【挨拶】令和7年全国証券大会における挨拶
日本銀行副総裁 内田 眞一
2025年10月2日
1.はじめに
本日は、令和7年全国証券大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。本大会がこのように盛大に開催されますことを心よりお慶び申し上げます。
証券業界の皆様におかれましては、わが国証券市場の健全な発展・育成を通じて、日本経済の成長に大きく貢献をしてこられました。皆様のご尽力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。
本日、私からは、はじめに経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について、次に今後の中長期的な証券業界への期待について、お話ししたいと思います。
2.経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営
まず、経済・物価情勢についてです。
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。昨日公表しました、私どもの短観の結果をみますと、企業の業況感は、日米関税交渉の合意により、先行きの不透明感が後退したとの見方から、製造業の一部で改善し、全体としても良好な水準となっています。企業収益は、関税政策による輸出採算悪化の影響などが製造業でみられていますが、全体としては高水準が維持されています。設備投資も、デジタル関連投資や省力化・効率化投資などを中心に緩やかな増加傾向が続いています。個人消費は、物価上昇の影響などから消費者マインドに弱さがみられるものの、雇用・所得環境の改善を背景に底堅く推移しています。
先行きについては、各国の通商政策等の影響から海外経済が減速し、わが国経済の成長ペースは鈍化すると考えられますが、その後は、海外経済が緩やかな成長経路に復していくもとで、成長率を高めていくと見込んでいます。
物価面では、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、足もと2%台後半となっています。このうち、米などの食料品価格上昇の影響は、次第に減衰していくと考えられます。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、成長ペース鈍化などの影響を受けていったん伸び悩むことが見込まれるものの、その後は、成長率が再び高まるもとで人手不足感が強まり、中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、日本銀行の展望レポートの見通し期間後半には、「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられます。
リスク要因としては様々なものがありますが、とくに、各国の通商政策等の影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性は高い状況が続いており、それが金融・為替市場やわが国経済・物価に及ぼす影響については、十分注視する必要があります。
続いて、金融政策運営についてお話しします。日本銀行としては、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、先ほど申し上げた経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えています。そのうえで、こうした見通しが実現していくかについては、内外の経済・物価情勢や金融市場の動向等を丁寧に確認し、予断を持たずに判断していく方針です。
なお、先月の金融政策決定会合では、日本銀行が保有するETFおよびJ-REITの売却について決定しました。売却額については、市場等に攪乱的な影響を与えることを極力回避する観点から、本年7月に完了した「金融機関から買入れた株式」の売却と同程度の規模とし、ETFは簿価で年間3,300億円程度、J-REITは簿価で年間50億円程度のペースで、取引所市場で形成される価格にもとづき、売却を行うこととしました。
3.今後の中長期的な証券業界への期待
次に、今後の中長期的な証券業界への期待について、お話しします。
1点目は、国民の安定的な資産形成に資する質の高い金融サービスの提供です。昨年は、新NISAの導入や個人型確定拠出年金の掛金上限額の引上げなど、投資を後押しする制度面の拡充が図られたほか、金融経済教育推進機構が設立され、国民の皆様の金融リテラシー向上に向けた活動を本格化させています。今後、こうした取組みが着実に成果を上げ、若年層を取込む形で投資家の裾野が拡大してくると同時に、投資家自身の経済状況を正しく把握する能力が一層高まり、資産運用に対するリスク感覚もこれまで以上に鋭くなってくると期待されます。こうしたもとで、透明性が高く、安心して投資でき、個人の資産形成ニーズに細やかに応える、より質の高い金融商品・金融サービスの提供が重要になります。
2点目は、企業の成長と課題解決に向けたリスクマネーとアドバイスの提供です。わが国経済が持続的に成長していくためには、企業の成長とイノベーションが欠かせません。現在、企業は、人材の確保・育成やDX推進、事業承継・再編、さらにはサステナブル面などの社会問題への対応など様々な経営課題に取り組んでいます。また、革新的な技術やアイデアを持ち、それらの事業化に取り組むスタートアップ企業も次々と現れてきています。こうした企業の取組みを後押ししていくためには、企業の置かれた状況を踏まえたきめの細かい資金調達手段の提供とともに、企業が外部の幅広い関係者と協力関係を築いたり、情報や技術、アイデアをマッチングさせるなどのアドバイザリー機能が益々重要となります。今後とも、企業の多様な経営課題を踏まえた資金調達ニーズに応える力を高めるとともに、イノベーションを支える総合的なソリューションの提案により、企業の成長、ひいてはわが国経済の成長に一層貢献していかれることを期待します。
3点目は、デジタル化の更なる推進と安全性の確保です。証券取引はオンライン化が広く普及し、スマートフォンアプリなどを通じて容易に行えます。こうした利便性の向上により、証券投資は身近なものとなり、投資家の裾野や取引は大きく拡大しました。また、最近では、ブロックチェーン技術を活用したトークン化有価証券による資金調達も実施されており、企業にとっての資金調達手段の拡充や投資家にとっての投資対象の拡大に寄与しています。一方で、こうしたデジタル技術の普及に伴い、不正アクセスや不正取引なども見られており、サイバー・セキュリティの強化による取引の安全性の確保がこれまで以上に求められています。安心・安全な証券サービスの提供は、金融資本市場の発展の基礎であり、今後とも注力していかれることを期待します。
4.おわりに
最後に、本日ご臨席の皆様の益々のご健勝と、わが国証券市場の更なる発展を祈念いたしまして、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴、誠にありがとうございました。