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【講演】 高齢化社会における金融包摂 G20「高齢化と金融包摂」ハイレベルシンポジウム(GPFIフォーラム)における基調講演の邦訳

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2019年6月7日

1.はじめに

本日は、G20「高齢化と金融包摂」ハイレベルシンポジウム(GPFI1フォーラム)でお話しする機会をいただき、誠に光栄に存じます。本年、私は、G20財務大臣・中央銀行総裁会議において、麻生大臣とともに共同議長を務めています。G20財務トラックのプライオリティの一つに「高齢化の課題・政策対応」があり、本フォーラムでは「高齢化と金融包摂」がテーマになっています。本シンポジウムの成果は、G20の議論に大きく貢献することが見込まれます。

日本は、世界で最も高齢化が進んだ国の一つですが、遅かれ早かれ、他の国も同様の状況に直面します。本日は、高齢化社会における金融包摂に関して、パーソナル・ファイナンスや金融リテラシーといった観点から、日本の現状や課題についてお話ししたいと思います。

  1. 1Global Partnership for Financial Inclusion(金融包摂に関するグローバル・パートナーシップ)は、2010年のG20ソウル・サミットで承認され、金融包摂に関する議論を行うためにG20メンバーを中心に発足した国際的なプラットフォーム。

2.高齢化社会と金融リテラシー

日本の平均寿命は、2017年時点で男性が81歳、女性が87歳となっており、その伸びをみても、この50年で男性は13歳、女性は14歳、それぞれ寿命が大きく伸びています。高齢化それ自体は、人類が長年に亘って希求してきた長寿を実現しているという意味において、大変喜ばしいことだと言えます。

他方、高齢化に伴う課題も、同時に明らかになってきています。金融面で言えば、とりわけ老後の家計管理が重要になっています。仕事から引退後、どのように生活の糧を得るかは、多くの人が直面する課題です。パーソナル・ファイナンスの観点からみれば、引退後の収入は、日本の場合は公的年金がベースになりますが、様々な予期せぬ出来事が発生した場合、年金収入だけで全ての支出を賄えるとは限りません。支出が収入を上回る場合は、それまでに蓄えてきた金融資産を取り崩すことによって、そのギャップを埋めるのが一般的です。

金融広報中央委員会が実施した2018年の調査2によれば、日本における二人以上世帯の金融商品保有額は、全国平均で1,430万円となっています。これを年齢別にみると、20歳代が約250万円なのに対し、60歳代では約1,850万円に上っています。日本の高齢者は、少なくとも全体としてみれば、既に相応の金融資産を保有していると言えます。

もっとも、60歳代の方でも、さらにあと20~30年生きるとすれば、また、人生100年時代を迎えつつある中、それ以上に長生きする可能性も考慮すれば、蓄えた金融資産を少しでも長持ちさせる知恵が必要になってきます。また、若い世代にとっては、これからの長い人生を歩む中で、時間を味方につけながら、コツコツと長期に亘って資産を形成していく工夫が重要になってきます。この点、日本では、つみたてニーサイデコといった税制優遇を伴う制度の拡充によって、国民の長期的な資産形成を政策的に後押ししています。

人々の寿命が伸びれば、個人が保有する資産の寿命を伸ばす工夫も、同時に求められます。このことは、しっかりと老後を見据え、一人ひとりがお金に関する知恵、すなわち金融リテラシーを身に付けることが必要になることを意味します。こうした金融教育の重要性については、2012年のG20ロスカボス・サミットでも議論され、首脳宣言の中でその意義が強調されています3

金融教育の関連で、先ほど言及した金融広報中央委員会について、一言触れたいと思います。同委員会は、事務局を日本銀行内に置き、「金融経済情報の提供」と「金融経済学習の支援」を両輪とした金融に関する知識普及活動を推進しています。47都道府県全てに設置されている各地の金融広報委員会と広範なネットワークを形成しており、日本銀行本支店・事務所をはじめ、政府、地方公共団体、民間団体等と協力し、中立・公正な立場から、日本国民の金融リテラシー向上に取り組んでいます。

  1. 2金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」、2018年。
  2. 3「G20ロスカボス・サミット首脳宣言」、2012年6月。

3.高齢者に対する金融包摂

次に、高齢者に対する金融包摂について考えてみたいと思います。金融包摂とは、誰ひとり取り残されることなく金融サービスにアクセスでき、その恩恵を受けることができるようにするという考え方を指しており、国際連合の「持続可能な開発目標(SDGs)」4とも密接に関係しています。

年齢を重ねてくると、人は誰もが体力の衰えに直面することになります。足腰が弱ってくれば、金融機関の店舗に出向くことが困難になるかもしれません。視力や聴力が弱ってくれば、書類に記入することや対面で説明を受けることに支障が生じる可能性もあります。認知能力が低下すれば、金融取引に関する意思決定が困難になってくるでしょう。さらに、日本では、特殊詐欺被害全体の認知件数に占める65歳以上の比率は、2018年で78%に上っており、高齢者が電話による成りすまし詐欺といった金融犯罪に巻き込まれるリスクも指摘されています5

こうした中、身体的な衰えにより金融機関へのアクセスや金融取引が困難になった高齢者でも、誰ひとり取り残されることなく、引き続き安心して金融サービスにアクセスでき、その恩恵を十分に受けることができるようにするという金融包摂が、大変重要な社会的課題となっています。この点、金融老齢学、いわゆる金融ジェロントロジーでは、認知能力の低下した高齢者の権利を擁護するために、どうすれば成年後見制度をより使い勝手の良いものにできるかといったことが議論されています。また、革新的なデジタル技術の活用も検討されています。例えば、本人確認に生体認証技術とモバイル決済を活用すれば、銀行店舗に出向かなくても、安心して金融サービスにアクセスすることができるようになります。また、音声入力技術を活用すれば、直接、筆記具を手に持つことやキーボードを操作することなく、金融取引が可能となるでしょう。技術がさらに発展すれば、高齢者一人ひとりに合わせてカスタマイズされた、一段ときめ細かな金融サービスが受けられるようになるかもしれません。

金融機関にとっても、こうした高齢者に対する新しいサービスは、大きなビジネス・チャンスとなり得ます。技術が進歩すれば、それが悪用されるリスクも増大するので、セキュリティ面への目配りが欠かせませんが、フィンテックがもたらす新しい金融サービスが、今後、高齢者に対する金融包摂にどのように貢献していくのか注目しています。

  1. 4「持続可能な開発目標(SDGs)」は、2015年に国際連合で採択されたグローバルな開発目標。17分野のゴールと169項目のターゲットからなり、2030年までの達成を目指している。
  2. 5警察庁「平成30年における特殊詐欺認知・検挙状況等について(暫定値)」、2019年2月。因みに、2018年の特殊詐欺被害総額は、全体で356.8億円に上ると報告されている。

4.おわりに

最後に、老後の生活の糧を得る方法としてもう一つ、元気なうちは働き続けるという選択肢も考えられます6。本フォーラムに討論者として出席されているリンダ・グラットン教授7は、人生100年時代を迎え、仕事のステージが長期化するのに伴い、従来の「教育、仕事、引退」という3ステージの人生から、より多くのステージを経験する「マルチステージ」の人生に移行するとの見方を示しておられます。この点、日本政府でも、高齢者を含めた働き方改革を推進しているところです。

こうした状況の下、日本銀行としても、金融広報中央委員会を通じた金融リテラシーの向上や、フィンテックの推進等により、高齢化社会の中にあっても、誰もが安心して利用できる金融サービスの発展をサポートしていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 6内閣府「平成30年版高齢社会白書」(2018年)によると、現在仕事をしている60歳以上の約4割が「働けるうちはいつまでも働きたい」と回答し、さらに「70歳くらいまで」や「それ以上」といった回答と合わせると、約8割が高齢期においても強い就業意欲を持っている。
  2. 7ロンドン・ビジネススクール教授。『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社、2016年)の共著者。