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【発言要旨】多様化するグローバル経済における金融政策〜日米およびアジア・太平洋地域の現状〜

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米国サンフランシスコ連邦準備銀行主催「アジア経済政策カンファレンス」パネルディスカッションにおける発言要旨の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2015年11月20日

目次

1.はじめに

本日はサンフランシスコ連邦準備銀行主催・アジア経済政策カンファレンス「多様化するグローバル経済における政策チャレンジ」討論会にパネリストとしてご招待いただきまして光栄に存じます。私のプレゼンテーションでは二つのトピックスを取り上げたいと思います。まずは日本銀行の政策担当者の一人として、日本の物価動向と金融政策運営に関連する話題を米国との比較を交えながらご紹介します。もうひとつはアジア・太平洋地域―豪州、中国、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、韓国、タイの9か国を対象―に注目し、最近の物価動向と金融政策運営について私の見解をご説明します。なお、プレゼンテーションの内容は私個人の見解であり、必ずしも日本銀行の公式見解ではないことを申し添えたいと思います。

2.日本の物価情勢と金融政策—米国との比較

ご存じのように、日本銀行は2013年1月に2%の物価安定目標を掲げ、同年4月に同目標を実現すべく「量的・質的金融緩和」(QQE)を導入しました。そうした政策効果もあって、消費者物価指数(CPI)の総合ベースでみた前年比伸び率は2013年6月にプラスへ転じ、2013年12月と2014年3月には消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースではQQE導入後最大の1.6%に達しました。しかし、2014年末からは原油価格を中心とするコモディティ価格の下落等によって伸び率の低下傾向が強まり、本年7月以降は0%程度の水準で推移しています。総合指数の伸び悩みは多くの国でも生じていますが、ここでは米国との比較を通じて、日本の物価に関連する特徴についてご紹介します。

総合・コア物価指数の2%目標からの乖離

第一の特徴は、日本と米国ではエネルギー価格を除く物価指数の前年比伸び率は総合指数よりも高い状態で推移していることです。日本では総合CPIの他、コア指数と言われる「総合除く生鮮食品」がいずれも0%前後で推移していますが、コアCPIからエネルギーを除くベースでは1.2%へ上昇しています(図表1)。米国でも総合個人消費支出デフレーター(PCE)が前年比0%近傍と横ばいが続いていますが、コア指数である「食料・エネルギーを除くPCEデフレーター」の伸び率は1.3%となっています。これらの指標は、両国とも2%の物価安定目標(又はゴール)を大きく下回っていますが、今後、原油価格が少なくとも横ばい或いは緩やかな上昇が続けば、原油価格下落の影響は近く減衰しインフレ率は上昇ペースを高めていくと予想されます。

こうした影響もあって、日本銀行と米国連邦準備制度理事会(FRB)では2%程度の物価安定目標の達成には、予想以上に時間がかかっています。とくに、米国では2014年10月の原油価格の急落前の10年間におけるインフレ率が、世界的な金融危機の時期を含めても平均2%程度であったこともあり、こうした状況は近年経験したことがないと思われます。とはいえ、米国の長期予想インフレ率はエコノミスト・市場ベースの指標では足もと2%近くで安定しており、最近の物価の伸び悩みは一時的で、いずれ2%程度に戻ると予想されていることが分かります。他方、日本の長期予想インフレ率については、2013年に大きく上昇しており、現在は総合的にみて1%を少し上回る程度で横ばい圏内の動きとなっています(図表2)。しかし、長期予想インフレ率は物価安定目標からは距離があり、インフレ率を2%程度で安定的に実現するにはさらなる上昇が必要です。

完全雇用に近づく労働市場と伸び悩む賃金上昇率

第二の特徴として、両国とも雇用改善が継続していることから失業率がかなり低下している点が共通しています。日本では3%台前半、米国では5%と、構造失業率(米国では長期均衡失業率)に達している可能性がありますが、その割には両国とも賃金上昇率が限定的とみなされています。

この背景を少し説明しますと、日本では労働力人口の減少により求職者数が減少していることもあって、慢性的な人手不足を指摘する企業も多く、労働集約的業種では経済活動機会が制約されている企業も一部にあるようです。企業収益は既往最高水準にありますが、まだ賃金の十分に高い伸び率にはつながっていません。ここには、シフト効果―すなわち、柔軟性がありかつ低コストのパートタイム雇用が、企業の強い需要とともに、高齢者や主婦等の主に自発的な選択により相対的に増えていること―も影響しています。1人当たり賃金上昇率は2014年度からプラスに転じましたが、現在は振れを均せば0%台半ば(同様に時間当たり換算では1%弱)です。2%物価安定目標の実現には賃金上昇率がさらに上昇することが重要ですが、それには賃金が長く低迷する環境で成り立ったビジネスモデルの見直しや生産性の向上が必要となります。一方、米国では仕事探しをあきらめた潜在的労働者や非自発的パートタイム労働者がまだ存在し、労働生産性の伸び率も緩やかなこともあって、時間当たり賃金伸び率は世界的な金融危機以前の半分程度の2〜2.5%前後で推移しています。

幅広い経済スラックを捉える「需給ギャップ」に注目しますと、国際通貨基金(IMF)の推計では2015年は両国ともマイナス1.5%程度と、失業率ベースのスラックよりも大きく、労働参加率や資本ストックの稼働率等で改善余地があるとみられます。もっとも、需給ギャップは世界的な金融危機後の潜在成長率の低下傾向等もあって多くの国で推計が難しくなっており、推計値のばらつきが生じる一因となっています。例えば、日本の直近4−6月期の推計値は日本銀行ではマイナス0.7%、内閣府はマイナス1.6%ですので、幅をもってみる必要があります。いずれにしても両国ともにトレンドとしては失業率や需給ギャップは着実に改善してきているので物価の下押し圧力は減衰しています。しかし、コモディティ価格や為替相場の大幅な変化によって、そうした国内需給の改善が物価に及ぼすプラスの効果が見えにくくなっています。

家計によるインフレ予想の上方バイアスと収入との関係

第三の特徴として、日本と米国の家計の短・長期予想インフレ率(中央値)は、2〜3%の水準を中心に振幅している点を指摘します(図表3)。日本銀行の「生活意識アンケート調査」とミシガン大学の「消費者調査」によれば、短期(日本は1年後、米国は今後1年間)について、ここ2年ほどは双方ともに3%程度と同じ水準で安定しています。長期(日本は5年後、米国は5−10年後)については、日本は2%程度、米国は3%程度で長く安定しています。とくに日本では、この間、緩やかなデフレが続いた局面がありましたが、その時でも家計がプラスのインフレを予想していたという事実はあまり知られていません。同様のことは日本の家計の「現在の物価感」(昨年対比の実感)にも当てはまり、緩やかなデフレ局面でもマイナスの領域に陥ったことはありませんでした(図表4)。

もうひとつ重要な傾向は、両国とも家計の予想インフレ率が実際のインフレ率を上回ることが多く、いわゆる「インフレ予想の上方バイアス」の可能性があることです。ここには家計が食品・日用品やガソリン等の身近な物・サービスの値段をもとに回答する傾向が影響していると思われます。しかし、バイアスの大きさには違いがあり、一般的に、日本が米国より大きくなっています。ここで、長期予想インフレ率と総合物価指数の伸び率の平均値の差がバイアスを反映すると仮定しますと、2014年10月の原油価格急落以前の約10年間は、日本では平均約2%程度、米国では平均約1%程度でした。すなわち、日本の家計の長期予想インフレ率が先に見たとおり一見2%程度で安定しているのは、単に上方バイアスの結果である可能性があります。こうした上方バイアスが存在する下では、日本銀行が掲げる物価安定目標2%に向けた物価上昇は、家計には2%を上回る物価上昇と実感され、受け入れがたいと感じられる可能性があります。

日本の家計の上方バイアスが大きい要因として、収入見通しの違いが影響していると考えられます。例えば、両国で比較可能な「1年後の予想収入D.I.」(上昇回答割合と下落回答割合の差)を算出しますと、日本のD.I.は常にマイナスの領域にあり、直近でもマイナス30%前後となっています。すなわち、日本の家計は常に将来の収入の低下を予想しており、予算のタイト化を意識した強い生活防衛意識の結果として、将来のインフレ予想の上方バイアスが大きくなっている可能性があります。その場合、家計の物価上昇への抵抗感を除いていくうえでは、日本銀行が目指しているのは賃金の上昇と消費の持続的な拡大を伴う緩やかな物価上昇であるとの理解が広がることが重要になります。

対照的に、米国の予想収入D.I.は常にプラスの領域にあり、直近では40%程度となっています(図表5)。さらに、米国調査では「今後1年間の(世帯)予想収入・前年比伸び率」(中央値)も入手できますが、その伸び率は世界的な金融危機前の2.5%前後から危機後は0.5%前後へと低迷した後、2013年頃から上昇して2015年以降は1.5%の水準まで改善しています(図表6)。ここで、米国について収入階層別に分けて、今後1年間の予想収入伸び率と今後1年間の予想インフレ率をみますと、興味深い傾向があることが分かります。すなわち、低収入世帯は高収入世帯よりも予想収入伸び率が低い一方で、予想インフレ率が高くなっていることです(図表7)。これは日本と同様に、「収入見通しの低さ」と「物価が高くなるとの予想」の間に正の相関があることを示唆しています。

さらに、実質ベースの収入見通しについてみていくために、両国で比較が可能な「1年後の予想物価D.I.」と「1年後の予想収入D.I.」(上昇回答割合と下落回答割合の差)に注目します。1年後の予想物価D.I.は両国とも常にプラス値を維持しており、足もとでは日本が50%前後、米国では80%超となっています。しかも、両国の予想物価D.I.は予想収入D.I.を上回ります(前掲図表5)。とくに日本の場合、将来収入の下落を予想する回答割合が多い一方で、物価上昇を予想する回答割合がさらに多いことから、実質収入が減少すると予想する家計が多いと推察されます。この点、米国でも実質収入が下落すると見込む先が多いと思われますが、名目収入の上昇が予想されているため家計予算のタイト化と認識される可能性は日本よりも低いのかもしれません。実際、米国データで入手できる「今後5年間の実質(世帯)収入が上昇する確率予想」をみると、世界的な金融危機前の4割程度から危機後は一旦3割程度に落ち込みましたが、2013年から上昇して足もとでは4割程度へ回復しています(図表8)。これらのデータから、米国家計の収入は名目・実質ともに相対的に悪くないと言えます。

日本の緩やかなデフレ経験と金融政策

以上を踏まえて、日本における緩やかなデフレ局面について振り返りながら、QQEの効果と今後について私の考えをまとめたいと思います。

まず日本のデフレは、主に二つの特徴があると考えています。ひとつは、「デフレ期待が蔓延していた」との表現は、より正確には、企業によるデフレ的な予想とそれにもとづく慎重な価格設定行動について当てはまると言えそうです。家計の側では、長く収入が伸び悩む下で予算のタイト化を常に意識して、先行きの物価は高くなるとのインフレ予想が形成されていたように思います。この結果、家計において「物価が上昇した」との認識が高まると「物価上昇は望ましい」との認識が低下する関係が定着していたようです(図表9)。それを前提に企業は販売価格を引き上げにくいと認識し、ディスカウント販売が広がったようです。

この状況はQQE導入後改善しつつあり、潜在需要を刺激する財・サービスの売上を伸ばして販売量を確保しつつ販売価格を引き上げる企業もみられます。とはいえ、物価統計で示される物価よりも高いと感じ、高くなると予想する家計が多いことは、企業が販売価格引き上げに対して総じて慎重になる一因かと思われます。この点は、日銀短観の3か月先の販売価格判断D.I.(上昇回答割合と下落回答割合の差)が大きく改善してきたものの0%近傍に留まることの背景の一つとみられます(図表10)。また、「1年後の販売価格予想」の前年比伸び率(平均値)は1%弱へ少し低下していますが、選択肢別でみると「0%程度」の回答割合が6割、「下落」、「分からない」を合わせて8割程度に達します。今後、好調な企業収益と賃金上昇が持続することで物価上昇に対する家計の許容度が高まれば、家計の上方バイアスが是正されて企業の慎重な価格設定行動も徐々に変わる可能性があるとみています。

ここで、平均インフレ率の引き上げ政策について感じていることを申し上げますと、引き上げる方が、引き下げるよりも相対的に難易度が高いということです。これに関連して、米国FRBが1980年前後に当時のポール・ボルカー議長の下で、日本銀行とは逆の、大胆な金融引締めによって高インフレを克服した歴史から示唆が得られるように思います。当時は、景気後退によって1年後の予想収入D.I.は1983年頃まで低下が続きましたが、同時に実際のインフレ率と予想インフレ率も大きく低下していました。このため実質収入とその見通しはむしろ改善し、消費の改善に部分的に寄与していました。それは、前述の米国調査において、家計の耐久消費財や乗用車の買い時判断の理由として価格の低さを挙げる回答割合が同時期にかけて増えていたことからも裏付けられます。このことは、インフレ率を持続的に引き下げる金融引き締めは、失業率を高め得るという難しさを伴う一方で、インフレ率低下に遅行して収入の伸び率が低下する場合には、実質ベースの収入改善を伴い得る点で国民の理解を得やすい面もあることを示していると思います。この点、日本における1人当たり実質賃金伸び率は、今年7月にプラスに転じましたがまだ0%台半ばの水準にあり、今後の改善が待たれます。

日本のデフレに関するもうひとつの特徴は、健全なリスクテークが乏しかったことにあります。家計はリスク回避的で資産は預金中心ですが、ゼロ金利制約と緩やかなデフレによって(家計がそう認識していたかは別として)実質金利と預金残高の実質価値は高まっており、そうした金融行動は合理的だったと言えます。しかしその一方で、投資の期待収益率が低く、企業の収益力改善や保有資産の有効活用の動きは低調でしたし、金融機関等の多くの資産は国債等に集中しており新規企業や新規事業を掘り起こすようなリスクマネーは限定的でした。こうした状況は、政府の各種経済対策とQQE等の効果もあって変化しつつあります。家計や金融機関はリスク性資産への投資やリスク分散への関心を高めています。銀行は貸出に積極的で、新しい金融サービスの提供に努めています。企業部門でも新規企業の上場や活発な内外の投資や企業再編・合理化等の動きも増えています。日本銀行としては、今後もこうした前向きの動きを金融緩和的な環境を維持することでサポートしていくことが重要だと考えています。

3.アジア・太平洋地域における物価情勢と金融政策の概観

それでは話題を、日米から、日本を除くアジア・太平洋地域に移します。今回とりあげる9か国のうち、6か国(豪州、インドネシア、ニュージーランド、フィリピン、韓国、タイ)はインフレーションターゲティング(IT)の枠組みを正式に採用しています(図表11)。これらの国の金融政策の枠組みについて、私は2014年7月にシンガポールにおいて講演する機会がありましたが、今回は、その後大きく変化した世界の経済金融情勢も踏まえてお話しいたします1

  1.   1  「最近の先進国およびアジア・太平洋地域における金融政策の潮流」、National Asset-Liability Management Conferenceでの基調講演の邦訳(シンガポール、2014年7月)を参照。

多様化するアジア・太平洋地域の金融政策

1990年代の東アジア経済危機以降、アジア各国の中銀は為替安定よりも物価安定を重視するようになっています。なかでも6か国のIT採用国ではこの点で先行しており、明確なインフレの数値目標とともに、実際のインフレ率と予想インフレ率がインフレ目標と整合的に徐々に低下傾向を辿ってきました。ITの枠組みは、(1)インフレ目標を「単一数値目標」ではなく「レンジ目標」に設定、(2)比較的大きな乖離を容認、(3)韓国、インドネシア、タイ、フィリピンではインフレ数値目標を相応の頻度で見直し実施等、といった他のIT国よりも高い柔軟性を有しています。とはいえ、長期予想インフレ率はレンジ内で安定しており、インフレ率が目標から時折乖離しても、それに収斂していく傾向が見られました(図表12)。2014年前半までは大半のIT採用国のインフレ率はレンジ目標内にあり、非採用国と比べて政策金利の調整頻度が高いという違いがみられました。

2014年後半以降の新しい状況としては、次の二点を指摘できます。第一に、全てのIT採用国でインフレ率がレンジ目標のレンジ外で推移していることです(前掲図表12)。このうち、インドネシアのみが、燃料補助金削減と自国通貨の大幅な減価もあって2014年末から再びレンジ目標の上限を超えています。対照的に、他のIT採用国のインフレ率は原油価格下落の影響等もあってレンジ目標の下限を下回っています。今後、世界の経済金融情勢の動向によってはインフレ目標の達成には時間がかかる可能性があります。ただし、長期予想インフレ率は比較的安定して引き続きほぼレンジ目標内で推移しているため、将来的にはインフレ目標レンジへの復帰が見込まれると言えます。

第二に、これまでのIT採用国は短期政策金利を金融政策の主要な調節手段と位置付けており、物価動向に対して同金利をより頻繁に調整する傾向がありました。他方、非採用国の中国やマレーシア等では政策金利をほぼ一定水準で維持しており、準備預金率等の他の手段も活用していました。しかし、最近では、こうした類型化は必ずしも当てはまらないようです。まず、中国では2014年11月からインフレ率の低下傾向に対して弾力的に政策金利を引き下げており、実質金利上昇の抑制に努めています。また、準備預金率の引き下げとともに、外貨準備残高の減少による流動性供給の不足を補うために、資金供給オペレーションを増加して(ターム物を含む)対応していますので、M2の前年比伸び率は12%の年間目標を上回っています。一方、IT採用国のインドネシアと非採用国のマレーシアでは、自国通貨が大幅に減価していることもあってインフレ率は大きく上昇していますが、この間、資本流出を抑制するためか政策金利による調整をあまり行っていません2。この結果、最近では、インフレ率が政策金利に近づいており、実質金利はほぼ0%水準で推移しています。

アジア・太平洋地域では、昨年来、コモディティ価格の下落、証券投資を中心とした資本流入の逆回転、自国通貨の減価、中国・アジア間の貿易取引の減速、世界金融市場の不安定化といった様々な内外ショックに見舞われています。そして、各国の受けるショックの性質や程度によって物価動向には違いがあり、景気動向と必ずしも整合的でないことから、金融政策運営は多様化したものになっているようです。こうしたショックは今後減衰していくと思われますが、それまでは域内の金融政策運営は、IT採用国と非採用国を問わず、多様化した状態が続くとみています。

  1.   2  マレーシアのインフレ率には、今年4月に導入した6%の財サービス税も影響。

アジア・太平洋地域の今後の金融政策運営とチャレンジ

最後に、同地域の最近の情勢を踏まえますと、金融政策へのインプリケーションは次のようにまとめられると思います。

  • アジア・太平洋地域では、より柔軟な為替制度を志向する国が増えています。この点は、為替相場の変動が以前と比べて大きくなっていることからも明らかです。一例ですが、中国では為替制度の柔軟性を徐々に高めており、IMFは直近の第4条協議報告書において人民元の過小評価が解消していると評価しています。今後については向こう2−3年で変動相場制への移行を提言しています。
  • しかし、為替相場が大幅に下落すると、国際競争力を高める一方で、自国通貨の減価期待を招いて資本流出を加速し、為替相場が均衡水準からオーバーシュートして減価するリスクやそれによる金利急騰によって景気後退を招くリスクもあります。このため、同地域では過去に蓄積した外貨準備を取り崩して為替相場の急激な変動を抑制する対応も合わせて採り得ると考えられます。ショックの性質や為替相場の変動の違い、及び外貨準備残高の規模等によって、各国の対応に多様性がみられます。
  • 外貨準備を取り崩す場合、マネタリーベース伸び率がその分減速する可能性があります。そこで、それによる流動性供給の不足を補うために、中央銀行は資金供給オペレーションの拡充がこれまで以上に必要となります。そのため、オペレーションの円滑化のためには、担保資産市場の発展、イールドカーブの形成、並びに政策金利のトランスミッションメカニズムの促進といった金利ベースの金融政策手段が一段と重要になっているように思います。
  • この意味で、金融緩和政策として、従来は外貨準備の蓄積による流動性供給を重視していた国にとっては、より市場ベースの金融政策手段による流動性供給へと重点をシフトする契機となるかもしれません。それにより、同地域内では、IT採用国と非採用国を問わず、ITの枠組みとより整合的な金融政策運営の方向へと将来的に収斂していく可能性があります。

以上で私のプレゼンテーションを終わります。ご清聴ありがとうございました。