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「日銀探訪」第11回:調査統計局経済統計課長 藤田研二

短観は21万社の景況感映す鏡、不断に磨く=調査統計局経済統計課(1)〔日銀探訪〕(2013年3月18日掲載)

調査統計局経済統計課長の写真

日銀が作成・公表している統計の中で最も有名なものが、大手から中小まで約1万1000社の企業に景況感などを聞く全国企業短期経済観測調査(日銀短観)だろう。今回取り上げる調査統計局経済統計課は、日本の景気の現状や先行きを把握する上でも、わが国の金融政策の方向性を探る上でも欠かせない統計の日銀短観を作成している部署だ。

同課の現在の課員数は47人。短観を所管する企業統計、マネーストックや資金循環統計などを作成する金融統計、統計の改善に向けた企画や広報などを手掛ける統計総務の、計3グループから成る。同課が作成する統計は、他部署との共同管理も含めると24に達する。藤田研二課長は「非常に守備範囲が広く、事務遂行力、企画力、調査分析力、対外調整力、語学力など、日銀職員が求められる機能のデパートのような課だ」と説明する。

日銀短観の調査対象の約1万1000社は、全国の資本金2000万円以上の約21万社の景況感や業況を正確に映し出すように、業種や企業規模などに配慮して選び出しているという。四半期の調査ごとに、多いときは数百の企業が合併などで対象から外れるが、補充は欠けた企業と同じ業種や規模の企業を探して行っている。藤田課長は「21万社を映す鏡としての日銀短観がゆがんだり曇ったりしないように、常に磨いている」と話す。

藤田課長へのインタビューを、3回にわたって配信する。

「日銀短観は、1957年に開始された、主に大企業500社余りを対象とした主要企業短期経済観測調査が源流。現在のように、製造業、非製造業の両分野で、大企業、中堅企業、中小企業のそれぞれについて調査するようになったのは1974年からだ。調査では、新聞の見出しを飾る業況判断DI以外にも、雇用の状況、生産設備の過不足、主要な製品・商品やサービスの需給と在庫状況、資金繰りなど、全部で13の事項について尋ねている。同時に、売り上げ、収益、設備投資などの事業計画も伺っている。回答をお願いしている企業の方々にはご負担だと思うが、このようにいろいろな角度から経営動向をお伺いしているからこそ、景況感が変化したときの背景が的確に分かり、長い時系列で見ると景気の波をよくとらえた指標となっている」

「短観調査の回答率は非常に高い。12年12月の業況判断DIの回答率は99%超で、東日本大震災が起きた前後に実施した11年3月調査でも95%を超えた。これは何より、調査対象の企業のご協力のおかげだ。企業の協力で高い回答率が保たれ、統計の信頼度が上がる。そういう統計なら協力しようと考えていただける。こういう良い循環を崩さないためには不断の努力が必要と考えている。具体例としては、11年からオンラインで調査票を受け付けているほか、現在大がかりな見直し作業も進めている。昨年11月に見直し案を公表して、広く一般から意見をいただいた後、この3月に最終的な案を固めた。見直しは14年の前半を目途に実施する。見直し案では、統計の有用性が維持できるぎりぎりのところまで調査項目を削り、協力いただく企業の負担軽減を図る方針を示した。また、企業が持つ中長期の物価見通しについて調査項目を新設することにしている」「情報管理の徹底も図っている。まず、企業の個別情報が外に出ないようにするため、常日ごろから担当部署にはその部署の者以外は入れないようにしているほか、調査票には企業名を記さず、コード番号だけで管理している。さらに、集計結果が公表前に漏れないように、公表当日の朝まで誰も最終結果にアクセスできない仕組みとなっている。公表当日も、管理職を含め複数の関与でシステムを操作して初めて結果が開く形にしており、厳重に管理している。公表前の営業日にしっかり結果が出ているかチェックしたいのが人情だが、それを犠牲にしても情報管理を優先している」

かむほどに味の出る資金循環統計=調査統計局経済統計課(2)〔日銀探訪〕(2013年3月19日掲載)

「2012年9月末の個人金融資産は1510兆円」。しばしば目にするこういったニュースは、日銀が四半期ごとに発表している資金循環統計が基になっている。この統計は日本の金融取引を包括的に記録したもので、国民経済計算(SNA)の基礎資料としても使われる。もっとも、数字ばかりの表が50ページにも及ぶこともあり、一般にはあまり親しみを持たれている統計とは言えない。

しかしこの統計を見れば、例えば政府が発行した膨大な国債の多くは金融機関が保有しており、その購入資金の出所は家計の預金であることが一目瞭然となる。それ以外にも、企業や家計の借金の増減ぶりなど経済のさまざまな側面を読み取ることのできる、いわばかめばかむほど味の出る統計だ。同統計の作成部署である調査統計局経済統計課の藤田研二課長は「一般の人々にも活用しやすくなるように、公表時の見せ方なども工夫していきたい」と話す。資金循環統計の特徴や、読み方のこつなどについて話を聞いた。

「資金循環統計は、縦横の格子状のつくりで、縦方向には現預金、貸し出し、債券、株式など51区分の金融取引の項目が、横方向には金融機関、企業、政府、家計、海外など43区分の取引主体が並んでいる。例えば、個人が働いて企業から給料をもらうと、企業の預金が減って家計の預金が増える。その金で車を購入すれば、家計の預金が減って企業の預金が増える。個人が預金を取り崩して株式投資を行えば、家計の預金が減って株式保有が増える、といった具合だ。この取引項目51、取引主体43という区分は、欧米に比べても詳細なものとなっている」

「金融資産と負債の価値を基本的に時価でとらえているのも、資金循環統計の大きな特徴。これにより、経済主体間の金融取引を時価ベースで比較できる。ただ、数字の変動が含み益や含み損などによるのか、実際に取引が行われたのか、区別がしづらいため、資金の動きを表したフロー表と、価値変動を表した調整表という形で、区分けして示している」

「資金循環統計は、米連邦準備制度理事会(FRB)が1950年代に作成を開始したもので、わが国でもこれに倣って54年分から作成を開始した。60年代後半になって国民経済計算を構成する一つの要素として資金循環統計を使うことで国際的に合意がなされ、国際標準のマニュアルが整備されていった。その結果として、主要国ではだいたい同一の基準で同水準の統計がつくられるようになり、国際比較が非常にしやすくなった」

「資金循環統計は、公表された資料や金融機関からの報告などを二次的に利用して作成する。包括的な統計なので、数字が取りにくい項目もゼロや非回答にはできない。金融機関のバランスシート(貸借対照表)にある数字や、政府部門の負債などはあまり加工せずに利用できるが、非金融部門の数字の中には基礎資料が見当たらないものもある。その場合、周辺資料からできるだけ推計していく。しばしば注目を集める家計の金融資産残高はその一例だ。このうちの預金は、金融機関側の統計で主体別の預金残高が分かるため、家計の保有割合をある程度把握できる。一方で、数十兆円という単位で流通している現金について、家計と企業の割合がどうなっているかは調査しづらい。現在行っている方法は、流動性預金と現金の性質が似ていることを利用して、預金統計で分かる流動性預金の家計と法人の比率を現金総額に当てはめ、それぞれの保有残高を推計するというものだ。このように、個別の項目について合理的な仮定を置いて推計しながら、全体として格子が閉じるように作成する複雑な作業となっている。担当者として一人前になるには3年から5年かかると言われている」「あまり注目されないが、企業についてもおもしろい傾向が読み取れる。例えば最近では、企業の金融資産の保有額が増えている。リーマン・ショック以降、手元現金を厚めに持っていた方がいいという判断があるためだろう。ただ、この金融資産をさらに細かく見ていくと、対外直接投資や対外証券投資が伸びてきており、海外での企業の合併・買収(M&A)や海外直接投資といった前向きな目的に使われていることが分かる。いろいろな切り口で読める統計だということを宣伝していきたい」

統計の国際議論先取り、日本で先行実施=調査統計局経済統計課(3)〔日銀探訪〕(2013年3月21日掲載)

リーマン・ショックとその後の世界的な金融不安を踏まえ、主要国の間では、主な統計を国際比較可能な形で整備していこうという動きが強まっている。国ごとに公表される統計がばらばらだったり基準が異なったりして、比較しづらかったことが、危機の実態の把握を遅らせる一因になったとの反省があるためだ。

主要国は2000年代後半に、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議や国際通貨基金(IMF)などの国際会議の場で、各国の統計をより比較しやすくする枠組みが必要との認識で一致。これを受け、日銀も政府と協力しながら、枠組みを検討する作業に積極的に参加している。調査統計局経済統計課の藤田研二課長は「こういった状況を黒船来航のようにとらえて受け身の対応をしていてはだめだ」と指摘。むしろ、国際的な議論を先取りして日本が一足先に実施していくくらいの姿勢が重要と強調する。

「国際的な議論の場で、主要国がより幅広い統計を比較可能性が高い形で整備していくことが重要との問題意識が共有されてきた。経済統計課は、金融機構局や国際局などの行内各部署や政府と協力しつつ、実務面での対応を進めている」

「国際議論をてこにして、日銀としてどのような統計を整備していくべきかも考えている。例えば、債券残高が発行体別、保有者別に一覧できる統計を整備すべきだとの国際的な提言がなされた。これは整備する意味のある統計なので、日銀は他国の中央銀行に先駆けて、2011年9月に資金循環統計の中で開示を始めた。また、金融機関の貸し出しや保有債券について、残存期間別の統計の開示が提言されているので、区分は1年未満か1年以上かという程度になりそうだが、できるだけ早期に公表を始めたいと考えている」

「また当課では、統計の広報にも力を入れている。まず統計の詳報は、年次発行の日本銀行統計、月刊の金融経済統計月報で見ることができる。また、日銀のホームページ上で時系列データを提供しており、日銀が公表しているほぼすべての統計データを長期時系列でダウンロードできる。データベースには、16万系列ものデータが格納されている。このサイトには簡単にグラフなどを書ける機能を付加しており、かなり使い勝手が良くなっている」「課を運営していく上で心掛けていることは二つある。一つ目は、統計を正確に作成・公表して広報していくのが最重要の仕事だと常に意識すること。正確な統計を提供している集団だという信頼を積み上げることが課の資産になっていくし、それによって企業や金融機関を含め、周囲の協力も得やすくなる。統計の作成事務以外の仕事もいろいろあるので、そちらにも人的資源を割きたいという誘惑があるが、定例事務にしわ寄せはしないようにしている。もう一点は、統計作成の協力者や利用者のことを常に考え、その人たちの立場で物事を考える姿勢が大事ということだ。統計の利用者、基礎資料や調査票を提供してくれている方々、類似統計をつくっている海外の同業者、学識経験者などの立場に立ってみた場合、われわれの仕事がどう見えているかは常に意識する必要がある。それによって、統計のどこを見直していったらいいか、どんな統計を公表し、どう広報していったらいいかといったことについて、アイデアが生まれやすくなると思う」

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