このページの本文へ移動

【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

English

千葉県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 森本 宜久
2015年2月9日

目次

1.はじめに

日本銀行の森本宜久です。本日は、千葉県の行政および金融・経済界を代表する皆様方にご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの調査統計局による千葉県経済の調査活動のほか、日本銀行各部署の業務運営に多大にご協力頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日は、当地の各分野における最近の業況や、日本銀行の政策・業務運営に関して皆様方が日々感じておられることなどを直接お聞きしたいという思いで参りました。まず私から、経済・物価情勢を概観した後、金融政策についてご説明させて頂き、最後に、千葉県経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や忌憚のないご意見を承りたく存じます。

どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、わが国の経済にも大きな影響を与える国際金融資本市場の動向や海外経済の動向についてお話しさせて頂きます。

国際金融資本市場では、昨年の夏場までは低ボラティリティのもとで投資家の利回り追求の動きがみられていましたが、秋以降、世界経済の減速懸念や原油安の影響が意識される中、投資家のリスク回避姿勢が強まる局面がみられ、年明け以降もギリシャ情勢の不透明感の高まりやスイス中銀によるユーロ/スイスフランの下限撤廃なども加わり、神経質な展開が続いています。この間、国際商品市況は軟調となっており、原油は、供給面および需要面の双方の要因が影響し、急激な価格下落がみられています。原油価格の下落は、交易条件の変化を通じ、わが国を含めた原油消費国には購買力の上昇から経済にプラスに働く一方、産油国では原油収入の減少からマイナスに働くことになります。世界経済全体としてみると成長率を押し上げる方向に働くとみていますが、産油国であるロシアでは通貨ルーブルが、夏場以降下落基調を辿る中で、米欧の経済制裁もあって、経済への影響が懸念される状況にあります。この間、ロシアの政策当局は、金融関連での包括的な対応策も打ち出しており、外貨準備も高水準を維持していることから、直ぐに債務危機に繋がる可能性は高くないとみていますが、欧州経済への影響や国際金融資本市場に与える影響には注意が必要です。また、ギリシャ情勢については、1月にスタートした新政権のもとで、EU等との債務再編を巡る交渉が始まった段階ですが、今後の展開に伴う欧州周縁国市場への影響にも十分な注視が必要です。

こうしたもとで、海外経済は、新興国経済の回復にばらつきはみられますが、先進国を中心に全体として緩やかに回復しています。先行きについても、先進国が堅調な景気回復を続け、その好影響が新興国にも徐々に波及する中で、緩やかに成長率を高めていく姿を見込んでいます。1月に公表されたIMFによる世界経済の成長率見通しは、昨年10月時点の見通しから下方修正されましたが、2014年実績である+3.3%から、2015年+3.5%、2016年+3.7%と、緩やかに高まっていく見通しは維持されています。

主要国・地域別にみると、米国経済については、良好な雇用環境に加えて、大幅なガソリン価格の低下もあり、個人消費は堅調に推移しています。また家計部門の好影響が企業にも波及し、企業活動のモメンタムは確りとしており、景気の前向きな循環が維持されるもとで、しっかりとした回復を続けるとみられます。欧州経済については、債務問題に伴う調整圧力が残り、低インフレが長期化するリスクやウクライナ・ロシア情勢が実体経済やマインド面に与える影響に注視していく必要がありますが、個人消費の底堅さなどに支えられ、ごく緩やかながらも回復を続けると考えられます。なお、低インフレが継続するリスクに対し、ECB(欧州中央銀行)は、1月下旬に各国の国債等を買入れ、市場に大量の資金供給を行う資産買入れの拡大1を3月から開始することを公表しており、今後の景気や物価への効果の波及を見極めていきたいと思います。中国経済については、投資や生産面に減速感がみられるほか、不動産市場の調整が長引く可能性や、政府が構造調整を優先する姿勢にあることから内需減速にも留意が必要です。もっとも、新常態(ニューノーマル)への移行を見据え、金融面を含めて時宜に応じた政府の景気対策が導入されてきており、先行きは成長ペースをやや鈍化させながらも7%程度の安定成長が続くとみています。その他の新興国・資源国経済については、国・地域によるばらつきはありますが、先進国の景気回復の波及と、緩和的な金融環境を受けた内需の持ち直しから、成長率を緩やかに高めていくと見込んでいます。但し、新興国市場を取り巻く金融資本市場の動向次第では、成長に勢いを欠く展開が続く可能性もあります。

今後、米欧経済の回復ペース、FRB(米連邦準備制度理事会)やECBの政策対応と波及効果、ウクライナ・中東情勢等の地政学リスクなど、先行きのリスク要素は多岐に亘っており、幅広い視点から十分な目配りが必要と考えています。

  1. 1  毎月の買入総額は600億ユーロとされ、少なくとも2016年9月まで実施することとされています。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、こうした海外経済のもとでの日本経済についてお話しさせて頂きます。昨年4-6月期における実質GDP成長率は、自動車などの耐久消費財を中心に駆け込み需要の反動の影響が大きかったことや、輸出が弱めの動きとなったことなどから、年率−6.7%のマイナス成長となりました。その後の7-9月期の実質GDP成長率も、駆け込み需要の反動の影響が残るもとで、夏場の天候不順などが個人消費の下押し要因として作用したことも影響し、年率−1.9%と2四半期連続でマイナス成長となりました。もっとも、わが国の景気は、基調的に緩やかな回復を続けており、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動などの影響も全体として和らいでいます。需要項目別にみると、個人消費は、雇用・所得環境が引き続き改善する中で、家計支出も持ち直しつつあり、基調的に底堅く推移しています。また、設備投資は、高水準の企業収益もあり、企業の前向きの設備投資スタンスが維持されるもとで、緩やかな増加基調にあるほか、輸出は、資本財等の米国向けやNIEs向けを中心に全体として持ち直しています。こうした内外需要のもとで、在庫調整が進捗しており、鉱工業生産は下げ止まっています。以上から、景気の前向きの循環メカニズムは、企業収益や労働需給の着実な改善を伴いながら、しっかりと働き続けていると考えています。

先行きを展望すると、消費税率引き上げに伴う影響は全体として和らいでおり、雇用・所得環境の改善が続くもとで国内需要が底堅さを維持するとみられるほか、海外経済の回復や円安による下支え効果などを背景に、輸出も緩やかに増加していくと見込まれます。さらに、原油価格下落による経済への好影響も期待されます。わが国経済は、家計部門、企業部門ともに所得から支出への前向きの循環メカニズムは持続していくと考えられ、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けるとみています。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が1月に発表した展望レポート・中間評価における政策委員見通しの中央値は、昨年10月時点と比較し、2014年度の成長率は−0.5%と下振れる一方、15年度は+2.1%、16年度は+1.6%と共に上振れています。

物価情勢

次は物価情勢です。生鮮食品を除く消費者物価の前年比(消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベース)は、量的・質的金融緩和前の一昨年3月の−0.5%から昨年4月に+1.5%まで拡大した後、次第にその上昇幅を縮小しています。消費行動の変化や円安など既往のコスト高を転嫁する動きが引き続きみられる中、幅広い品目で上昇がみられていますが、円安によるエネルギー価格関連の押し上げ効果が剥落するとともに、昨秋以降の原油価格の大幅下落などを受けて、伸び率が縮小しています。当面の間、足許の円安による物価上昇圧力がある一方で、原油価格の大幅下落による下押し影響が大きいことから、消費者物価の前年比プラス幅はさらに縮小するとみられます。もっとも、原油価格の下落は、交易条件の改善を通じて、やや長い目でみれば経済活動へ好影響を与え、物価を押し上げる方向に寄与していくと考えています。先行きの物価は、当面の間、前年比プラス幅を縮小するとみられますが、その後は景気の前向きな循環メカニズムが持続し、物価上昇期待が維持されるもとで、原油安の経済活動への好影響を通じたマクロ的な需給バランス改善が見込まれるほか、原油価格の下落については前年比でみた影響はいずれ剥落する性質のものであり、次第にその上昇率を高めていくとみています。この結果、見通し期間の中盤頃、すなわち2015年度を中心とする期間に、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的な数値で申し上げると、中間評価における政策委員見通しの中央値は、消費者物価の前年比(除く生鮮食品、消費税率引き上げの直接的な影響を除くベース)は、2014年度が+0.9%、15年度は+1.0%、16年度は+2.2%となっています。なお、15年度にかけては、原油価格の大幅下落の影響2を受けて、従来見通しから下振れていますが、物価の基調的な動きに変化はないとみています。

  1. 2  原油価格(ドバイ)については、1バレル55ドルを出発点に、見通し期間の終盤にかけて70ドル程度に緩やかに上昇していくと想定しています。その場合の消費者物価指数(除く生鮮食品)におけるエネルギー価格の寄与度は、2015年度で−0.7〜−0.8%ポイント程度、2016年度で+0.1〜+0.2%ポイント程度と試算されます。

経済・物価見通しを巡る主な論点

以下では、先ほど申し上げた経済・物価見通しが実現していくに当たって私自身が注目しているポイントを、お話ししたいと思います。

イ.雇用・所得環境と家計の支出動向

まず、雇用・所得環境とそのもとでの家計の支出動向についてです。雇用環境をみると、企業が前向きな採用意欲を維持するもとで、有効求人倍率は1992年3月以来、約23年振りの高い水準となっており、失業率も構造失業率に近い3%半ばまで低下しています。また、12月短観の雇用人員判断DIをみると、非製造業を中心に不足超幅が拡大しており、企業規模が小さくなるほど労働需給の引き締まり傾向が強いことが窺われます。こうした中、企業側では、建設業や小売業などの人手不足感の強い業種を中心に労働条件の見直しを通じて人材確保を図る動きが拡がっており、女性や高齢者の労働参加も高まっています。

こうした労働需給の引き締まりは、賃金にも影響しており、名目賃金は、昨年春のベースアップの実施に伴う所定内給与の増加や、賞与や一時金を含む特別給与の増加を背景に改善しています。以上のような雇用・賃金動向を反映して、雇用者所得は緩やかに増加しています。先行きについては、基調として潜在成長率を上回る成長が見込まれるもとで、労働需給の引き締まり傾向は強まり、所定内給与を中心に賃金に上昇圧力がかかっていくとみています。昨年12月に政労使間で今春の賃上げに向けた合意文書が取り纏められるなど、今春の賃上げに向けた動きが拡がりをみせています。

次に、こうした雇用・所得環境のもとでの家計の支出動向についてです。個人消費は、耐久消費財を中心として駆け込み需要の反動減がやや大きめにみられたほか、夏場の天候不順などの影響も受け、ややもたつきがみられましたが、雇用・所得環境が着実に改善するもとで、基調的に底堅く推移しており、駆け込み需要の反動の影響等も全体として和らいでいます。先行きは、一時的な下押し要因が剥落するもとで、雇用・所得環境の改善が続き、団塊の世代を中心とする高齢者の旺盛な消費意欲もあって、ごく緩やかながらも増加基調を続けるとみています。もっとも、消費者マインドについては、足許小幅の改善はみられますが、慎重さが残る点はやや気懸かりです。急速な円安もあり、生活に密着する食料品等の値上げが目立つほか、消費税率引き上げに伴う実質所得低下もあり、家計には負担感がより強く意識されているとみられ、今後の動向を注視したいと思います。また、住宅投資は、駆け込み需要の反動減や建設費上昇などの影響から弱めの動きとなってきましたが、ようやく下げ止まりつつあります。先行きは、緩和的な金融環境にも支えられ、底堅く推移するとみられます。

ロ.輸出動向

次に、輸出動向についてお話しします。輸出は、わが国経済との結びつきが強いASEANなどの新興国経済のもたつき等により、今年度入り後も弱めの動きが続いてきましたが、最近では米国向けの資本財輸出が増加するなど、全体として持ち直しの動きがみられています。先行きは、海外経済が先進国を中心に全体として緩やかに回復する見通しにあることや、円安による下支え効果などを背景に、緩やかに増加していくとみています。なお、これまでの輸出の弱さの背景には、わが国製造業の海外生産移管の拡大といった構造的な要因が相応に影響していたと考えられます。こうした要因は、短期的に解消するものではなく、先行きも相応に輸出の下押し要因として残るとみられますが、円高修正を背景に海外生産比率の上昇ペースが鈍化することなどを通じて、輸出を下押しする程度は和らいでいくとみています。最近では、生産拠点の国内回帰を検討する動きも一部にみられ始めており、今後、輸出面も含めて国内経済へのプラス寄与も期待されます。一方で、ガソリン価格の低下で北米向けの大型車は好調なものの、優位性のある低燃費車の輸出に影響を及ぼす可能性等もあり、今後の動向を注視したいと思います。いずれにしても、海外経済の動向次第では、輸出が上下双方向に変動する可能性がありますので、今後とも、新興国経済の先行きや、欧州経済、米国経済の動向等を注視していく必要があります。

ハ.設備投資動向

次に、設備投資動向についてお話しします。持続的な経済成長を実現していく上では、企業収益の改善や需要の増加が、前向きな投資に繋がっていくことが重要です。足許は、企業の前向きの投資スタンスが維持される中、機械投資の一致指標である資本財総供給が持ち直しています。先行きも機械受注が緩やかながら回復傾向にあるほか、建築着工床面積も増加に転ずるなど、緩やかな増加基調を辿るとみています。

こうした設備投資を支える背景としては、以下の点が挙げられます。第一に、潜在需要が大きいと窺われることです。これまでの長期間に亘る投資抑制によって設備老朽化が進んでおり、維持・更新投資などの潜在需要が顕在化しやすい状況にあると考えられます。第二に、円高修正が進む中、海外生産を加速するペースが鈍化しているとみられる点です。企業の設備投資計画では、今年度から国内投資のウェイトを高める計画となっています。第三に、政府の競争力・成長力強化に向けた前向きな取り組みなどもあって、企業の中長期的な成長期待が緩やかに高まり、国内本社を研究開発やマザー工場の拠点として再構築しつつ、戦略分野では能力増強投資に踏み切る動きがみられる点です。さらに、非製造業を中心に人手不足感が強まるもとで、省力化投資を進める動きも今後の設備投資の下支えになるとみられます。

ニ.物価動向

次に物価動向です。ここでは、物価上昇率を規定する主な要因であるマクロ的な需給ギャップと予想物価上昇率についてお話しします。第一に、マクロ的な需給ギャップについては、労働需給の引き締まりを主因として、緩やかな改善傾向にあり、足許では過去の長期平均並みのゼロ近傍となっています。当面、消費税率引き上げ後の経済活動のもたつきなどの影響もみられますが、原油安の経済へのプラス効果もあり、今後も改善傾向は続くとみています。第二に、予想物価上昇率についてです。予想物価上昇率は、直接的に観察することが難しく、様々な金融市場のデータやアンケート調査に加えて、企業や家計の物価観やそのもとでの行動の変化を捉えながら、総合的に判断していくことが重要です。この点、金融市場のデータから得られるブレーク・イーブン・インフレ率は、世界的な低下の中で幾分低下していますが、家計・企業などのサーベイ調査でみた中長期的な予想物価上昇率は総じて維持されています。さらに、企業の価格設定行動についても、従来の低価格戦略を見直し、付加価値を高めながら販売価格を引き上げる行動は続くもと、今春の賃上げ交渉に向けて、連合では2%以上のベースアップを要求する方針を示しているほか、政労使による賃上げに向けた前向きの合意がみられるなど、企業や家計の物価観に変化がみられています。以上を踏まえ、予想物価上昇率は、やや長い目でみれば、全体として上昇しているとみています。こうしたマクロ的な需給ギャップの改善および予想物価上昇率の状況を踏まえると、先行きの物価は、当面の間、前年比プラス幅を縮小するとみられますが、その後は原油価格下落による押し下げ圧力が剥落するにつれて、次第にその上昇率を高めていくとみています。

3.金融政策運営

(1)量的・質的金融緩和政策の導入とその拡大

次に、金融政策についてお話しします。日本銀行は、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的成長の実現に向けて、2013年1月に、消費者物価の前年比上昇率で2%の「物価安定の目標」を導入し、2013年4月には、「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するために「量的・質的金融緩和」を導入しました。その後、「量的・質的金融緩和」は着実に実行され所期の効果を発揮し、景気の前向きな循環メカニズムは維持されています。

この間、日本銀行は、昨年10月末の金融政策決定会合において「量的・質的金融緩和」を拡大することを決定しました。これは物価面において、消費税率引き上げ後の需要面での弱めの動きや原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として働く中で、着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクに対応したものです。日本銀行としては、こうしたリスクの顕現化を未然に防ぎ、好転している期待形成のモメンタムを維持するため、「量的・質的金融緩和」を拡大することが適当と判断したものです。この拡大措置は、原油価格の下落そのものに対応したのではなく、物価の基調的な要因、とりわけ広い意味での予想物価上昇率への影響を考慮したものになります。

具体的な内容としては、第一に、日本銀行が直接供給する通貨の総量であるマネタリーベース(銀行券と貨幣、日銀当座預金の合計)の増加ペースを従来の年間約60〜70兆円から約80兆円に拡大することとしました。第二に、これを実現するため、日本銀行の長期国債保有残高の増加ペースを年間約50兆円から約30兆円拡大して、約80兆円として買入れを行うこととしました。また、長期国債買入れの平均残存期間をこれまでの7年程度から、7〜10年程度に長期化するとともに柔軟に運営することとしました。第三に、ETFおよびJ-REITの保有残高の増加ペースをこれまでの3倍増とし、それぞれ年間約3兆円、約900億円として買入れを行うこととしました。また、買入れの対象として新たにJPX日経400に連動するETFも追加しています。

「量的・質的金融緩和」の主要な波及経路としては、名目長期金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利の引き下げと、金融機関や機関投資家に貸出や株式等のリスク性資産への投資を促すポートフォリオ・リバランス効果を念頭に置いています。前者の実質金利の引き下げに当たっては、まず日本銀行による巨額の国債買入れにより、名目金利に強力な低下圧力を加えています。そして、「物価安定の目標」の早期実現を明確に約束し、これを裏付ける大規模な資産の買入れを継続することで、予想物価上昇率の引き上げを図っています。この結果、予想物価上昇率の上昇に比べて、名目金利の上昇を小幅に止めることができれば、実質金利を低下させることができ、企業・家計の投資・消費活動の活性化に繋がっていきます。「物価安定の目標」の実現に当たっては、こうしたメカニズムが効果的に働くもとで、企業収益や雇用・賃金の増加などを伴いながら実体経済がバランスよく持続的に改善し、それに伴って物価も緩やかに上昇していく、という好循環が続いていくことが大切だと考えています。

(2)今後の金融政策運営上の留意点

昨年10月末の金融政策決定会合における「量的・質的金融緩和」の拡大については、政策委員会メンバーの間で慎重な見方もあり意見が分かれましたが、議決の結果、その実施が決定されました。慎重な見方を示した委員の考え方は、「先行きの物価見通しに対するリスクは大きくなっているとの見方は共有しつつも、経済や物価の基本的な前向きのメカニズムは維持されており、原油価格の下落もやや長い目でみて経済や物価に好影響を与えるとみられる」ことや、「金利は既に歴史的な低水準にある等、大規模緩和の導入時に比べ、期待される効果は限定的なものに止まる一方、それを上回るコストや副作用が懸念される」ということが中心でした。コストや副作用として、市場機能の低下リスクや実質的な財政ファイナンスとみなされるリスク等を挙げています。私自身は反対票を投じた立場ですが、政策委員会として機関決定した以上、これを早期に変更することは中央銀行の信認を損ないますので、決定された政策を適切に実行し、早期の物価安定目標の実現に繋げていくことが重要と考えています。但し、政策遂行に当たっては、そのリスクの顕現化を防ぎあるいは最小限に止めるよう努力すべきと考えており、今後、以下の点に十分な留意が必要です。第一に、市場機能の低下リスクへの対応です。この点、市場参加者との対話を一層強化しつつ、金融市場の動向や日本銀行の資産買入れが市場に及ぼす影響等について多面的な分析やモニタリングを通じ、丹念に点検していくこととしています。また、市場と適切なコミュニケーションを図りながら、市場の状況に応じ、柔軟なオペ運営を行っていくことが肝要だと考えており、引き続き適切に対応していきます。さらに、金融仲介機能への影響にも留意が必要です。金利が低水準となる中、金融面の不均衡が蓄積される動きがないかについても、しっかりと点検を行っていくことが重要です。第二に、財政健全化への信認の維持です。金融緩和政策を円滑に遂行する上では、財政健全化に向けた取り組みが不可欠です。昨秋の10%への消費税率引き上げの延期決定以降、日本国債の格下げが行われ、本邦金融機関の格下げにも波及しています。現時点ではその影響は限定的とみていますが、今後、政府の財政健全化へのコミットが薄れたと判断された場合には、金融緩和の効果が減殺されることに繋がる可能性があります。また、量的・質的金融緩和の出口を円滑に迎えるためにも、財政健全化への信認が確りと維持されていることが重要です。夏頃に新たな財政健全化に向けた計画が策定されることになっていますが、引き続き財政健全化に向けた政府の努力を期待したいと思います。

また、原油価格の下落が続くもとで、月々の消費者物価指数の動きに注目が集まる傾向がみられますが、今後の金融政策運営において物価動向を判断する際には、需給ギャップや予想物価上昇率、賃金などの動向を点検しながら物価の基調を捉えていくことが重要と考えています。物価指標については、消費者物価の総合指数は勿論、生鮮食品を除くベース(コア指数)や食料およびエネルギーを除くベース(コアコア指数)、さらには刈込平均値3等も含めて、総合的に点検することが重要です。いずれにしても、物価指標を点検する際には、様々な物価指数の点検を行い、その背後にある実体経済の動きと併せて、総合的な判断を行うことが適当と考えています。

  1. 3  刈込平均値とは、大きな相対価格変動を除去するために、品目別価格変動分布の両端の一定割合を機械的に控除した値です。

(3)貸出支援基金等

次に「貸出支援基金」等についてお話しします。日本銀行では、強力な金融緩和に加えて、緩和的な金融環境を企業や家計に最大限に活かして頂けるよう後押しするために、「貸出支援基金」を設けて、低利かつ長めの資金供給を行っています。具体的には、「貸出増加を支援するための資金供給」(貸出増加支援)と「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長基盤強化支援)の二つの制度による取り組みを進めており、昨年2月に続き、この1月にも両制度の一層の拡充を行うこととしたところです。

まず「貸出増加支援」は、金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促すことを狙いとし、総枠無制限で、金融機関の貸出増加額の2倍の額まで、4年・固定金利0.1%で資金を供給する仕組みです。貸出増加支援の残高は昨年12月末で約19兆円に達しています。

次に「成長基盤強化支援」は、成長分野への資金の流れを後押しすることを目的としています。この措置では、医療・介護、環境・エネルギー、農林水産、観光といった成長力強化に資する分野への融資・投資を行う金融機関に対し、円貨については、4年・固定金利0.1%で資金を供給しています。当制度では、1,000万円以上の融資・投資を対象とする本則に加え、資本性の資金である出資やABL(Asset Based Lending)という売掛金や在庫等を担保とした融資などを対象とする特別枠や、小口の投融資を対象とした特別枠をそれぞれ5千億円設定しています。さらに、日本銀行が保有する米ドル資金を活用した120億米ドルの特別枠も設けています。この成長基盤強化支援の残高は昨年12月末で約6兆円弱となっています。

この1月の政策決定会合では、近く期限の到来する「貸出増加支援」と「成長基盤強化支援」について、その期限を1年間延長するとともに、「成長基盤強化支援」について、成長分野でのより積極的な支援を後押しする観点から、本則の対象金融機関毎の上限を1兆円から2兆円へ、総枠を7兆円から10兆円にそれぞれ引き上げることとしました。また、「貸出増加支援」と「成長基盤強化支援」について、日本銀行の非取引先金融機関が各々の系統中央機関を通じて制度を利用し得る枠組みを導入することを決定しました。なお、同時に「被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション」も1年間延長することを決定しています。

経済の好循環を持続させていくためには、民間企業が緩和的な環境を活用して資金を調達し、投資等の増加を通じて、成長力の強化に繋げていくことが大変重要です。引き続き、政府による成長力底上げのための政策である「日本再興戦略」の推進に加えて、これらの制度が有効に活用されることにより、民間による成長力強化に向けた取り組みが一層促進されることや、復興に向けた被災地の取り組みに繋がることを強く期待しています。

4.おわりに —— 千葉県経済について ——

以上、景気動向や金融政策運営についてお話ししました。最後に、千葉県経済についてお話ししたいと思います。

千葉県は、三方を海に囲まれ、冬暖かく夏涼しい海洋性の温暖な気候に恵まれています。こうした環境の中、首都圏にありながら農業産出額は全国3位にあり、野菜や鶏卵、雑穀・豆類等の品目では全国2位となっています。また、銚子漁港が11年から4年連続で年間水揚量が日本一となるなど、水産業も盛んです。そして申し上げるまでもなく、鉄鋼業や化学工業等の大規模工場が集積する京葉臨海工業地域は、これまで素材・エネルギーの供給基地として機能し、わが国経済の発展を支えてきました。もっとも、近年は海外との競争激化等に伴う生産拠点集約化や設備老朽化などから、プラント停止等の動きもみられます。企業の経営環境の変化などを踏まえ、より効率性を高める観点からこうした動きは止むを得ない面もありますが、一方で当地には産官学共同の取り組みや研究・開発拠点が多く、これまでの歴史や経験を活かして製造業の研究・開発拠点としての位置付けを強めていくことも、新たな発展を目指した今後の選択肢として考えられそうです。

また、観光業も当地における主要な産業です。千葉県は、昨年3月に「第2次観光立県ちば推進基本計画」を策定し、主要産業である観光業振興に取り組んでおられ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を「千葉の魅力を世界にお披露目する場」として位置付け、多様な千葉の魅力を広く世界に発信するとされています。当地は、年間500万人近くの外国人を受け入れる成田国際空港を擁しており、最近の円安やローコストキャリアの就航などから、今後、さらなる訪日外国人の増加も期待されます。千葉県内には、県南を中心に海浜リゾートが展開されているほか、成田山など日本文化を象徴する施設が存在し、近年は大型ショッピングセンターやアウトレットモールが相次いで開業するなど大型商業施設の新増設・増床も続いています。こうした魅力ある観光資源の活用や空港の競争力強化などのインフラ整備を通じて、県内の交流人口の一層の増加が期待されます。今後、こうした取り組みが奏功し、千葉県経済の一層の発展に繋がることを祈念したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。