このページの本文へ移動

【挨拶】金融システムの課題と証券業界への期待

平成25年全国証券大会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年9月19日

目次

はじめに

本日は、「平成25年全国証券大会」にお招き頂き、誠にありがとうございます。日本証券業協会、全国証券取引所協議会、投資信託協会に加盟の皆様におかれましては、常日頃より証券市場の発展に尽力され、これを通じて日本経済の安定的な成長の実現に貢献されています。皆様のご努力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。

本日は、最初に、日本銀行の金融政策運営と最近の金融経済情勢についてご説明し、次に、金融システムの課題と証券業界への期待についてお話しすることをもって、私からのご挨拶とさせて頂きたいと思います。

日本銀行の金融政策運営と最近の金融経済情勢

日本銀行は、本年4月、15年近く続いたデフレからの脱却を目指し、「量的・質的金融緩和」を導入しました。それから約5か月、日本銀行はこの政策を着実に進めてまいりました。具体的には、「消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」という明確なコミットメントのもとで、長期国債やETFの買入れを行い、マネタリーベースを増加させてきました。マネタリーベースは、昨年末の138兆円から8月末には177兆円まで拡大しています。また、長期国債の保有残高も、同じ期間に、89兆円から123兆円に増加しています。

その政策効果はしっかりと現れてきており、こうしたもとで、金融市場や実体経済・物価には、前向きの動きが拡がりつつあります。

まず、金融市場をみると、株価は年初来で約4割上昇し、為替も円高修正が進みました。長期金利は、先進主要国の長期金利が軒並み上昇する中にあって、巨額の国債買入れの効果から、概ね横ばい圏内で推移しています。

わが国の景気は、家計部門・企業部門の双方で所得から支出へという前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに回復しています。最近では、雇用・所得環境の改善の動きがみられるほか、やや出遅れていた設備投資も、非製造業中心に持ち直しつつあります。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が、6月に1年2か月振りのプラスに転じたあと、7月は0.7%までプラス幅を拡大しています。石油製品などのエネルギー関連が押し上げに寄与していることは確かですが、個人消費が底堅く推移するもとで、幅広い品目に改善の動きがみられるようになっています。また、各種のアンケート調査の結果などをみると、「物価が上昇する」と考える人の割合が増加するなど、予想物価上昇率も、全体として上昇しています。

先行きについても、わが国の景気は、緩やかな回復を続けるものとみています。こうしたもとで、物価上昇率は、企業収益や雇用・賃金の増加を伴いながら、次第に高まっていくものと考えています。

日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続していく考えです。

金融システムの課題と証券業界への期待

次に、金融システムの課題と証券業界への期待についてお話ししたいと思います。

先ほども触れましたように、デフレ脱却に向けた前向きな循環メカニズムがわが国経済に働き始めるもとで、金融資本市場や金融システムにも、変化が生じつつあります。

1年前の証券大会の頃と現状を比べてみますと、株式市場における売買は格段に活発になっています。今年度上期の株式売買高は、およそ5年振りの高水準です。リテール分野では、投資信託の販売が大幅に増加していますし、ホールセールの分野では、株式の新規公開や社債発行の動きが活発になっています。証券業以外の分野に目を向けても、例えば銀行貸出が伸びを高めるなど、金融システム全般に、信用仲介活動が活性化しつつあるように窺われます。

もちろん、15年にわたるデフレからの脱却の道のりは、平坦ではないと思います。しかし、日本経済は、着実にその糸口を掴みつつあるだけに、足もとにおける、実体経済と金融面の前向きの流れを、さらに強めていく必要があります。その際、皆様が携わっておられる証券業務、そして資本市場は、極めて重要な役割を担うことができると考えています。

証券業界に期待される役割は、大きく分けると3つあります。いずれも目新しいものではありません。ただ、今のような局面だからこそ、関係者の知恵と叡智を集め、デフレ脱却という政策の方向性と、ビジネス、収益動機との接点を積極的に見出していって頂きたいと思います。

第一は、約1,500兆円に上る個人金融資産を、日本経済の発展にしっかり結び付けていくことです。申すまでもなく、わが国家計の安全資産指向の強さは、諸外国と比べて際立っています。こうした背景には、長期にわたる成長の停滞や「デフレマインド」の定着という面もあり、言わば「にわとりと卵」のような関係にあるのは事実です。しかし、日本経済が力強い成長を取り戻していく過程で、リスクマネーの供給が大きな鍵を握ることは間違いありません。この点、銀行部門に期待される役割も勿論大きいですが、家計の資産選択の多様化は、リスクマネーの供給源を格段に拡げることに繋がります。

来年1月には、NISA ― 日本版の少額投資非課税制度 ― の導入を控えています。これは、家計が資産選択の幅を拡げるうえで、よい機会になると考えています。これを契機に、家計が長期的な観点から、リスクとリターンに関する理解を深め、ひいては、リスクマネーの供給主体として重要な役割を担っていくことが望まれます。こうした観点から、家計のニーズや人口動態を意識した金融商品・サービスの提供、誠実で判りやすい商品性の説明など、証券業界の皆様の取組みに期待されるところは大きいと思います。

第二は、直接金融、資本市場の機能をさらに高めていくことです。このことは、リスクマネーを必要とする企業に届けていくうえで、極めて重要です。

わが国の資本市場は、新興企業・ベンチャー企業への資本性資金の供給、信用力の低い企業による社債市場へのアクセス拡充など、多くの点で機能を高めていく余地があります。この点、証券業界の皆様におかれては、社債市場の活性化に取り組んで来られたほか、最近では、クラウドファンディング、社会インフラファンドの上場など、新たな仲介ルートの創設に向けた議論を活発に進めておられると伺っています。そうした皆様の取組みを心強く感じるとともに、着実に実を結んでいくことを期待しています。

第三は、国際的に競争力の高い、オープンで効率的な金融資本市場を構築していくことです。

成長著しいアジア諸国には、社会インフラの整備をはじめとする旺盛な投資需要と、それに裏打ちされた金融ニーズが存在します。オープンで効率的な金融資本市場は、そうしたニーズとわが国の金融資産とを結び付けていくことに役立ちます。同時に、グローバルな投資家の資金をわが国に呼び込み、国内におけるリスクマネーの供給に繋げていくことも可能です。

日本銀行としても、皆様方と協力しながら、より魅力ある市場の実現に向けて、市場で政策運営を行う中央銀行の立場から、取引や決済など市場インフラの整備に貢献していきたいと考えています。

おわりに

最後になりましたが、今後とも、皆様方のビジネスの発展、そしてわが国金融資本市場のさらなる発展を祈念いたしまして、私からのご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。