このページの本文へ移動

【挨拶】日本銀行金融研究所主催2018年国際コンファランスにおける開会挨拶の邦訳

English

日本銀行総裁 黒田 東彦
2018年5月30日

1.はじめに

おはようございます。今年で24回目となる日本銀行金融研究所の国際コンファランスに、学界および各国の中央銀行から素晴らしい方々をお迎えすることができ、大変光栄に思います。お忙しいスケジュールの合間を縫って、この1日半のコンファランスのためにここ東京までお越し下さった全ての皆様に、コンファランスの主催者を代表して、心より感謝致します。

今年のコンファランスのテーマは、「変貌する世界における中央銀行の政策・業務の実践(Central Banking in a Changing World)」です。このコンファランスは、過去数年にわたり、金融政策に関する論点に焦点を当て、グローバル金融危機後の金融政策運営に対する重要な示唆や知見を得てきました。本年のコンファランスでは、これまでよりもスコープを広げ、中央銀行の政策・業務(Central Banking)の全体を射程に入れています。ここでは、近年生じつつあるグローバルな構造変化が、金融政策やプルーデンス政策など中央銀行の政策面に影響を及ぼしているだけでなく、政策運営の基盤となる通貨の発行や決済システムの運営といった、中央銀行の業務面にも大きな影響を与えるようになっていることを念頭に置いています。

こうした変化は多岐にわたりますが、本日は、グローバルな経済・金融環境における最近の変化のうち、とりわけ中央銀行にとって重要と思われるものについて、少し触れてみたいと思います。

2.変貌する世界と中央銀行

近年、中央銀行を取り巻くグローバルな経済・金融環境は、大きく変化しています。グローバルにみた貿易活動は、金融危機後の落ち込みから回復を遂げ、再び堅調さを取り戻しています。好調な世界経済を背景に、金融面でも、金融機関やその他の投資家による投資活動はより活発になってきています。それに伴って、各国間における経済・金融の結びつきも強まってきているように窺われます。もちろん、こうしたグローバルな連動性の高まりは、進行しているグローバル化を反映したものであり、世界経済にとって望ましい動きであるということができます。しかし、その一方で、ここ数年大きく動いている政治情勢の影響などからグローバルなショックのボラティリティが拡大していることもあって、世界経済に発生したショックの波及が各国の中央銀行に大きなチャレンジを与えていることもまた事実だと思います。

金融政策面では、物価・賃金ダイナミクスの変化について、学界および先進国を中心とする中央銀行の間で、強い関心が持たれています。グローバル金融危機による負の影響が減衰する中、大規模なマクロ経済政策の効果もあって、失業率は多くの国で大幅に低下し、実体経済は大きく改善しました。しかし、こうした実体経済の改善にも関わらず、物価と賃金の動きは鈍い状態が続いています。この問題は、最近では「失われたインフレ(missing inflation)」、「失われた賃金インフレ(missing wage inflation)」などと呼ばれています。昨年の本コンファランスでの議論を振り返りますと、インフレ期待の形成における適応的な要素の存在が、失われたインフレの有力な原因の一つであるとして注目されました。先進国を中心に観察される物価・賃金ダイナミクスの変化の背景を解明することは、現在、喫緊の課題となっていると思います。

金融システム面では、金融危機の発生から10年が経過し、グローバルな金融システムの頑健性は、バーゼルIIIの最終化をはじめとする金融当局の取り組みや、金融機関自身によるリスク管理の強化などを通じて向上しました。もっとも、従来の監督・規制で十分カバーされていない、いわゆるシャドーバンキング部門の動向には留意が必要です。また、近年では、先進国を中心とした金融機関の低収益性が、グローバルな金融安定に対する新たな問題となっています。プルーデンスの観点からも、各国中央銀行は、新たな課題に直面しつつあります。

もう少し中長期的な視点に立つと、中央銀行は、情報通信技術革命という重要な環境変化に直面しています。我々は、AIやビッグ・データ分析、分散型台帳技術など、広範囲に及ぶ技術の目覚ましい進歩を目の当たりにしています。また、スマートフォンやソーシャル・ネットワーク・サービス、Eコマースなども急速に発展しています。こうした技術の金融ビジネスへの応用は、一般に「フィンテック」と呼ばれますが、それは既に多くの国において、決済慣行の急激な変化をもたらしています。こうした動きは今後も続くと予想され、先行き、金融機関のビジネスモデルをさらに大きく変化させる可能性があります。

中央銀行は過去数十年にもわたり、「銀行の銀行」として、決済システムの安全性と効率性の改善のため、例えば、即時グロス決済、資金・証券の同時決済、外国為替の同時決済の実現など、様々な努力を積み重ねてきました。さらに、中央銀行業務の根幹となる通貨発行業務について、近年、一部の中央銀行では、中央銀行自体がデジタル通貨(Central Bank Digital Currency)を発行する計画が検討されています。「発券銀行」、「銀行の銀行」という中央銀行の根幹を成す業務の遂行面でも、長い目で見れば、今後、大きな変革の時代を迎えるのかもしれないと考えられます。

3.結び

以上、縷々述べてきましたが、今回のコンファランスでは、近年におけるグローバルな経済・金融環境についての様々な構造変化の下で、中央銀行が政策と業務の両面において直面している新たな課題や、その含意を考えていきたいと思います。

このあと、前川講演では、スピーカーとしてシカゴ大学のラジャン教授をお招きしました。銀行理論に関する深い学識、そして国際通貨基金チーフエコノミスト、インド準備銀行総裁としての経験に基づく話をお聞きできることを楽しみにしています。また、基調講演では、金融研究所の新たな海外顧問であるマサチューセッツ工科大学のオルファニデス教授から、中央銀行総裁およびアカデミアの両面の経験を踏まえてお話し頂けるものと思っております。

論文報告では、(1)グローバル化の下での低金利環境の持続性、(2)中央銀行デジタル通貨の発行が金融政策の有効性に与える影響、(3)生産性の変化が望ましいトレンド・インフレ率に与える影響、(4)失われた賃金インフレのメカニズム、といった論点について議論することになります。そして、最後の政策パネル討論は、モデレータを植田金融研究所特別顧問にお務め頂きます。パネリストとしては、ブラード・セントルイス連銀総裁、ラムスデン・イングランド銀行副総裁をお迎えしました。「変貌する世界における中央銀行の政策・業務の実践(Central Banking in a Changing World)」について、理論と実務の両面から、理解が深められることに期待します。

もちろん、こうした限りなく広がりのある問題に対して、1日半という限られたコンファランスの時間はあまりにも短かいと思われるでしょう。このため、プログラム、特に論文報告セッションは、いずれもセレクティブなものとならざるを得ません。ただ、こうした論文報告と、各種の講演、パネル討議を組み合わせた多様なセッションを通じて、さまざまな角度から活発な議論が展開され、中央銀行が直面している課題について知見を深めることで、プログラム全体として、実りあるものになることを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。