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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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千葉県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2012年3月28日

目次

1.はじめに

日本銀行の宮尾でございます。本日はお忙しい中、千葉県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして感謝致します。また、皆様には、日頃から調査統計局のほか日本銀行各部署の業務運営にご協力頂いておりまして、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

千葉県での懇談会開催は2003年10月以来と伺っております。久しぶりということで私も皆様の声を直接聞けることを楽しみにしておりました。本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、グローバル経済減速の影響を受けつつも景気回復に向かって進んでいる日本の経済・物価情勢を概観した後、金融政策について述べ、最後に千葉県経済について触れたいと思います。

2.わが国の経済物価情勢

(1)概況

わが国の経済情勢は、年末から年明けにかけて踊り場の局面に入りました。内需は堅調な推移を続けていますが、欧州債務問題に起因する欧州経済の低迷や金融引き締めに起因する中国経済の減速に加え、タイ洪水の影響等もあって世界経済が減速したほか、円高も進行したこと等から外需が伸び悩んでいるため、全体としては横ばい圏内の動きとなっています。

もっとも、今後は、海外経済も新興国経済を中心に徐々に回復し、震災復興関連の需要も徐々に強まっていくとみられることから、わが国経済は、次第に踊り場局面を脱して緩やかな回復経路に復していくとみられます。

以下では、まず海外経済の動向を概観し、その後、日本経済の現状と先行きについてお話しします。

(2)海外経済

欧州経済については、年末頃までは欧州債務問題に起因して金融市場・金融システムに極度の緊張がみられましたが、6中央銀行によるドル資金供給オペの適用金利引き下げやECBによる2回に亘る金額無制限の3年物資金供給オペなどにより、金融機関の資金繰り破綻等のテールリスクが後退し、市場環境は好転しました(図表1)。特にECBによる無制限オペでは、ネットで5,000億ユーロに及ぶ長期の資金が供給され、金融機関の社債償還がスムースに実施されたほか、金融機関による国債購入を通じて国債金利が低下する等、その効果は大きいものでした。金融市場・金融システムが落ち着きを取り戻すとともに、金融機関の中には無担保社債を発行する先もみられ始めるなど、状況は着実に改善しています。3月中旬にはギリシャ国債を巡って民間の債券保有者との債務交換も無事終了し、ギリシャに対する第2次支援も合意をみる等、一頃「欧州が最大のリスク」と言われていたような急激な金融不安や景気悪化のリスクは緩和されてきたように思います。

その一方で、欧州債務問題それ自身が解決したわけではなく、金融機関が貸出を圧縮して実体経済に悪影響を与えるデレバレッジなどの懸念もいまだ払拭されていません(図表2、3)。欧州系金融機関は、北米・南米やアジア等で、シンジケートローン等の外貨建て貸出を圧縮しているようですし、ユーロ建て貸出についても、特に一部の欧州周縁国において徐々に縮小していると伝えられています。この背景としては、景気停滞により企業・家計の資金需要が低迷している面と、自己資本比率改善に取り組む銀行側の要請の両面があるようですが、今後の動向には引き続き注意が必要です。

また、より根本的には、欧州には、財政再建と同時に構造改革を進め、成長力を高めなければならないという重要な課題が残されています。財政再建を短期的にも進めざるを得ない中、これが景気をさらに悪化させるリスクを回避しつつ、如何にして民間活力を引き出し、経済成長を促していくか、難しい舵取りが続きます。全体として欧州経済はこれからしばらく停滞が続き、その後緩やかな回復軌道に戻っていくと見られますが、足もとユーロ圏諸国の間で競争力に格差が目立ち始めていることに鑑みると(図表4)、回復ペースは極めて緩慢なものになる可能性があります。経済の停滞が慢性化・長期化するリスクには、引き続き十分な注意が必要と認識しています。

米国経済については、足もと良好な経済指標が相次ぐなど、緩やかに回復しており、物価動向も消費者物価指数(除く食料・エネルギー)前年比でみて2%程度と安定しています(図表5、6)。米国経済については、家計のバランスシート調整が経済の重石となる状況が続いている一方、企業部門を起点とする景気回復のメカニズムが途切れることなく続いており、緩やかな改善のモメンタムは維持されている、というのが基本的な構図です。

この点をやや敷衍しますと、住宅価格が低迷している一方、グローバル需要を取り込んで企業の生産・輸出・収益が堅調に推移する中、これが雇用所得環境の改善に繋がり、個人消費を底堅く支えています(図表7、8、9、10)。個人消費については、リーマンショックや東日本大震災の影響などにより抑制されていた需要(潜在的な需要)が顕現化し始めている点も景気回復を後押ししているとみられます。欧州債務問題の実体経済への波及が、これまでのところ予想された程深刻ではない点もプラス材料でしょう。

今後の米国経済については、民間の調査機関等では2%台の緩やかな成長は実現可能との見方が多いようです。雇用が堅調に拡大し、家計の負債の対可処分所得比率も徐々に低下してきている中で(図表11)、住宅建設・販売件数が底打ち感を見せ始めていること等も勘案すると、家計のバランスシート調整の重石は、全体としては、徐々に軽くなってきており、景気下振れへの耐性も備わってきているように窺われます。

そう申し上げた上で、米国経済を巡る足もとのリスクとして、原油価格の上昇に伴うガソリン価格の高騰を指摘しておきたいと思います(図表12、13)。今のところイラン情勢等の供給側の要因が大きく、価格高騰は一時的とみなされているようですし、米国においてはシェールガス開発の進展などによる天然ガス価格の低下などもみられているため、過度に心配する必要はないかもしれません。一方で、現状1ガロン3.8ドル程度のガソリン価格が4ドルを超えてくれば、中低所得層の生活を中心に経済活動への悪影響が顕著となる可能性が相応にあり、状況を注視していく必要があります。

この間、米国金融市場の動向については、株価がリーマンショック前の水準を回復するなど好調に推移しました。長期金利は、株価に連動した上昇が見られず低位横ばいで推移する時期が続きましたが、足もとようやく上昇傾向に転じ、実体経済の改善を反映した動きとなりつつあります(図表14)。

アジア新興国経済については、中国が牽引する形で水準自体は高い成長率を維持しており、中長期的な成長期待も高いものとみております。ただし、中国では、物価上昇抑制の観点から実施してきた金融引き締めの影響がみられたことに加え、欧州債務問題に伴う欧州経済の停滞等が重なったため、年末から年明けにかけては輸出・輸入が減少し生産の増加ペースが鈍化しました。これに伴い、NIEs・ASEAN諸国でも輸出が減少し景気が幾分減速しています(図表15、16)。

アジア新興国経済は、世界経済の牽引車であり、堅調な内需に支えられて今後徐々に回復していくことをメインシナリオとしていますが、一方で、欧州系金融機関の信用収縮の動きが貿易信用などへも波及し、足もとの減速を長引かせる可能性には注意が必要です。また、より長い目でみた世界経済の健全な発展の観点からは、経済成長と物価安定のバランスをいかに維持していくかが重要となります。この点、中国が、2012年の経済成長率の目標を2011年の8.0%から7.5%に引き下げたことは、短期的には景気刺激効果を弱めるとしても、経済のソフトランディングに向けた好ましい対応であると理解しています。いずれにせよ、今年は、中国指導部の新体制移行に伴う不確実性や経済政策の変化等にも注意深く目配りしていくことが必要と認識しております。

(3)わが国の経済物価情勢

わが国経済が東日本大震災を経験してから1年が経ちました。震災後はサプライチェーン障害や電力供給の制約などを背景に、一旦景気が大きく落ち込みましたが、その後、関係者の皆様の懸命の努力の結果、わが国経済は第3四半期には回復に転じました。ただ、第4四半期には、欧州債務問題や中国における金融引き締め、タイ洪水等を背景とする海外経済の減速や円高の影響等で輸出・生産が伸び悩み、経済成長が下押しされる状況となりました(実質GDP前期比伸び率<季調済年率>:2011年1Q-6.9%→2Q-1.2%→3Q+7.1%→4Q-0.7%)(図表17)。

足もとにかけては、輸出・生産は引き続き横ばい圏内の動きとなっておりますが、国内需要は堅調を維持しています(図表18、19、20、21)。設備投資は、被災した設備の修復等から緩やかながら増加基調にあるほか、個人消費も自動車に対する需要刺激策の効果もあって底堅さを増しています。また、住宅投資は持ち直し傾向にあり、公共投資も下げ止まっています。家計・企業のマインドは総じて下げ止まり感が窺われます。このように、わが国経済は、なお横ばい圏内にあると判断されますが、持ち直しに向けた動きもみられています。

先行きのわが国経済については、新興国・資源国に牽引される形で海外経済の成長率が再び高まり、また震災復興関連の需要が徐々に高まって行くにつれて、次第に横ばい圏内の動きを脱し、緩やかに回復していくという姿をメインシナリオとしています。その際、出来るだけ持続性を伴った改善であることが望まれます。

持続的な成長という観点からは、製造業・非製造業を問わず、国内に付加価値を高めるような良質な資本が蓄積され、投資が増えるとともに、産業の競争力も高まるというのが望ましい姿です。伝統的な物作りにおいて必要な部分を国内で維持・発展させ、他方、高齢化時代に相応しい内需の開拓に取組むことが大切だと考えております。

翻って、国内の民間設備投資の動向を確認しますと、リーマンショック後に大幅に落ち込んだ後、回復ペースは極めて緩やかでした。加えて、昨年後半の海外経済の減速や為替円高などが、製造業の設備投資をさらに下押しした可能性があります(図表22)。もっとも、内閣府の「平成23年度企業行動に関するアンケート調査」によれば、企業は今後3年間のわが国の実質成長率を1.5%程度、設備投資の伸びを4%程度とみており、全体としてみれば、企業の中長期の成長期待は維持されており、投資意欲も下振れていない様子が窺われます。また、同調査では、海外生産の比率も、足もと18%程度、5年後の見通しでも22%程度となっており、国内と海外の生産比率のバランスも維持されております。さらに、リーマンショック後に投資が減価償却を下回る水準まで圧縮されたため更新投資が行われやすい環境にあるほか、震災で毀損した設備の建替えや耐震強化工事などの投資支出が加わることも期待できます。

このような状況を踏まえますと、企業のキャッシュフロー対比、あるいは減価償却費対比でみた国内設備投資は、本来もっと顕現化しても不思議ではなく、潜在的な需要は相応に蓄積されてきていると思われます。企業の投資意欲が失われていないにも拘らず実際の設備投資が手控えられてきたとすれば、おそらくそれは、株価低迷や為替円高、欧州債務問題等に起因する世界経済の減速、およびそれらに伴う先行きの不透明感等から、投資の意思決定が先送りされてきたためではないかと推察されます。

繰り返しになりますが、企業が付加価値を高める事業へ前向きに投資することは、経済の成長力を高め生産性を向上させる重要な原動力であり、デフレ脱却にも寄与します。この点、企業による投資支出が、成長期待に見合うペースで、国内外でバランス良く着実に増加していくかどうかが、わが国経済の持続的成長とデフレ脱却にとって極めて重要なポイントであることを指摘しておきたいと思います。

この間、わが国の物価情勢ですが、消費者物価(除く生鮮食品)の動向をみると、2011年中は需給バランスの改善を映じて緩やかに前年比マイナス幅を縮小しており、夏頃からは概ねゼロ%近傍で推移しています(図表23)。当面こうした動きが続いた後、需給バランスが改善する中で、物価も徐々にプラスに転じていくという見通しをメインシナリオとして想定しています。

なお、足もとイラン情勢等を背景に原油価格が高騰しておりますが、その他の商品は昨年対比でみて水準が必ずしも高い状況とはなっておりません。これは、足もとの世界経済の回復力の弱さと整合的ともみられるため、原油価格上昇の圧力は供給側の要因による一時的なものである可能性があります。もっとも、地政学リスクの展開次第では、原油価格が高止まる可能性もあるため、注視していく必要があると認識しています。

3.金融政策

(1)金融政策運営

以下では、まず2月に決定した金融緩和強化の取組みについて、改めてご紹介したいと思います。日本銀行は、2月の金融政策決定会合において、先行きの不確実性がなお残る中、最近みられている前向きの動きを金融面からさらに強力に支援し、日本経済の緩やかな回復経路への復帰をより確実なものにするため、(1)「中長期的な物価安定の目途」の導入、(2)金融緩和姿勢の明確化、(3)「資産買入等の基金」の増額の3点を決定しました。

第一に、「中長期的な物価安定の目途」の導入ですが、これまでは「中長期的な物価安定の理解」という形で、9人の政策委員が、物価が安定していると理解する物価上昇率の範囲を集計して示していました。今回はこれを、日本銀行自身の判断として示す形に変更しました。すなわち、日本銀行としては、「中長期的な物価安定の目途」は消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%を目途とすることとしました。

第二に、金融緩和姿勢の明確化ですが、上記の「目途」に基づき、当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入等の措置により、強力な金融緩和を推進していくと明言し、積極的な緩和姿勢をより明確にしました。

第三に、基金の増額ですが、長期国債の買入れ額を10兆円程度増額し、基金の規模を55兆円から65兆円へと拡大しました。これは、明確化した緩和姿勢を実際の行動でも示したものです。

(2)金融緩和の強化がデフレ脱却をもたらす経路

次に、上記決定に伴って、どのような経路でデフレ脱却がもたらされうるのか、その効果波及経路について考えてみたいと思います。まずゼロ金利下における非伝統的な金融政策の効果波及経路については、実質的なゼロ金利を将来も続ける、あるいは資産購入を増額するなどにより一段の金融緩和が実施されると、金利を通じる経路やポートフォリオ調整を通じる経路の両面から、長めの金利やリスクプレミアムの低下をもたらします。そして、それが借入コスト、株価・為替レートを含む様々な資産価格、銀行貸出などに働きかけ、企業・家計の支出に影響を及ぼして、最終的には景気・物価にプラスの効果を及ぼしていくという経路が考えられます。

こういった整理を踏まえて、2月の決定後の状況を振り返りますと、今後の積極的な金融政策運営に対する見通し(根拠を伴って形成される予想)を通じて、長めの金利や人々のリスクテイク意欲に働きかける形で、2年債金利の低下と円高の修正および株価上昇がみられました(図表24)。当時の状況としては、政策決定の前から、グローバルなリスク回避姿勢の緩和や米国経済の改善、貿易収支の赤字等を背景に、円高修正・株高の流れが形成されてはいましたが、2月の決定もそういった動きを形成する一因になったとみられます。明確化された強力な緩和姿勢と思い切った政策行動が、強いコミットメント・時間軸効果を速やかに発揮して、5年債金利などさらに長めのゾーンの金利低下にも波及し、また人々のリスクテイク意欲も高め(その結果、要求されるリスクプレミアムも低下し)、金融環境を改善する効果を高めた可能性が窺われます。

先ほど、わが国では、株価低迷や円高の進行、世界経済の減速等によって、企業の投資支出が手控えられてきた可能性があることを指摘しました。今後、足もとまでの金融環境の改善傾向が、海外経済の改善等とともに続いていけば、それが起点となって、企業収益あるいは慎重な企業経営者のマインドも好転し、前向きな投資支出等が増え、同時に成長力・付加価値創造力が高まることが期待されます。円高修正や株高の動きは、消費者心理の改善や外国人観光客の増加などにもつながり、国内需要を一層刺激する可能性もあります。そして、こうした動きは景気の持続的回復と物価の緩やかな上昇をもたらす方向に働くでしょう。先行きの不確実性についてはなお慎重にみる見方もあり、向かい風は続きますが、それでもいま申し上げた議論は、強力な金融緩和がデフレ脱却につながりうる1つの経路と考えられます。

このように、強力な金融緩和がもたらす改善の波及経路が筋道をもって予想され、見通されるものだとすれば、足もとまでの金融環境の改善は決して短命に終わるものではなく、基礎的条件に沿った基調的・持続的な動きを反映している可能性があります。実際に観察される金融指標の動きには、さまざまな短期的要因と基調的要因の影響が混在しており、それらを明確に区別することは困難ですが、一段の緩和の強化が、望ましい基調的な動きを後押ししている可能性は排除できないと考えます。

(3)成長力強化の必要性

2月の政策決定では、1%の物価上昇率を目指し、それが見通せるようになるまで金融緩和を強力に推進するという形でコミットメント(約束)をより明確にしました。コミットメントをより明確化することは、金融政策運営に対する見通しの不確実性を低め、信認を一段と高めるという重要なメリットがあります。しかしだからといって「どんな犠牲を払っても1%の物価上昇だけを達成すればよい」といった政策運営をすれば、それはあまりに硬直的な運営であり、国民経済の健全な発展にとって望ましいものではないでしょう。デフレ脱却は最重要の課題であり、金融面からの後押しが必要ですが、そのためにも信認と柔軟性の両方を兼ね備えた政策運営が必要です。

今後、積極的な金融緩和を推進していくなかで、必要となってくる柔軟性の一つは、潜在的な副作用に対する適切な目配りです。

現在の「資産買入等の基金」の枠組みのもとで実施している国債購入は、デフレ脱却のために必要と判断して実施された金融政策であり、財政赤字をファイナンスする目的で行っているものではありません。一方で、巨額の財政赤字や政府債務残高の存在は、財政リスクを高めかねない大きな懸念材料です。景気回復や株価の上昇を伴わず、国債に対するリスクプレミアムだけが高まって金利が上昇することは、悪い金利上昇と言えます。こういった財政リスクの顕現化は何としても回避しなければなりません。

そのため、まず、中長期的な財政規律を確保する必要があります。デフレ脱却に向けて中央銀行が積極的な資産購入・国債購入を実施しても、大元である財政規律が担保されていなければ、財政リスクの顕現化という「意図せざる帰結」の蓋然性を高めてしまうことになりかねません。

そのうえで、国民一人一人が、それぞれの立場で、わが国の成長力を高める前向きな取組みを着実に進めることが重要であると考えています。先行きの不確実性が晴れないからといって、企業も家計も守りに専念しすぎては、肝心の成長力が高まりません。前向きな投資を行わず貯蓄に専念するだけでは、潜在的な成長力が大きく落ち込み、結果的に、税収減等、財政への負の影響が大きくなる可能性があります。

なお、国債に対する信認を考える際に、経常収支や対外純資産に着目して、わが国経済全体への信認という観点で議論することがあります。すなわち、経常収支の黒字基調を維持する限り、現在250兆円程度ある対外純資産をさらに蓄積できることから、家計や企業部門を含めてわが国全体でみれば、信認はまだ確保されており、財政リスクに対しても当面の備えとなるという見方です。経常黒字や対外純資産の存在が円高要因として作用し得るという点では、一方向の円下落や資本逃避などのリスクをある程度抑制するかもしれません。もっとも、経常収支や対外ポジションと財政の持続性に対する信認とは単純な1対1対応の関係ではありません。財政の持続性に対する信認を維持するためには、やはり財政規律を確保し、わが国の成長力を高めることが必要であると考えられます。

実際に成長力を高めるには、経済・財政の構造改革を実施していく等、相応の時間が必要です。それは、欧州の例をみるまでもなく、明らかです。金融政策と財政改革との関係では、デフレをまず脱却しなければ財政構造改革を進めることはできないという議論がある一方で、逆に財政構造改革が進まない限り、これ以上の金融緩和、とりわけ国債購入を増やすべきではないといった意見も聞かれます。私は、そのどちらでもないと考えます。デフレ脱却に向けた金融面からの積極的な取組みと、財政構造改革、成長力強化の取組みを、国民一人一人がそれぞれの立場で、同時進行で進めていかなければならないのです。

成長力強化との関係で本行の政策を申し上げると、日本銀行では、従来から「成長基盤強化を支援するための資金供給」に取組み、民間金融機関による自主的な取組みを支援してまいりました。2週間前の決定会合では、取組みの裾野をさらに拡げて支援を拡充する観点から、以下のような措置を決定しました。すなわち、(1)新規貸付の受付期限を2014年3月末まで2年延長する、(2)小口の投融資(1件百万円以上1千万円未満)を対象とした5,000億円の新たな貸付枠を設ける、(3)3兆円の従来枠についても5,000億円増額することを決定しました。さらに、(4)金融機関が行う自主的な取組みを外貨資金供給の面からも支援する観点から、日本銀行が保有する米ドル資金を活用して1兆円の新たな貸付枠を設定することとし、詳細は来月の金融政策決定会合で検討することとしました。以上の結果、貸付総額は3.5兆円から5.5兆円に増額されることになります。

以上、最近の政策決定を中心に、デフレ脱却へ向けた取組みと、若干の留意点について説明させて頂きました。実際の金融政策運営に際しては、先行きの経済物価見通しに基づき、さまざまな条件や可能性に注意を払いつつ、タイミングや手段を見極めながら、細心かつ果断な対応が求められます。今後とも日本銀行は、デフレ脱却に向けて強力な金融緩和を推進していくとともに、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援を通じて、中央銀行としての最大限の貢献を続けていく所存です。

4.終わりに 〜千葉県経済について〜

結びにあたり、当地について述べたいと思います。

昨年3月の東日本大震災により、当地も、火災や津波、液状化など大きな被害を受けました。その大震災の日から1年が経過しました。改めて、犠牲者やそのご家族の方々に心からお悔やみ申し上げます。また、この間の地元住民の方々や企業、自治体などの皆様による復旧・復興に向けたご努力に敬意を表します。

さて、千葉県は、三方を海に囲まれ、温暖な気候と風光明媚で豊かな自然に恵まれています。落花生・大根・枝豆・梨など、産出額全国1位の農作物が多数あり、農業産出額は全国3位の農業県であるほか、水揚げ量日本一の銚子漁港などを有し、水産業においても全国上位に位置します。一方で、臨海部には化学、鉄鋼、石油など日本最大規模の素材・エネルギーの供給基地となっている京葉工業地帯が広がっています。また、首都圏のベットタウンとして、600万人超の人々が暮らし、県外からも多くの人が訪れる商業施設やレジャー施設なども集積しています。こうした非常に多くの顔を持つ多様性が、千葉県の特徴であり、強みであると感じています。

また、当地は、江戸時代から人気の観光地であった成田山など歴史ある観光資源を有しています。本年10月には、海の上の高速道路を走る日本初のフルマラソン「ちばアクアラインマラソン」が開催されるほか、サイクルツーリズム定着のためのモデルコースの設定など、新たに当地の魅力を県内外にアピールする取組みが行われております。さらに、成田空港の年間発着枠拡大や、ローコストキャリアの就航なども、県内の交流人口の増加に寄与するものと期待されます。

千葉県の皆様が、当地の多種多様な強みをそれぞれ磨き、また、その強みを連携させることで、さらに発展されていくことを期待しています。