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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策滋賀県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 櫻井 眞
2016年12月1日

目次

1.はじめに

日本銀行の櫻井でございます。この度は、滋賀県の各界を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには日ごろから日本銀行京都支店の業務運営に際して、様々なご支援を頂いております。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

本日は、まず国内外の経済動向について私なりの見方をお示ししたうえで、日本銀行が9月に導入した新たな金融政策の枠組みとその際に公表した過去の政策運営にかかる総括的な検証の結果についてご説明させて頂きます。その後、長期的な日本経済の課題にかかる私見、最後に滋賀県経済の見方について触れたいと思います。

2.内外経済の現状と先行き

海外経済

まず、海外経済の動向についてお話しさせて頂きます。

世界経済は2011年の+4.2%成長から、2015年の+3.2%へと、ここ数年減速を続けてきました。この間、先進国は+1~2%の成長を維持してきましたが、新興国は2011年の+6.3%成長から2015年には+4.0%へと大きく減速しました(図表1)。世界経済の減速に新興国の成長鈍化が大きく影響したことが判ります。新興国経済にかかる不透明感が高まる中で、昨年夏以降、国際金融市場においても、新興国を中心に通貨や株価が下落するなど、不安定な動きが生じました。

足もとでは、こうした世界的な経済の減速傾向に歯止めがかかりつつあります。先進国では、米国が堅調な消費を主軸に安定した成長を続けています。消費を支える雇用環境は着実に改善しており、失業率は完全雇用に近い5%前後まで低下しています。新政権の政策運営や金融政策の動向に注目が集まっていますが、当面は緩和的な金融環境が維持されるもとで、潜在成長率に近い+1.5~2%程度の成長を続けると予想しています。欧州も家計部門を中心に緩やかな回復を続けています。先行きも、英国のEU離脱問題などを巡る不透明感は重石になりますが、緩和的な金融環境のもとで基調としては緩やかな成長を続ける可能性が高いと考えられます。新興国では、中国は構造改革の過程で製造業を中心に幾分伸びが鈍化していますが、政府が財政・金融の両面から積極的に景気下支えに取り組むもとで、今後も概ね安定した成長経路を辿ると予想されます。資源輸出国は、これまで資源価格の下落により経済を下押しされてきましたが、資源価格の底打ちに伴い、今後は徐々に持ち直していく見込みです。他の新興国においても、先進国の景気回復効果の波及や政府の景気刺激策等により次第に成長率を高めていくと考えられます。

IMFの見通しによると、新興国経済は2017年に、+4.6%(2016年は+4.2%)と高めの成長となり、その後も緩やかに増勢を強めていくことが予想されています。世界経済もこうした新興国の持ち直しにより、2017年は+3.4%(2016年は+3.1%)と成長率を高め、その後も徐々に成長を加速させていく姿が見込まれています(前掲図表1)。

もっとも、世界経済が現在抱えている不確実性を短期的に払拭することは困難です。米新政権について、市場では拡張的な財政政策や金融規制の緩和への期待が高まっているようですが、具体的な政策の内容は明らかでなく、当面はその影響を慎重に見極めていくことになります。英国のEU離脱問題は、EUとの交渉の帰趨や、他のEU諸国への影響の波及等について、今後も注意深くみていく必要があります。欧州の銀行部門を巡る不透明感や、世界的に保護主義的な動きが目立ってきていることなど新たな懸念材料も出てきているほか、地政学的リスクはなかなか沈静化の見通しが立ちません。世界経済は徐々に回復過程に移行しつつありますが、高い不確実性を抱えているだけに、その経路が決して盤石でないことも事実であるように思います。

国内経済

次に、国内経済についてです。

わが国の景気は、海外経済の減速の影響などから輸出・生産面に鈍さがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けています。成長率は、2013~2015年の平均で+0.6%です。2016年は第1~3四半期が前期比年率で+2.1%、+0.7%、+2.2%と2013年以来となる3四半期連続のプラス成長となりました(図表2)。諸外国と比べると水準は高くはありませんが、0%台前半とみられる潜在成長率を上回る成長を持続しています。先行きも、海外経済の持ち直しや政府の大型経済対策等を背景に、高めの成長を続けると予想されます。

支出項目別にやや子細にみると、輸出は、海外経済が減速した状態を続ける中で、横ばい圏内の動きが続いています。今後は、新興国を中心に海外経済が持ち直すにつれて、次第に伸び率を高めていくものと考えられます。

個人消費は、2014年の消費増税以降、伸び悩んでいます。当時は2015年10月の10%までの税率引き上げを見込んでいたことから、耐久消費財などを中心にかなり前倒しで購入する動きが広がりました。それ以前にも、エコカー減税やエコポイント等で耐久消費財の需要を先食いしていたこともあり、反動がやや長引いているように思います(図表3)。また、昨年夏以降は、世界的に金融市場が不安定化するもとで、消費者マインドが慎重化したことや、株価下落による負の資産効果が消費を下押しました。今後は、こうした負の外部要因が次第に剥落するとともに、政府の大型経済対策等もあって雇用・所得環境の改善が続くもとで、消費も徐々にしっかりしてくると期待しています。

設備投資は、企業収益が高水準で推移する中、緩やかながら増加を続けています。先行きも緩和的な金融環境やオリンピック関連需要の本格化などを受けて増加基調を維持すると予想されます。

公共投資は、政府の大型経済対策等により増加し、その後もオリンピック関連需要もあって高めの水準で推移すると考えられます。緩和的な金融環境が続くもとで経済対策の景気刺激効果は最大化されることになります。内閣府は、経済対策のGDP押し上げ効果を+1.3%程度と推計しています。

11月に公表した日本銀行の展望レポートでは、先行きの成長率について、委員間でばらつきはありますが、中心的な見通しとして2016年度:+1.0%、2017年度:+1.3%、2018年度:+0.9%と、引き続き潜在成長率を上回る成長を見込んでおります(図表4)。

物価情勢

消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、小幅のマイナスまで低下しています(図表5)。エネルギー価格下落の影響が依然として大きめのマイナス寄与を続けているほか、家電などの耐久消費財も昨年央以降の円高進行を受けて下落に転じています。個人消費のもたつきを背景に、企業の価格設定行動も慎重化しているようです。今後は、2017年初にかけてエネルギー価格下落の影響が剥落するほか、円高の影響も次第に和らぐと考えられます。潜在成長率を上回る成長が続き、雇用・所得環境がさらに改善する中で個人消費が持ち直してくれば、企業も価格設定スタンスを強めていくことが期待されます。こうしたもとで、物価は次第に持ち直しに転じていくと考えられます。展望レポートでは、中心的な見通しとして2016年度:-0.1%、2017年度:+1.5%、2018年度:+1.7%と着実に上昇率を高めていく姿を見込んでいます(前掲図表4)。

やや長い目で見れば、物価は名目賃金に沿って動く傾向があります(図表6)。企業は、賃金が上昇すると、そのコストを販売価格に転嫁しようとします。家計は、物価が上昇すると、実質購買力を維持すべく賃金の引き上げをより強く求めるようになります。今後、雇用環境の改善が続くもとで、賃金が継続的に上昇するとの見方が一層強まれば、こうした相互作用を伴いながら、物価も徐々に基調的な上昇率を高めていくと思われます。この点、今後の物価動向を占ううえで、来春の賃金改定交渉には大変注目しています。

3.金融政策 ―「総括的検証」と「新たな金融政策の枠組み」―

日本銀行は、9月20、21日に開催された金融政策決定会合で、金融緩和強化のための新たな枠組みとして、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。その際、既往の政策の効果とこれまで物価目標の達成を阻害してきた要因について総括的に検証いたしました。本日は、まずこの「総括的検証」の概要を振り返ったうえで、「新たな金融政策の枠組み」について、私なりの考えを交えながらご説明したいと思います。

「総括的検証」について

日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。その後、雇用環境は大きく改善し完全失業率が3%まで低下したほか、企業収益は過去最高水準まで改善し、株価も上昇しました。物価は、変動が大きい生鮮食品とエネルギー価格を除いたベースでみると、2013年の秋にプラスに転じ、足もとまで約3年間にわたってプラス圏で推移しています(前掲図表5)。日本経済は、「持続的な物価の下落」という意味でのデフレではなくなりました。このように、「量的・質的金融緩和」は、経済・物価の好転をもたらしました。

もっとも、現時点においても2%の「物価安定の目標」は達成されていません。「量的・質的金融緩和」では、政策効果の主たる波及メカニズムとして、予想物価上昇率の押し上げと名目金利の押し下げによる実質金利の低下を想定していました。2014年後半から、原油価格の下落や消費税率引き上げ後の需要の弱さ、金融市場の不安定化といった外的な要因により現実の物価が伸び悩み、それを受けてもともと現実の物価上昇率に引きずられる傾向が強い予想物価上昇率も弱含みに転じたことが、「物価安定の目標」の達成が遅れている主な要因と考えられます(図表7)。

この間、「量的・質的金融緩和」のもとでの大規模な国債買入れは、本年1月に導入されたマイナス金利との組み合わせにより、イールドカーブ全体にわたって名目金利の押し下げに大きな効果を発揮してきました。こうした経験から、「新たな金融政策の枠組み」では長短金利操作を行うことが可能と判断しました。また、マイナス金利の導入以降、既に低下余地が乏しくなっていた預金金利と比べて貸出金利が大きく低下したことや、長期金利や超長期金利が大きく低下したことで、金融機関の収益環境の悪化を通じて将来的に金融仲介機能に影響が生じる可能性等も意識されるようになりました。長短金利操作の導入に際しては、こうした点も勘案する必要があると考えました。

「新たな金融政策の枠組み」について

以上のような「総括的検証」を経て、金融緩和強化のための新たな枠組みとして「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。枠組みは、「イールドカーブ・コントロール」と「オーバーシュート型コミットメント」の2つの要素からなります。

「イールドカーブ・コントロール」では、国債買入れ等の金融市場調節を通じて長短金利の操作を行います。日本銀行は、当座預金の一部(政策金利残高)に適用する短期政策金利と10年物国債金利の操作目標を設定します。これまで多くの中央銀行は短期金利の操作を通じて金融政策を執り行ってきました。長期金利の操作は、新たな試みではありますが、これまでのところ順調に機能しているように思います。長期金利を操作対象に加えたことで、金融仲介機能への影響等にも配意したより柔軟な政策運営が可能となり、また政策の持続性も高まったように思います。

「オーバーシュート型コミットメント」は、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比の実績値が安定的に2%を超えるまで日本銀行がマネタリーベースの拡大方針を継続することにコミットするものです。一般に、金融政策の効果は一定のラグを伴って実体経済に波及するため、中央銀行は先行きを見通しながら、フォワード・ルッキングに政策運営を行ってきました。この点、実績値を基準とする今回の枠組みは、極めて強いコミットメントといえます。これにより、「物価安定の目標」の実現に対する人々の信認を高め、予想物価上昇率を引き上げることが狙いです。

このように「新たな金融政策の枠組み」は、長期金利のコントロールや実績値を基準とするコミットメントなど、中央銀行として異例ともいえる対応を取り入れています。様々な外部要因にさらされながら、長期にわたるデフレによりわが国に根付いたデフレ・マインドを払しょくし、物価上昇率を押し上げていくためには、こうした機動的かつ大胆な政策運営が必要だと考えました。

なお、今回の措置により日本銀行の金融政策の操作目標は、量から金利に軸足を移すことになりました。もっとも言うまでもないことですが、金利と量は表裏一体の関係にあります。「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとでも、金利をコントロールするために、大規模な国債買入れを続けていくことになります。この点、引き続き量・金利の両面で金融緩和を続けていくというスタンスには何ら変わりがないことは改めて指摘しておきたいと思います。

4.日本経済の課題と金融政策

次に、少し長期的な視点から、日本経済の課題と金融政策運営について、私なりの考えを述べたいと思います。

日本経済は、過去長期にわたり、物価が緩やかに低下するもとで低成長を続けてきました。政府と日本銀行は、2013年に共同声明を発表し、一体となって「物価安定のもとでの持続的な経済成長」の実現に取り組んできました。足もとでは、「持続的な物価の下落」という意味でのデフレではなくなりましたが、依然「物価安定の目標」は達成できていません。景気は緩やかな回復基調にありますが、潜在成長率は低位にとどまっており、持続的な経済成長という点でもまだ十分な成果は得られていないように思います(図表8)。

こうしたもとで、企業や家計は、先行きも物価や成長率は然程高まらないとの前提で経済活動を行っているように見受けられます。企業は、将来、着実に売り上げが伸びるとの確信を持てない中で、固定費の増加に慎重なスタンスを維持しています。設備投資や賃金(特に恒常的な賃金増につながるベースアップ)の伸びは、企業収益や雇用環境の改善と比較すると緩慢です(図表9、10)。家計においても、恒常的な所得の拡大や物価の上昇を見通し難いもとで、足もとの収入増を積極的に支出に振り向ける様子は窺われません(図表11)。

私は、こうした現状を、ある種の均衡状態にあると捉えています。企業や家計における所得から支出の前向きな循環は、本来、持続的な成長や物価の安定を促進します。設備投資の増加は、資本蓄積や生産性の向上を通じて、潜在成長率を高めます。賃金が増えると、前述したように企業のコスト増等により物価に上昇圧力が生じるほか、家計支出が増えれば、マクロ的な需給ギャップが改善し、やはり物価の上昇につながります。しかし現状は、企業や家計に根付いた低インフレ・低成長見通しが、こうした前向きの循環を阻害することで、自己実現的に成長率や物価の上昇を抑制しているとの側面があるように思います。

では、均衡状態から抜け出すためには何が必要でしょうか。私は、魔法の杖はなく、幅広い主体の粘り強い努力が必要だと考えます。まずは日本銀行が、新たな金融政策の枠組みのもとで、予想物価上昇率の押し上げや緩和的な金融環境の維持を通じて、物価の安定に努めていくことが大事だと思います。同時に、政府や民間部門が果たす役割も大きいと考えます。賃金の引き上げに向けた政府と民間部門の取り組みは、物価の安定を強く支持するものだと思います。また、持続的な経済成長のためには、政府による成長戦略や構造改革の取り組み、民間部門による人材育成や研究開発を含むイノベーションの努力等がより重要になると思います。日本銀行が緩和的な金融環境を維持することは、こうした官民の取り組みをサポートすることで、長期的な成長力強化にも貢献し得ると考えています。日本銀行の「『設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業』の株式を対象とするETFの買入れ」や「成長基盤強化を支援するための資金供給」も民間部門の努力を後押しするものと期待しています。

物価や経済成長にかかる見通しが高まれば、実質金利の低下や自然利子率の上昇を通じて、金融緩和の効果も一段と高まると考えられます。政府、民間部門、日本銀行の三位一体での努力が実を結び、「物価安定のもとでの持続的な経済成長」という新たな見通しのもとで、経済の前向きな循環が強まることを期待しています。

5.おわりに ―滋賀県経済について―

最後に、滋賀県経済について触れておきたいと思います。

滋賀県は、びわ湖に代表される豊かな自然環境のもとで、古くから交通の要衝として栄え、魅力的な歴史や文化を育んできました。

滋賀県経済の最大の特徴は、全国有数の内陸型工業県として製造業のウェイトが高い点にあります。京阪神・中部圏・北陸圏へのアクセスが良いという「地の利」を活かして、電子部品・デバイスや一般・精密機械、自動車関連、化学などの工場集積が進み、県内総生産に占める第2次産業のウェイトは、全国トップの水準となっています。

今回、滋賀県を訪問し、びわ湖の存在の大きさに改めて気付かされました。びわ湖の環境保全活動に長い歴史があることは承知していましたが、昨年、「琵琶湖の保全及び再生に関する法律」が施行されるなか、当地の企業が研究開発を積み重ねてきた水環境ビジネスも着実に成長しているとの印象を受けました。例えば、近年では、産学官連携で新たなビジネスプロジェクトの展開を目指す「しが水環境ビジネス推進フォーラム」も立ち上げられるなど、水環境ビジネスの裾野が一段と広がりをみせています。

観光関連でも、近年の自転車ブームとも相俟って、自転車でびわ湖を一周する「ビワイチ」が注目を集めていると聞いています。サイクリングに適した道路整備が進められ、レンタサイクルビジネスや宿泊施設に波及効果が生まれるなど、体験型・滞在型ツーリズムの強化が図られています。

他方、滋賀県はこれまで京阪神のベッドタウンとして全国でも数少ない人口増加県でしたが、近年は人口減少に転じるなど、大きな転換期を迎えています。このため、滋賀県では「人口減少を見据えた豊かな滋賀づくり総合戦略」を策定し、定住人口の増加等に向けた重点政策を掲げ、その実現に向けて取り組んでおられます。産業政策においても、滋賀県経済の強みである「水・エネルギー・環境」、「医療・健康・福祉」など5つの分野において、イノベーションの創出に重点を置いた取り組みが官民一体となって推進されており、こうした動きが新たなビジネスモデルの構築に繋がっていくことが期待されています。

近江商人の「三方よし」の精神を受け継ぐ当地の皆様のこうしたご尽力が大きな成果となって、滋賀県経済がさらなる発展を遂げることを祈念いたしまして、結びの言葉とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。