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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

島根県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 中曽 宏
2013年10月9日

目次

1.はじめに

日本銀行の中曽でございます。本日は、当地の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行松江支店の様々な業務運営にご協力を頂いております。この場をお借りして改めて厚くお礼申しあげます。

個人的な話になりますが、山陰地方は、私にとってゆかりのある土地です。私の父は隣県である鳥取県の米子市出身です。私自身も父の故郷を何回か訪れたことがあります。松江は初めてであるにも拘らず、懐かしい気持ちを覚えるのは、この土地が私自身のルーツだからでもあるのでしょう。

さて、日本経済は、1990年代の金融危機の後、長年にわたりデフレの状況にありました。こうした状況から抜け出し、日本経済が活力を取り戻していくためには、まずはデフレから脱却し、企業や家計といった経済主体の行動が前向きに転じていくことが不可欠です。その意味で、日本経済が抱えている当面の最大の課題はデフレからの早期脱却であり、日本銀行が果たさなければならない役割は極めて重要だと認識しています。そうした認識のもとで、日本銀行は、本年4月に「量的・質的金融緩和」という新しい政策を導入しました。

そこで、本日は、皆様との懇談に先立ちまして、まず、内外経済の情勢についてご説明したうえで、この「量的・質的金融緩和」の考え方についてお話ししたいと思います。そして、最後に当地の経済について申し上げたいと考えています。

2.内外経済の現状と先行き

日本経済の現状と先行き

まずは、日本経済の動向についてです。日本経済は、家計部門および企業部門の双方で、所得から支出への前向きの循環メカニズムが次第にしっかりと働いてきています。家計部門においては、個人消費が底堅く推移しています。百貨店売上高が堅調であるほか、旅行や外食といったサービス消費も底堅く推移しています。こうした個人消費の底堅さは、団塊世代を中心としたシニア層の活発な消費行動が底流にあるなかで、本年入り後は株価上昇に伴う資産効果やマインドの改善に支えられてきた面が大きかったと思われます。それが、徐々に雇用・所得環境の改善に支えられる姿になってきています。すなわち、雇用環境については、失業率や有効求人倍率が、ほぼリーマン・ショック前の水準まで回復するなど、緩やかな改善が続いています。そのもとで、ボーナスなどの特別給与が明確に前年を上回るなど、1人当たり名目賃金は下げ止まりつつあります。雇用環境および賃金の改善を反映し、わが国全体でみた雇用者所得は前年比での増加を続けています。

次に、企業部門をみますと、収益の改善が続いていることから、設備投資が、GDP統計における実質ベースの計数で6四半期ぶりのプラスとなるなど、非製造業部門を中心に、持ち直しています。景気回復の持続性の鍵のひとつは設備投資と考えていたので、この点は心強い動きです。製造業部門の設備投資が相対的に出遅れていることは幾分気がかりですが、これまでの投資抑制で既存設備の老朽化がかなり進んでいることや研究開発費もこのところ抑制的であったことなどから、潜在需要は高まっていると思われます。そうしたもとで、今後、海外経済が次第に持ち直し、緩やかながらも輸出が増加していけば、製造業の設備投資についても、維持更新投資や研究開発投資、情報化関連投資などを中心に、改善が明確になっていくとみています。実際、先般公表した9月短観をみても、2013年度の製造業の設備投資計画については、前年比+7.0%と、しっかりと増加させる計画となっています。

こうしたことを踏まえて、日本銀行では、9月の金融政策決定会合において、景気の総括判断を「緩やかに回復している」とし、リーマン・ショック以降初めて、「回復している」という言葉を用いました。先行きについても、生産・所得・支出の前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかな回復を続けていくと考えています。消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響は予想されますが、基調としては、潜在成長率を上回る成長を続ける可能性が高いと考えています。

今回の景気回復の特徴

ここで、今回の景気回復の特徴についてお話ししたいと思います。従来、わが国の景気回復は、輸出と生産の増加が起点になって、製造業部門を中心に進むというのが典型的なパターンでした。しかし、今回の景気回復においては、従来とは異なり、個人消費や公共投資などの内需が堅調なことを受けて、非製造業部門が回復を主導していることが大きな特徴となっています。この背景には、シニア層の消費や復興関連支出が底流として内需を下支えするなかで、いわゆる「アベノミクス」のもとでの各種の政策の効果に加え、政策運営への期待や金融市場の好転を背景とした家計のマインドの改善といったことがあると思われます。実際、輸出や生産の水準については、未だリーマン・ショック前を下回っていますが、非製造業の経済活動の状態を示す第3次産業活動指数は、リーマン・ショック前の水準近くまで回復しています。設備投資の持ち直しも、先ほど述べたように、非製造業部門が中心となっています。

非製造業部門は、製造業部門よりも人手を多く必要とします。現在は、非製造業部門を中心に雇用・所得環境の改善が進み、それが個人消費を支えるという形で、前向きな循環メカニズムが働いていると考えられます。このように、所得から支出へという前向きの循環メカニズムが次第にしっかりと働くようになってきていることが内需の堅調さを支えており、今後もそうした動きが続くと考えています。

海外経済の現状と先行き

今回の景気回復においては内需の堅調さが目立ちます。一方で、輸出は、持ち直していますが、これまでのところ力強さに欠けています。日本経済の先行きを考えるうえでは、内需が堅調なうちに海外経済が持ち直し、内需と外需の両輪により牽引されていく姿に移行していくことが重要です。そこで、次に海外経済の動向についてご説明します。

海外経済は、全体としては徐々に持ち直しに向かっています。地域別にみますと、米国経済は、財政面からの下押し圧力を受けつつも、堅調な民需を背景に、緩やかな回復基調にあります。米国の財政については、リーマン・ショック後の大規模な財政出動などから、政府債務が大幅に増加しました。このため、財政再建に向けた動きがみられており、本年に入ってからは、各種の減税措置の失効や歳出の自動削減措置の発動などにより、緊縮的な財政運営が行われています。こうした財政面からの下押し圧力にもかかわらず、米国の民需は堅調です。その背景には、低金利下での緩和的な金融環境が続いているということがあります。例えば、住宅投資は、低い住宅ローン金利を背景に、基調として持ち直しています。FRBは、資産買入れペースを縮小する前提として、緩やかな成長の持ち直しに支えられて雇用情勢が改善を続けることを挙げていますので、今後も、FRBによる適切な金融政策運営が行われることを前提とすれば、民需が大きく下振れるリスクは小さいとみています。こうしたもとで、先行きの米国経済については、財政面からの下押し圧力が次第に和らいでいくと考えられることから、回復のテンポは徐々に高まっていくと考えています。

米国経済にとっての目下の最大の不確実性は、民主党と共和党の間で鋭い対立が続いている財政協議の行方です。暫定予算で合意できていないので既に一部政府機関の閉鎖に至っていますが、今月中旬には債務上限に達する見込みですので、このままでは米国債の償還や利払いが止まってしまいます。そうなると米国債の格下げやこれに伴うプレミアムの上昇が他国市場に伝播し、長期金利の上昇や株価の下落、為替相場の変動などを通じ世界経済に大きな影響を与える可能性があります。一方、この問題がうまく解決されれば、米国経済にとっての当面の不確実性が除去されるため、景気回復に弾みがつく可能性もあります。米国の財政協議については、とにかく、早期に決着をつけることが、わが国を含め世界経済にとって極めて重要だと思います。

次に、欧州経済についてみると、緩やかな後退が続いていましたが、本年第2四半期のGDPが7四半期ぶりにプラスとなるなど、漸く底入れしています。危機対応の面でも、昨年夏以降、欧州中央銀行による国債買入れプログラムが導入され、ユーロ参加国が財政危機に陥った場合に金融支援を行うための制度であるESM(European Stability Mechanism)が創設されるなど、欧州債務問題を巡る政策当局の対応が大きく進展したことは確かです。そのもとで、企業や家計のマインドは改善しています。緊縮財政路線も幾分修正されて、財政面からの下押し圧力はやや弱まっています。また、輸出も、ドイツなどを中心に底入れしています。こうした傾向が続くもとで、欧州経済は、先行き次第に持ち直しに向かっていく可能性が高いとみています。

ただ、欧州債務問題の根本的な解決に向けては、未だ道半ばと言わざるを得ません。現在、欧州の金融市場が落ち着いているのは、欧州中央銀行が大規模な緩和政策で、言わば時間を買っていることによってもたらされていると思います。この間に、各種の構造改革や欧州統合に向けたロードマップとして示された銀行、財政、経済、政治の各分野での統合に向けて着実に歩を進めていく必要があります。欧州中央銀行が買える時間には限りがあり、段々と高くなっていると思います。

中国経済については、以前に比べれば低めではありますが、安定した成長が続いています。中国では、新政権が、発足当初から、質素倹約令や不動産価格の抑制策などを打ち出し、構造改革に取り組む姿勢をはっきりと示しました。こうしたもとで、年初辺りから、景気の下振れが懸念されてきていました。しかし、7月に、政府が、本年の目標である7.5%前後の経済成長の達成を重視する姿勢を示すとともに、景気に配慮した各種の施策を決定したことから、先行きも、堅調な内需に支えられる形で、現状程度の安定した成長が続くとみています。また、政策対応余力の面でも、中国の財政状況は比較的余裕があることから、財政政策を発動する余地は残っています。こうしたことから考えると、中国経済の成長率が大きく下振れするリスクについては、少なくとも目先については、それほど大きくないと考えています。

この間、やや気になるのは新興国経済です。振り返ってみると、リーマン・ショックの急性症状から抜け出した後、世界経済は、新興国の高成長に牽引される形で回復してきました。こうした新興国の高成長の背景には、主として次の2つの要因がありました。第1に、これらの国では、生活水準向上に伴う消費活動の活発化や社会インフラ整備の必要性など、内需の基調が強かったことです。第2に、金融危機後、先進国における大規模な金融緩和が新興国への資本流入につながり、これらの国の景気拡大を促進する方向で作用したことです。ところが、最近では、米欧の景気が改善基調にある一方で、新興国においては、成長のモメンタムが幾分鈍化しています。その理由として、まず考えられるのは、金融危機直後には、新興国においても拡張的な政策がとられましたが、その過程で過剰な設備投資や過大な与信などの「行き過ぎ」が生じた可能性があることです。もうひとつは、米欧経済が改善基調にあるもとで、これまで新興国に流入してきた資本の逆流が進むことが懸念されていることです。

こうしたもとで、このところ、FRBによる資産買入れペース縮小の思惑をきっかけに、新興国のうち経常赤字国を中心に通貨安となるなど、市場が幾分不安定化しています。こうした市場の不安定化が、金融環境のタイト化や企業・家計のマインド悪化などを通じて実体経済に悪影響を及ぼすリスクには注意する必要があります。ただし、私は、1997年から1998年にかけてのアジア通貨危機のような事態に至る可能性は低いと考えています。すなわち、当時は、アジア諸国の銀行システムの脆弱性もあって大きな拡がりをもつ危機となったのに対し、現在生じている事態は、市場のボラティリティの高まりという、いわば、マーケットリスクの領域にとどまっています。また、安全網という点でも、外貨準備が相応に積み上げられているほか、短期的な外貨資金の融通を行う通貨スワップ取極めのネットワークであるチェンマイ・イニシアティブなどのバックストップが整備されてきていることなどから、資本流出に対して頑健になっています。さらに、G20やBISなどで、先進国と新興国が直接対話できる枠組みも今日では整っています。

以上、海外経済について総括すると、各国・地域それぞれにリスク要因を抱えていますが、全体としてみれば米国を中心に次第に持ち直していくとみています。そうしたもとで、わが国の輸出・生産は増加していくと考えています。

3.「量的・質的金融緩和」の考え方

それでは次に、日本銀行が現在進めている「量的・質的金融緩和」の考え方についてお話ししたいと思います。日本銀行は、本年4月に、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」という新しい政策を導入しました。この政策では、金融市場調節の操作目標を、従来の短期金利からマネタリーベース、つまり、世の中に出回っている銀行券・貨幣の残高と民間金融機関が日本銀行に保有している当座預金残高の合計額、に変更したうえで、マネタリーベースを2年間で2倍に拡大することとしました。また、そのために、残存期間の長いものを含めて、巨額の国債買入れを行うこととしています。さらに、こうした思い切った金融緩和政策を、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することを約束しています。

日本銀行は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を理念として、金融政策を運営しています。したがって、今申し上げた「物価安定の目標」の実現に当たっては、わが国経済が全体として持続的に成長し、国民生活がより豊かになるなかで、物価上昇率が徐々に高まっていく、という好循環を作り出すことが大切であると考えています。

物価上昇をもたらすルート

そのうえで、「量的・質的金融緩和」は、次の2つのルートを通じて物価の上昇をもたらすと考えています。第1のルートは、景気を刺激することで、経済全体としての需給バランスを改善させることです。すなわち、わが国全体の経済活動の水準を高め、財やサービス、労働に対する需給が引き締まることで、価格や賃金が上昇するというルートです。経済全体としての需給バランスは、需給ギャップ、すなわち、労働力や設備が平均的な稼働状況のもとで産出しうる潜在GDPと、実際のGDPの差としてとらえられます。日本経済には、なお、マイナスの需給ギャップ、すなわち、実際のGDPが潜在GDPを下回り労働力や設備が余った状態が残っていると考えられます。これをプラスに改善させなければなりません。このところ、わが国のGDPは、2四半期連続で年率4%程度の高い伸びを示しています。これは、0%台半ばと推計される潜在GDPの成長率を大きく上回る伸び率です。こうしたもとで、需給ギャップのマイナス幅は着実に縮小してきており、先行きプラスに転じていくと予想されます。

第2のルートは、人々の予想インフレ率を上昇させることです。予想インフレ率というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、人々が予想する将来の物価上昇率のことです。わが国では、15年近くデフレが継続したことにより、「物価は上がらない」との見方が定着してしまいました。デフレの状況においては、現預金やそれに近い資産を保有していることが、相対的に有利な投資になります。こうしたもとで、企業や家計は、設備投資や消費を手控えるようになり、経済の活力は失われました。そうした状況から抜け出すためには、人々の間に定着した「デフレ期待」を払拭すること、つまり、人々の予想インフレ率を引き上げることが必要です。そのために、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するという強く明確なコミットメントを行ったうえで、それを裏打ちするために、「量」の面でも「質」の面でも大きく踏み込んだ金融緩和を決定しました。そうすることで、企業や家計といった経済主体の「デフレ期待」を抜本的に転換することを目指しています。

それでは、今申し上げた2つのルートは、具体的にはどのように実体経済に作用するのでしょうか。次に、その点についてお話しいたします。

金利への働きかけ —実質金利の考え方—

「量的・質的金融緩和」には、様々な波及経路がありますが、中でも重要なのは、実質金利への働きかけです。実質金利とは、名目金利から予想インフレ率を差し引いた実質ベースでの金利のことです。つまり、企業や家計が先行き物価が上がり、売上や賃金も上昇すると考えるのであれば、実際の金利負担は、名目の利回りよりも小さくなるということです。企業や家計の支出行動は、この実質金利に大きく影響されますので、実質金利を低下させることができれば、個人消費や設備投資が促され、経済活動の水準が高まります。その結果、財やサービス、労働の各市場において需給が引き締まり、物価も上昇することになります。

名目金利、とりわけ長期金利は、経済・物価の先行きの見通しによって決定されると考えられます。従って、実体経済や物価が好転し、予想インフレ率が上昇すれば、名目金利は上昇するのが本来の姿です。予想インフレ率を引き上げても、名目金利が同じだけ上昇してしまえば、実質金利は変わりません。つまり、実質金利を低下させるためには、予想インフレ率を引き上げつつ、それとの対比で名目金利の上昇を抑える必要があります。そこで、「量的・質的金融緩和」では、期待の転換によって人々の予想インフレ率を引き上げながら、一方では、大量の国債買入れにより名目金利の上昇を極力抑えるというオペレーションをしているのです。これは微妙なバランスを要する難度の高い政策です。

「量的・質的金融緩和」導入後の金利動向

これまでのところ、そうした取り組みは成功しています。まず、予想インフレ率は全体として上昇しているとみられます。予想インフレ率を直接観察することは難しいですが、物価連動国債を用いて計測したブレーク・イーブン・インフレ率や、家計、エコノミスト、市場参加者に対する調査といったものを全体としてみると、人々の予想インフレ率は上昇していると考えられます。

一方で、わが国の長期金利は安定的に推移しています。名目金利の上昇を極力抑えるというオペレーションは、日本銀行が、国債市場において巨額の国債を買入れることにより達成しようとしているものであり、市場参加者の協力が欠かせません。このため、日本銀行では、4月に「量的・質的金融緩和」を導入した当日から、市場参加者との対話を開始しました。その後、「量的・質的金融緩和」の内容を市場が消化していく過程では、国債市場のボラティリティが高まり、市場参加者の投資姿勢が慎重化したことなどから、長期金利が上昇する局面もありました。これに対して、日本銀行は、市場参加者との意見交換を踏まえて、国債買入れの手法について改善を重ねてきました。

こうした取り組みの結果、国債市場は落ち着きを取り戻し、わが国の長期金利は、0.6%台という低い水準で安定的に推移しています。FRBによる資産買入れペース縮小の思惑を背景にした米国長期金利の上昇を受けて世界的に長期金利が上昇している中にあっては、わが国の長期金利の安定は際立っています。貸出金利のベースとなる国債金利が低い水準で安定的に推移するもとで、企業や家計に対する貸出金利全体の動きを示す貸出約定平均金利も、既往ボトム圏の低水準での推移を続けています。

このように、予想インフレ率が全体として上昇しているとみられる一方で、長期金利は安定していますので、実質金利は低下方向にあると考えられます。こうしたもとで、わが国の物価は、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比をみると、本年半ばにプラスに転じた後、プラス幅を拡大し、8月は+0.8%となっています。先行きについても、経済全体としての需給バランスの改善と予想インフレ率の上昇が続くもとで、2014年度後半から2015年度にかけて、消費者物価の前年比は、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。金融政策によって、予想インフレ率を引き上げることは、未踏の領域における極めて野心的な取り組みであると認識しておりますが、私どもとしては、「量的・質的金融緩和」の推進による成果を着実に積み重ねていくことにより、デフレからの脱却という積年の課題を是非とも達成したいと考えています。

4.おわりに

最後に島根県および山陰経済についてお話しさせて頂きます。島根県は、2012年の「古事記編纂1300年」や2013年の「出雲大社の平成の大遷宮」という歴史的な節目をとらえ、島根観光のブランド確立に向け全県を挙げて注力されてきました。その積極的なPR活動は、首都圏でも耳にするところであり、近年のいわゆる「パワースポット・ブーム」や松江自動車道の開通と相まって、観光需要が大きく伸びています。日本銀行松江支店の試算によれば、平成の大遷宮などによる2013年中の観光需要増加の経済波及効果は300億円弱に達する見込みです1。島根県の県内総生産が2兆円強であることを踏まえれば、過去10年間平均でほぼゼロ成長の県の経済にとって、相応の景気浮揚効果であると考えられます。

こうした観光業の好調に加え、公共投資や民間建設投資の増加に支えられた建設業など非製造業の業況は全般に改善しています。さらに、製造業においても、スマートフォンやタブレット端末向け電子部品や自動車関連財の生産が好調であること、観光需要や公共投資など内需の増加を受けた食料品や建設関連財の生産が堅調であることなどから業況の改善が進んでいます。このため、島根県の景気は緩やかに回復しています。先般公表した9月短観によれば、山陰地区の業況感は、1991年以来の高い水準となり、景気回復の裾野の拡がりが改めて確認できます。全国の業況感と比較しても、足もとはほぼ同じ水準で推移しています。

かつて山陰経済は、2002年から2007年にかけての戦後最長の景気回復局面において、業況の改善が全国平均に比べ著しく緩慢でした。これは、当時の景気回復が世界経済の拡大による外需主導で進み、その恩恵が当地にはあまり及ばなかった一方で、この時期における公共投資削減の影響が、建設業のウエイトが高い山陰地区に大きく現われたためです。これに対して、今回の景気回復局面において、山陰地区の業況感が全国と同様に改善しているのは、堅調な内需が非製造業部門の生産活動の改善を促すという今回の景気回復の特徴が当地においても現われているためと思われます。また、当地の製造業の構造上、内需依存度の高い食料品や木材・木製品などの業種ウエイトが全国に比べ相対的に高いことが、製造業の生産活動を後押ししている側面もあります。こうしたもとで、当地においても、緩やかに増加している生産などを受けて、所得から支出へという前向きな循環メカニズムが企業部門を中心に働き始めています。

日本銀行では、当地を含め、全国で生まれつつあるこうした前向きな循環メカニズムが、今後もしっかりと働き続けていくよう、着実に「量的・質的金融緩和」を進めていきたいと考えています。その際、松江支店を含め、全国の支店網を通じて地域経済の動向もしっかりと把握しながら、経済・物価情勢を丹念に点検することが大変重要であると考えています。こうした観点から、皆様には、引き続き、松江支店の調査などにご協力下さるようお願い申し上げたいと思います。

当地は、豊富な観光資源、豊かな農林水産資源、高い技術力を有する製造業の集積など、多くの「資源」を有しています。島根県経済にとって、足もとの景気回復を一過性のものにとどめないためにも、これらの「資源」を有効に活用し、成長力の改善につなげることが重要です。この点で、観光業を始めとする当地の各産業が一体となって、「地域の資源を有効に活用して生産を互いに誘発しながら、地域での消費を拡大する」という、広い意味での「地産地消」の取り組みを一層推進することが望まれます。それらの取り組みを通じて、私のルーツでもある当地の経済がますます発展していくことを心よりお祈りして、私からの話を終わらせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 日本銀行松江支店「平成の大遷宮の経済波及効果」(特別調査、2013年9月17日)参照。