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【講演】通貨の単一性と中央銀行の役割日本金融学会2026年度春季大会における講演

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日本銀行副総裁 氷見野 良三
2026年5月16日

1.GENIUS法とデジタル・ユーロ

昨年2025年は、世界の通貨のあり方を巡る大きな展開のあった年でした(図表1)。

米国では、7月にGENIUS1が成立し、民間主体によるドル建てステーブルコインの発行を推進する姿勢が明確になりました。また、昨年1月の大統領令では、連邦当局による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発や発行を禁止しています。

一方、欧州では、2024年末に発効したMiCA法により、ステーブルコインの制度整備も行われていますが、米国とは異なり、欧州中央銀行が昨年10月、デジタル・ユーロ、すなわちユーロ建てのCBDCの発行開始時期を2029年と初めて明示し、欧州議会も必要な法制の整備作業を開始しました。

今後の道行きは必ずしも単純ではないかもしれませんが、昨年の動きからは、米国はステーブルコインに、欧州はCBDCに向かって大きく舵を切ったように見えます。

米ベッセント財務長官は、GENIUS法成立後の声明で、ステーブルコインの技術は「世界の準備通貨としてのドルの地位を強化し、世界中の何十億人もの人々のドル経済へのアクセスを拡大し、ステーブルコインの裏付け資産としての米国債への需要を急増させるだろう」と述べています2。ステーブルコインによって基軸通貨としてのドルの特権を強化できれば、世界中の人々が米国の財政赤字をファイナンスするようになる、というわけです。

他方、欧州の場合には、ユーロ圏の経済・金融の一体化や、地政学の視点も働いているようです。欧州中銀のレーン理事は、「ユーロ圏におけるCBDCの便益は、自国通貨を有する個別国にとっての便益よりもずっと広範だ」「デジタル・ユーロはユーロ圏のリテール決済システムに執拗に残る分断を克服するかけがえのない機会だ」「デジタル・ユーロは、地政学的な分断が深まる中で、欧州の戦略的自律性の強化に決定的な役割を果たす」と述べています3

これは私たちが日本のことを考えていく上でなかなか厄介な状況です。米国と欧州で答が違っている上に、円はドルのような基軸通貨でもなければ、ユーロのような地域統合の手段でもありませんので、どちらかを真似ればいいとは必ずしもいえません。

日本はステーブルコイン発行に必要な法制度の整備を世界に先駆けて進めてきました。日本銀行はCBDCのパイロット実験を進めており、関係府省庁と日銀の連絡会議では制度設計の大枠の整理も進められています。米欧いずれの道を選択できるための準備も進めているわけです。ただ、米欧の展開に鑑みますと、日本としても、そうしたパーツの準備に加え、決済システム全体の将来像をどう描くのか、議論を深めなければならない局面に来ている気がいたします。

決済システム全体の将来像を考える上では、技術的な実現可能性、社会的なコストとその負担関係、利便性、強靭性、技術革新との親和性、競争の促進と独占の回避、金融システムの安定性と機能発揮、マネロン・テロ資金対策、通貨供給の伸縮性、金融政策、シニョリッジ、国際通貨体制に対する含意など、多角的な検討が必要になります(図表2)。

しかも、さまざまな局面・環境を想定してこれらの点を検討しておく必要があります。たとえば、マイナス金利やゼロ金利のもとでもステーブルコイン運営者のビジネスモデルは成り立つのか4。平時においてCBDCは幅広い利用者を引き付けられるだけの魅力を持つのか5

平時の利便性と有事の強靭性のトレードオフに関しては、スウェーデンのリクスバンクが本年3月、「国民の決済面での備えに関する新しい勧告」なる文書を公表しています6(図表3左)。リクスバンクは、世界最古の中央銀行であり、またCBDCの研究・開発における先駆者でもあります。

同文書は、「現下の国際情勢とスウェーデンの高度なデジタル化は決済システムの脆弱性に繋がりうる。このため、国民は、現金、カード、スマホ決済など、複数の支払方法を確保しておくことが大切だ。国民は、スウェーデンの総合的な防衛(total defense)と決済市場における備えの強化に重要な役割を有している」として、以下のような勧告を行っています。

  • 一週間は現金で暮らせるよう、成人一人当たり千クローナの現金保有を
  • 現金の保有は釣銭がない場合にも対応できるような額面で
  • 現金システムの稼働維持のために平時でも定期的に現金の利用を
  • 複数のカード・ネットワークに属するクレジット・カードの保持を
  • スマホ決済サービスへのアクセスを
  • スマホの電池切れに備え物理的なカードとPINを手元に

わたくしは、ズボンのポケットのお財布に日銀券やカードを何枚も入れてぱんぱんにしているので、お財布を持ち歩かない若い人たちに比べると何か昭和くさいなあ、経済産業省さんのキャッシュレス・キャンペーンにも沿っていないなあ、と、ちょっと後ろめたく感じていましたが、この勧告を読んでいて、もしかするとぐるっと一周回って、新しい地政学の時代の最先端の姿になっているのかもしれないと感じたところです。

また、近年、スロバキアやハンガリーやスロベニアでは、憲法が改正され、「現金で支払う権利」が憲法に明示されました(図表3右)。また、スイスでは今年の3月に中央銀行による現金の供給が憲法に明示されました。わたしは以前金融庁にいた際に、フィンテックが社会全体の設計とどのようなかかわりを持つかについて、政府・企業・個人の間での力と情報の配分という視点から、「非効率か、政府ないし巨大企業による支配か、アナーキーか」のトリレンマについて論じたことがあります7。通貨を巡ってはこの問題が特に先鋭になるようです。

更に、通貨とは本来何なのか、どうしてfiat currencyが成り立っているのか、通貨のどの機能をどう守り育てて行ったらいいのか、といった、根本に立ち返って考え方を整理することも必要でしょう。

さて、風呂敷を広げすぎてしまいましたが、以下では、日本銀行の役割と親和性の高い「通貨の単一性(singleness of money)」の視点に絞って議論をさせていただければと思います。日銀内でも、国際的にも検討が進行中のテーマですので、私見を交えてお話させていただいて、先生方のご意見をお伺いするきっかけにできればと存じます。

  1. Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act.
  2. U.S. Department of the Treasury, "Statement from U.S. Secretary of the Treasury Scott Bessent on Enactment of the GENIUS Act," July 18, 2025.
  3. Philip R. Lane, "The digital euro: maintaining the autonomy of the monetary system," March 20, 2025.  なお、この講演の後、国際刑事裁判所の6名の判事と3名の検察官が米国の制裁を受けてビザやマスターのクレジットカードを使えなくなるという事件が起こり、欧州では決済システムの地政学的な含意に更に焦点があたるようになった模様です。
  4. 日本ではマイナス金利下でMMFのビジネスモデルが成り立たなくなりました。
  5. 中国では最近デジタル人民元の位置づけを商業銀行の預金に切り替え、付利を可能にしました。
  6. Sveriges Riksbank, "New recommendations for public payment preparedness," March 4, 2026.
  7. 信頼の源泉をどこに見出すかという問題について"Is Satoshi's Dream Still Relevant Today?" (2020) 、非効率か、政府ないし巨大企業による支配か、アナーキーか、のトリレンマについて「フィンテック、社会の未来、規制」(2018)、規制設計上の課題について「リブラが提起した問題に対する規制上の対応」(2019)。

2.通貨の3機能

さて、ご存じの通り、お金には、価値尺度機能、価値保存機能、交換機能、の3つの機能があると言われています(図表4)。

このうち、価値尺度機能は、日本でいえば「円」という単位の機能で、日銀券とかステーブルコインとかいった具体的なお金の類型を超えた、かなり抽象的な「お金」の機能です。日本銀行が、物価の安定を使命として金融政策を運営しているのは、「円」という単位の価値尺度機能が安定的に維持されるようにするためである、ということができます。

他方、価値保存機能は、円という単位だけではなくて、具体的な手段も存在しないと発揮できません。価値保存の手段には、現金、銀行預金から、債券、株式、投資信託まで、さまざまなものがあります。それぞれの手段にはそれぞれ特性があり、例えば、巨額の現金は保管や輸送にコストがかかりますし、銀行預金はインフレで目減りするかもしれません。債券や株式や投資信託は値下がりするかもしれません。人々は、当面の買い物に備えるため、とか、将来に備えた資産形成、とか、価値保存の目的に応じて、さまざまな特性の手段を組み合わせて使っています。

ただ、いくら価値保存ができても、それを将来使えないのでは意味がありません。さまざまな手段が価値保存機能を持つことの根底には、将来そのまま交換機能を持つ手段として使える、あるいは交換機能を持つ手段に交換することができる、ということが前提になっているはずです。

3.決済手段の多様化と通貨の単一性

交換機能とは、お金が支払いに使える、ということです。決済機能とも呼ばれます。

近年、お金の支払いをする手段は著しく多様になってきています。幅広く用いられているものとしては、現金払いや銀行振込に加え、ことら、クレジット・カード、スマホ決済、交通系、プリペイド・カード、商品券などがあります。大阪・関西万博会場では73ものキャッシュレス決済ブランドでの支払いが可能でした(図表5)。

他方、中央銀行の世界では、通貨の交換機能、決済機能を論じる際には、通貨の単一性、ということを大変大事にします。どんどん多様になるのに単一とはどういうことか、と、奇妙な印象をお受けになるかもしれません。しかし、少し考えて見ますと、もちろん手段ごとに使いやすさや手間、手数料やポイント付与などに違いはあるものの、そうした違いを一旦脇に置いて、支払い手段として果たす機能の本質的なところには、これらを用いて支払いをすれば、一定額の支払いをすませたことになる、ということに共通の理解があります。

スマホ決済など各種の手段で支払ったときに起こることを考えて見ますと、タイミングの違いこそあれ、支払う側の現金か銀行預金が減少し、その分、受け取る側の銀行預金が決済事業者からの振込によって増える、という点ではいずれも同じです。すなわち、達観してみれば、現金か預金を用いて日々無数の銀行振込を行う手間を、決済事業者の側で代わりにまとめて片付けてくれているだけで、指図の仕方は違っても、その本質は銀行振込と同じである、と考えることができます。

では、銀行振込とは一体何なのでしょうか。

4.銀行振込と日銀の決済機能

振込は銀行に現金を持ち込むことでも、預金を使うことでもできますが、預金を使う場合について見て見ます(図表6)。

私はA銀行にしか預金を持っておらず、振込先の商店はB信金にしか口座がないとします。この場合、私が10万円の振込の指図をしますと、A銀行は、A銀行にある私の預金を10万円減らします。そして、A銀行が日銀に持っている預金を10万円減らして、B信金が日銀に持っている預金を10万円増やすよう日銀に指図します8。B信金は商店がB信金に持っている預金を10万円増やします。

私の目からすれば、A銀行への預金という金融資産を売って日銀への預金を買い、今度はそれでB信金への預金を買って、商店に渡すのと似ています。私がA銀行に行って10万円の現金をおろして、今度はB信金に行ってそれを商店の口座に預けるのとも似ています。

では、なんでこんな面倒なことをしているのでしょうか。

例えば、私がA銀行に持っている預金10万円をそのまま、A銀行に預けられた預金という形のままで商店に渡したらいいのではないでしょうか。しかし、そういうやり方では、商店はいろんなお客さんから受け取ったいろんな金融機関の預金を持つことになります。口座をそんなにたくさん開設するのでは面倒ですし、近所に支店のない銀行もたくさん含まれてしまいます。アプリもそれぞれ異なるし、お金の管理もやりにくくなります。A銀行の普通預金のほうがB信金の普通預金より金利が低いかもしれません。さらに、銀行だって万が一の場合にはペイオフもありうるわけですが、そんなにたくさんの銀行の経営状況をいちいち気にしてはいられません。

すなわち、各金融機関の預金は、利便性の面でも、信用力の面でも、そのままでは同一ではないのです。このため、商店の側では、自分が選んだB信金、自分が信用していて馴染んでいるB信金の預金で貰いたいのです。預金振込では、どの受け手も自分が選んだ預金で受け取ることができるので、それで必ず支払いは済んだと受け止めるわけです。支払いの最終性、ファイナリティが認められるわけです。

では、どこかの取引所でA銀行の預金とB信金の預金を直接交換できるようにしてはどうでしょうか。しかし、日本には数多くの金融機関がありますので、交換の組み合わせは無数になります。ちょうど希望の組み合わせで取引が迅速に成り立つのか、また、成り立つとして、例えばA銀行が赤字決算を発表した直後とかでも、交換比率が1対1で維持されるのか、と言った問題が生じ得ます。これでは、支払いの度ごとに、支払いがちゃんと満額済んでいるのかどうか、私も商店も一々気にしなければなりません。

銀行振込では、A銀行が日銀に準備預金を持っている限り、B信金にはA銀行の信用力を問う必要はなく、日銀当座預金を信じられるかどうかだけを考えて振込を完了させることができます。しかも、日銀自身が運営する日銀ネットを通じて実行されるため、オペレーショナルな面でも確実に確認が取れます。

金融機関が保有して預金の裏付けとなっている資産には、流動性の低いものや信用リスク・市場リスクの高いものも含まれています。金融機関はまさにそれによって金融仲介機能を発揮しているわけですが、銀行システムはリスクが顕在化する局面で繰り返し危機に陥ってきました。平時でも各金融機関の信用力が全く同じというわけではなく、大手の銀行同士でも格付けや市場での信用スプレッドに開きが生じる局面があります。

そこで、日銀・金融庁・預金保険機構といった金融当局は、金融機関に対し、規制や監督やモニタリングによって健全性を確保し、最後の貸し手機能によっていざという時の流動性を支え、預金保険によって破綻時にも一定額までの預金は戻ってくるようにしています。特に、決済性預金は預金保険で全額が保護の対象となっています。こうした多大な社会的なコストを払って、価値保存手段・決済手段としての預金の信頼性を高め、併せて危機の発生確率の抑制に努めているわけです。

この基盤の上に立って、日銀の決済機能を活用した図表6のプロセスが機能いたします。これにより、私もお店も、預金の特性9や預金の間の違いを気にせずに決済を完了させることができます。送金元の金融機関が必要な残高の日銀当座預金を有している限り、日銀の決済機能を活用することで、支払い手段としての通貨の単一性は極めて高い水準で確保されるわけです。そして、日々の銀行間送金において、いずれの銀行預金も日銀当座預金を介して他の銀行預金と1対1で交換が行われることが実証され、それが積み重ねられることにより、単一性についての信認が確固としたものになっていきます。こうしたことが、預金がファイナリティをもった決済の手段として用いられるための大切な基盤をなしていると言えるでしょう。

  1. 8実際には1億円未満の取引については、送金時点で各金融機関が日銀に持っている預金を増減させる指図が行われるのではなく、一日一回、その他の取引も含めた差額分だけ指図される仕組みになっていますが、本質はここに書いた仕組みと変わりません。
  2. 9私がA銀行に持っていた預金が定額保護の利息付普通預金だったのか、全額保護の当座預金ないし利息なし普通預金だったのか、など。

5.ステーブルコインによる支払いに固有の特徴

他方、ステーブルコインは、特に米国の新法制の下では、流動性が高くリスクの低い資産のみによって裏付けられます。裏付け資産の面では、預金同士よりもステーブルコイン同士のほうが同一性が高いのです。

ただ、ステーブルコインによる支払いでは、預金振込のように日銀の決済機能が介在するわけではありません。スマホ決済などでの支払いでも、最終的には預金振込の段階で日銀の決済機能が介在しますので、これはステーブルコインによる支払いに独特の点だということができます。

例えば、C社の発行する円建てステーブルコイン(Cコインと呼ぶことにしましょう)と、D社のDコインとが出回っているとします。これで私と商店の決済がうまく行く道筋10としては、以下のようなものが考えられます(図表7)。

第一は、「単一コイン・パターン」とでもいうべきもので、私も商店も、一番定評があるCコインしか使わないので、私は額面10万円のCコインを私のウォレットから商店のウォレットに送ります。

第二は、「交換後支払パターン」で、商店がDコインしか受け取らないので、私は取引所でCコインをDコインに交換して、Dコインを商店のウォレットに送ります。

第三は、「複数コイン受領パターン」で、商店がCコインでもDコインでも受け取ります、と宣言しているので、私はCコインを商店に送り、商店はいろんなコインを持っておくか、自分で交換してDコインにまとめるかします。

ここで問題なのは、CコインとDコインの経済価値が裏づけ資産やC社D社への規制・監督によってきちんと担保されているとしても、「交換後支払パターン」や「複数コイン受領パターン」が必ずうまく機能するとは限らないことです。

たとえば、C社が経営悪化を公表した、サイバー攻撃にあった、不正が明らかになった、などのニュースがあった時、一時的に取引所での交換レートが1対1でなくなることも考えられます。また、私はCコインを使い続けたいと思っていても、Dコインしか受け取りたくない、という商店が増えるかもしれません。決済手段には「皆が使うから自分も使う」というネットワーク外部性がありますので、Cコインを嫌がる人が増えるのではないかという予想がいったん発生すると、それが自己実現的に拡大することも考えられます。

もっとも、一旦広まったSNSが使い続けられていくように、何があっても「単一コイン・パターン」が続く、という形で単一性が担保される可能性もあるでしょう。ただ、特定の民間企業が基幹的な経済インフラを独占的に支配することが果たして望ましいことかどうか。少なくとも当該企業には中央銀行類似のガバナンスが課せられるべきなのではないかと思います。

  1. 10実際には決済をうまく実行するためには他の課題にも対処する必要があります。たとえば、お店が私と同じブロックチェーン上にウォレットを持っていないと送金手順が複雑になりますし、ブロックチェーンの利用手数料(ガス代と呼ばれています)は混雑時に上昇します。

6.ステーブルコインと通貨の単一性

では、仮に今後ステーブルコインが広まっていくとしたら、通貨の単一性の観点からはそれをどう受け止めたらいいでしょうか。

まず、通貨にどの水準の単一性を求めるか、について、研究者の間でも考え方にニュアンスの違いがあるようです(図表8)。

一方では、国際決済銀行が公表しているさまざまなレポート11では、通貨には額面からの微小な乖離が生じうるという疑念の余地すら許されない、という立場が取られています。ノーベル賞受賞者ホルムストロームの用語12を援用して、通貨は経済主体がno question askedで受け入れるinformation-insensitiveなものでなければならない、という言い方がなされています。また、小さな逆選択でもいったん生じると市場全体に波及しかねない13、という点が強調されています。たしかに、取引の都度、決済手段に関する調査確認のコストがかかるようでは社会的にも不効率ですし、調査確認が必要になったと思われただけでも取り付けが起こりかねません。

他方、例えばスイスの中央銀行のベルンハルトとヘーンは、実際の決済手段にはさまざまな手数料がかかっており、現実には額面で交換できるわけではない、と論じています14。ATMで現金を引き下ろす際には手数料がかかりますし、クレジット・カードで千円払っても、お店には970円か980円程度しか入金しません。利用者にとっては、ステーブルコインに微小な価格変動があるとしても、高い手数料を回避できるのであればそちらの方がありがたいかもしれません。

もちろん、あらかじめ納得ずくの手数料と、予期せぬ価格変動とでは、利用者の受け止めは別だろうと思います。ただ、一部のステーブルコインは、2022年11月のFTX破綻や2023年3月のシリコンバレー銀行破綻の際に価格の変動・急落を経験したのに、現在でも利用規模の拡大が続いています。暗号資産市場での取引・米国外でのドル保有・クロスボーダー送金などの用途で、価格変動懸念を上回るメリットを見出す利用者がいるということでしょう。もっとも、「メリット」の中には本人確認の回避など、問題のある動機も含まれていると思われます。

また、ベルンハルトらは、現実には地域商品券など多様な形態のマネーが存在しているが、それらに厳格な単一性はない、とも指摘しています。日本でも多種多様な金券が存在し、金券ショップではさまざまなディスカウント率で相場が立っています。限定的な利用者が限定的な用途で用いる支払い手段については、利用者の期待・信頼の度合いに応じた単一性があれば、混乱は生じないということかもしれません。

問題は、ステーブルコインが一般の経済・金融取引の決済資産として広範に利用され、普通の人が高い期待や信頼を抱くようになる場合に、満たすべき単一性の目線をどこに置くべきか、です。そうした場合には、ステーブルコインが決済システム全体の中に一体的に組み込まれ、預金との間での資金移動が大規模になることも考えられます。だとすれば、ステーブルコインと預金の間の単一性を、ストレス時においても維持できるようにするにはどのようにすればいいのか、そのためにはどの程度の追加的な社会的コストが必要になるのか、も論点となるでしょう。こうした点については、更に考えを深めていく必要があると思います。

  1. 11たとえば、Rodney Garrat and Hyun Song Shin, "Stablecoins versus tokenised deposits: implications for the singleness of money," BIS Bulletin, No.73, April 2023Bank for International Settlements, "Chapter III. The next-generation monetary and financial system," 2025 BIS Annual Economic Reportなど。
  2. 12Bengt Holmstrom, "Understanding the role of debt in the financial system," BIS Working Papers, No.479, January 2015.
  3. 13Stephen Morris and Hyun Song Shin, "Contagious Adverse Selection," American Economic Journal: Macroeconomics 2012, 4(1):1-21.
  4. 14Severin Bernhard and Philipp Haene, "Exploring the concept of uniformity of money," SNB Economic Note, No.11/2025.

7.決済の将来と中央銀行の役割

さて、決済システムの将来についての選択肢は、CBDCやステーブルコインに限られるわけではありません。例えば、既存の銀行振込の仕組みの骨格は維持したうえで、即時決済機能をはじめとした高度な機能を盛り込んでいく試みも内外で進められています15

さらに、図表6でご説明したような銀行預金と中央銀行当座預金による仕組みを、トークン化された銀行預金とトークン化された中央銀行当座預金による仕組みに移し替え、これをブロックチェーンに乗せてはどうか、という構想もあります(図表9)16。そうすれば、厳密な意味での通貨の単一性を維持し、また既存のシステムとのインターフェースも確保したうえで、プログラム可能性、スマートコントラクトの利用、トークン化された資産の売買取引と資金決済との一体的処理(DVP)、などのメリットも実現できるのではないか、というわけです。

日本銀行では、日銀当座預金をトークン化してブロックチェーン上の幅広い決済に活用する可能性について、技術的な検証を行う「サンドボックス・プロジェクト」を内部で進めています。将来的には今述べたような仕組みに活用していくことも可能かもしれません。

また、国際決済銀行と国際金融協会は、プロジェクト・アゴラという名前で、こうした仕組みをホールセールの国際決済で実現できないか実験する取り組みを進めており、日本からも日本銀行と4行の民間金融機関が参加しています。

すなわち、決済システムの将来像について、ステーブルコインとCBDCの二者択一と思いこむ必要はなく、むしろ今述べたような幅広い選択肢のなかで考えていくことが適切だろうと思います。

また、通貨の単一性の視点だけで結論が出るわけではなく、冒頭図表2で申し上げたようなさまざまな視点からの国民的な議論が不可欠です。ただ、通貨の単一性の話は、日ごろ利用者に意識されずにno question asked状態が守られることこそがその本質であるだけに、うまくいっている限りにおいては忘れられがちではないかと思い、本日はこの点に絞って議論させていただきました。

日本銀行は、金融政策を通じた通貨価値の安定、日銀券の発行・流通・管理、金融システムの安定確保、そして決済手段の提供と決済システムの運営・オーバーサイトを通じ、みなさまに安心して、しかも効率的に通貨を利用していただける環境を守ることを使命としております。決済システムの将来像についても、引き続き議論の材料をできるだけ提供し17、ご意見を頂戴してまいりたいと考えております。

ご清聴どうもありがとうございました。

  1. 15資金決済システムの将来像に関するスタディグループ「資金決済システムの将来像に関するスタディグループにおける検討結果」2026年3月
  2. 16Bank for International Settlements, op. cit.
  3. 17日本銀行ホームページの左側の「決済・市場」のタグからご覧になれます。最近の講演としては、植田和男「新金融エコシステムにおける中央銀行の役割」(2026)、内田眞一「業務からみた日本銀行」(2025)、神山一成「点から線へ、線から面へ」(2026)、武田直己「技術革新と地政学リスクの下での通貨・決済システムの未来」(2025)などがあります。