公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2019年 > 【講演】黒田総裁「人口動態の変動とマクロ経済面での挑戦」(日本銀行・財務省共催G20シンポジウム)

【講演】 人口動態の変動とマクロ経済面での挑戦 日本銀行・財務省共催G20シンポジウムにおける基調講演の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2019年1月17日

1.はじめに

G20財務トラックの代理者や国内外の学者の皆様におかれては、日本銀行・財務省共催G20シンポジウムにご参加いただき、感謝いたします。本年は、日本が初めてG20の議長国を務める年となります。そのキックオフイベントの一つとして、本シンポジウムを開催できることを大変嬉しく思います。

人口動態と経済との関係といえば、まず頭に浮かぶのはマルサスの議論です。18世紀後半、経済学者のマルサスは、資源制約、とりわけ農業生産量の制約が人口増加の制約になると主張しました。その後、経済学における人口問題の扱いは、マイナーなものとなりましたが、経済成長論が再び経済学の中心的な話題の一つとなると、再び、人口動態と経済との関係に光が当たるようになりました。更に、先進国や一部の新興国において、人口増加から人口減少に転じ、また、人口構成が高齢化するにつれて、政策担当者や企業経営者の間でも、人口動態の変化が経済に与える影響への関心が高まっています。

日本については、生産年齢人口は1995年、総人口は2008年をピークに、それぞれ減少に転じました。老齢人口比率は、1985年に10%でしたが、2017年には28%と、急速に高まってきています。このように、日本は、人口問題に関し、G20メンバー国の中でも先頭を切って課題に直面していると言えます。もちろん、G20メンバー国の中には若年労働者の増加している新興国もありますが、これらの国々も、いずれは高齢化の問題に直面することになるでしょう。それぞれの国が直面する人口動態の状況や、それを踏まえた各種の制度・政策対応について、お互いの経験を学んでいくことは、各国が今後の経済政策運営を行っていくうえで有益なものとなると思います。こうした問題意識が、G20の議題の一つとして高齢化を取り上げた理由の一つであります。

午前中の議論でも明らかなように、そして午後の議論でより明らかになるように、この人口問題は極めて間口の広い問題です。そもそも問いを立てる段階で、様々な角度からの議論が可能であり、本シンポジウムの準備に携わったスタッフは苦労したことでしょう。限られた時間で全ての論点に触れることは不可能ですので、ここでは、3つの基本的な問いを投げかけたいと思います。

2.マクロ経済に与える影響

第1は、「高齢化や人口減少は経済成長を阻害するか」、という問いです。多くの人は直感的にYesと答えるのではないでしょうか。しかし、イノベーションの重要性を知る私たちにとっては、答えはYes or Noというものでしょうし、政策的にはどうやってNoという答えを追求するかが、我々に課された課題と言えるでしょう。

まず、当然のことながら、人口の減少と高齢化は、労働力人口の減少をもたらし、経済の供給面から、マクロの成長率を押し下げる効果があります。また、労働力人口が減少する一方で、労働市場から退出した高齢者の比率が高まる結果、少なくなった生産量を、多くの人で分配することになりますので、機械的な計算では、一人当たりの成長率も鈍化することになります。将来において成長率が低下するという悲観的な見通しが社会全体に広がれば、現在の時点で投資や消費を控えることになり、将来の需要のみならず現在の需要も下押しされることになります。

しかしながら、人口減少や高齢化は、必ずしもマクロの成長率や一人当たりの成長率を押し下げるわけではありません。成長会計に基づくと、一国の経済成長は、人口動態だけではなく、資本や全要素生産性の変化からも影響を受けます。たとえ人口減少が成長に対して負の影響を与えたとしても、資本の蓄積やイノベーションを促すことによって、経済全体の成長率を引き上げることが可能となります。実際、最近の日本でみられているのは、労働力人口が減少する中で、労働を代替するような設備投資やソフトウェア投資が活発化していることです。AIやIoT、難病に対する創薬など、新たなイノベーションも起こってきています。また、こうしたイノベーションを進めるため、若年層に対する教育の充実や中高年層に対する再教育機会の拡充が進められれば、全ての年齢階層を通じたマクロの労働生産性の引き上げに貢献すると考えられます。こうした変化は、経済全体の成長を高めるとともに、一人当たりの生活水準も引き上げることに繋がります。

人口動態の変動は、一国の産業構造の変化も促す可能性があります。高齢化が進むと、ヘルスケアなど労働集約的なサービスへの需要が高まると考えられます。実際、日本の就業構造をみますと、医療福祉業の就業者比率は2002年に約7%でしたが、2017年には約12%まで高まってきています。もっとも、人口減少・高齢化によって労働力人口は減少しますので、医療福祉分野における労働需給はかなり逼迫することになります。多くの国民が適正な医療・介護サービスを享受していくためには、医療福祉分野への労働移動や、イノベーションを促進していくための政策対応が必要となります。

さらに、人口動態の変動は、一国の貯蓄投資行動に影響を与えるため、国際的な資金フローや経常収支にも影響を与えます。高齢化は、ライフサイクルの観点から貯蓄をする勤労者層が減少する一方、貯蓄を取り崩す高齢者層が増加することを意味しますので、一国全体でみた貯蓄は減少することになります。しかしながら、医療技術の進化によって、高齢者の長寿化も同時に進行しています。そうなると、従来のように「高齢者=貯蓄取り崩し世代」という単純な捉え方はできません。自分の寿命が以前に想定していたよりも伸びることになれば、高齢者となった初期の段階では、貯蓄の取り崩しを抑制し、引退せずに働き続けて貯蓄を積み増すといった行動をとる可能性があります。また、社会保障制度のあり方の違いによっても、国民の貯蓄行動は変化する可能性があります。一方、投資行動については、労働力人口の伸び率が高い国は経済成長率も高く、投資機会も豊富にある場合が少なくありません。ただし、イノベーションの進展度合いの違いなどにより、高齢化している国の間でも、投資の動きには違いが出てきます。

3.財政状況や社会保障への影響

第2の問いは、「少子高齢化の中でどうやって社会保障を維持していくか」、という実践的、かつ、最も切迫した重要な課題です。

まず、年金制度についてみると、多くの国では賦課方式が採用されています。また、医療・介護については、民間保険が主体の米国を除くと、公的保険が主体の国が多いと考えられます。いずれの場合でも、高齢化が進展すると、医療・介護・年金への支出が増加する一方、税金や保険料収入は減少することになり、財政収支バランスへの影響が懸念されます。第二次世界大戦後、各国で医療・介護・年金制度の充実が進められたタイミングでは、人口構成はピラミッド型、すなわち、少数の高齢者を多数の労働者が支える仕組みが前提とされてきました。しかしながら、少子化と長寿化は、人口構成を著しく変化させ、賦課方式が前提となっている社会保障制度に財政面からのプレッシャーを高めることになりました。多くの国では、医療・介護・年金への支出増加から、公的債務が増加し続けています。増え続ける公的債務をみて、国民は、将来の負担増、公的支出削減という予想を形成し、自己防衛的に貯蓄を増やす行動にも繋がっています。

年金にしろ、医療・介護にしろ、いずれも、勤労世帯の負担によって高齢者の支出が賄われる構図となっていますが、制度が設計された当初と大きく異なるのは、人口動態です。戦後、出生率は大きく低下した一方、医療の発展につれて、高齢者の寿命は延びています。こうした人口動態の大きな変化を踏まえて、各種の公的な制度について不断の見直しを行っていくことが必要となるでしょう。

また、医療・介護・年金のいずれについても、官民の役割について見直す余地がないか検討することも一つの考え方であると思います。かつては、金融資本市場や資産運用ビジネスが発展途上であり、退職後に必要な資金を家計が主体的に運用する機会は限られていました。しかし、現在では、多様な金融資産が利用可能であり、家計のリスクプロファイルやニーズに応じた資産運用が可能となっています。こうした中で、退職後に必要な資金について、公的年金と私的年金の適切な組み合わせや、賦課方式・確定給付年金と積立方式・確定拠出年金のあり方なども、考えていくことが必要になってきています。

4.金融政策や金融システムへの影響

第3の問いは、「高齢化は、私達の仕事を難しくするのか」、という問いです。すなわち、金融政策や金融システムへの影響についてです。

マクロ経済への影響について考察した通り、人口減少や高齢化によって成長率が低下することになれば、経済の実力である潜在成長率に見合った自然利子率も低下することになります。自然利子率が低下すれば、実質金利にも低下圧力がかかります。インフレ率を一定とすれば、結果的に経済の実力に見合った名目金利の水準も低下することになります。一般に、金融緩和の効果は、こうした中立的な金利水準よりも市場金利などを低くすることを起点としているため、低金利環境では、中央銀行は、「ゼロ金利制約」に直面するリスクが増すことになります。金融危機の経験などから、通常の金融政策ツールである「名目短期金利」がたとえゼロ金利制約に直面したとしても、マイナス金利政策や、長めの金利の操作、様々な資産買入れによるリスクプレミアムの圧縮を通じて、実体経済に影響を与える方法はあります。ただし、それらの非伝統的な金融政策は、名目短期金利を起点とした伝統的金融政策とは異なるトランスミッションメカニズムや効果・副作用を伴う可能性があるため、それらの政策が、経済・物価・金融情勢にもたらす影響について、丹念に検証していく必要があります。

グローバル金融危機の時には、多くの先進国で、金融政策がゼロ金利制約に直面しました。そうした経験を踏まえ、一部の経済学者は、インフレ目標を高めに設定し、経済危機の発生に備えるために、平時の金利水準も高めにしておいてはどうか、という提案を行いました。最近でも様々な会議などで議論が行われていますが、グローバルスタンダードでもある2%のインフレ目標を変えるという動きは、これまでのところみられていません。その理由の一つとして、インフレ率の水準が過度に高まると、インフレ率の変動も大きくなるため1、家計や企業の経済的な意思決定が困難化する可能性が指摘されています2

人口減少や高齢化が進展するもとでの低金利環境は、金融システムや金融機関のビジネスモデルにも変革を迫る可能性があります3。人口減少により資金需要が伸び悩む中で低金利環境が続きますと、銀行が海外のエクスポージャーを拡大したり、より信用リスクが高い企業に投融資したりするなど、「利回り追求」の動きを加速させ、結果として、金融システムの不安定化に繋がる可能性も考えられます。やや長い目で見れば、合併や統合などによって、供給面の調整を促す可能性もあります。

一方で、人口動態の変化は、これに適応しようとする企業活動の前向きな変化やイノベーションを促し、それを支える貸出やM&Aなど新たな金融サービスへのニーズを生み出します。また、高齢者の増加は、資産運用ニーズの高まりを通じ、生命保険や年金、資産運用会社にとってビジネスチャンスの拡大に繋がります。こうしたもとでは金融機関のリスクプロファイルが大きく変化する可能性もありますので、政策担当者としては、適切にプルーデンス政策を運営していく必要があります。

  1. Okun (1971) は、インフレ率とインフレ率の変動が正の相関をもっていることを指摘している。
    Okun, Arthur M. (1971), "The mirage of steady inflation." Brookings Papers on Economic Activity, 1971: 485-498, 1971.
  2. カナダ銀行は、2016年にインフレ目標の見直しを行った際に、2%の目標を引き上げることのベネフィットとコストを比較している。その結果、高めのインフレ目標を設定することによってゼロ金利制約のリスクを軽減することによるベネフィットと比べると、高いインフレ率のもとで生じうる資源配分の歪みや、多くの先進国が同じ2%を目標としている中で目標を変更することに伴う信認のリスク、といったコストの方が高いとの理由により、2%の目標を維持することが適当と結論づけている。
    Bank of Canada, "Renewal of the Inflation-Control Target," Background Information, October 2016.
  3. 高齢化のもとでの金融セクターの変化についての詳細は、「人口動態の変動と金融セクターの課題」(パリ・ユーロプラス主催フィナンシャル・フォーラムにおける挨拶、2018年11月19日)を参照。

5.おわりに

以上申し上げたように人口動態の影響に関して様々な問題がありますが、世界の中でも最も高齢化が進んでいる日本において開催される今回のG20において、こうした問題に対し、日本も含め、各国の経験と知恵を共有し、お互いに必要なことを学びあうことが重要だと思います。

本日のシンポジウムが、これから始まるG20の一連の会議における良いインプットとなることを願って、私の話を終えたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。