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「日銀探訪」第13回:決済機構局業務継続企画課長 竜田博之

本店機能不全でも業務は止めず=決済機構局業務継続企画課(1)〔日銀探訪〕(2013年6月17日掲載)

決済機構局業務継続企画課長の写真

企業にとって、自然災害やテロ、感染症といったリスクにどうやって備えていくかは、経営上の重要課題の一つになっている。日銀は、電気や水道、ガスなどと同様、日々の生活や経済活動にとって不可欠なインフラである決済システムの安全性と効率性の維持に責任を負う立場だけに、被災時においても業務が継続できるような準備が、法律上も求められている。日銀内でさまざまなリスクに備えた体制づくりを進めているのが、決済機構局業務継続企画課だ。

同課の職員数は、課長を含めて6人。業務継続計画(BCP)の企画・立案が主業務で、災害などが発生した場合には、日銀の災害対策本部の事務局としての役割も果たす。竜田博之課長は、日銀のBCPの考え方について「リスクが現実化したときに日銀の建物や役職員などの経営資源にどれだけ影響が出るかに着目して、業務継続のための対策を講じている」と説明する。竜田課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「日銀は、物価と金融システムの安定という使命を果たすため、日々業務に取り組んでいる。仮に災害で業務が中断すると、最悪の場合、多くの企業や個人が当てにしていた資金を手に入れることができなくなり、金融システム、ひいては国民経済全体に大きな影響が生じる問題になりかねない。このため、災害対策基本法や大規模地震対策特別措置法、武力攻撃事態対処法、新型インフルエンザ等対策特別措置法など六つの法律で指定公共機関に位置付けられており、災害時の業務継続や防災への寄与が求められている。また、首都直下地震への備えでも、国のマスタープランである首都直下地震対策大綱で経済中枢機関という位置付けになっていて、被災後3日間は自立的に対応することが求められているほか、災害時には当日中の決済機能復旧が要請されている」

「日銀が想定している潜在的脅威は、地震、台風などの自然災害、テロ、サイバー攻撃などの人的災害、停電、コンピュータートラブルなどの技術的災害、感染症などだ。その上で、災害ごとに対策を考えるのではなく、災害が起きたときに日銀の経営資源にどれだけダメージがあるかに着目して、四つのケースを想定した。日銀の重要な経営資源は、建物、設備、システムといった『物』と、役職員という『人』の二つに分けられる」

「四つのケースのうちの最初のものは、基幹決済システムである日銀ネットの心臓部ともいえる東京・府中の電算センターが被害を受けた場合。対策としては、大阪にバックアップ機能を持たせている。第二に、本店が機能できなくなった場合。これに対しては、代替業務拠点を近くに設け、そこで業務を継続できるようにしている。第三に、本店と府中の電算センターが機能不全となり、かつ東京—大阪間の通信も途絶したケース。この場合は、大阪支店が全国の支店・事務所に指示を出すほか、通常は本店で行っている重要業務の処理も肩代わりする。最後は、役職員が出勤できなくなったケースだ。これに対する備えとしては、一部職員に業務継続要員として本店の近くに居住、または宿泊させるようにしている。業務継続体制の整備にはコストがかかるため、中期的な経営計画の中で一歩一歩取り組んでいる」「大震災などの危機時に設置される災害対策本部は、総裁が本部長で、業務継続企画課が事務局になる。災害時に重要になることとして、日銀内外との情報のやりとりが挙げられる。携帯型と常設型の衛星電話を保有しているほか、政府から無線の貸与を受け、金融庁、財務省、内閣府などとの連絡手段を確保している。テレビを通じて首相と直接対話ができるシステムも備えている。また、なるべくいろいろな手段で情報発信が可能となるよう、ホームページやツイッターを準備するなど、徐々に見直しを進めている」

さまざまな危機想定し日頃から訓練=決済機構局業務継続企画課(2)〔日銀探訪〕(2013年6月18日掲載)

災害やテロなどの危機への備えが机上の計画にとどまっていては、いざというときの実効性に疑問符が付く。危機がいつ発生するか事前に把握するのは難しいだけに、関係者が緊張感を持続できるかどうかも重要なポイントだ。日銀決済機構局の竜田博之業務継続企画課長は、定期的に訓練を実施することで「危機対応にかかる時間を大幅に圧縮できる」と指摘。官民や業界の垣根を越え、国レベルでさまざまな関係者が参加する大がかりな訓練を行う必要があると強調する。

「危機時の業務継続計画(BCP)実行は、器があっても魂を込めないと意味がなくなる。日ごろの訓練や、中央銀行員としての意識の啓発がとても大事だ。例えば、本店と東京・府中の電算センターが同時に被災した場合を想定し、大阪のバックアップセンターにコンピューターを切り替え、金融機関のシステムをそちらに接続し直して、決済システムである日銀ネットの運行を再開するという訓練をしている。これはおおよそ年1回、民間金融機関にも参加していただいて実施している」

「日銀単独の訓練としては、本店が火災などで使えなくなったときに、役職員が代替業務拠点に移動し、そちらで業務を再開するといったこともやっている。さらに、東京—大阪間の通信が途絶したときに、大阪支店に肩代わりしてもらう業務があるが、これは同支店を中心に訓練している。そのほか、本店内で災害対策本部を立ち上げる訓練も、しばしば行っている。事務局である当課の職員が、情報を収集して必要な部署にそれを伝えるための体制を構築するというのが主な内容だ」

「業務継続要員には、年に最低一度は、家から日銀まで、交通機関が止まったときに実際に通るであろう道を歩いて通勤してもらっている。また、過去十数年間に各支店で実施してきた訓練を一覧表にまとめてある。支店では、その一覧表から選んだり、新しいものを考案したりして、それぞれ訓練を行っている。新しい訓練を実施したら報告してもらい、一覧表に加えていく」

「日銀は昨年、9月を職員の意識向上に努めるBCP月間とすることを決めた。イントラネットにBCPに関する特設サイトを設け、その中で防災などへの理解度を試すテストを受けられるようにした。また、関係局長たちによる座談会も掲載。親しみを持って読んでもらえるように工夫している。それ以外にも、行内での本支店職員向け研修が年30回程度あるが、その全ての回で私から直接、BCPの重要性について体系的に話をしている」

「民間金融機関や市場、政府と足並みをそろえた体制整備や、日ごろからの連絡体制の構築が必要だ。日銀は、考査などを通じて金融機関のBCP体制を確認し、整備を促している。短期金融、外為、証券の3市場はそれぞれ、関係者だけが閲覧できるBCPのウェブサイトを持っていて、災害時にはこれを使って決済システムの状況を知らせるなど連絡を取り合う。ただ、個々の企業レベルでの取り組みには限界もあり、業界をまたいだ国レベルでの情報連絡手段の整備が急務となっている」「訓練は、民間金融機関や金融庁と共同で実施することもある。もっとも諸外国では、政府や金融機関以外の民間企業なども広く参加する業界横断的な『ストリートワイド訓練』が行われている。欧州では、訓練実施中にシナリオを臨機応変に変えていくといった試みもなされている。より多くの人々が参加することで、いざというときの『想定外』を減らすことが期待できるので、日本でも国を挙げた取り組みが必要だ」

首都直下地震や新型インフルにも備え=決済機構局業務継続企画課(3)〔日銀探訪〕(2013年6月19日掲載)

日銀は、2011年3月11日の東日本大震災発生時から43分後に「(わが国の主要な決済システムである)日銀ネットは通常通り稼働している」などとするコメントを公表した。これにより、内外の金融・資本市場に安心感が広がり、その後の取引でも大きな混乱は発生しなかった。決済機構局業務継続企画課の竜田博之課長は「災害時には初動が大切だと認識して日頃から準備や訓練をしてきた成果が表れた」と説明する。

今後発生する可能性が指摘される南海トラフ巨大地震や首都直下地震、新型インフルエンザ流行などに対しては、東日本大震災で得た教訓を踏まえつつ、より深刻な事態を想定して対策を構築中という。

「東日本大震災が午後2時46分に発生したのを受け、日銀は災害対策本部を午後3時に立ち上げた。われわれが災害発生時にまずしなければいけないのは、日銀がどのような状況にあり、被災した金融機関や市場にどのように対応していく用意があるかについて、メッセージを出すことだ。情報収集を急ぎ、同3時29分にはホームページに『日銀の本支店に大きな被害はなく、日銀ネットは通常通り稼働している。金融市場の安定と資金決済の円滑化確保のため、流動性供給を含め、万全を期していく』という内容の第一報を出した。迅速に対応できたのは、日頃からの訓練があったからだ」

「次にすべきことは、銀行や証券などに対して、被災者に金融上の特別措置を講ずるよう求めることだった。これは、預金証書や通帳を紛失した預金者について、本人と確認できれば払い戻しに応じることを求めるものだ。被災地の財務事務所長と日銀支店長が連名で求めるのが通例だが、今回は被災規模が大きかったこともあって、金融担当相と日銀総裁の連名で、震災発生の当日中に発表した」

「今回は日銀本店の機能は損なわれなかったが、阪神大震災に比べて被災地域が大変広かった。地震の後に津波が来て、原発事故が続き、停電も発生するという複合型災害でもあった。事前の予想が難しかったことの例としては、計画停電への対応があった。また、民間金融機関から、地震と津波で倒壊、損傷した店舗の事務をどうしたらいいかなどという相談を多く受け、支店だけでは対応が難しかったため、本店が支援するなどの対策も講じた」

「今後想定されるリスクの一つに首都直下地震があるが、政府は予想される被害の見直しを進めている最中で、従来のものより拡大すると言われている。交通機関が1カ月程度止まったり、計画停電が行われたりする事態まで想定して、対策を考える必要がある。南海トラフは、本店の備えに加え、対象地域の各支店で職員の安全を確保した上で業務をどうやって継続していくかについて、改めてチェックしないといけない。自治体や地域の対策協議会などの枠組みも活用しつつ、地元と一緒に対策を検討していく。新型インフルエンザは、法律に基づいて日銀としての業務計画を今年度内にも策定しないといけない。09年の新型流行時に検討を行っているので、それを出発点として考えることになると思う。職員の安全を最大限確保しながらどこまで業務を継続するかがポイントだ」「業務継続企画課は小さい課なので、何かを企画したり、災害対策本部の事務局を務めたりするときには、行内外の関係者との連携が不可欠。そこで、日頃から関係者との連携体制を意識して仕事をしている。また課員は、いつ災害などが発生するか分からないという極めて高い緊張感の中で日々仕事をしているので、体調管理にも留意してもらっている」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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