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銀行券の流通 世の中のお金をきれいにする(2011年9月26日掲載)

東日本大震災から半年余り。日本銀行では、津波や火災などで汚れたり傷んだりしたお金を交換する業務にも力を入れて被災地支援を進めてきました。これまでに交換した合計金額は約33億円にもなります(8月末現在)。

このように、わが国唯一の発券銀行として紙幣を発行したり、その紙幣や硬貨を新しいものにしたりすることは、日銀の重要な役割の一つです。今回は、そうした役割についてフォーカスします。

日銀が発行する紙幣は、正式には「日本銀行券」と呼びますが、それはどのように世の中を流通していくのでしょうか。また、流通の過程で日銀はどのような努力をしているのでしょうか。日銀発券局での取材をもとに詳しく見ていきましょう。

取材・文 小堂敏郎


東日本大震災の被災地で損傷現金の引き換えを進める

「泥で固まった紙幣や海水に漬かってさびた硬貨が、被災地から湧き出るように次から次へと持ち込まれてきました。損傷したお金の向こうに被災者の方々が苦しんでいる姿が浮かび、つらい気持ちになります」

こう話すのは、日本銀行本店の発券局日本橋発券課(取材当時、現在は名古屋支店発券課)に勤務する佐々木豪さん。東日本大震災の被災地では、津波や火災などで傷んだ紙幣や硬貨が大量に見つかっています。そうした「損傷現金」を新しいお金に引き換える事務作業が、日銀の東北地方の4支店(青森・仙台・福島・秋田)で急増しました。佐々木さんは3月末、仙台支店への応援メンバーの一員として1週間派遣され、その後5月初めと6月末にも東京から同支店へ赴きました。

「津波の被害で泥まみれになった紙幣は、汚れを落とすためにブラシで水洗いし、ドライヤーやアイロンで乾かします。それから1枚ずつ確実に鑑定した上で、きれいな紙幣に交換するのです。『被災者の身になって』という思いで、手作業の引き換え業務に全員が専念しています」

東北の支店・事務所で休日・平日を問わず現金供給に努めるなど、日銀は震災直後からさまざまな措置を積極的に講じてきました。損傷現金の引き換え業務についても力を入れ、被災地支援を進めています。佐々木さんのように、東京の本店や名古屋・大阪などの支店から仙台支店へ応援の職員を交代で派遣するほか、4月20日から7月20日までは支店のない岩手県にも臨時の窓口を設け(盛岡市の岩手銀行本店内)、派遣職員が引き換え業務に当たりました。

日銀は金融庁と連携し、銀行や信用金庫など金融機関に対して、汚れた紙幣の引き換えに応じるように要請も行いました。日銀の本店・支店には、被災した個人や企業・団体からだけでなく、被災者の依頼を取り次いだ金融機関からもたくさんの損傷現金が持ち込まれています。8月末までの累計では、日銀が引き換えた紙幣は約43万枚、硬貨が約290万枚。両方を合わせた金額では約33億円となりました。これは、阪神・淡路大震災の時に引き換えた紙幣約14万枚、硬貨約113万枚、合計約8億円を大きく上回っています。

ただ、佐々木さんは「震災から時間がたつにつれて、持ち込まれる損傷現金の汚れの度合いが激しくなってきました」と指摘します。

「当初は、津波の海水に漬かった現金自動出し入れ機(ATM)内の紙幣の束などが目立ちましたが、5月に入った頃から、スーパーマーケットのレジ袋などに入れた損傷現金が持ち込まれるようになったのです。ガソリンらしき油がこびりついた紙幣や、廃水のようなにおいがする紙幣も入っており、その持ち主は個人の被災者ばかり。ようやく自宅などの整理ができる状況になり、散らばっていたお金を拾い集めてきたのでしょう」

生活資金に充てたいから1円でも多く、1日でも早く損傷現金を引き換えてほしい――そんな切実な願いを窓口に託す被災者が多いと、佐々木さんは言います。

  • 泥まみれの紙幣を確認する作業の写真
    画像A
  • 焼け焦げた紙幣を机の上に並べている作業の写真
    画像B
  • さびた硬貨を貨幣専用のマスに入れ確認する作業の写真
    画像C
  • 水洗いで汚れを落とした紙幣をアイロンで乾かしている作業の写真
    画像D

泥だらけの紙幣(画像A)や焦げた紙幣(画像B)、海水でさびた硬貨(画像C)など、被災地からの損傷現金が次々に日銀に持ち込まれました。ブラシで水洗いし、アイロンなどで乾かした上で引き換え効力の鑑定を行います(画像D)。

損傷現金の引き換えは、残っている面積などに応じて決まります。紙幣は表裏両面があることを条件に、3分の2以上が残っていれば額面のまま引き換えができ、5分の2以上3分の2未満が残っていれば額面の半分の額に引き換えできます。硬貨は、火災などで一部が溶けていても、重さが2分の1を超えていれば額面のままで引き換えできることになっています。日本銀行法施行規則(第八条)などで定められている基準です。

佐々木さんはこう強調します。

「その基準にのっとって1枚ずつ真偽や引き換え効力の鑑定を行うことがわれわれの使命であり、それによって1円でも多く財産を復元し被災者の役に立つことがわれわれの仕事のやりがいです」

損傷した銀行券の引き換え

  • 面積が2/3以上の損傷一万円券の写真。全額として引き換えられます。
  • 面積が2/5以上2/3未満の損傷一万円券の写真。半額として引き換えられます。
  • 面積が2/5未満の損傷一万円券の写真。失効となります。
  • 写真1

    日本銀行の発券局小口出納に持ち込まれた損傷券。現在流通している紙幣だけでなく、五百円券や百円券など古い紙幣も持ち込まれます。

世の中を流通している134億枚の「日本銀行券」

損傷現金の引き換えは、東日本大震災の被災地に限らず、普段から日銀の本店および全国32カ所の支店で行われています。東京・日本橋本石町の本店でも、午前9時から午後3時まで損傷現金の持ち込みを受け付けています。そこで発券局日本橋発券課の職員が行う鑑定なども、前述の仙台支店と同じく手作業によるものです。

このような引き換え業務も含め、日銀はわが国唯一の「発券銀行」として紙幣を世の中に送り出しています。では、それはどのように流通していくのでしょうか。

日銀発券局総務課(取材当時、現在は決済機構局)の徳高康弘さんは「紙幣の正式な名前は、その表面に印刷されているように『日本銀行券』です」と前置きした上で、その銀行券の流通を次のように説明します(図表1を参照)。

「銀行券は用紙製造から印刷まで国立印刷局で行われ、日銀が製造費を支払って引き取っています。日銀の本店・支店には全国の金融機関の当座預金口座があり、金融機関はその口座から銀行券を引き出します。これをわれわれの立場から言うと、日銀から金融機関に対して銀行券が払い出されます。このとき日本銀行券は『発行』されたことになります」

銀行券が「発行」されるとお金として使用できるようになりますが、これには「日本銀行法第四六条により、法貨として強制通用力が付与されています」と徳高さん。

「日銀から金融機関に払い出された銀行券を、今度は個人や企業が金融機関の預金口座から引き出し、買い物や取引に使います。同時に、給料や売り上げを得た個人や企業は、金融機関の預金口座に銀行券を預け入れます。金融機関は、個人や企業から集まった銀行券のうち、当面必要としない分を日銀の当座預金口座に預け入れます。こうして日銀から発行された銀行券が、再び日銀に戻ってくることになります」

金は天下の回り物――ということわざ通り、銀行券は日銀と金融機関と個人・企業の間を回り回って、流通しているわけです。2011年3月末現在、金融機関や一般家庭、企業などに流通している銀行券の残高(これを「市中流通高」と言います)は約81兆円。枚数では約134億枚になるそうです。

この市中流通高は常に同じというわけではありません。世の中でどれだけ銀行券に対する需要があるかによって変動します。例えば、冬季ボーナスと年末年始の資金手当が重なる年末には個人や企業の銀行券需要が高まり、市中流通高は増える傾向にあります。こうした時期的な変動に加えて、地域によっても差異が現れたりします。それらの動きに応じ、日銀は全国にくまなく銀行券が流通するように努力しているのです。

  • 図表1 銀行券流通

    銀行券が世の中を流通するイメージ図。詳細は本文のとおり。

きれいな銀行券を流通させて偽札の発生を予防する

この他にも日銀が銀行券の流通の過程で努力していることがあります。それは「世の中のお金をきれいにする」(徳高さん)ことです。

前述のように、日銀から発行された銀行券は金融機関を経由して戻ってきますが、その際に日銀はあらためて1枚ずつチェックします。

「枚数を確認すると同時に、偽札が混じっていないか、真偽鑑定を行います。また傷みや汚れなどがないかも調べます」(徳高さん)

これを「鑑査」と呼び、日銀の全支店に配備された銀行券自動鑑査機で、ほぼすべての処理を行うそうです。鑑査の結果、問題ない銀行券が再び世の中に送り出される一方で、汚れなどで流通に適さない銀行券は細かく裁断されます(これを「消却」と呼びます)。2010年度の1年間で鑑査された銀行券は約101億枚。そのうち約32億枚が消却されています。

「年によって振れはありますが、大まかに言って、消却した枚数に見合う分だけ新札を世の中に払い出しています」(徳高さん)

鑑査・消却・発行によって、世の中を流通する銀行券はどんどん入れ替わっていきます。その平均寿命は、お釣りの受け渡しなどで使用頻度が高い五千円券や千円券で1~2年、一万円券で4~5年とのこと。「日本の紙幣の美しさは世界トップレベル」と言われますが、このような流通過程における日銀の努力が一役買っているのです。

前述の損傷現金の引き換えも、新しい銀行券を世の中に送り出す日銀の努力と言えます。なぜ日銀は「世の中のお金をきれいにする」ことに力を入れるのでしょうか。

徳高さんはこう話します。

「銀行券を受け取るとき、きれいなものを手にすれば誰しも気分が良くなると思います。さらに重要なのは、偽札との見分けがつきやすくなることです」

日本の銀行券には、さまざまな偽造防止技術が施され、その対策も世界トップレベルと言われます。日本の偽札の発生率は諸外国のそれよりケタ違いに低く、流通銀行券100万枚あたりで、イギリスでは207枚の偽札があるのに対し、日本は0.3枚しかありません(図表2を参照)。

図表2 主要国の偽造券枚数の比較(2009年)
アメリカ イギリス ヨーロッパ カナダ 日本
偽造券枚数
(万枚)
- 56.6 86.0 7.0 0.3
流通銀行券
100万枚当たり
の偽造券枚数
(枚)
100 207 63 38 0.3

銀行券を発行する日銀は、流通の過程で古くなった銀行券を新しいものに交換し、偽札の予防もしているのです。私たちが、日々当たり前のようにきれいな紙幣を安心して使うことができるのは、縁の下の力持ちとして日銀の職員たちがさまざまな仕事をしているからなのですね。

現在も損傷現金の引き換え業務に当たる佐々木さんは、こう話していました。

「銀行券の流通のために、また震災復興の役に立てるように、目の前の仕事を頑張るだけです」

  • パレットに積まれた銀行券が並んでいる写真
    画像E
  • ベルトコンベアーで銀行券が運ばれている様子の写真
    画像F

(画像E)金融機関への払い出しのためにパレットに積み上げられた銀行券。一万円券の場合、1つのパレットで40億円(40万枚)になります。(画像F)埼玉県戸田市にある日銀の発券センターでは、金融機関との間の紙幣の受け払いや鑑査に関する事務処理の大部分が機械化・自動化されています。