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【寄稿文】グローバル・インバランスと経常収支不均衡

フランス銀行「Financial Stability Review」(2011年2月号)掲載論文の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2011年2月18日

目次

1. はじめに

21世紀入り後、米国の経常赤字が急拡大する一方で、新興諸国、特に中国の経常黒字が著増し、グローバル・インバランス問題に関する議論への注目度が高まった。グローバル・インバランスが近年米国で発生した信用バブル——従って、その崩壊後生じた世界的な金融危機——の主因の一つであるとの主張も聞かれた。現在、世界経済が危機後の深刻な不況から脱しつつある中、グローバル・インバランスが再拡大する可能性が改めて注目を集めている。グローバル・インバランスが持続困難な状況に至ると、未だ脆弱な世界景気の回復が阻害されかねず、G20首脳はこうした状況を踏まえ、「対外的な持続可能性(external sustainability)」を2011年の主要議題の一つと位置付けている。

グローバル・インバランスを巡る議論には数多くの論点が含まれている。

  • 経常収支不均衡それ自体の調整をどの程度重視すべきか。
  • 経常収支不均衡の原因は何か。
  • 基軸通貨国には経常赤字を減らすインセンティブが働きにくいため、最大の経常赤字国が基軸通貨を提供していることは調整を遅らせることに繋がっていないか。
  • 一部の経常黒字国が、固定的ないし、相対的に柔軟性に乏しい為替制度を採用していることが、経常収支不均衡にどの程度影響を及ぼしているか。
  • 新しい国際準備資産の導入はドルに対する需要を減退させるかもしれないが、それによって外貨準備に対する予備的需要も減少し、経常収支不均衡も縮小することに繋がるのか。

こうした論点は、国際通貨制度に関するより広範な議論と密接に関連しており、70余年前にブレトンウッズ体制の構築を巡ってなされたホワイトとケインズの論争を想起させる。

数多くの論点の中から、本稿では、グローバル・インバランスの持続可能性を評価する際に、経常黒字や赤字を指標として利用することが妥当かという論点に的を絞って論じることにする。まず、次の第2節で、日本の経験を、1980年代を中心に振り返る。当時、日本は、経常黒字が大幅に増加し、経常黒字の削減に関する対外的な圧力への対応に苦慮していた。第3節では、今回の世界的な金融危機における内外の経験を吟味する。これらの節を踏まえ、第4節では、現在および過去から得られる教訓を整理する。さらに、第5節では、世界的な危機を未然に回避するために考慮されるべき論点を取り上げ、最終節で、政策当局者にとっての課題をいくつか指摘したい。

2. 日本の経験

過去50年間における日本の経常収支の動向を振り返ると、製造業の対外競争力の急速な向上を背景に貿易黒字が定着したことを受けて、経常収支は1960年代半ばから概ね黒字を続けてきた(図表1)。例外的に赤字になったのは、1973〜1975年および1979〜1980年という2つの期間だけである。当時は、第一次および第二次石油ショックによる石油価格の上昇が輸入価額の増大を通じて貿易収支を悪化させた。

1980年代入り後、日本の経常黒字と貿易黒字は急増した。この結果、日本に対して黒字削減を求める海外からの圧力は二国間および多国間いずれのレベルにおいても強まった。1980年代前半において、圧力の焦点は、自動車の対米輸出への自主規制といった特定の業態の輸出抑制や国内市場の開放に当てられていた。1983年11月には、日米両国の財政当局によって「円ドル委員会」が設立され、翌年5月に公表された報告書で、わが国金融・資本市場の自由化と円の国際化に向けた詳細なプランが提示された。

この間、円の対ドル為替レートは、1970年代末にかけて一時的に1ドル177円台まで増価したものの、1980年代前半は総じて200〜250円で推移していた。そうした中、主要な貿易相手国の間では、日本の貿易・経常黒字を圧縮する観点から、円の増価を求める声が高まっていった。そして、1985年9月には、G5諸国の大蔵大臣・中央銀行総裁はプラザ合意1において、「対外ポジションには、潜在的に問題となりうる大きな不均衡」があり、「為替レートが対外不均衡を調整する上で役割を果たすべきであることに合意した」と発表した。よく知られている通り、本合意に基づき、G5諸国は外国為替市場においてドルの減価を目指した協調介入を実施した。このほかにも、プラザ合意では、G5各国が対外公約をしており、日本の場合、「外国製品・サービスに対する日本の国内市場の一層の開放」にコミットしたほか、「内需刺激努力は、消費者金融及び住宅金融の市場を拡大する措置を通じた民間消費及び投資の増加に焦点を合わせる」とした。さらに、金融政策面では、「円レートに適切な注意を払いつつ、金融政策を弾力的に運営」することになった。この結果、プラザ合意前には対ドルで240円前後だった日本円の為替レートは急速に増価し、1986年9月には1ドル152円に達した。経常黒字も、GDP対比でみて、1986年の4.2%をピークに減少に転じた2

しかしながら、日本の主要貿易相手国との貿易黒字は高水準を維持した。このため、円高だけでは貿易不均衡を十分に是正することは難しいとの見方が徐々に支配的になっていった。これに伴い、日本に黒字の削減を求める対外的な圧力の焦点も内需拡大に移っていった。1987年2月、G6諸国の大蔵大臣・中央銀行総裁はパリにてルーブル合意に至ったが、その中では、「プラザ合意以降の大幅な為替レートの変化は対外不均衡の縮小に今後一層寄与するであろうということ」、「今や各通貨は経済ファンダメンタルズに概ね合致した範囲内となったこと」、および「為替レートを現在の水準の周辺に安定させることを促すために緊密に協力すること」などが合意された。また、大蔵大臣・中央銀行総裁は「いくつかの国の大幅な貿易・経常収支の不均衡が深刻な経済的・政治的危険をもたらしている」との認識を表明した。各国が再び対外公約を行う中で、日本は「内需の拡大を助け、それにより対外黒字の縮小に寄与するような財政金融政策をとる」としたほか、日本銀行も「公定歩合を0.5%引き下げることを発表した」。

1986年から1988年にかけて、日本の経済成長は年平均で4.7%と急速なものとなったほか、各種の資産価格が二桁台の上昇率を見せていたが、物価上昇率が低水準で安定しているもとで3、2.5%という低水準の政策金利が、1989年5月まで2年以上にわたって維持された。政策金利を2.5%で保った期間が1年弱であったドイツに比べると、日本が政策金利を低水準で維持した期間はかなり長かったと言える4。なお、ルーブル合意に基づく主要国の度重なる為替介入にもかかわらず、円は対ドルで増価を続け、1988年11月には1ドル121円に達し、円高の進行は、輸出減少を通じた景気悪化懸念を高めた。この間、米国からの二国間レベルの圧力は継続していた。すなわち、米国議会が1988年に包括的通商・競争力法(Omnibus Foreign Trade and Competitiveness Act of 1988)を可決し、翌年には、日本はブラジルやインドとともに不公正な貿易慣行をもつ国に認定された。1989年には日米両国政府間で日米構造協議も開始された。同協議に基づく共同レポートが翌年6月に完成し、その中で、日本は10年間で総額430兆円におよぶ公共投資プログラム(当時の日本の名目GDP 1年間分にほぼ相当)の設定を公約した5。日本の経常黒字の対GDP比率は1990年に1.4%まで低下したが、その後は、バブルの崩壊と経済成長の鈍化を受けて上昇に転じ、1990年代は平均して2.4%となった。

より最近では、経常黒字の対GDP比率は、2000年以降は平均で3.3%になっているが、その構成は大きく変化している。すなわち、日本の経常黒字は、かつては、概ね貿易黒字の規模を反映したものであった(図表2)。しかし、ここ10年は、そうした貿易黒字のウェイトが低下する一方で、所得収支黒字のウェイトが高まり、足許では経常黒字の四分の三を占めるに至っている。こうした所得収支の大規模な黒字の大半は、対外証券投資や対外直接投資を通じて日本が長年にわたり蓄積してきた対外資産によってあらかじめ規定される性質のものである。

こうした日本の経験はいくつかの論点を提示している。

第一に、為替レートの調整やその他のマクロ経済政策は経常収支不均衡の是正にどの程度有効であったのか。こうした政策は、確かに、景気が変動する中での貿易黒字の削減——ひいては、経常黒字の削減——に寄与した。しかしながら、景気循環に伴う変動部分を除いた経常収支のより基調的なトレンドはほとんど変化しなかった。景気変動に伴う部分を超えて経常黒字を一段と削減することを狙ったマクロ経済政策、特に長期にわたり実施した拡張的な財政・金融政策は有効ではなかった。そうした政策は、むしろバブルを生み出す様々な要因の一つになってしまい、その崩壊後の深刻な状況をもたらしたという面で、副作用が大きかった。

因みに、経常収支の黒字・赤字といった収支尻は、経常収支の構成によってあらかじめ規定され得る。前述の通り、日本の場合、近年では、大規模な所得収支黒字が経常黒字の主因となっている。G20諸国をみると、これは決して例外的な状況ではない。例えば、豪州の経常赤字の大部分は所得収支の赤字によって説明できる。多くの国において、貿易黒字(赤字)の大きさが経常黒字(赤字)の大きさの主たる説明要因ではあるものの、所得収支をはじめとする他の要素の影響も決して無視し得るものではなく、大きな影響を及ぼしている場合もある(図表3)。これは各国の経済構造を反映したものであり、また経常収支の変遷を評価する際には十分に認識しておくべき点である。

第二に、経常黒字は果たして真の「不均衡」を表していたのか。経常黒字は「不均衡」の存在を示唆していたかもしれないが、有効な評価を行うために必要となる十分に詳細な情報を提供するわけではない。持続困難な不均衡の生成は、資産価格の急激な上昇や企業債務の大幅な増加といった他の指標をみた方が、より良く、またより明確に把握できるように思われる(図表4・5)。一貫して大規模な黒字となっている日本の経常収支をみても、それだけでもって、経済の安定に深刻なダメージを与える根本原因となるようなバブルの兆候とはならなかった。

第三に、為替政策はどのようなかたちで経済全体に影響を及ぼすのか。円高の抑制やその悪影響の軽減に過度に焦点が当たった結果、低金利環境が継続するとの期待の形成が助長された。これはバブル生成の諸要因の一つとなり、経済全体の安定を損なうことになった。ルーブル合意後に続けられた緩和的な金融政策は、日本の経常黒字削減を求める対外的な圧力と円高の経済への悪影響に対する国内の懸念の双方を反映していた。

  • 1 「フランス、ドイツ、日本、英国及び米国の大蔵大臣及び中央銀行総裁の発表」(1985年9月22日)。
  • 2 いわゆる「Jカーブ効果」の影響もあって、経常黒字が実際に減少し始めるまでにはタイムラグがあった。
  • 3 1986年から1988年まで、消費者物価指数の前年比は平均で0.5%であった。
  • 4 ブンデスバンクは1987年12月に公定歩合を3.0%から2.5%に引き下げた後、1988年7月に3.0%に引き上げた。日本銀行が1989年5月に公定歩合を3.25%に引き上げた時、ドイツの公定歩合は4.5%になっていた。
  • 5 レポート(「日米構造問題最終報告」)では、それまでの過去10年間(1981〜1990年度)において実施された公共投資は263兆円と試算されていた。

3. 今回のグローバルな金融危機

今回のグローバルな金融危機に先立つ2000年代中頃になると、ドルの急落と米国長期金利の急騰を通じたグローバル・インバランスの無秩序な調整が突然生じるのではないかとの懸念が高まった。こうした見方は、米国の経常赤字が増大する一方でエマージング諸国の外貨準備が積み上がる状況において、米国の赤字をファイナンスすることに、エマージング諸国がいつか消極的になるのではないかという可能性に着目したものだった。しかしながら、周知の通り、実際には全く異なる展開となった。金融危機発生当初、市場参加者のリスク回避姿勢が極度に高まり、世界的に「質への逃避」が発生し、米国国債への需要の増大によって米国長期金利は大幅に低下し、ドルは大半の通貨に対して上昇した。

この経験は、前述の日本の経験と同様に、単に経常収支に着目するのではなく、その根底に潜む不均衡の原因を特定することの重要性を示している。すると、次の論点として、「持続困難なグローバル・インバランスに繋がり得る不均衡や歪みをどうすれば見極めることができるか。経常収支では十分に把握できない如何なる情報に着目する必要があるのか」が浮上してくる。今回の金融危機を通じて得られた追加的な経験も踏まえつつ、重視すべき点として以下の二つを指摘したい。

過度なレバレッジの積み上がり

第一点は、経済への過度なレバレッジの積み上がりである。経常収支尻に相当する貯蓄・投資バランス(ISバランス)の対GDP比率の長期トレンドをみると、2000年代の米国において投資超幅が拡大したことが確認できる(図表6)。この変化自体はその持続可能性について判断する情報を提供するものではないが、さらに家計部門の債務残高の推移をみると、それが長期トレンドを大きく上回っていたことがわかる(図表7)。レバレッジの行き過ぎという意味では、1980年代の日本の状況と類似している。日米間の差異は、それが発生した部門の違いであり、米国では家計部門であったのに対して、日本では企業部門で発生した(前掲図表5)。こうした長期トレンドからの乖離については、それだけで結論めいたことが言えるわけではないが、少なくとも持続困難な不均衡が金融面で蓄積されつつあることの強い兆候とみなすことはできる。重要なことは、経済を全体として捉えた評価だけでなく、例えばセクター分析のようなより分解されたレベルでも評価を行うことである。こうした作業によって、政策当局者は、不均衡が蓄積されつつあるかもしれない場所をより的確に把握することが可能になる。

このほかにも、レバレッジの積み上がりを支える信用供与がどのように実行されているのかを理解することも重要である。今次金融危機の前、米欧の金融機関によって設立されたストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)は、多くの場合、設立のスポンサーである金融機関が組成した様々なストラクチャード金融商品を購入していた。サブプライムローン市場が崩壊すると、SIVが抱えていた流動性リスクや信用リスクは、レピュテーション・リスクの観点から支援に乗り出さざるを得なかったスポンサー金融機関に戻ってくることになった。似たような状況は日本でも1980年代後半のバブル期に生じた。すなわち、ノンバンク金融会社を経由した住宅・商業不動産向けの融資が規制回避手段として積極的に活用され、こうした動きは銀行の不動産向け融資の伸び率を制約する規制が導入された後に一段と強まった。これらノンバンクは母体銀行のバランスシートには連結されない仕組みになっていたものの、結局、大半の損失を母体銀行が負担することになった。日米両国の金融危機においていわゆるシャドーバンクが果たした役割は、銀行システムの外側の動向も注視することの重要性を強く示している。

グロスの資本フローと金融機関のリスク・プロファイル

第二点はグロスの資本フローである。経常収支と表裏一体の関係にあるネットの資本フロー(資本収支)は、持続困難な不均衡の要因を突き止めるために十分な情報を提供してくれないため、その他の情報で補う必要がある。近年のユーロ圏の動向がよい例である。すなわち、過去10年間、ユーロ圏の経常収支は概ねバランスしていたが、BISの国際資金取引統計をみると、ユーロ圏の銀行は国際銀行システムから積極的に米ドル資金を調達して米国の非銀行セクターに資金を供給したことがわかる(図表8)。資産と負債を相殺すると残高自体は小さくなるものの、グロスベースで膨らんでいった満期のミスマッチ、外貨にかかる資金調達リスク、および信用リスクといった各種のリスクは相当な規模で積み上がっていた。

世界的にみても銀行——特に、欧州の銀行——はインターバンク市場でドル資金を短期調達し、長期の債権を造成してきた。国際銀行システムにおけるドル資金の調達リスクは2000年代半ばに急速に増加し、他の主要通貨の調達リスクに比べると非常に大きい規模にまで拡大した(図表9)。危機の拡大とともにグローバルな金融市場では、取引相手の信用リスクへの警戒感が強まり、銀行はドル資金を抱え込み始めた。この結果、ドルのインターバンク市場は機能不全に陥り、多くの市場参加者がドル資金の調達に苦戦することになった。市場の緊張状態は、日本銀行を含む各国の中央銀行が米連邦準備制度との間で二国間の米ドル・スワップ取極を締結してドル資金を供給するようになるまで続いた。

BIS統計は、他の情報源とともに、経常収支に関するデータだけでは生じるデータ不足を補ってくれる。例えば、BISの国際資金取引統計をみると、今次金融危機の発生前、欧州先進諸国の銀行は多額の資金をクロスボーダーで供給していたが、2007年の夏以降、これが急速に巻き戻されている(図表10)。また、同じくBISの国際与信統計をみると、報告銀行全体の米国向け与信残高が、2008年第1四半期にピークを付けた後、20%以上減少したことや、さらに部門別にみると、ストラクチャード金融商品への投資を含む民間部門向けの与信残高が30%近くも減少したことがわかる(図表11)。

中央銀行や規制・監督当局は、金融機関に関するミクロ情報を得ることを通じて、個別金融機関のリスク・プロファイルの実態を把握することが可能になる。また、ミクロ情報を出発点に、金融システム全体やそれを構成する各段階において、リスクがいかに分布しているのかを把握することも可能になる。金融システム全体の中でリスクがどこに集中しているのかといった点や、市場参加者間で見込まれる相互連関について、マクロレベルで理解を深めることが重要となっている。

4. グローバル・インバランスの評価

経常収支は、経済の状況について有益な情報を提供する。しかし、同時に、今次金融危機や過去の危機の経験は、持続困難なグローバル・インバランスの存在を判断する指標として経常収支をそのまま単純に利用することの潜在的なリスクを示している。決して網羅的なものではないが、ここで、現在および過去の経験から得られる教訓として三つの点を指摘したい。

第一に、経常黒字や赤字は経済主体の自発的な選択の結果として生じるものであるため、その存在自体が問題であるとはみなすべきではない。経常収支のトレンドは、貯蓄・投資バランスの長期トレンドを反映したものであり、経済情勢の変化や人口動態に強く左右される。経常黒字や赤字は、それが持続困難なものとなった場合にはじめて問題を引き起こすものであり、その場合、慎重な総合判断が必要になる。

第二に、経常収支の構造的な側面と景気循環に伴い変動する側面を見分けることは決して容易な作業ではない。マクロ経済政策や為替政策を通じて構造的な要素の調整を試みることは、経済を不安定化させる金融面の不均衡の蓄積を助長しかねない。経常収支そのものに焦点を当てた政策運営は、むしろ副作用が大きくなる。

第三に、中央銀行やその他の政策当局は多様な指標を用いて持続困難な不均衡が生じているかどうかを評価する必要がある。こうした指標には、資産価格、レバレッジ、グロスの資本フロー、そしてリスクに対する市場の価格付けや金融機関のリスク・プロファイルに関する情報などが含まれる。経常収支に関するデータだけでは、全体像の一部分しか見えてこない。かつて、国境を越えた財やサービスの移動が国際経済上の相互関係の大半を占めていた時には、経常収支や貿易収支のデータをみることによって、対外不均衡の拡大しつつある状況を比較的容易に把握することができた。しかし、グローバルな資本フローは、巨額になるとともに、国境を跨いで動く速さも加速している。さらにデリバティブの利用拡大が状況を一層複雑化させており、グローバル・インバランスの評価の在り方もこうした環境変化に応じた見直しが必要になっている。

5. 新しいタイプの危機への準備

人類はこれまで常に金融面の「アンカー」や「ベンチマーク」を追い求めてきた。こうした取り組みは、その初期段階において一定の成功を収めるものの、経済・金融システムの急速な変化の中で、頓挫してしまうか陳腐化してしまうことを繰り返してきた。金融政策の世界では、1970年代、多くの先進諸国において、マネーストックの一定の伸びをターゲットにした政策運営がなされた。しかしながら、急速な金融イノベーションを受けて、マネーサプライとインフレの関係は不安定になり、最終的には活用されなくなってしまった。1990年代には、インフレーション・ターゲティングが金融政策の新しい枠組みとして登場したが、今回の金融危機に至る過程でバブルが生成されたように、同政策を有効に実施していくことの難しさが浮き彫りになってきた。特に、不均衡が財やサービスの物価上昇率とは異なるかたちで姿をみせる時、それを見極めることは難しい。国際通貨制度に関しては、これまでに金本位制から管理変動相場制への移行を経験している。今日、主要国通貨の為替レートは自由に変動する一方で、多くの国は引き続き固定相場制や管理変動相場制を採用している。

経常収支不均衡は多くの指標の一つにはなり得るが、発生しつつある不均衡、ましてや持続困難なグローバル・インバランスを特定できる唯一無二の指標など存在しない。むしろ、目まぐるしく変化する経済・金融情勢に対応できる柔軟な政策の枠組みが必要とされる。一つ一つの危機はそれぞれ異なる経緯をたどって発生する。我々はもちろん過去の経験から学ばなければならないが、過去の戦いで採った戦略が将来の戦いでも有効とは限らない。柔軟な姿勢で臨むことが重要である。

政策当局者は、目まぐるしく変化する経済・金融情勢の中で、持続困難なグローバル・インバランスを特定し適切に対応するための枠組みを構築するにあたり、以下の三つの重要な要素を認識しておく必要がある。なお、これらのうち二つは長期にわたる潮流の変化であり、もう一つは現下の金融経済情勢に特有のものである。

第一に、言うまでもないことであるが、経済・金融両面で、グローバル化が一段と加速している。また、技術進歩を受けて、異なる金融市場の間および市場参加者の間での相互連関がますます複雑化している。世界の一地域が被ったショックの余波がすばやくそして想定外の経路で他の地域へ及ぶようになっている。その結果、金融政策のリスクテイキング・チャネルの影響は、従来に比べて、より大きくかつより広範囲に及び得る。昨今のグローバル投資家による「利回り追求(search for yield)」はその一例である。

第二に、世界経済におけるエマージング諸国の比重が増している。名目ベースでみて、世界のGDPに占めるエマージング諸国のシェアは1990年および2000年には20%であったが、2009年には31%にまで高まったほか、2010年には同諸国の経済成長が世界全体の経済成長の7割程度をもたらした計算になる。このように、エマージング諸国が世界の経済成長を牽引しており、それに伴い国際社会における同諸国の責任も重くなってきている。例えば、主たるエマージング諸国の為替レートが硬直的となっている場合の世界経済への影響が従来よりも大きくなっていることを認識する必要がある。国内産業の秩序だった構造調整という視点からは、固定相場制から柔軟な為替制度への緩やかな移行と、自国通貨の増価ペースを調整していくことが正当化されるかもしれない。しかし、緩やかにしか進まない為替調整は、同時に、金融政策を含む国内マクロ経済政策の柔軟な運営を阻害するほか、調整コストを他国へ輸出する性質を持っていることをエマージング諸国の政策当局者は認識する必要がある。もし他の諸国が自国通貨高を抑制する類似の施策を講じると、柔軟な為替制度を採る地域がより大きな影響を受ける可能性もある。 第三に、いくつかの先進国がバブル崩壊からの回復途上にあるという特殊な状況に置かれているため、景気回復ペースのバラツキが各国間で大きくなっている。エマージング諸国が力強い成長を続けている一方で、一部の先進国においてバブル崩壊後のバランスシート調整が続いていることもあって、先進諸国経済の景気回復ペースは遅い。こうした中、先進国の中央銀行は極めて緩和的な金融政策運営の一環として非伝統的な措置を導入している。先進諸国経済は、ゼロ金利制約に直面しているほか、バランスシート調整のもとで金融政策の波及経路が弱体化しているため、伝統的な金利チャネルや信用チャネルを通じた金融緩和効果は通常期待されるほどには効いていない。

その代わり、グローバル金融システムが一体化した中で、経済成長のスピードの差が拡がったため、先進国のような制約要因が働いていないエマージング諸国への資本流入が活発化している(図表12)。グローバルなレベルでは、リスクテイキング・チャネルがより実効的に作用している。

エマージング諸国はバブル崩壊の痛手が小さかったため、資本流入の景気刺激効果が思いのほか大きくなるかもしれない。先進諸国における低水準の短期金利を利用したキャリー取引が活発化しているほか、エマージング諸国では、株式市場間や株式市場と国際商品市場の間において価格動向の相関関係が高まっている(図表13)。もしこうした資本流入が、先々、バブルの生成や急な巻き戻しに繋がれば、その負の影響はエマージング諸国のみならず世界経済全体にとっても有害なものになる。

6. 政策当局者の課題

持続困難なグローバル・インバランスを未然に防ぐためには、政策当局者は、経常収支の変化のみにとらわれず、より掘り下げた調査・分析を行い、根底に潜む不均衡の把握に努めなければならない。グローバル化の急速な進展によって、有害な不均衡の発見や是正策の実施は、もはや純粋な国内問題ではなくなってきているという大きな潮流の変化にわれわれは直面している。

マクロ経済政策を組み立てるにあたっては、自国経済の安定を確保することが伝統的に強調されてきた。しかし、グローバル化の深化に伴い、個別国の政策対応を単純に積み上げた結果が世界全体にとって最適な政策になるとは限らなくなってきている。このため、先進諸国とエマージング諸国双方の政策当局者は自国経済の安定の意味するところを再考する必要がある。ある政策の効果の全容は、もはや国内経済への直接的な影響だけでは把握しきれない。ある国の政策の効果が国境を越えて対外的に波及すること(spillover effects)や、経済や金融の相互連関を通じて影響が自国へ回帰してくることを分析することもこれまでになく重要になっている。

大規模な資本流入や硬直的な為替制度から発生し得る金融面の不均衡への対応を検討するにあたっては、経済的にも政治的にも、全ての国のニーズを満足させる簡単な方策など存在しないことを認識しなければならない。しかし、世界経済が運命共同体であること(we are all in the same boat)を踏まえると、各国がそれぞれ異なる方向に進みだすと合成の誤謬が生じる危険性を高めることになる。われわれの経済政策を導いてくれる機械的ないし自動的な仕組みは存在しない。このことは、今次金融危機が複雑な経路をたどって多様な金融市場や世界各国の経済に拡がっていったことや、世界経済が緩やかな景気回復過程を進む中で新たな難問が浮上し続けていることからも再確認できる。地道な取り組みではあるものの、政策当局者は、世界経済が海図なき航海を続けるにあたり、互いの経験から謙虚に学びながら、丁寧かつ建設的な対話を続けることが不可欠である。

参考文献

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