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【講演】 金融と情報通信技術の融合─歴史から学ぶ将来像─
国際金融協会春季総会における基調講演の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2019年6月6日

1.はじめに

本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。ウェーバー議長、アダムス代表、ならびに国際金融協会の皆さまにおかれましては、このカンファレンスを企画し、開催していただき、この場をお借りして御礼申し上げます。

振り返りますと、第1回国際金融協会G20カンファレンスは、未だ世界の金融システムが厳しいストレスに晒されていた2009年3月初旬にロンドンで開催されました。その際の議題の一つは、当時私が総裁を務めていたアジア開発銀行をはじめとする国際金融機関が、新興国や途上国への資金流入を活性化させるために果たすべき役割でした。その一月後、G20首脳がロンドンに集結し、世界に信用を取り戻すための金融規制強化に合意しましたが、同時にこれら諸国への資本流入を維持するべく、国際金融機関の財務基盤と資金供給手段の大幅な増強・強化にも合意しました。

これらの合意は金融危機に立ち向かう上で非常に強力であったことが後に証明されました。国際金融機関の支援のもと、新興国や途上国は総じて危機の伝播を免れ、こうした国々の力強い成長がその後の世界の経済成長を支えました。第1回会合から続くこのカンファレンスの伝統を受け継ぎ、今回の会合も私たちのG20アジェンダの達成に向けて一段と協調に弾みをつける機会となることを期待しております。

来るG20のアジェンダを反映し、明日午前のセッションは、情報通信技術が急速に進化するもとでの金融の将来と金融規制・監督の役割に焦点を当てます。本日は、この点について私の考えをお話しさせていただこうと思います。歴史を通し、金融と情報通信技術は相互に影響しながら共に進化を遂げてきました。その過程で、人類はその結果もたらされる課題を克服し、好機を活かす術を見出してきました。私たちは今、まさに課題と機会に直面しています。以下では、鍵となる歴史的エピソードを振り返ってみたいと思います。というのも、歴史は、これらについて多くの示唆を与えてくれるからです。

2.金融と情報通信技術の相互作用についての歴史的エピソード

金融は、お金を、ある人の手から別の人の手へと時空を超えて移転することを可能にします。金融は、資源を再配分し、リスクを分散し、決済手段を提供します。歴史を通し、私たちは、限られた資源をダイナミックにかつ協調して活用するうえで重しとなる制約から解放するべく、その時代の最先端の情報通信技術を活かし、金融技術を発展させてきました。

人類史上最古の文字として知られる楔形文字は、紀元前約5,000年前にメソポタミアのシュメール人によって発明されましたが、金融と情報通信技術が進化する中で相互に影響しあってきたことを示す一例と言えます。

考古学者は、楔形文字の起源は会計であると考えています1。それ以前は、円錐や球の形をした「トークン」が、様々なモノの数量を表す尺度として取引に使われていました。こうしたトークンが、やがて粘土板に記された二次元の象形文字へと変容していきました。

都市が拡大し社会がより複雑になるにつれ、粘土板は大きな革新を遂げました。抽象的な数の概念と組み合わせて使われるようになったのです。この結果、同じ大きさの粘土板でやり取りできるデータ量が著しく増加しました。借入契約を締結する必要性の高まりから、文字体系はさらに発展したとする説もあります。このように、金融と情報通信技術は、古のシュメール人が生きた都市において、密接に関連しながら進化してきたのです。

二つめの例は、15世紀にヨハネス・グーテンベルクが発明した活版印刷です。活版印刷は長い間、金融と情報通信技術の進化の相互作用をグローバルに促進させる効果をもたらしました。その重要な影響の一つは、金融の知識を普及させたことです。一例をあげましょう。1494年、イタリアのヴェネチアで、レオナルド・ダ・ヴィンチの友人でもあった数学者のルカ・パチョーリが、複式簿記の原則に関する、短くも包括的な解説を含む書を出版しました。パチョーリによる解説、その解釈や応用事例は、金融における最も基本的な原則の一つとして、当時世界の印刷の中心地であったヴェネチアから、ヨーロッパそして世界各地へと普及しました。

では、この新しい印刷技術は、この他に経済成長にどのような影響を与えたのでしょうか。活版印刷の普及は、マクロ的な生産性を押し上げたのでしょうか。後年、ロバート・ソローが「コンピューターの時代であることは、生産性統計を除くすべての分野で表れている」2と指摘した通り、一般に、情報通信技術がマクロ的な生産性に与える影響を計測することは、経済学者や政策当局者にとって難しい課題です。しかし最近になって、LSEの経済学者であるジェレミア・ディトマーは、活版印刷がいくつかの都市において経済成長に貢献したとの研究結果を示しました。彼は、印刷機が15世紀中に導入された都市においては、そうでなかった都市と比べて大幅に経済成長が加速したことを示したのです3。特にオランダは、他国に比べて活版印刷の導入が早く、オランダの諸都市では、莫大な富の蓄積が進みました。

こうして蓄積された富は、アジアに向けた大航海に乗り出すために欠かせない礎となりました。もっとも、その実現に向けては、資本へのアクセスのさらなる拡大も必要でした。アムステルダムは、17世紀半ばにかけて国際金融・貿易の中心に成長し、現代的な金融の仕組み、具体的には、有限責任制度を有する最初の上場株式会社、最初の証券取引所、そして今日の中央銀行の一つの原型の「揺りかご」ともなりました。

ここで、情報通信技術と金融のもう一つの相互作用が起こります。活版印刷は、新聞が株式や商品取引を活発に行うのに必要な情報を素早く提供する重要な伝達手段となることを手助けしました4。このことが、資本へのアクセスのさらなる拡大を促したのです。

これらのイノベーションは、オランダ東インド会社の勃興に体現されています。1602年の設立当初から、同社の株式は、アムステルダムで最初の証券取引所で自由に取引され、その後、主要株主には有限責任が認められるようになりました。潤沢な資本と先進的な海運技術によって、同社はアジア全域でのビジネスを展開するようになったのです。

この話には続きがあります。同社は日本にとって特別に重要な存在でした。というのも、同社は徳川幕府の鎖国政策のもとで唯一取引が認められた西洋の組織だったからです。わが国における同社唯一の商館は、長崎の「出島」と呼ばれる扇形の人工島の中にありました。

出島は、せいぜいサッカーグラウンド二面分の広さしかありませんでしたが、200年以上もの間、日本と西洋の情報の行き来を維持する唯一にしてゆるぎない結節点として機能しました。日本の人々は、輸入した本を通して西洋の技術を学び、習得していきました。また、同社の従業員たちは、日本で見聞きしたことを母国で出版しました。黄金時代のオランダの人々は、活版印刷や新聞といった当時最新の情報通信技術を巧みに活用し、金融のイノベーションの新たな機会を見出していったのです。

  1. 1詳細は、Denise Schmandt-Besserat, How Writing Came About (Austin: University of Texas Press, 1996)を参照。
  2. 2Robert M. Solow, "We'd Better Watch Out," New York Times Book Review July 12 (1987).
    なお、この点を巡る日本の研究は、Takuji Fueki and Takuji Kawamoto, "Does Information Technology Raise Japan's Productivity?," Japan and the World Economy vol. 21, no. 4 (2009): 325-336を参照。米国の研究は、Robert J. Gordon, The Rise and Fall of American Growth: The U.S. Standard of Living since the Civil War (Princeton: Princeton University Press, 2016)を参照。
  3. 3Jeremiah E. Dittmar, "Information Technology and Economic Change: The Impact of the Printing Press," Quarterly Journal of Economics vol. 126, no. 3 (2011): 1133-1172.
  4. 4詳細は、Peter Burke, A Social History of Knowledge: From Gutenberg to Diderot (Polity, 2000)を参照。

3.市場の失敗と金融規制・監督の役割

もっとも、金融のイノベーションは危険もはらんでいます。ここからは、金融のイノベーションが内包するリスクについてみてみたいと思います。金融のイノベーションが市場を通して資本へのアクセスを拡大したことは、歴史的には、経済変動の重要な震源にもなりました。1776年、アダム・スミスは、企業の損失について有限責任である経営者は「他人のお金」の管理者に過ぎないと警鐘を鳴らしました。彼は、無限責任であるパートナーと異なり、こうした経営者は「細部にまで目を光らせる慎重さ」がないと考え、「怠慢と浪費は常にはびこる」と結論づけました。アダム・スミスの警鐘が重要であったことは、その後の歴史から明らかです。彼が指摘した「依頼人と代理人の問題」は、今日、民間企業に対する公的介入を正当化する、重要な市場の失敗の一例となっています。

有限責任の問題は、金融業にとってとりわけ重要です。というのも、金融業では、情報の非対称性により、上記の問題がより深刻になる傾向が強いからです。たとえば、有限責任のもとでは、投資責任者はバブルの拡大から利することはあっても、バブルの崩壊によって同程度の損失を被るとは限りません。有限責任と市場参加者間の情報の非対称性という組み合わせが、投資責任者にバブルをより拡大させるインセンティブを与えると主張する経済学者もいます5。情報通信技術の進化は、近代的な金融リスク管理技術の高度化にも貢献しましたが、情報開示の強化と組み合わされてもなお、上記の問題を完全に解決するには至っていません。

来る2020年は、世界初の国際的に連関した金融バブル崩壊からちょうど300周年になります。1720年、ロンドンで崩壊した南海会社のバブルは、のちのアダム・スミスの思想に影響を与えましたが、同じ時期にミシシッピ・バブルとして知られる金融バブルがパリでも崩壊しました。その帰結として、人々は資本市場に対する信頼を失い、株式会社の設立と株式取引は、一世紀もの間、著しく減少しました。資本市場が停滞する中で、大規模な投資案件は、ごく一部の富裕層による資金負担で賄われる時代へと回帰したのです6

金融バブルは、過剰な信用創造を伴う場合に金融危機につながる傾向があります。長期間の国別データを分析した経済学者は、与信の伸びが、金融危機の発生を予測する変数として有用であることを示しています7。金融危機は経済に甚大な負の外部性をもたらします。1990年代後半の日本の危機や、2000代後半の先の世界金融危機の経験は、金融規制・監督の最も重要な役割が、市場の失敗に対処し、金融危機を防ぐことである点を私たちに思い起こさせます。

先の危機によって明らかになった大きな課題に対処するべく2009年に始められたG20による金融規制改革は、ほぼ完了しつつあります。国際交渉を通じてグローバルな連携のあり方が模索されていますが、こうした活動は、グローバル化した金融活動のリスクに対処し、お互いの利益を実現することを目指すものです。

国際交渉の過程では、異なる文化や社会・経済システムが出会うことになります。私自身、数々の交渉に携わり、その過程で、これらの違いが様々な形であらわれるのをみてきました。交渉に携わる担当者は、こうした違いにより、従来とは異なる思考を迫られると不安に感じがちですが、そうした過程を経ることこそ、国際協調の重要な側面の一つです。グローバル市場のすべての当事者にとって相互に利益のある共通ルールを構築するためには、お互いの文化や社会・経済システムの違いをダイナミックで相対的なものと理解し、違いを受けいれることが有益です。

規制改革のアジェンダがほぼ完了した今、グローバルに金融安定を実現する目的を達成するべく、私たちは合意した改革を完全・適時・整合的に実施することに焦点を移さなくてはなりません。同時に、G20が合意した改革が期待通りに機能しているか、その影響を評価することも重要です。さらにグローバルな金融安定を損ないかねない市場の分断があるのであれば、その潜在的な原因を特定し対処することも重要です。

  1. 5こうした分析事例として、Franklin Allen and Gary Gorton, "Churning Bubbles," Review of Economic Studies vol. 60, no. 4 (1993): 813-836や、Franklin Allen and Douglas Gale, "Bubbles and Crises," Economic Journal vol. 110, no. 460 (2000): 236-255を参照。
  2. 6詳細は、William N. Goetzmann, Money Changes Everything: How Finance Made Civilization Possible (Princeton: Princeton University Press, 2016)を参照。
  3. 7Moritz Schularick and Alan M. Taylor, "Credit Booms Gone Bust: Monetary Policy, Leverage Cycles, and Financial Crises, 1870-2008," American Economic Review vol. 102, no. 2 (2012): 1029-1061.

4.おわりに

最後に、最近の情報通信技術の急速な進化を踏まえ、これからの金融と規制・監督の役割についてお話ししたいと思います。5,000年前のシュメール人の粘土板が、今日タブレット型端末やスマートフォンに置き換わっているとはいえ、お金を、ある人の手から別の人の手へと時空を超えて移転させるという金融の中核的な役割は変わっていません。

しかしながら、タブレット型端末やスマートフォンでやり取りできる情報量は、粘土板のそれとは比較にならないほど増えています。私たちは、最近の情報通信技術の進化により、増え続けるデジタル化された情報を、より少ないコストで迅速に収集し、処理し、やり取りできるようになっています。新しい情報通信技術には、規模の経済のみならず範囲の経済が働き、これを上手く取り入れた者が市場における力を持つ可能性を有しています。オランダの歴史が示すように、将来の金融業界の姿は、今起こっている情報通信技術の進化から多大な影響を受けると思われます。もっとも、その姿がどのようなものになるかを現時点で見通すことは難しいかもしれません。本日の午後は、銀行がどのように技術の力を活かして持続的な成長を後押しできるか議論しました。明日は、社会の変容を支えていくために、金融業界がどのように進化し続ける必要があるかを議論します。また、情報通信技術の進化の金融規制・監督の役割への含意についても議論します。

情報通信技術の進化がもたらす新たな機会についてみると、最近の情報通信技術の進化は、多くの個人や企業が時空を超えて幅広い金融取引を行う大きな可能性を拓くでしょう。たとえば、情報通信技術の進化は、金融包摂を推進する大きな潜在的可能性を秘めています。世界銀行が出したレポートによると、銀行または携帯電話を通じた融資業者の口座の成人保有率は、2011年には51パーセントでしたが、2017年には69パーセントまで上昇しています。この間、世界で未だ17億人の成人が銀行口座を保有していませんが、その3分の2は携帯電話を保有しており、金融サービスにアクセスできる可能性は拡大しています8。また、アクシオンの金融包摂センターとIIFの共同レポートでは、新興国市場の所得向上と、情報通信技術による保険サービスの提供コストやリスクの計測コストの低下を織り込むと、保険を提供しうる市場は大きく、潜在的な収益性も高いことが指摘されています9

一方で、課題についてみると、最近の情報通信技術の進化は、市場の失敗をより深刻化させてしまうおそれがあります。最近の情報通信技術の進化は、一部の限られた経済主体にデータと資源を集中させてしまうのではないかと懸念する声も聞かれます。新しい情報通信技術がもたらす規模と範囲の経済効果は、グローバルに集中した第三者に対する銀行の基幹サービスの依存度をより高める方向に作用するかもしれません。このことは、翻って、既存の「依頼人と代理人の問題」を一層複雑化させ、市場の失敗を増幅しかねません。金融規制・監督の基本的な役割そのものには変化がないとしても、私たちは金融監督においても技術革新の力を活用していくべきです。そして、市場構造と情報通信技術の進化が、金融規制・監督で対処すべき市場の失敗の本質にどのような影響を与えるか観察し、評価していくことが必要です。

本日のお話の締めくくりになりますが、私は、最近の情報通信技術の進化は、金融の可能性とリスクの両面を増幅する潜在的に大きな力を持っていると思います。私たちは、情報通信技術の進化の負の側面を巧みに抑制しつつ、正の側面を引き出すという、難しくもやりがいのある課題に直面しています。

歴史は、私たち人類が課題に直面するたびに、それらを克服し、好機を活かす術を見出してきたことを教えてくれます。今回は違うのでしょうか。私はそうは思いません。世界金融危機以降、当局と市場参加者の国際的な協調の枠組みは大きく強化されました。自由闊達な批判的議論と協力を通じ、私たちは共に新たな課題を克服し、潜在的な可能性を解き放ち、実現していくことができると私は信じています。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 8Asli Demirgüç-Kunt et al., "The Global Findex Database 2017: Measuring Financial Inclusion and the Fintech Revolution," World Bank Group (2018).
  2. 9Susy Cheston et al., "Inclusive Insurance: Closing the Protection Gap for Emerging Customers," A Joint Report from the Center for Financial Inclusion at Accion and the Institute of International Finance (2018).