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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

長崎県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2014年11月12日

目次

1.はじめに

日本銀行の宮尾でございます。本日はお忙しい中、長崎県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から本行長崎支店の業務運営にご協力頂いておりまして、この場をお借りして、改めて厚くお礼申しあげます。

本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、緩やかな景気回復を続ける日本の経済・物価情勢を概観した後、金融政策についてご説明し、最後に長崎県経済について、若干触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のないご意見などお聞かせ頂ければと存じます。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)緩やかな回復を続けるわが国経済

わが国の景気は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動などの影響から生産面を中心に弱めの動きがみられていますが、基調的には緩やかな回復を続けています(図表1)。

最近の動きをやや敷衍すると、まず海外経済については、一部になお緩慢さは残るものの、先進国を中心に回復が続いています(図表2)。すなわち、米国経済は、良好な雇用環境の中で家計支出は堅調に推移しており、これが企業部門に波及する形で回復がよりしっかりとしてきています。欧州経済は、債務問題に伴う調整圧力が残り、物価上昇率の低下傾向も見られますが、個人消費の底堅さなどに支えられ、緩やかな回復基調は続いています。中国経済については、製造業部門における過剰設備問題や不動産市場の調整が下押し圧力となっていますが、外需の改善や景気下支え策もあって総じて安定した成長を維持しています。NIEsは国ごとのばらつきが目立っていますが、米国向けに輸出が伸びており、やや上向いています。一方、ASEANは、輸出や個人消費で改善の動きがみられますが、全体では成長の勢いを欠く状態が続いています。

こうした中、わが国経済は基調として緩やかな回復を続けています。外需については、ASEAN向けの弱さが続いたことや、中国向けが伸び悩んだこと、米国向けでも自動車メーカーを中心に現地生産拡大による下押しの影響が現れたことから、このところの輸出は全体として弱めの動きとなっています。一方、公共投資は2014年度当初予算の早期執行などの影響から高水準を維持しています。企業部門については、駆け込み需要の反動減の影響を受けつつも、企業の業況感やその背景にある企業収益は総じてみれば良好な水準を維持しています。このため、設備投資も振れを伴いつつも緩やかな増加基調を続けています。家計部門では、雇用・所得環境が着実に改善する下で、個人消費は基調的に底堅く推移しています。駆け込み需要の反動などの影響は、4〜6月にはっきりと現れましたが、その後は自動車や家電などの耐久財、住宅投資がやや長引いているのを除けば、全体として和らいできていると評価できます。1こうした中で、鉱工業生産は、4〜6月に大幅に減少し、その後も、耐久消費財や建設財を中心に在庫調整の動きもあって、弱めの動きとなっています。

この間、物価については、消費者物価(除く生鮮食品、消費税率引上げの直接的な影響を除いたベース)の前年比は、2014年度前半までは概ね1%台前半で推移しています。食料・エネルギーを除いた指数でみても、0%台後半で推移しています(図表3)。

  1.   1  このところの個人消費動向に関して、需要側統計(家計調査など)をみると、駆け込み需要の反動減だけでは説明しきれない弱さがみられます。たとえば、家計調査の実収入(名目)は、毎月勤労統計の現金給与総額の動きと比べて大きく下方に乖離しており、サンプル要因が影響している可能性もあるとみられます。

(2)経済・物価の見通し

2014年度から2016年度までのわが国経済を展望すると、経済と物価の中心的な見通しとそのメカニズムについては、以下のように考えています(図表4)。

経済の見通し

まず、経済の見通しについては、国内需要が堅調さを維持する中で、輸出も緩やかな増加に向かっていくと見込まれ、家計部門、企業部門ともに所得から支出への前向きの循環メカニズムは持続するものとみています。

この背景をやや敷衍すると、第1に、海外経済については、先進国が堅調な景気回復を続け、その好影響が新興国にも徐々に波及する中で、緩やかに成長率を高める姿を見込んでいます。とりわけ米国経済は、家計部門の堅調さが企業部門へ波及するもとで、回復ペースは徐々に高まっていくと予想しています。こうしたもとで、輸出は、為替相場の動きも下支えとなり、緩やかな増加に向かっていくとみています。主要な輸出企業がグローバル・ベースでの生産・調達に向けた取組みを続けていることは、輸出の増加ペースを抑制する要因となります。他方で、高い競争力を維持する財の輸出(資本財や電子部品・デバイスなど)、ならびに訪日外国人数の増加に伴う旅行収支(サービス輸出)の改善は、さらに進んでいくと見ています(図表5)。2

第2に、経済の供給サイドの改善を背景に、消費の基調的な底堅さも持続するとみています。3足元、耐久財消費などで反動減の影響がやや長引いている点は留意が必要ですが、過去約2年を振り返ると、従来の景気回復要因である輸出や設備投資の顕著な増加を伴わずに、消費が伸びを高め、景気回復を牽引してきたことは、特筆に価する動きと言えます(図表6)。この間、経済の実力である供給サイドの改善がさまざまな形で進んできており、企業・家計が前向きな取組みを進める下で、企業収益や雇用・所得、労働参加などで表される経済の所得形成力が全体として強まってきています(図表7〜9)。その基本的な傾向は今後も続くと見られるため、経済全体の恒常所得の見通しが改善し、あるいは将来への雇用不安や不確実性がさらに後退して、消費の回復基調は維持されるとみています。4

第3に、本年夏場以降の原油価格下落については、実体経済には、企業収益、家計の実質所得の両面から、プラスの影響を及ぼすものと考えられます(図表11)。足元までの原油価格の下落には、グローバル需要の鈍化という需要要因と、米国などの増産といった供給要因の両方が影響しているものと思われます。今後の原油価格動向を正確に見通すことは難しいですが、仮に足元の水準を出発点として、世界経済の成長ペースにあわせて緩やかに上昇していく姿を仮定すると、前年比でみた物価上昇率への下押し圧力は当面の間継続する一方で、企業収益や家計所得への下支えを通じたプラス効果は相応に顕現化してくると見込まれます。

第4に、金融環境の緩和度合いはさらに強まっていくと予想されます。今般拡大した「量的・質的金融緩和」を着実に推進するもとで、名目長期金利の上昇圧力は抑制されるとともに、米国経済の回復ペースの高まりやわが国の企業収益の改善基調などもファンダメンタルズ要因から資産価格を下支えしていくと見込まれます。これらの要因から、全体として緩和的な金融環境が支えられ、その基調は強まっていくとみています(図表12)。

以上を踏まえると、2015年度中には2回目の消費税率引き上げによる振れが予想されますが、内需の堅調な増加と、財・サービス輸出の緩やかな増加に支えられて、前向きの循環メカニズムは維持され、潜在成長率を上回る成長が続くと見込んでいます。

  1.   2  外国人観光客は広がりを伴いつつ増加してきており、多様な観光需要を取り込む取組みも進んできています。各地域の具体的な事例については、日本銀行「地域経済報告(さくらレポート、2014年10月)」をご参照ください。
  2.   3  供給サイドの改善状況に関するより詳しい説明については、「日本経済と金融政策」(2014年10月18日、日本金融学会2014年度秋季大会における特別講演)などをご参照ください。
  3.   4  また、経済の供給サイドの実力を考えるうえで、企業の研究開発投資の動向も重要です。最近の主要企業の研究開発活動の状況をアンケート調査などでみると、積極的な取組みが窺われます(図表10)。現時点では、研究開発投資の大半は、GDPの推計対象に入っていませんが、わが国のGDPひいては潜在成長率を着実に押し上げるものと考えられます。国民経済計算の新しい体系である08SNAでは、研究開発投資はGDPの構成要素となっており、すでに08SNAを導入している米国、EUではGDPの押し上げ要因となっています。なお、日本でも2016年中には08SNAを適用する方向で作業が進んでいます。

物価の見通し

物価の先行きを見通すにあたっては、労働や設備の稼働状況を表すマクロ的な需給バランス、中長期的な予想物価上昇率、輸入物価の3つの側面を考える必要があります。

第1に、マクロ的な需給バランスについてですが、日本銀行による需給ギャップ推計値をみると、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、足元は過去平均並みのゼロ近傍の水準にあります(図表13)。企業は、需要の反動減について一時的とみているとみられ、前向きな雇用スタンスを維持しているほか、非製造業を中心に設備の不足感も強まっています。このため、需給バランスは、プラス基調が定着した後、来年度以降、プラス幅がさらに拡大していくと考えられ、物価の上昇圧力は着実に強まっていくとみています。

第2に、中長期的な予想物価上昇率はやや長い目でみれば全体として上昇しているとみられ、今般拡大した「量的・質的金融緩和」を進めるもとで、「物価安定の目標」である2%程度に向けて次第に収斂していくと考えられます(図表14)。

第3に、輸入物価については、このところの為替円安化が消費者物価への押し上げ要因となる一方、原油価格をはじめとする国際商品市況の下落は下押し要因となります。とりわけ原油価格下落の影響については、仮に先に述べた今後の原油価格見通しを前提とすると、ガソリンなど石油製品に加え、電気・ガス料金へも波及するとみられることから、相応の下押し圧力が来年の夏ごろまで継続すると見ています(図表15、前掲図表11)。

以上の点を総合すると、消費者物価(除く生鮮食品、消費税率引き上げの直接的な影響を除くベース)の上昇率は、2015年度を中心とする期間に2%程度に達する可能性が高いとみられます。私としては、主として原油価格下落に伴う下押しが上昇圧力を抑制することにより、2015年の夏場までは現状程度の前年比1%前後で推移すると見込んでいます。その後は、前年比でみた原油価格下落の影響が剥落するとともに、需給ギャップのプラス幅が一段と拡大することから、2015年度の後半にかけて伸び率を高め、2015年度後半頃には物価安定目標である2%程度に達する可能性が高いと予想しています(図表16)。

リスク・バランス

以上の中心的な見通しに対して、実体経済のリスク要因としては、米国や欧州、新興国を中心とする海外経済の動向と輸出への影響、2回にわたる消費税率引き上げの影響、企業や家計の中長期的な成長期待などがあります。また、物価見通しに対するリスク要因としては、中長期的な予想物価上昇率の動向、マクロ的な需給バランス、輸入物価の動向などがあります。これらのリスクについて、私自身は、経済見通し、物価見通しともに、概ね上下にバランスしているとみています。

3.金融政策

(1)「量的・質的金融緩和」の拡大

日本銀行は、先月31日、2%の「物価安定の目標」の早期の実現を確かなものにするために、「量的・質的金融緩和」を拡大することを決定しました(図表17)。

具体的には、(1)マネタリーベースの増加ペースをこれまでの年間約60〜70兆円から約80兆円に拡大するとともに、(2)長期国債の買入れペースについて、日本銀行の保有残高増加額を年間約50兆円から約30兆円拡大して、約80兆円としました。また、長期国債買入れの平均残存期間をこれまでの7年程度から、7〜10年程度に長期化・柔軟化しました。さらに、(3)ETF、J-REITといったリスク性資産の買入れペースをこれまでの3倍増とし、それぞれ年間約3兆円、約900億円としました。買入れるETFの資産として、新たにJPX日経400も追加しています。

日本銀行は、昨年1月に消費者物価上昇率2%という物価安定目標を導入するとともに、昨年4月には、この目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。その際、2%目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続することも表明しました。

強力な金融緩和を導入して1年半余りが経過しましたが、この間の実体経済の回復を金融面から強力にサポートしてきたと見ています。その結果、物価面では「量的・質的金融緩和」を導入する直前の昨年3月の時点でマイナス0.5%であった消費者物価の前年比が、現在はプラス1%台前半まで改善しました。

もっとも、消費税率引き上げ後の需要面での弱めの動きや原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として作用しており、直近の9月には前年比+1.0%まで伸び率を縮小しました。需要の一時的な弱さはすでに和らぎ始めているほか、原油価格下落の影響は、やや長い目でみれば経済活動に好影響を与え、物価を押し上げる方向に作用するものです。しかし、短期的とはいえ、現在の物価下押し圧力が残存する場合、これまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクがあります。

わが国は長年にわたってデフレが続いてきており、米国のように予想物価上昇率がすでに2%程度にアンカーされている国とは異なり、国民の物価感そのものを2%程度に引き上げる途上にあります。そのプロセスにおいて、仮に短期的であっても、実際の物価上昇率の伸び悩みが続けば、これまでの予想物価上昇率の好転のモメンタムを弱めるリスクがあると考えました。日本では、過去のインフレ率の実績が人々のインフレ予想の形成に影響を与えるという「適応的な」予想形成メカニズムが相応に強いとみられる点も留意が必要です。日本銀行としては、こうしたリスクの顕現化を未然に防ぎ、好転している期待形成のモメンタムを維持するために、このタイミングで「量的・質的金融緩和」を拡大することが適当と判断しました。

なお、これまでの「量的・質的金融緩和」では、平均残存期間7年程度で実施してきた結果、イールドカーブの短めのゾーンの金利低下が大きく進んだ一方、長めのゾーンの金利は相対的にはこれより高い状況にありました。今般、平均残存期間を長期化・柔軟化したことで、イールドカーブ全体にわたって金利低下圧力が強まると考えています。また、国債買入に関する弾力的なオペレーションを可能にするため、月々の具体的な買入予定(翌月分)を、毎月の終わりに公表することとしました。5

  1.   5  「当面の長期国債買入れの運営について」(2014年10月31日公表)を参照。

(2)政策の効果とコスト

今回の「量的・質的金融緩和」の拡大に際して、私自身、期待される効果と懸念されるコストやリスクをどう考えたか、述べたいと思います。

まず効果についてですが、昨年4月からの「量的・質的金融緩和」は、イールドカーブ全体にさらに低下圧力をかけ、また資産価格にも強力に働きかけることで、金融環境は一段と緩和的となり、企業収益や雇用、賃金の改善を強力に後押ししてきたとみています。企業・家計の所得形成力が高まり、需要の持続的な改善が続くとの見通しが広がる中で、物価上昇圧力も高まってきました。6所得から支出への景気の前向きな循環メカニズムが今後も維持されるというのがメインシナリオであり、企業の収益力、家計の労働供給などの面で、経済の実力である供給サイドの改善も着実に進むと見込まれます。その中での今回の追加緩和措置は、これまで以上にしっかりとした効果を発揮していくことが期待できます。

すなわち、企業の収益力が高まるなかで、極めて緩和的な金融環境を生かして、前向きな取組みやリスクテイクが促され、景気浮揚効果はより高まります。大規模な国債買入れにより長めの金利に低下圧力がかかり、資産価格にも上昇圧力がかかりますが、企業収益などのファンダメンタルズが同時に改善していれば、資産価格の上昇はより持続可能となり、正当化されやすくなります。経済の実力の改善とあいまって、継続的な支出の増加が促されることで、より持続的な政策効果が期待されるのです(前掲図表12)。

一方で、今回の措置に伴う潜在的なコストやリスクについては、どのように考えられるでしょうか。国債買入などの非伝統的な緩和措置の拡大が「一時的な資産価格バブルをもたらすだけで、経済をむしろ不安定化する」とのリスクについては、供給サイドの成長力や競争力の改善が伴っているか、不採算事業の見直しなど先送りされてきた構造転換が進むかどうかがカギであると見ています。この点は、私自身は、再三強調しているように、この間日本経済の実力を高めるような前向きな取組みは着実に進展してきており、今後もその傾向が続くと見ていることから、このリスクは抑制されていると判断しています。いま述べたように、ファンダメンタルズの改善が伴うことで資産価格上昇がより持続的となり、正当化されやすくなることで、金融面の不均衡の蓄積という潜在的な副作用は抑制されやすくなると考えます。

また、金融緩和によって収益力の弱い企業にまで資金が行き渡り「経済の新陳代謝が滞るリスク」についても、同様の理由から、相応に抑制されると見ています。すなわち、思い切った政策がより高い効果を発揮するなかで、企業がこれまで先送りしてきたレガシーの処理や事業承継などを進める余力が増し、そういった企業の取組みも強力に後押しすることで、設備投資、構造転換、新陳代謝などが一層進展する可能性が高まります。7その結果、経済の実力そして政策の効果がさらに高まるという好循環も期待できると考えているのです。

わが国では、もともと企業収益が改善基調にあり、昨年の政策発動によって、収益力など経済の実力がさらに高まり、景気回復の持続性が強まってきた可能性があります。日本では、この間、金融緩和が強化され、株価が上昇基調を維持するなかで、企業収益が改善しており、米国でも同様の状況がみられます(前掲図表12、図表18)。このような実績をみる限り、収益向上へ向けた前向きな取組みや不採算事業の構造転換を強化する取組みが、一段と緩和的な金融環境によって、後押しされている可能性が窺われます。そういった前向きの動きを、今回の措置がさらに強力に後押しすると見ているのです。

  1.   6  これまでの物価上昇圧力の高まりや「量的・質的金融緩和」の効果に関するより詳しい説明については、「日本経済と金融政策」(2014年10月18日、日本金融学会2014年度秋季大会における特別講演)をご参照ください。
  2.   7  強力な金融緩和が、企業の前向きな取組みや事業の構造転換などを促すかどうかは、事前に必ずしも明確ではありませんが、日本銀行がリスクを取り、資産価格上昇などを通じて企業の余力を高めることで、もともと成長力強化に意欲的な企業のリスクテイク行動や、これまで躊躇し先送りしてきた企業の構造転換への取組みの両方を強力に後押しして、収益力・競争力を高めるという効果が期待されるのです。そして実際、企業収益の改善基調に表されるように、そういった効果が少なくともこれまでは着実に表れているように窺われます。

(3)「出口」の見通し

今回の「量的・質的金融緩和」の拡大によって、緩和策からの「出口」を見通すことがより難しくなったという指摘があります。しかし、この点について、私は必ずしもそのようには考えていません。

今回の拡大措置のもたらす重要なポイントは、従前の緩和策を遂行している場合に比べて、2%目標に到達する時期がより早まり、その実現可能性も増すと見られる点です。今回の措置の結果、私自身は、企業収益や雇用・賃金の改善を伴うバランスの取れた形での2%目標の実現は、2015年度後半の時期に十分可能であるとみています。実際、来年夏場以降の物価上昇率は、原油価格下落の前年の裏がはける形で、上昇ペースが速まっていくとみています(前掲図表16)。

そうなれば、2015年度下期の時点で、先行きの2%目標の安定的な達成が相応の確からしさを持って見通せるようになります。したがって、今回の措置が実行されることで、私としては、具体的な出口戦略の議論—たとえば、米国の中央銀行にあたるFRBがこの間歩んできたように、どういうペースで資産買入れのアクセルを緩めるのか、どういうステップで金利政策に移行していくかといった検討—も、2%目標の実現が可能とみている2015年度後半の時期には開始できる可能性が高いと考えているのです。

名目金利は、先行きの経済・物価情勢に関する見通しにターム・プレミアムが加わって形成されるものです。現在、日本銀行が国債買入れを行い金利に低下圧力を加えていますが、今後、経済・物価情勢が改善していくもとで金利上昇圧力が強まっていけば、国債買入れが続く中にあっても金利は下げ止まったり、上昇に転じていくことも考えられます。

先日の決定会合において経済物価見通しを入念に点検した結果、物価見通しが下振れるリスクが高まり、何らかの政策対応を講じる必要性が高まりました。前向きの循環メカニズムが維持されているこのタイミングを捉え、追加緩和という明確な形で思い切った措置を講じて回復を後押しすることにより、一段と高い政策効果が期待できます。その結果、より早期のタイミングで—具体的には2015年度後半にでも—2%目標を実現し、「出口」の議論を開始することも展望できます。このような予想されるベネフィットと、懸念されるコストやリスクを慎重に比較考量した結果、私自身、追加緩和が適切と判断しました。

(4)政府と日銀の「共同声明」の意義

ここで改めて、昨年1月に公表した、政府との「共同声明」の意義を確認しておきたいと思います。その骨子を改めて示すと、

  • 日本銀行は、日本経済の競争力と成長力強化に向けた幅広い主体の取組みが進展するとの認識に立って、物価安定の目標を消費者物価上昇率で2%とし、これをできるだけ早期に実現することを目指す。
  • 政府は、機動的なマクロ経済政策運営とともに、大胆な規制・制度改革、税制の活用など思い切った政策を総動員し、日本経済の競争力と成長力強化に向けた取組を強力に推進する。また、日本銀行との連携強化にあたり、持続可能な財政構造を確立するための取組みを着実に推進する。

こういった日本銀行と政府双方の取組みが、共同声明には明記されています。

日本銀行による今回の追加緩和措置は、この共同声明に沿って、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的成長の実現を目指して、一段と強い決意のもとで、決定されたものです。政府の取組みについても、この共同声明に沿って、強力かつ着実な進展が図られることを、改めて強く期待します。

4.おわりに〜長崎県経済について〜

結びにあたり、当地の経済についてお話したいと思います。

長崎県は、出島に象徴されるように、古くから国際交流拠点、世界に開かれた地域として、特色ある地域文化を育みながら発展を遂げてこられました。また、造船など重工業を中心としたモノづくりの近代化や発展に大きな役割を果たしてこられました。さらに、こうした歴史と伝統はもとより、離島や温泉、新鮮な農水産物や魅力溢れる食文化など、豊かな観光資源にも恵まれています。

基幹産業である造船業では、2年ほど前には、新造船建造の受注残が減って船台やドッグが空いてしまうかもしれないという“2014年問題”が懸念されていたようですが、その後の円高是正や日本の省エネ・高性能に対する評価の高まりから競争力や需要が回復し、いまでは高い操業度が続くもとで、人手不足・人材不足への対応の方が課題になっていると聞いています。

また、観光面では、世界文化遺産への登録に向けて、昨年の「明治日本の産業革命遺産」に続いて、今年も「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が政府推薦案件に決定されました。九州新幹線長崎ルートの2022年完成に向けた工事が進む下で、世界新三大夜景とともに、長崎の魅力を国内外に広く発信するためのコンテンツの整備が進み、交流人口の拡大を図る上での好機に恵まれていると期待されるところです。

一方、長崎県は、離島地域を中心に人口減少が続いており、とりわけ、若年層の県外への流出が続くという大きな課題に直面しておられます。また、漁獲高の減少をはじめ県内各地の地場産業や中小零細企業の事業基盤が弱まる傾向がなかなか改善していかないといった課題もあると聞いています。言うまでもなく、こうした問題はわが国の地域経済の多くが抱えている悩みと言えます。

これに対して、長崎県では、若者が地域に住み続けられる豊かな暮らしを実現するための取組みとして、「県民所得向上対策」を打ち出され、当地産業の柱であり、強みである製造業、農林水産業、観光業の競争力を一段と強化するとともに、国際クルーズ客船の積極誘致などアジアを中心とした海外需要の取り込みにも注力しておられます。こうした取組みを後押しする形で、産学官が連携した「長崎サミット」でも議論が活発に展開され、長崎の街づくりにおいて重要な役割を果たされていると伺っています。

このように長崎県においては、外需の取り込みと内需の掘り起こしに向けた努力の成果が着実に蓄積されてきておられます。日本銀行としても、皆様の様々な挑戦に期待し、今後とも、中央銀行としてできる限りの応援をして参りたいと思います。