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【挨拶】わが国の経済・金融情勢と金融政策

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奈良県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 佐藤 健裕
2015年12月7日

目次

1.はじめに

本日は、奈良県の政治・経済・金融界を代表する皆様方にお集まり頂き感謝する。皆様には日頃より日本銀行大阪支店の様々な業務運営にご協力を頂いている。この場をお借りして、厚く御礼申し上げる。

本日の懇談会では、まず私から国内外の経済・金融情勢と最近の日本銀行の金融政策についてお話させて頂いたうえで、奈良県経済について若干触れさせて頂きたい。その後、皆様方から、当地実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお伺いしたい。

2.内外経済・金融情勢

(1)世界経済の動向

世界経済は、先進国を中心に緩やかな成長が続く一方、新興国は減速した状態にある。資源・エネルギー価格の低迷が続くなか、新興国・資源国の成長率が高まらないうえに、先進国でも資源開発関連投資の減少などの影響がみられる。当初は世界経済全体に好影響をもたらすと思われた資源・エネルギー価格の下落には、供給要因だけでなく需要要因、すなわち中国をはじめ新興国の需要減少も相応に影響しているということであろう。また、供給要因面をみると、価格メカニズムにより供給が自動調整されるとのオーソドクスな見方も、例えば、資源開発業者が初期投資費用(サンクコスト)回収のため、採算点以下の価格水準でも操業を続けるなか、必ずしも現実に適合しないようにみえる。このように考えると、資源・エネルギー価格が短期的に顕著に持ち直すシナリオは描きにくく、資源国の成長率が短期的に高まっていく姿も想定しづらい。世界経済の先行きは、先進国の成長の好影響から新興国も減速した状態から次第に脱していくとしても、全体として成長率の上昇ペースは引き続き緩やかなものにとどまる可能性がある。IMFの世界経済見通しもこのところほぼ一貫して下方修正となっている(図表1)。

なお、中国は、製造業部門を中心に幾分減速しているものの、サービス部門は底堅い(図表2)。当局の成長率下支えに対する強いコミットメントのもと、先行きは当局が財政・金融両面から景気下支えに積極的に取り組むことで、成長率は幾分減速しつつも、概ね安定した成長経路を辿るとみられる(図表3)。もっとも、7−9月期のGDP統計にみられるようにGDPデフレータが再びマイナスとなるなど資産価格の調整などによるデフレの兆候もみられ、注意が必要である。構造調整を伴いながら、投資・輸出主導型経済から内需主導型経済に移行できるかどうかが、安定成長実現の鍵を握るであろう。

以上の見通しには下振れリスクがあると私はみているが、ここでは、以下の3点に触れておきたい。

第一は、世界経済の成長の牽引役が米国に偏っていること、また米国の景気拡大局面もリーマンショック後約7年を経て既に戦後4番目の長さとなり、景気循環的には拡大局面が成熟化しつつあるとみえなくもないことである。無論、リーマンショック後の回復のペースは、バランスシート調整圧力のもと、過去の回復局面との比較で緩やかで、持続期間の単純比較は問題含みかもしれない。ただし、労働市場のスラックが次第に解消していくなか、出遅れていた賃金の上昇に弾みがつけば、企業マージンの縮小から景気が調整局面を迎えるリスクについては一応念頭に置いておく必要があるように思われる。こうしたなか、FRBは、今後、ゆっくりとしたペースで金融政策の正常化を進めることとしている。景気拡大局面の持続期間との関連で金利正常化の帰趨を見守りたい。

第二は、欧州においてさまざまな調整圧力が残存するほか、難民問題が新たな重い課題となっていることである。例えば、ギリシアの債務問題は年央に関係各国間の一応の合意をみた。金融システムの安定性維持のため銀行への資本注入が早期に実施される見込みだが、国の債務削減という抜本策は手つかずである。こうしたなか、先行き債務問題に再度注目が集まる可能性は相応にあるように思われる。また、難民の流入は当面は各国の財政負担を高めよう。

第三に、新興国・資源国について、国・地域によるばらつきはあるものの、資源・エネルギー価格の低迷が長期化したり、米国の利上げから国際金融資本市場において新興国・資源国からの資金流出が一段と進む場合、全体として成長率の回復ペースが遅れる可能性がある。とりわけ、原油価格の低迷が長引く場合の産油国の財政状況への影響や地政学的リスクの高まりを懸念している。

(2)国際金融資本市場の動向

国際金融資本市場は、中国の減速懸念などから夏場にかけ世界的にリスク回避的となった。足許は中国の減速懸念は残るものの、先月の雇用統計などで米国経済の順調な足取りが示されたこと、また欧州ではECBが追加金融緩和に積極的な姿勢を示したことなどから、市場のリスク選好に改善がみられる。市場では米国は12月のFOMCで利上げ実施との見方が強まっているが、FRBがこれまで市場との対話を入念に行ってきたこともあり、リスク回避傾向が再燃する兆しは今のところみられない。利上げを契機とした一部の新興国市場からの更なる資金流出などの懸念は残るが、私としては、リーマンショック後初の利上げは米国経済の回復を象徴する出来事と建設的に受け止められるであろうし、国際金融資本市場に長らくあった不確実性の除去にも繋がると考える。

こうしたなかで先行き留意すべき点は、第一に、市場の流動性低下の影響である。この夏場の世界的な変動の直接のきっかけは中国の人民元レート改革とみられ、中国の通貨・金融当局の情報発信面の課題が各方面から指摘されるところである。ただし、より根本的には、この7月にいわゆるボルカー・ルールが全面施行されるなか、主要なマーケット・メーカーによるリスクテイクが制約を受け、市場の流動性が低下し、アルゴリズム取引や高頻度取引(HFT)など、テクニカルなプレーヤーの存在感が夏場の薄商いのなかで強まったことが相応に影響したのではないかと感じている。夏場以外にも、年末や四半期末は規制によるさまざまな制約から流動性が低下しやすく、些細なきっかけで市場が不安定化することがないか、注意深くモニターしていく必要性を感じている(図表4)。

第二は、ドル調達コストが構造的に高止まる可能性である。年末に向けては例年ドル調達ニーズが強まるが、本年はこれに利上げ見通しが重なったことなどもあり、スワップ市場におけるドル転コストや中長期のベーシス・スワップは上昇している(図表5)。邦銀は海外展開を積極化するなかで従来から安定的な調達基盤の拡充に努めてきていると思うが、これもしっかりとモニターしていく必要性を感じている。日本銀行としては、FRBの協力のもと、ドル供給オペというバックストップを用意しているが、金融機関自身が安定的な調達基盤を構築することの重要性については、改めて強調しておきたい。

第三は、ECBの追加緩和実施に伴う国際金融資本市場への影響である。欧州ではECBによる中銀預金金利のマイナスへの引き下げ前から、国によっては、通貨政策との関連で既にマイナス金利が常態化しているが、今回のECBによる中銀預金金利の引き下げはこうした状態に拍車をかけることになろう。指標となるドイツのイールドカーブは、一時、6〜7年ゾーン近くまでマイナス化していた。こうした金利形成が、米国の利上げとあいまって国際金融資本市場における資金フローにどのような影響を及ぼすか、またイールドカーブのフラット化が進むことでECBによる国債買い入れオペの持続可能性に問題が生じないか、後述する日本銀行の国債買い入れの持続可能性の観点から注目している。

(3)国内経済の動向

国内経済はこの4−6月期から7−9月期にかけ生産面を中心に弱めの経済指標が続き、実質GDPも2四半期連続の減少となった(図表6)。海外メディアを中心に、中国など新興国・資源国の減速からテクニカルな後退局面入りしたとの見方も聞かれる。もっとも、円安による海外からの所得の受取の増加、及びエネルギー・資源価格下落による交易条件の改善から企業収益が過去最高となり、GNI、GDIがGDPと比べ明確な増加基調で推移するなど、マクロの所得形成のメカニズムは相対的に頑健で、また企業マインドも高水準(図表7)にあるなど、足許の日本経済には海外経済の減速といった外生的ショックへの耐性が相応に備わっているとみられる。実際、弱めの輸出・生産関連の指標の割に個人消費を中心に内需は底堅さを維持し、全体として所得から支出への前向きの循環のメカニズムは維持されている。最終需要でみても7−9月期は堅調であった。こうした点は、リーマンショック前の2007〜2008年にエネルギー・資源価格の高騰により交易条件が悪化するなかで海外経済の減速から実際に後退局面入りしたのとは対照的と言えよう。

輸出と生産について補足すると、中国経済の減速懸念が高まるなかでも実質輸出はこのところ小幅持ち直している(図表8)。携帯電話の製品サイクルに応じて、電子部品・デバイスなど比較的付加価値の高い輸出品目が7−9月期以降に伸びている姿が通関統計における輸出数量と実質輸出の乖離から示唆される。また、輸入の強さは内需の底堅さの反映でもある。一方、生産は4−6月期から7−9月期にかけ2四半期連続の減産となった後、10−12月期は自動車などの増産を主因に持ち直す見通しである。このところ、輸出が横ばい圏で推移する一方、生産が比較的はっきりと減産となり、その反面、企業マインドが概ね高水準を維持していることはパズルだが、堅調な企業マインドは、景気後退時にありがちな需要の逃げ水現象が生じていないことの一つの証左であろう。生産統計については、基準年が2010年と古く、この間の生産構造の変化に伴う高付加価値品目のウェイト上昇などを反映しきれていないとの疑念もある。

もっとも、所得から支出への前向きな循環が力強く働いているかと言えば、そうとも言い切れないであろう。例えば、企業の設備投資計画は高水準だが、資本財出荷や機械受注といった一致・先行指標をみる限り、実際の設備投資の足取りは鈍く、GDPベースの実質設備投資は横ばい圏内〜小幅減少である(図表9)。また、2年連続のベア実施でも基本給の伸びが緩やかにとどまるなど、企業は将来の固定費負担増大に繋がる支出増に依然消極的にみえる(図表10)。

このように企業が慎重な支出スタンスを維持する背景は、一つには、広い意味でデフレマインドが払拭されていないこともあると思うが、加えて以下の点もあろう。すなわち、足許は過去最高の収益を計上していても、それは売上数量の増加からではなく、円安による海外からの所得の受取の為替差益や資源価格下落による投入コストの低下による。したがって、企業はこれを恒常的な所得の増加と見なさず、固定費増大に慎重である、言い換えれば、企業の利益の成長期待がさほど高まっていないということが考えられる。

こうした状況に対し、金融政策面では、日本銀行は、例えば成長基盤強化のための資金供給などにより緩和的な金融環境の実現に従来から取り組んできている。もっとも、成長期待底上げには、金融政策による対応を超えた課題も多く、やはり政府の成長戦略の着実な実行により企業・家計の将来期待を変えていく地道な取り組みが重要と思う。

企業の支出スタンスと関連して、来年度の春季労使交渉についても触れたい。家計消費支出の着実な回復のためには、また欧米諸国との比較で依然低いとみられる人々の中長期的な予想物価上昇率が高まるかどうかは、就業者の持続的な基本給引き上げがポイントの一つであり、来年度の春季労使交渉で3年連続の基本給引き上げとなるかどうかに注目している。連合は、来年度に向け2%程度の賃上げ要求を基本方針に掲げているが、基調的な物価上昇や先行きの物価見通しが基本給にどのように織りこまれていくかには不確実性がある。政府に対しては、労働市場の規制緩和など、企業が基本給引き上げを決断しやすくなるような取り組みを期待したい。

(4)物価面の動向

このところの消費者物価は、エネルギー価格下落のため、生鮮食品を除くベースでゼロ%程度で推移している(図表11)が、生鮮食品・エネルギーを除くベースでは前年比1%台の上昇率となっているほか、上昇・下落品目比率や刈込平均値も緩やかな上昇を示唆している。また、「量的・質的金融緩和」以降の企業や家計の行動様式の変化などから、人々の中長期的な予想物価上昇率は、一部に弱さがみられるものの、全体として上昇しているとみられることも踏まえ、日本銀行としては物価の基調は着実に高まっていると判断している。

こうした物価の基調を何でみるかについてはさまざまな見解があることは承知している。私としては、足許のようにエネルギー価格の短期的な変動による物価指数への影響が大きい状況では、これを除いた指標に着目することも一理あると考える。もっとも、後述するように、生鮮食品・エネルギーを除く物価が高まっているのは、エネルギー価格下落により家計が日用品などの値上がりに寛容になっているためかもしれないので、物価の基調をみるに当たっては、賃金を含む幅広い物価指標を丹念に点検していく必要があると考えている。

以上を念頭に置いたうえで、このところの生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価の動向について論じたい。同ベースでの物価上昇には、昨年10月末の「量的・質的金融緩和」拡大以降の円相場の下落が寄与しており、先行きは円安傾向一巡に伴い、来年度入り後には伸び率はピークアウトするとの見方がある。もっとも、最近の同ベースの物価上昇を主導する食料工業製品や耐久財は、2013年4月の「量的・質的金融緩和」開始前後からのほぼ一貫した円安基調の下で、ここにきて改めて値上がり傾向が鮮明となっており、単に円安だけでこの間の一連の動きを整合的に説明することもまた無理があるように思われる。私としては、雇用・所得環境が緩やかに改善するなかで、エネルギー価格下落もあり、値上げに対する家計の許容度が広がり、企業もそれに応じて価格設定を幾分強気化しているとみるのが、むしろ妥当なのではないかと考える。

それでも、先行きエネルギー価格下落影響が一巡すれば、家計がこれまでのように値上げに寛容であり続けるかどうかは不確実性がある。さらに、円安傾向が一巡すれば、食料工業製品や耐久財の値上げの動きも一巡する可能性がある。こうしたことから、生鮮食品・エネルギーを除く物価の前年比上昇率が1%程度で安定的に推移するかどうかは、来年度の賃金交渉を経て、足許出遅れているサービス価格に値上げの動きが広がっていくかどうかが鍵を握るであろう。この点、先に述べたように賃金交渉の先行きに不確実性があり、日用品・耐久財からサービスへと物価上昇のシークエンスがうまく繋がるかどうかについては、下振れリスクはあるものの、私としては、エネルギー価格による影響を除けば、見通し期間を通じて前年比1%程度の上昇率は概ね維持可能と考えている。先般の「展望レポート」では、物価の安定に責任を有する中央銀行のボードメンバーとして、私なりに最も蓋然性の高いシナリオを提示したつもりである。私としては、基調的な物価上昇率が2%にジャンプするかどうかは、人々の中長期的な予想物価上昇率が2%程度にジャンプするかどうかとほぼ同義であり、相応の賃金上昇などをみていない現時点では、見通し期間中に人々の期待がそこまで強気化することは想定しにくいと考えている。

3.当面の金融政策運営

(1)「量的・質的金融緩和」の考え方

「量的・質的金融緩和」実施から2年8ヵ月が過ぎた。この間の経済・市場動向が端的に示すように、デフレマインドの転換を促すという「量的・質的金融緩和」の所期の目的について、私自身は、依然途半ばではあるものの、次第に達成されつつあると評価している。一方、「物価安定の目標」の達成時期は、10月の「展望レポート」では2016年度後半頃に後ずれした(図表12)。これを受け、「2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に」2%の「物価安定の目標」を安定的に実現するというコミットメントに対し、各方面からさまざまな意見があることは承知している。私としては、こうした状況を踏まえ、このコミットメントについて改めて説明する必要性を感じており、以前に述べたことの繰り返しになるが、再度、私なりの考え方を申し述べたいと思う。

私としては、このコミットメントは特定の期限を念頭に置いたものでなく、先行き常に2年程度を念頭にできるだけ早期に「物価安定の目標」の実現を目指す一種のローリング・ターゲットと考えている。また、「物価安定の目標」自体も上下に幅のある柔軟な概念と考えている。こうした考え方は、他の主要国の中央銀行が採用するインフレ目標の枠組みと同様、比較的無理のない現実的な目標設定である。

物価は、短期的には原油価格などに左右されるほか、基調的な物価についても、それに影響を及ぼす予想物価上昇率は、金融政策のほか、賃金交渉の帰趨や成長期待など、必ずしも金融政策で直接コントロールできない要因の影響も受ける。また、以前も申し上げたが、物価は経済の体温であり、中央銀行が直接に操作可能な変数ではない。このため、特定の期限を区切って特定の物価上昇率を目指すという政策運営にはもともと違和感があるし、それに固執すると、中央銀行の信認が低下するリスクも念頭に置く必要があろう。

ここで「物価安定の目標」における2%の意味について改めて吟味しておきたい。「物価安定の目標」は消費者物価指数の総合で定義され、その基調をみる上での参考計数として、日本銀行は消費者物価指数(除く生鮮食品)を政策委員会の見通しとして示してきた。しかし、欧米と違い、公共料金の粘着性が高く、また民営家賃・帰属家賃が構造的に消費者物価指数への下押しに寄与する統計上の問題があるなか、公式統計上の消費者物価指数と、例えば、東大・一橋大物価指数に示される日用品の値上がりによる人々の体感物価は足許乖離してきているように思われる。販売製品の頻繁なマイナーチェンジによる企業の価格維持戦略も考慮したSRI一橋大学消費者購買単価指数については以前紹介したが、同指数は直近では前年比2%程度の上昇となっており、同指数と対象商品を合わせた消費者物価指数の伸びを上回っている(図表13)。

このように人々の体感物価が統計上の消費者物価指数の伸びを上回るなかで、日本銀行が仮に公式統計上の消費者物価指数のみに着目して金融政策運営を行うと、かえって人々が過度の物価上昇を実感し、マインドや実際の消費行動に影響するなど、さまざまな歪みをもたらす可能性には十分留意する必要がある(図表14)。重要なのは、経済の活動水準の上昇に応じて賃金の増加とバランスよく物価が上昇することである。こうした点を踏まえると、「物価安定の目標」については、従来から申し上げているように、単に、消費者物価指数の総合が前年比2%になればいいというものではなく、幅広い物価指標を点検していくなかで、その達成状況について、総合的な見地から柔軟に判断していくべきものと考える。

(2)「量的・質的金融緩和」継続について

一方、市場では「量的・質的金融緩和」の更なる拡大への期待が依然あるように見受けられる。そうした見方の背景として、先に述べた「物価安定の目標」の解釈の問題のほか、「量的・質的金融緩和」の政策効果に関し、資産のフローの買入れ規模に応じて緩和・引締め効果が生じるとの考え方があるように感じている。もっとも、「量的・質的金融緩和」の効果は、理論的には、資産買入れの進捗とともに累積的に高まっていく性質のものである。すなわち、買入規模を維持するもとでも、買入れを続けていく限り緩和効果は強まっていくこととなる。このため、毎回の金融政策決定会合において、現行の「量的・質的金融緩和」を継続すること自体が重い判断であると私は考えている。

また、日本銀行は年間80兆円のペースで国債のネット保有額を増額することにコミットしているが、先行き日本銀行の保有国債の償還額が増加することを勘案すると、現行の政策継続のもとでもグロスの買い入れ額は増加していく可能性が高い。このため、先行きの政府の国債発行計画にもよるが、国債市場における日本銀行のプレゼンスは一段と高まる可能性がある。こうしたなか、巨額の国債買入れは金融政策目的であり、財政ファイナンス目的ではないという日本銀行の従来からの見解が十分に説得的であり続けるためには、政府の財政健全化へのコミットメントが重要である点も繰り返しておきたい。

効果と副作用という点では、緩和効果は理論的には累積的に表れるとはいうものの、昨年10月末の「量的・質的金融緩和」の拡大後の長めのゾーンの金利低下幅が限られるように、買入れ進捗の割に名目金利低下幅という意味での緩和効果は逓減している可能性がある。もとより政策効果に副作用はつきもので、効果と副作用を比較衡量の上で政策の継続を判断するのが、オーソドクスなアプローチであると思う。ただし、大胆な資産買入れにより人々の予想形成に訴えかけるという一種のショックセラピーについては、私自身、もともとあまり長く続けることを想定していなかったし、続ければ効果は逓減する一方、副作用は逓増することを懸念している。

(3)オペレーションの持続可能性

現行規模の国債買入れを続けるにつれ、市中の国債保有残高は、政府のネット新規発行額と本行のネット買入れ額の差額分だけ減少する。市中保有残高は有限であるので、こうした買い入れを永久に続けることはできない。現実には金融機関側には担保需要などから一定限度の国債を保有する動機があるので、市中残高が枯渇する前段階で、金融機関は日本銀行への国債売却を停止するであろう。そうしたクリティカル・ポイントがどこにあるかは、その時々の金利水準やイールドカーブの形状により金融機関の売却インセンティブに違いが生じると見込まれ、現時点で蓋然性の高そうな時期を見通すことは困難である。

「量的・質的金融緩和」が所期の効果を発揮し続け、市場の中長期的な予想物価上昇率が高まれば、イールドカーブはスティープ化し、金融機関の売却インセンティブは高まるであろう。反面、デフレマインドの転換が進まず、市場の中長期的な予想物価上昇率も高まらない場合、イールドカーブはフラット化し、金融機関は国債保有への選好を強めるであろう。このように、日本銀行による巨額の国債買入れは、政策目的の実現の蓋然性が強まれば容易になる反面、実現が困難と見なされればオペレーション自体も困難化する可能性があるという意味で難度の高さを内包している。私としては、政策継続の判断にあたっては、こうしたオペレーションの持続可能性も念頭に置きたい。

4.おわりに〜奈良県経済の現状と課題〜

最後に、奈良県経済について話したい。

奈良県の産業構造をみると、プラスティック・ゴムや繊維といった地場産業に加え、電気機械、一般機械のウェイトが全国と比べて高いことが特徴である。また、茶せん(注)、墨、筆、皮革製品、そうめん、金魚の養殖等も有名である。こうした中、最近の奈良県の景気は、生産面に弱さがみられるものの、緩やかに持ち直しつつある。生産は、電気機械や一般機械等の低下を主因に減少している。一方、家計部門では、有効求人倍率が緩やかに上昇しているほか、雇用者所得は前年を上回って推移している。また、個人消費については、乗用車販売は弱い動きが続いているものの、小売店販売は堅調に推移しており、総じてみると持ち直しつつある(図表15)。

より長い目でみると、奈良県では、海外との激しい競争にさらされる中で、製造拠点の海外・県外流出が進んできた。また、雇用の受け皿の減少に加え、大阪、京都といった近隣大都市のベッドタウンとして発展してきた経緯から、少子高齢化や人口減少への対応も重要な課題となっている。

もっとも、こうした課題に対しては、既に、官民一体となった幅広い取り組みが行われていると伺っている。奈良県では、脱ベッドタウン化に向けた取り組みとして、例えば高速道路に近い便利な場所に産業集積地を造成するなど、企業誘致や県内産業育成が進められており、8年間で205件の工場等誘致に成功している。また、耕作放棄地の多い県南部・東部地域等で、奈良の食材を活かした民営のオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)を整備するといった6次産業化の促進を進める農業振興策が進められているほか、来年4月には「なら食と農の魅力創造国際大学校」が開校する。さらに、奈良県は複数の世界遺産をはじめとする豊富な観光資源を有しており、最近では外国人観光客による押し上げもあって、観光客数は増加している。これまで県内には旅館・ホテルが少なく、増加する観光客を宿泊に結び付けられておらず、豊富な観光資源が必ずしも十分に活かされていなかった面があるが、客室数不足の解消に向け、奈良市内県有地を活用した大型ホテル建設などの計画が進められていると伺っている。

今後も、官民一体となって県内経済活性化に向けた取り組みを地道に続けることにより、奈良県経済が一層活性化していくことを期待したい。

  • (注)HTM形式で表示できない文字を含むため、原文はPDFファイルをご覧ください。