【挨拶】全国信用組合大会における挨拶
日本銀行副総裁 内田 眞一
2025年10月17日
1.はじめに
本日は、全国信用組合大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。
信用組合は、「相互扶助」の理念に基づく協同組織金融機関として、中小企業・小規模事業者、また、地域の勤労者や住民の方々に寄り添い、わが国経済の発展に大きく貢献されています。あらためて、皆様の日頃のご尽力に対して、日本銀行を代表して深く敬意を表します。
本日は、はじめに、最近の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営についてご説明し、次に、信用組合を取り巻く環境や課題についてお話しします。
2.経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営
まず、経済・物価情勢についてです。
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。私どもの9月短観の結果をみますと、企業の業況感は、日米関税交渉の合意により、先行きの不透明感が後退したとの見方から、製造業の一部で改善し、全体としても良好な水準となっています。企業収益は、関税政策による輸出採算悪化の影響などが製造業でみられていますが、全体としては高水準が維持されています。設備投資も、デジタル関連投資や省力化・効率化投資などを中心に緩やかな増加傾向が続いています。個人消費は、物価上昇の影響などから消費者マインドに弱さがみられるものの、雇用・所得環境の改善を背景に底堅く推移しています。
先行きについては、各国の通商政策等の影響から海外経済が減速し、わが国経済の成長ペースは鈍化すると考えられますが、その後は、海外経済が緩やかな成長経路に復していくもとで、成長率を高めていくと見込んでいます。
物価面では、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、足もと2%台後半となっています。このうち、米などの食料品価格上昇の影響は、次第に減衰していくと考えられます。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、成長ペース鈍化などの影響を受けていったん伸び悩むことが見込まれるものの、その後は、成長率が再び高まるもとで人手不足感が強まり、中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、日本銀行の展望レポートの見通し期間後半には、「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられます。
リスク要因としては様々なものがありますが、とくに、各国の通商政策等の影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性は高い状況が続いており、それが金融・為替市場やわが国経済・物価に及ぼす影響については、十分注視する必要があります。
続いて、金融政策運営についてお話しします。日本銀行としては、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、先ほど申し上げた経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えています。そのうえで、こうした見通しが実現していくかについては、内外の経済・物価情勢や金融市場の動向等を丁寧に確認し、予断を持たずに判断していく方針です。
なお、先月の金融政策決定会合では、日本銀行が保有するETFおよびJ-REITの売却について決定しました。売却額については、市場等に攪乱的な影響を与えることを極力回避する観点から、本年7月に完了した「金融機関から買入れた株式」の売却と同程度の規模とし、ETFは簿価で年間3,300億円程度、J-REITは簿価で年間50億円程度のペースで、取引所市場で形成される価格にもとづき、売却を行うこととしました。
3.信用組合を取り巻く環境や課題
次に、信用組合を取り巻く環境や課題について、3点お話ししたいと思います。
1点目は、取引先支援の深化についてです。わが国の企業は、人口減少や高齢化、後継者不足、資源価格の高止まり、デジタル化への対応など、多くの課題に直面しています。とりわけ、経営資源に制約の大きい中小企業や小規模事業者にとって、これらは大きな課題となっています。これまで、信用組合は、資金繰りの支援をはじめ、事業承継や創業支援、販路拡大や設備投資支援、さらには自治体や専門機関と連携した経営相談など、多様な取り組みを展開されてきました。協同組織金融の根幹である「相互扶助」の理念のもと、取引先に寄り添い、伴走型の支援を続けてこられたことは、地域経済にとって大きな力となっています。今後も、これまでの強みにさらに磨きをかけ、支援の質を高めることを通じて、地域経済の発展に貢献されることを期待しています。
2点目は、経営基盤の強化についてです。取引先を持続的に支えていくためには、自らの基盤をより強固なものとすることが必要です。とくに、デジタル基盤の強化は重要な課題です。既に、業界としてデジタル関連戦略の基本方針である「IT・DX戦略基本方針」を策定されています。引き続き、業務フローの刷新や新たな金融サービスの提供等に積極的に取り組まれ、組織全体の業務の効率性や顧客ニーズへの対応力を一段と高めていかれることを期待しています。
3点目は、リスク管理体制の高度化についてです。不確実性が高い状況が続く中、市場変動や与信費用の発生といった財務リスクへの備えは重要です。預貸運営や有価証券投資にあたっては、変化する競争環境等も踏まえたうえで、収益性と安全性のバランスを図りながら、適切なリスク管理を実施していく必要があります。加えて、オペレーションやコンプライアンス上の問題、システム障害、サイバー攻撃といった「非財務リスク」への備えも欠かせません。これらのリスクは、ひとたび顕在化すれば、経営の持続可能性や関係者からの信頼を揺るがしかねないものです。これを経営上のリスクと明確に位置付け、内部統制の実効性を不断に点検・強化していくことで、信用組合のリスク管理が一層確かなものとなることを期待しています。
4.おわりに
最後に、本年は国連が制定した「国際協同組合年」にあたります。これは、協同組合の理念や役割をあらためて見つめ直し、その可能性をさらに高めていく年であることを意味します。信用組合の皆様には、その精神をより鮮明に体現され、未来に向けて歩みを進めていかれることを願っています。
本日の大会が、その歩みをさらに力強く推し進める契機となることを祈念いたしまして、私からの挨拶といたします。ご清聴ありがとうございました。
