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【講演】「量的・質的金融緩和」の基本的考え方

内閣府経済社会総合研究所主催国際コンファレンスにおける講演の邦訳

日本銀行副総裁 中曽 宏
2013年5月31日

目次

1.はじめに

日本銀行の中曽でございます。本日は、内閣府経済社会総合研究所(ESRI)主催の国際コンファレンスでお話しする機会を頂き、有難うございます。

2.「量的・質的金融緩和」の導入

日本経済は、15年近いデフレを経験してきました。この間、物価が下がり続ける中で企業収益や賃金が圧迫され、設備投資や消費などの経済活動が落ち込み、その結果、また物価が下がるという悪循環に日本経済は陥ってきました。したがって、こうした悪循環から抜け出し、日本経済が持続的に回復していくためには、まずはデフレから脱却し、企業や家計といった経済主体の行動を前向きにしていくことが不可欠です。その意味で、日本経済が抱えている最大の課題はデフレからの早期脱却であり、日本銀行の役割は極めて重要だと認識しています。

こうした認識の下、日本銀行は、4月初の金融政策決定会合において、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。この金融緩和政策は、量的な金融緩和を推進する観点から金融市場調節の操作目標をマネタリーベースに変更したうえで、マネタリーベースおよび日本銀行による長期国債・ETFの保有残高を2年間で2倍に拡大するほか、長期国債買入れの平均残存期間も2倍以上に延長するなど、これまでの漸進的な政策運営とは一線を画したものです。そのうえで、この「量的・質的金融緩和」は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することを約束しています。

なお、「量的・質的金融緩和」は、それを進める過程で日本銀行が巨額の国債を買い入れていくことになるため、債券市場などへの影響を確認しながら進めていく必要があります。実際、「量的・質的金融緩和」導入後、その内容を市場が消化していく中で、国債金利のボラティリティが高まる動きがみられました。これに対し、日本銀行は、市場参加者とこれまで以上に密接な意見交換を進め、買入れ方法の見直しなど積極的な対応を取ってきています。昨日も、当面の長期国債買入れの運営方針を公表し、買入頻度を増やすことに加え、買入金額については毎月7兆円強程度を基本としつつ、政策効果の浸透を促すため、市場動向を踏まえて弾力的に運営することを示しました。日本銀行としては、こうした施策によって、過度な金利上昇やボラティリティが抑制され、長期金利が安定的に形成されることを期待しています。

3.先行きの経済・物価見通しと期待の重要性

それでは次に、日本銀行が「量的・質的金融緩和」を進めていく下で、日本の経済・物価が先行きどのように展開していくと考えているか、4月末に日本銀行が公表した「経済・物価情勢の展望」の中心的見通しに沿って説明します。

まず、実体経済についてみると、わが国経済は、足もと持ち直しつつあると判断しており、先行きは、国内需要が底堅く推移するもとで、海外経済の成長率が次第に高まっていくことなどを背景に、本年央頃には緩やかな回復経路に戻っていくとみています。その後は、2回の消費税率引き上げに伴う駆け込み・反動の影響を受けつつも、生産・所得・支出の好循環が維持されるもとで、基調としては0%台半ばの潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。具体的な成長率を、日本銀行政策委員の見通しの中央値で申し上げると、2013年度は+2.9%、2014年度は+1.4%、2015年度は+1.6%になるとの見通しです。こうした成長率見通しの下で、マクロ的な需給バランスを示す需給ギャップは、足もとのマイナス2%程度から次第にプラスへと転じ、2015年度までの見通し期間の後半には2%程度までプラス幅が拡大するとみています。

次に、物価については、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率は、マイナスとなっていますが、上述の経済見通しの下で、マクロ的な需給バランスの改善や予想物価上昇率の高まりなどを反映して上昇傾向をたどり、2015年度までの見通し期間の後半にかけて、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的に政策委員見通しの中央値で申し上げると、2013年度は+0.7%、2014年度は+1.4%、2015年度は+1.9%になるとの見通しです。

こうした見通しの中で、日本銀行による「物価安定の目標」実現への明確なコミットメントと、それを裏打ちする政策である「量的・質的金融緩和」は、以下の3つのルートを通じて物価の上昇をもたらすと考えています。すなわち、第1のルートは、マクロ的な需給バランスの改善です。潜在成長率を上回る成長を実現する下では、マクロ的な需給バランスが改善し、需給ギャップがプラス幅を拡大していきます。第2に、中長期的な予想物価上昇率の上昇です。予想物価上昇率は「量的・質的金融緩和」のもとで上昇傾向をたどり、「物価安定の目標」である2%程度に向けて、次第に収斂していくとみています。第3に、輸入物価の上昇です。当面は為替相場の動きが上昇要因として働くうえ、国際商品市況が世界経済の成長に沿って緩やかな上昇基調をたどるとの想定のもと、輸入物価は上昇を続けるとみています。

このうち、今回の政策で、「物価安定の目標」実現の大きな鍵を握っているのは、2番目の中長期的な予想物価上昇率が上昇するかどうかです。その理由を、マクロ的な需給バランスと物価上昇率の関係を示す、いわゆるフィリップス曲線を使って整理すると、次のような説明になります。すなわち、先に述べたように、潜在成長率を上回る成長を実現する下で、需給ギャップはプラス幅を拡大していきますが、その拡大につれ、フィリップス曲線の正の傾きに沿って、物価上昇率は高まっていきます。しかし、15年近くデフレが続いてきた下で、フィリップス曲線自体が下方にシフトしてきたほか、グローバル化の下で企業の価格支配力が低下するなど、フィリップス曲線の傾きは緩やかになっています。こうした現在のフィリップス曲線を前提とすると、先ほど申し上げた2%程度のプラスの需給ギャップを実現したとしても、それだけで2%の物価上昇率は実現できません。日本銀行と民間機関の物価見通しの間に乖離があるのは、民間機関の多くはデフレ下でのフィリップス曲線を前提にしていることも理由の一つかもしれません。したがって、できるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現するためには、予想物価上昇率が高まることによって、フィリップス曲線そのものが上方にシフトしていくことが必要になります。つまり、マクロ的な需給バランスの改善のみならず、企業や家計といった経済主体の「デフレ期待」を抜本的に転換し、予想物価上昇率をしっかりと引き上げていく、その両者が相まって、できるだけ早期に「物価安定の目標」を実現することができることになります。

先ほど申し上げたように、日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するという明確なコミットメントを行った上で、それを裏打ちする「量的・質的金融緩和」という、新しい金融緩和政策を行っています。こうした日本銀行による強い意志と大胆な行動が、企業や家計の期待を抜本的に転換することになると考えています。この点、金融市場をみると、既に市場の期待は転換しつつあるように思います。また、市場や経済主体の予想物価上昇率を示す指標をみても、このところ上昇を示唆する指標がみられており、まさに日本銀行の「量的・質的金融緩和」を受けて、前向きな動きが起きつつあります。今後は、「量的・質的金融緩和」を進める中で、こうした動きが企業や家計に拡がり、「デフレ期待」が抜本的に転換されることが期待できます。こうして「デフレ期待」から解き放たれた企業や家計には、緩和的な金融環境を最大限に活用して、前向きな投資や消費行動を起こしていって頂きたいと思っています。そうした、前向きな経済活動や期待の転換が、実体経済の改善や予想物価上昇率の高まりをもたらし、2%の「物価安定の目標」の実現に繋がっていくものと考えています。

4.おわりに

政府はその経済政策として、「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」という、いわゆる「3本の矢」を掲げています。このうち、第1の「大胆な金融政策」については、以上述べたように、日本銀行は、「物価安定の目標」の実現を目指し、「量的・質的金融緩和」という、新たな金融緩和政策を導入したところです。勿論、「物価安定の目標」の達成に当たっては、消費者物価だけが2%上がれば良いわけではありません。私たちが目指す「物価安定の目標」とは、企業収益や雇用・賃金の増加を伴いながら実体経済がバランスよく改善するという好循環の中で達成されるべきものです。この点、政府が「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」という他の2本の矢を効果的に放ち、実需を作り出すことができれば、こうした好循環を作り出すことを後押しし、よりスムーズに「物価安定の目標」を実現できるものと考えています。政府は、既に様々な取組みを始めていますが、今後の取組みにも期待しています。

それと同時に、「量的・質的金融緩和」を継続していくためには、日本銀行による国債の買入れなどの政策が、あくまで「物価安定の目標」実現のためであり、決して財政ファイナンスを目的としたものではないと、人々に認識される必要があります。そのためには、財政の信認が維持されることが非常に重要です。1月の政府と日本銀行の「共同声明」にも明記してあるように、政府には、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組みを着実に推進されることを強く期待しています。

日本銀行法は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を、金融政策の運営の理念として定めています。積年の課題であるデフレからの脱却と物価安定の下での持続的成長の実現は、その理念に沿うものでもあります。日本経済が持ち直しつつある現在は課題達成の好機であり、これを活かすことは私たちの重大な使命であると考えています。

ご清聴ありがとうございました。