています。

先行きについては、米価格の上昇などコストプッシュ的な要因の影響は、政府による各種対応もあって、いずれ減衰していくとみています。一方、コストプッシュ要因を除いてみた場合の物価の基調的な動きは、経済全体としての労働や設備の稼働状況を表す「需給ギャップ」と、少し長い目で見た企業や家計の物価の見方である「中長期的な予想物価上昇率」に規定されます。

図表11をご覧ください。この点、まず左グラフの赤い線の需給ギャップは、現在ゼロ%近傍ですが、当面は、概ね潜在成長率並みの成長が予想されていますので、現状程度の水準で推移すると考えられます。その後は、成長率が高まるにしたがって、再び改善すると予想しています。また、これまで労働供給を支えてきた女性や高齢者の労働参加の増加ペースが鈍化していることもあって、人手不足の状況は、厳しさを増しています。当地でも見られていることかと思いますが、宿泊・飲食など非製造業を中心に、設備が余っていても人手不足で稼働率を上げられないケースも目立っています。その意味では、マクロ的な需給ギャップが示唆する以上に、賃金や物価に上昇圧力がかかる可能性があります。

また、右上グラフのとおり、中長期的な予想物価上昇率は、ここ数年、企業の賃金・価格設定行動が積極化している中で、緩やかに上昇しています。今後もこの動きは続くと思われますが、そのペースは、成長率の鈍化によって伸び悩んだのち、再度上昇するという経過をたどると思われます。もっとも、今年度入り後の値上げの動きは、米以外の食料品にも広がっており、消費者物価は、私どもや市場の予想よりも強めで推移しています。このことは、少なくとも食料品価格に関しては、企業の価格設定行動が、従来の考え方から有意に変化していることを意味しているように思います。同様の動きは、外食など周辺分野でも見られますので、その広がりを確認していきたいと思います。実際、食料品は、日々の生活に直結し、購入の頻度が高いため、人々の物価に関する見方に影響する度合いは大きいと考えられます。中長期的な予想物価上昇率は直接観察することが難しい指標ですが、ここ数年は大きな変革期にありますので、こうした点を含めたミクロの企業行動の変化などを、丁寧に把握していきたいと思っています。

右下の表をご覧ください。以上を踏まえ、先行きの物価情勢を展望しますと、食料品価格の上昇の影響は減衰していくほか、基調的な物価上昇率も、各国の通商政策の影響により経済の成長ペースが鈍化することなどから、いったんは伸び悩むと考えられます。来年度にかけては、消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率が2%を下回る局面もあるとみています。その後は、成長率の上昇につれて、労働需給の引き締まりが明確になり、積極的な企業の賃金・価格設定行動が広がる中で、現実の物価上昇率と基調的な物価上昇率はともに、徐々に高まっていくと考えています。そして、私どもが公表している「展望レポート」の見通しの期間の後半(来年度後半から27年度にかけての期間)のどこかの時点で、2%の「物価安定の目標」を実現する姿を展望しています。

3.日本銀行の金融政策運営

先行きの金融政策運営

続いて、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。

ここまでご説明してきましたとおり、先行きのわが国経済は、海外経済が減速するもとで、成長ペースが鈍化し、基調的な物価上昇率はいったん伸び悩む姿が想定されます。また、各国の通商政策やその内外経済への影響を巡る不確実性は、極めて高い状況が続いており、経済・物価ともに下振れリスクが大きいと考えられます。こうした点を踏まえますと、まずは、緩和的な金融環境を維持し、経済活動をしっかりと支えていくことが大切です。日本銀行は、先月の金融政策決定会合において、0.5%の政策金利を据え置きました。図表12をご覧ください。左グラフのとおり、名目の金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利は、足もと大幅なマイナスとなっています。また、右グラフの金融機関の貸出スタンスは、短観の結果をみても引き続き積極的であり、社債等の発行環境も総じて良好な状態が維持されています。わが国の金融環境は緩和した状態にあります。

先行きの金融政策運営については、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえますと、これまでご説明したような経済・物価のメインシナリオが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えています。

そのうえで、そうした見通しが実現していくかどうかについて、予断を持たずに判断していく方針です。まず何よりも、ご説明してきたとおり、通商政策に関する各国の交渉の帰趨に加え、そのもとで内外の経済・物価や国際金融資本市場がどういう方向に向かうのか、現在までの各国の経済データからはっきりとはわかりません。不確実性は極めて高く、内外経済は大きな岐路にあるように思えますので、注視していきたいと思います。これらの要因はわが国の物価に対しても、押し下げリスクとして働くと考えられます。一方で、食料品価格を中心にコストプッシュ面からの押上げ圧力が働いています。これら両面の動きが、企業の賃金・価格設定行動などを通じて、先行きの物価見通しにどのような影響を及ぼすか、注目していきます。

経済・物価の先行きには常に不確実性がありますので、金融政策においては、そのことを前提としたうえで、経済・物価の安定の観点から、上振れ・下振れ双方向のリスクに対して最も中立的な立ち位置に調整していく必要があります。この考え方は「リスク・マネージメント・アプローチ」と呼ばれていますが、不確実性が極めて大きい現在であるからこそ、こうしたオーソドックスで、頑健な政策運営を心掛けていきたいと思います。

長期国債買入れの減額計画

図表13をご覧ください。次に、日本銀行が実施している長期国債の買入れについて、お話しします。日本銀行は、2013年から実施した大規模な金融緩和のもと、イールドカーブ全体を低位で安定させるために市場から多額の長期国債を買入れていました。昨年、そうした枠組みを終了し、国債買入れ額を計画的に減らしてきています。具体的には、それまで6兆円近くに上っていた毎月の買入れ額を、来年3月にかけて、四半期ごとに4,000億円程度ずつ減額することとしています。

図表14をご覧ください。この減額計画においては、長期金利は金融市場において形成されることが基本であるとの考え方のもと、過去の大規模緩和によって大きく高まった日本銀行の市場プレゼンスを減らし、国債市場の機能度を改善させることを目指しています。実際、国債買入れの減額が進捗するもとで、左グラフの現物国債の取引高は、新発債を中心に増加しているほか、右グラフの長期金利についても、各種の経済指標や先行きの金融政策に対する見方、海外金利の動向等を反映して動く場面が増えるなど、国債市場の機能度は改善してきています。もっとも、日本銀行が依然として多額の国債を保有するなか、市場参加者などからは、市場機能度の改善はなお道半ばであり、さらなる対応の余地が大きいとの声が、引き続き多く聞かれています。

もう一度図表13をご覧ください。こうした市場参加者の意見を踏まえ、日本銀行は、先月の金融政策決定会合において、新たに、2027年3月までの減額計画を決定しました。具体的には、来年3月までは従来の計画を維持し、月間の買入れ額を毎四半期4,000億円程度ずつ減額することとしたほか、来年4月以降は、減額ペースを2,000億円程度に緩和することにしました。この結果、2027年1から3月の月間のフローの買入れ額は2兆円程度と、減額開始前の3分の1程度になります。

先ほど申し上げたとおり、日本銀行では、長期金利は金融市場において形成されることが基本であり、これをさらに進めるためには、国債買入れの減額を継続していくことが望ましいと考えています。一方で、今後の減額ペースが速すぎると、市場の安定に不測の影響を及ぼす可能性もあります。特に減額が進むにしたがって、フローやストックの面で市場参加者が購入・保有する国債の額は大きくなりますので、市場参加者の見方も伺ったうえで、減額ペースの縮小が適当と判断しました。このほか、今回決定した計画は、これまで同様、国債市場の安定に配慮するために必要な柔軟性を備えたものとなっています。すなわち、今後、長期金利が急激に上昇するといった例外的な状況が生じた場合には、機動的に、国債買入れの増額等を実施し得るとしているほか、来年6月の決定会合では、国債市場の動向や機能度を点検しつつ、新たな減額計画の中間評価を行い、必要があれば、適宜、計画に修正を加えることとしています。

2013年からの大規模な金融緩和は、政府の施策などと相まって、デフレ経済の根底にあった雇用の余剰を解消し、現在、人手不足は企業行動や経済構造を変える原動力(ドライビングフォース)となっています。私は、これは日本経済にとって必要な政策であったと思っています。一方で、何事もフリーランチはなく、この政策の最終的な得失は、出口を完了するまで確定しません。出口を成功させてはじめて、この政策が日本経済にプラスの効果をもたらしたといえると思っています。

金利形成を市場に委ねるという本来の姿に戻すには、予見可能性が重要です。一方で、日本銀行が国債市場で圧倒的なプレゼンスを持って、イールドカーブをコントロールしてきた状況からの正常化は、誰も経験がありません。その過程で急激な金利変動によって経済・物価に悪影響を及ぼすような事態を起こさないためには、予想外の事態に備えた一定の柔軟性が必要です。これまでも、イールドカーブ・コントロールの変動幅の拡大など、初期の段階から、微妙なバランスを取りながら、様々な工夫をしてきました。これに対しては「あいまいさ」や「わかりにくさ」を指摘されたこともありましたが、結果として、市場の安定を維持しながら、正常化のプロセスは進んできました。これからも、オペレーションの実践や市場関係者との対話などを通じて、国債市場の状況をできるだけ正確に把握し、適切なステップを踏んで、市場の本来の姿に近づけていきたいと思います。

なお、日本銀行がこうした制度設計において注視しているのは、急激な金利の変動による景気・物価への悪影響であって、当然のことながら、財政に対する配慮ではありません。今回の減額ペースの縮小や柔軟性のための仕組みも、そうした観点に立って決定した措置です。

4.高知県経済について

最後に、高知県経済についてお話しさせていただきたいと思います。図表15をご覧ください。

高知県は、全国と比べますと、製造業のウェイトが低い一方で、サービス業や建設業など非製造業のウェイトが高く、内需に支えられた産業構造となっています。このため、これまでのところ、各国の通商政策等の直接的な影響は限定的で、当地経済は、個人消費をはじめとする内需が堅調に推移するもとで、緩やかな持ち直しの動きを続けています。今年は当地を舞台とした連続ドラマの放映もあり、観光需要の盛り上がりも期待されるところです。

もっとも、より長い目で高知県経済をみますと、左グラフにありますとおり、全国より速いペースで人口減少が進行しているほか、南海トラフ地震などの自然災害の脅威にも直面しています。この点、高知県では、令和6年3月に策定された「高知県元気な未来創造戦略」の中で、人口減少問題を最重要課題と位置づけ、産業振興を通じた若者の所得向上や、育児や家事への男女の共同参画の推進などに取り組んでおられます。今年度版への改訂にあたっては、人口減少に適応した形で、持続可能な公共サービスなどの確保を図るための施策を盛り込むなど、新たな取り組みにも挑戦されています。また、南海トラフ地震発生に備えた取り組みでは、住宅の耐震化や津波避難タワーの整備、浦戸湾の三重防護事業などを着実に進めてこられました。

人口減少問題や災害対策は、これから日本全体で取り組んでいかねばならない大きな課題です。高知県ならではの意欲的な取り組みが結実していけば、日本全体にとっても重要な道標となるでしょう。高知県が、持続可能な地域社会のモデルとなることを祈念しまして、私のご挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。