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「日銀探訪」第14回:金融研究所経済ファイナンス研究課長 大谷聡

政策支える根、多様な分野カバー=金研・経済ファイナンス研究課(1)〔日銀探訪〕(2013年8月5日掲載)

金融研究所経済ファイナンス研究課長の写真

日銀のシンクタンクである金融研究所(金研)には、博士号を持つ職員が数多く在籍し、研究所が独自に開設しているホームページには、経済学や金融に関する難しい論文が並ぶ。基礎研究中心で学究的イメージが強く、日銀職員からさえ遠い存在とされる研究所だが、研究結果は金融政策や金融システム安定化策などに反映されることも多く、内外の研究者からの注目度も高いという。

研究所には、経済ファイナンス研究課、制度基盤研究課、歴史研究課の3課があり、現在の人員数は88人。このうち70人が日銀の生え抜き職員だ。それ以外に臨時職員として、学者、弁護士、会計士、学芸員、古文書の整理や管理を行うアーキビストなどを広く外部から受け入れている。研究に携わっているのは半数以下の40人程度で、それ以外の職員は貨幣博物館の運営や、日銀が作成した歴史的価値のある古文書の整理や公開、広報作業などの実務に当たっている。

経済ファイナンス研究課の大谷聡課長は「基礎研究は地味だが非常に重要で、海外の中央銀行もどこも力を入れている」と強調。その上で、日銀金融研究所の特徴として、経済学や金融理論に加え、法律や会計、歴史、情報技術なども研究していることを挙げる。経済や金融も、法律や会計など異なった視点を取り入れることで新たに見えてくる問題があり、多様な分野をカバーしていることが、日銀の強みになっているという。

大谷課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「金融研究所は、1982年に日銀創立100周年記念事業の一環で創設された。設立当時に総裁だった前川春雄氏は『基礎的研究は、樹木に例えれば根に相当し、一見地味であっても非常に重要』とした上で、研究所には『長い目で役立つ基礎的研究』を期待すると述べている。日銀の通常業務からは一歩離れて客観的に研究ができるので、いわば日銀の良心として活動しているとも言える。海外の中央銀行も、基礎研究にはかなり力を入れている」

「日銀では調査統計局も調査・研究を行っているが、景気判断と統計作成が主業務なので、その役に立つものが中心。一方、研究所はより広範に基礎研究を手掛けている。ただ基礎研究といっても、将来的に何らかの形で日銀の政策の役に立つ可能性がなければいけないと思う。例を挙げると、研究所で行ったバブルに関する研究が、当面の景気・物価見通しと長期的に起こり得るさまざまなリスクの『二つの柱』を勘案して金融政策を判断するという、現在の日銀の基本的な考え方に結び付いた」「海外の中銀も、経済学や金融理論に関する研究は手掛けているが、同一部署で法律、会計、歴史、情報技術などの研究もしているところはない。しかし、法律をつくったり、会計制度が変わったりする際に、経済主体がどう行動するかを考えなければならないことがある。こういった学際的な分野は拡大しており、日銀金融研究所がいろいろな分野をカバーしていることのメリットは高まっている」

専門的でも月1万件のアクセス=金研・経済ファイナンス研究課(2)〔日銀探訪〕(2013年8月6日掲載)

経済学や金融に関する研究は、リーマン・ショックや欧米金融危機を経て、世界的に大きく変わった。それ以前とは異なり、大手の銀行や証券の破綻とその影響の甚大さを勘案せざるを得なくなったためだ。ただ日本は、1990年代後半から2000年代前半にかけて既に金融危機を経験。日銀は当時から金融システム不安が経済に与える影響について研究してきた。金融研究所経済ファイナンス研究課の大谷聡課長は、かつては日本の特殊事情と見なされていたこれらの研究も「現在は見直しが進み、海外の研究者に引用されるケースが増えた」と話す。

同課の研究者は年に20本程度の論文を公表。中には、金融派生商品(デリバティブ)の価格をめぐる研究など、専門的で数式が並ぶものも多い。それでも、月1万件くらいと多数のアクセスが続いている人気論文もあるという。

「経済ファイナンス研究課は、経済研究、ファイナンス研究、総務企画の三つのグループで構成される。人数は29人で、このうちの7人が外部から採用した任期付きの職員だ」

「経済学や金融の研究は、欧米の金融危機を契機に風景が一変した。例えば、マクロ経済学の枠組みでは、経済は時間の変化とともに緩やかに変わっていくという考え方が基本だった。しかし金融危機の際には、通常の状態から非常に悪い状態に突然ジャンプするという、従来のマクロ経済学では分析しにくいことが起こった。現在は、こういった急激な変化を分析する枠組みをどう構築するかといった研究がなされている。金融の世界でも、以前は金融機関は破綻しないという前提に立ち、デリバティブの価格付けを行っていた。しかし今は、金融機関が破綻する可能性を踏まえて価格を考えるようになった。日銀の研究者も、こうした新しい枠組みや手法を取り入れた研究を行っている。昨年1年間に当課が公表した論文の数は、日本語と英語を合わせて23本に上った」

「日銀は、欧米に先駆けて90年代に金融危機を経験し、金融危機を踏まえた研究を行ってきた。例えば、金融不安の中で業績が悪くなった企業に追い貸しすると、構造改革が進まず、潜在成長率も落ちるというような分析をしてきた。しかし当時の海外の反応は『日本だから起きることだ』というものだった。ところが現在、当時の日銀の研究が海外の研究者にかなり引用されるようになった。基礎研究は、当初は自分たちだけの問題だと考えて分析していたことが、時間がたつと世界から評価される場合もある」

「研究者は論文を書くに当たり、テーマを選んだ理由や、先行的な研究との違い、予想される結果などをまとめたリサーチプロポーザル(研究計画書)という説明資料を作成する。これは論文の出来栄えに直結する最も重要なもので、研究者は上司と活発に議論をしながら仕上げていく。経済学や金融理論は日進月歩なので、上司の知識が留学帰りの若手研究者に及ばないこともある。しかし、上司は日銀のさまざまな部署を経験してきた知見や経験を使い、その研究が長い目で見て日銀の政策運営や業務運営に役に立つかどうかをチェックする。また、幅広い知識があるので、どうすればより明快に分析できるかなどの助言もできる」「研究者はリサーチプロポーザルを基に分析を進め、行内や外部の有識者のコメントも踏まえた上で論文を完成させる。論文はホームページに掲載したり、学術研究ジャーナルに発表したりする。出来栄えによってその研究者の評価が決まってしまうから、やりがいはあるが、プレッシャーも大きいと思う」

オープンな組織、著名学者も在籍=金研・経済ファイナンス研究課(3)〔日銀探訪〕(2013年8月7日掲載)

研究所というと、外部の人間にとっては近づきにくい、閉鎖的な印象がある。しかし日銀金融研究所は、研究者の一部を公募などによって外部から招いている。現在、その数は20人程度で、研究所の全職員数の2割強に達する。また、内外の学者に定期的に研究所にきてもらい、アドバイスを受けたり、研究に参加してもらったりしているという。経済ファイナンス研究課の大谷聡課長は「外に対して開かれた組織で、著名な学者と議論しながら一緒に研究を進めることができる」と特徴を説明する。

一方、日銀生え抜き組には研究所一筋という職員はおらず、通常の人事異動の中で研究所も経験する形を取っている。他のさまざまな部署を経験させることで視野を広げ、日銀の政策に役立つ研究を考えやすくさせる狙いだ。

「金融研究所で働いている職員のうちのかなりの数が、外部からの雇用者だ。私の近くにも学者の方が座っていて、いろいろ意見交換をしている。採用は原則公募で行っている。海外の人を採用する方法としては、例えば毎年1月初旬に米国で開かれるアメリカ経済学会の大会が、博士号取得予定者の就職活動の場にもなっているので、そういう場で日銀も面接を行っている」

「学界との交流も盛んで、何人かの大学の研究者の方に週1回程度日銀にきてもらい、研究活動などについてアドバイスを受けている。さらに内外の学者数人を、夏休みなどの際に客員研究員として招き、研究のアドバイスを受けたり、共同研究を行ったりしている。内外の学者や中央銀行関係者などが参加する国際的な研究会も定期的に行っているし、外部の研究者を呼んでセミナーなども開催している。外に対して非常に開かれた組織だと思う」

「内外の学界から、日銀の金融政策などに対して批判が強まることもある。その場合、日銀の立場を説明し、誤解があればそれを解くよう努力する一方で、批判を日銀内部に伝える。日銀と学界とのコミュニケーションの大部分は、金融研究所が担っている」

「研究所の研究員になるには、経済学などの素養がある程度ないと難しい。ただ、生え抜きの職員は、人事のローテーションの中で研究所にやってくる。われわれは日銀のエコノミストを育てているのであり、学者を育てているわけではないので、他の部署をいろいろ経験するのは良いことだと思う。金融政策の立案にかかわったり、金融システムのモニタリングをしたりした経験は、研究のテーマを考える上で非常に役に立つ。現場を知っていれば、現実離れしたモデルを考えることもないだろう。他方で、理論的・実証的な研究をした経験が、現業部門での実務に役立つこともあり得る」

「研究は、雑談を含めて多くの人と議論をしていく中で良いアイデアが出てくるものだ。そこで課の運営に当たっては、できる限り自由闊達(かったつ)な雰囲気になるような職場づくりを心がけている」次回は、8月下旬をめどに金融研究所制度基盤研究課を取り上げる。

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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