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「日銀探訪」第12回:決済機構局決済システム課長 中尾根康宏

地道な改革、金融危機時に効果発揮=決済機構局決済システム課(1)〔日銀探訪〕(2013年5月29日掲載)

決済機構局決済システム課長の写真

経済が拡大し、物やサービスの売買に伴う決済額が巨額に達している現在、売買1件ごとに現金を動かしていると、大変手間がかかり非効率だ。現在、簡単な手続きで安全に多額の決済ができるのは、決済システムが発達してきたおかげと言える。今回以降、安全で効率的な決済システムの構築や、自然災害などの緊急時にも日銀の業務が滞らないための対策立案を主業務としている決済機構局を取り上げる。

同局は2005年の設置で、決済システム課と業務継続企画課の2課で構成されている。職員数は35人。日銀の中で最も新しく、最も職員数の少ない局だ。

このうち決済システム課は人員数が27人で、決済システムに関する基本的な考え方や方針の企画・立案を行っている。同課の中尾根康宏課長は、同システムは水道や電気、ガスなどと同じく、日々の生活に欠かせないインフラの一つで、どのような状況下でも動かし続けていくことが重要と強調。状況に応じて改革を進めてきたことが「リーマン・ショック後に日本の金融市場が極端に萎縮しなかった理由の一つ」と話す。中尾根課長のインタビューを3回にわたり配信する。

「決済というと聞き慣れない方も多いと思うが、行為としてはかなり身近なものだ。物やサービスの売買契約によって発生した債権・債務を、実際にお金を支払い、物やサービスをやりとりすることで解消する行為を決済と呼ぶ。特に金融機関同士の取引は、件数も多く金額も大きいので、一定のルールの下で多くの決済を処理する統一的な仕組みをつくっている場合が多い。こうした仕組みを決済システムと言う。日銀は金融機関に当座預金と呼ぶ預金口座を提供していて、金融機関同士はこの当座預金間で資金をやりとりして決済している。日銀は、1882年の開業と同時に当座預金取引を開始した」

「ITの発達に伴い、金融機関の取引量や取引金額は飛躍的に増大している。金融機関同士のシステムが接続しているため、決済のトラブルが伝わりやすくなっていて、大きなトラブルが発生すればわが国の経済にもかなりのダメージが起こり得る状況となっている」

「決済リスクとしては、お金を払ったのに買った物を受け取れない事態が考えられる。このリスクは、物とお金を同時に受け渡すことで削減できるが、これを専門用語でDVP(デリバリー・バーサス・ペイメント)と呼ぶ。DVPは、金融機関の間では証券とお金の同時決済という意味で使われる。たとえば国債とお金を同時に受け渡すようにすれば、一方の金融機関が取引直後に破綻してもリスクを回避できる。これにより、金融市場の状況が悪くても安心して取引できる」

「売買契約してからDVPを行うまでの間に、相手が破綻することもあり得る。お金を渡す前なので、物が受け取れなくても被害は小さいように感じられるかもしれないが、たとえば受け取った国債を担保に使う予定だった場合、別の先から調達しなければならなくなる。調達できない場合は、さらにその先の金融機関にリスクが伝染する恐れがあるし、調達できても割高になって損失が発生する可能性もある。金融機関がこれを嫌えば、しばらく取引を控えることになりかねない。こういったリスクへの備えとして、契約からDVP決済までにかかる日数を短縮する努力が続けられている。国債決済は96年に、それまでの五・十日決済から、約定から一定期間後に決済する方式に移行した。当初は約定日から7営業日後に決済するTプラス7だったが、この期間はどんどん短くなり、昨年は2営業日後に決済するTプラス2を達成した。市場関係者は、17年以降の速やかな実現を目標にさらにもう1日の短縮を目指している」

「金融機関同士の資金決済では、システムが指図を受け付けるごとに決済処理を行うRTGS(即時グロス決済)への移行を実現した。夕刻に取引を全部足し上げて差額のみを決済する従来の時点ネット決済方式は、銀行1行が決済できなくなると全部の決済をやり直さなければならないという影響の大きいリスクを抱えていたためだ。さらに、外国為替決済のリスクを削減するCLS(コンティニュアス・リンクト・セツルメント)という仕組みも導入した。主要国の主要銀行の決済システムが同時に稼働している時間帯をつくり、その時間帯にたとえば円とドルの取引を同時決済する仕組みだ。これによって、円を支払った状態で相手方の米金融機関が破綻したが、まだ米市場が始まっていないためドルを受け取ることができない、というようなリスクを遮断できるようになった」「金融機関が破綻したときに、決済がらみで他社に損失が生じないようにしておけば、市場で不安が高まったときにも、取引は萎縮せずに済む。リーマン・ショックや欧州の金融危機の後でも、日本市場があまり萎縮しなかったのは、こういった地道な取り組みによるところが大きいと考えている」

リーマン後進んだデリバティブ市場改革=決済機構局決済システム課(2)〔日銀探訪〕(2013年5月30日掲載)

市場の拡大や国際化の進展に伴い、金融機関同士の取引は複雑化し、決済額も増加の一途をたどっている。決済に関するリスクがどこに生まれつつあるのか、常に目を光らせて点検を続けるのが決済システム課の重要な仕事だ。

決済システムの見直しは、国際的な議論に基づいて実施するケースが多くなっているようだ。最近では、リーマン・ショック後に発生した米デリバティブ市場でのトラブルが大きなきっかけとなった。決済システム課の中尾根康宏課長は「リーマン・ショック以降、決済をめぐる国際基準の作成・強化が精力的に進められてきた」と話す。同課の職員も、国際決済銀行(BIS)の委員会の下部会合などに出席し、基準づくりに積極的に関わってきたという。

「2008年のリーマン・ショック直後、米店頭デリバティブ市場では金融機関が相互不信状態に陥り、取引がほぼ止まってしまう事態となった。このようなことが起こった理由の一つとしては、店頭デリバティブがテーラーメード商品で中身が不透明なため、取引者は相手方がどの程度のポジションやリスクを抱えているかが分からず、互いに疑心暗鬼に陥ったことが挙げられる。また、監督当局も実態の把握が難しかったことから、速やかな対応が取れなかった。このケースは、新しい市場ができたときにそれに見合ったリスク削減策が整備されないと、トラブル発生時に重大な結果を招いてしまうということを如実に示した。日本であまり影響が出なかったのは、店頭デリバティブ市場の規模が米国ほどではなかったことが大きかった」

「各国間で対応が必要だとの共通認識が広がり、20カ国・地域(G20)による国際会議で店頭デリバティブ市場改革が打ち出された。その改革の柱は、標準化されていない店頭デリバティブ取引には重い自己資本賦課をかけ、標準化された店頭デリバティブ取引の決済は清算機関に集中させるというものだ。店頭デリバティブの標準化を促しながら、決済の清算機関への一元化を進めることで、取引の透明化を図ったり、リスク管理をしやすくしたりする狙いがある。G20での合意に沿って作業が進み、日本では清算機関が設立され、そこへの取引集中も始まった。欧米各国も、段階的にその方向に動いている」「決済の国際的な基準づくりは、BISの委員会の下に設けられた下部会合などで議論が行われてきた。そこでは、店頭デリバティブの決済が集中する清算機関の基準作成が議題となったが、さらに金融機関間の資金決済システムや債券登録機関、証券関連の決済システムなどもこのままでいいのかという認識が広がり、基準を全体的に強化しようということになった。昨年4月に新しい基準が公表され、各国ともその基準を国内のルールに導入する手続きを進めている。日銀は、民間決済システムの制度設計やリスク管理体制、運用状況などをモニタリングし、必要に応じて改善を働き掛ける『オーバーサイト』を実施しているが、この基準を4月から新しい国際基準に合わせた」

新日銀ネット活用でビジネスチャンスも=決済機構局決済システム課(3)〔日銀探訪〕(2013年5月31日掲載)

日銀と金融機関を結ぶ基幹決済システムである日銀ネットでは、1日平均で100兆円の資金と80兆円の日本国債の決済が行われている。この日銀ネットを、新しいシステムにつくりかえる作業が進んでいる。現行システムは、1988年の導入時のものを基本的にそのまま使い続けており、柔軟性の低下が目立ち始めているためだ。決済システム課の中尾根康宏課長は、「新日銀ネット」はシステム的に24時間近く稼働できるよう構築を進めているとした上で「利用者の工夫次第では、新規ビジネス開拓やリスク削減強化などにつながる」と説明する。新システムは2015年度の全面稼働を目指している。

「日銀は現在、日銀ネットのインフラ面での全面的な見直しを進めている。日銀ネットは現行システムの稼働以来、システム構造はほとんど変更していない。その間にIT技術は飛躍的に進歩したので、最新の技術を採用する形で、より柔軟性に富み、安定して、利便性も高いシステムを目指して構築を進めている。今回の更改で、システム的にこれまでできなかったことがいろいろ可能になると期待している。日銀オペや国債入札など一部のシステムは14年1月に稼働するが、資金決済や国債決済などを含めた全面的な稼働は15年度を予定している」

「柔軟性や利便性が高まる一つの例を挙げると、新日銀ネットではシステムの稼働可能時間が飛躍的に延びる。現在の日銀ネットの稼働時間は午前9時から午後7時までの10時間というのが基本だが、新システムでは24時間近くまで対応可能なシステム設計としている。稼働時間が延長されれば、日銀側でもより柔軟な対応が可能になるし、取引先金融機関側の創意工夫次第で、新たなビジネス開拓や、リスクの一層の削減など、いろいろな観点で活用の幅が広がり得ると思う。ただ実際にどの程度の時間稼働させるかは、取引先金融機関の意見も聞きながら検討を進めているところである」

「稼働時間が延長された場合に具体的にどういうことが考えられるかというと、日銀ネットは現在は午後7時に閉まるので、金融機関は顧客からの決済の受け付けをそれよりも早い午後1時や3時などに締め切っている。したがって、顧客はそれ以降に商品を売却すると、翌日の決済受け付けが始まるまで、代金が受け取れない状況にある。しかし新日銀ネットの稼働時間が延びれば、この決済リスクを減らすことができる。また、現在は国境をまたいだ証券と代金の同時決済(DVP決済)はほとんど行われていないが、例えば稼働時間延長で欧米の時間帯でDVP決済が可能になれば、取引が増加するかもしれない。さらに、海外の主要中銀には日本国債を適格担保としているところもあるので、日銀ネットを通じて、日本国債を担保にこれらの中銀から外貨を調達することも容易になるかもしれない」

「当課は、決済の現状、リスクがどこに生まれているか、どう対応すべきかなどについて常時調査活動を行っており、それを取りまとめ、リポートや広く意見を募るディスカッションペーパーの形で公表している。特に1~2年に1度、『決済システムリポート』というまとまったものを出しているが、店頭デリバティブをめぐる新国際基準が昨年公表されたことを踏まえ、近く新しいものを出そうと準備している」

「当課の仕事では、アンテナを高くしてリスクの所在をいち早くキャッチすることが重要だが、さらに対応の必要性を関係者に納得してもらわなければならない。先見性や分析力、説得力、粘り強さなど、いろいろなスキルが求められる部署だ。課を運営していく上では、課員相互に協力しながら、明るく、良い雰囲気で仕事ができるように目配りしている」次回は、6月中旬をめどに決済機構局業務継続企画課を取り上げる。

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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