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【講演】アジアの資本市場の発展:その役割と課題ASIFMA・Annual Conference 2019 における基調講演の邦訳

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日本銀行副総裁 雨宮 正佳
2019年10月10日

1.はじめに

日本銀行の雨宮でございます。この度は、アジア証券業金融市場協会(ASIFMA)の年次会合に、お招きいただきありがとうございます。アジアやその他重要な地域から参加されている、証券業界、資産運用業界、機関投資家および政策・規制当局者の方々を前に、基調講演を行う機会を賜り、大変光栄に存じます。

アジアの資本市場は、1990年代後半の通貨危機以降、目覚ましい成長を遂げています。例えば、グローバルな株式市場に占めるアジアのシェアは、2000年の1%程度から、2017年には15%程度まで上昇しています1。同様に、アジアの自国通貨建て債券市場も、2000年時に比べると、市場残高のGDP比(2018年)は、2倍以上に拡大しています2(図表1)。このような資本市場の発展の背景として、アジアの実体経済が力強く成長していることに加えて、市場参加者や政策・規制当局の方々が、各国・地域など様々なレベルで、金融市場の自由化やインフラ整備の推進に一体となって努めてきたことが指摘できます。

そうした地域金融協力の典型例としては、ASEAN+3による「アジア債券市場育成イニシアティブ」のほか、アジア太平洋地域の11の国・地域の中央銀行が参加する、東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)が長年取り組んできた「アジア・ボンド・ファンド」3の組成が挙げられます。さらに、この間、ASIFMAを始めとする業界団体も、市場参加者間の対話の促進、地域協力の推進および市場の観点に基づいた各種提言の発信を通じ、大きな役割を果たしてきました。このような市場参加者や公的機関による一連の取り組みは、アジアの資本市場の発展には不可欠な要素であったと思われます。関係者の皆様のご努力に対して、改めて敬意を表したいと思います。

将来を見据えますと、アジアは、これまで以上に資本市場の発展を加速させ、そして深化させていく必要があります。なぜなら、将来にわたりアジア経済の長期的かつ安定的な成長を実現するうえで、厚みのある自国および域内資本市場の存在が、今後、一層重要な役割を果たしていくと考えられるからです。

そこで、本日は、アジアの資本市場の発展がどのような経済的意義を有するか、という点について少し考えてみたいと思います。また、本講演の最後に、市場インフラ整備にかかる課題の具体例として「金利指標改革」についても、取り上げたいと思います。

  1. 東アジア・太平洋に属する国・地域(世界銀行の定義に基づく)のうち、高所得国・地域(オーストラリア、香港、日本、韓国、ニュージーランドおよびシンガポール)を除外したグループに基づく計数。
  2. 中国、香港、インド、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイおよびベトナムを集計した計数。
  3. アジア・ボンド・ファンド(ABF)は、2003年に設立されたインデックス型債券ファンドであり、米ドル建て債を対象とした「ABF1」と、現地通貨建て債を対象とし民間投資家も投資可能な「ABF2」の2つの枠組みで構成。このうち、ABF1は、所期の目的を達成したと判断されたことから、2016年にその償還金は、ABF2に再投資された。2018/7月には、現地通貨建て債券貸借市場の発展と、域内短期金融市場の機能強化に資することを企図し、ABF2の一部保有債券の貸し出しが可能となった。

2.アジア資本市場の更なる発展の意義について

台頭する中間所得層を通じた経済成長のファイナンス

まず初めに、台頭する中間所得層をアジアの経済成長のファイナンスに活かしていくことの重要性についてお話しします。アジアの中間所得層は、著しく増加しています。OECDの予測によれば4、中間所得層に属するアジアの人々が全世界に占めるシェアは、2009年時点の28%から、2030年にはその倍増以上となる66%に達する見通しとなっています(図表2)。

こうした中間所得層の増加に伴い、金融ニーズが拡大し、さらに多様化していくことが想定されます。ここで重要なことは、この需要変化に対して、アジアの国内および域内資本市場が、投資信託・年金・保険といった長期の投資資金の受け皿を含めて適切な金融サービスを提供する点です。

そうすることで、例えば、多額の資金が必要とされるアジアのインフラプロジェクトに中間所得層の投資資金が流入していくこと、などが期待されます。言い換えれば、中間所得層の金融ニーズに応えることは、アジアの貯蓄をアジアの域内投資に活用することに繋がるのです。

  1. 4Kharas, H. (2010), "The Emerging Middle Class in Developing Countries," OECD Development Centre Working Paper, No. 285を参照。

より流動性のある国内資本市場を通じた金融安定の強化

第二に、金融システムの観点からお話しします。アジア通貨危機以降、アジアの各国では、資本フロー変動に対する耐性を高めるために、銀行の不良債権比率を低下させることを含めて、様々な取り組みが行われてきました。

しかしながら、アジアの金融システムをみますと、国内債券市場のプレゼンスは、銀行部門に比してなお限定的となっています。域内の金融システムをより一層強化するには、国内債券市場の更なる育成を図り、アジア企業の資金調達手段の多様化・分散化を進めることが重要と考えられます5。最近の実証研究によれば6、2008~2009年のグローバル金融危機時に、グローバル債券市場の流動性が枯渇する中で、東アジアの国内債券市場が企業の資金調達代替の場として機能した点が指摘されています。実際、グローバル金融危機時における起債状況をみますと、グローバル市場での債券発行額やシンジケートローン実行額が減少する中で、アジアの国内債券市場での発行額は、増加しています(図表3)。このことは、金融システムの頑健性の更なる向上のために、国内債券市場がより一層発展する意義を物語っていると思われます。

  1. 5ここで示したような、資本市場のうち、危機時における国内債券市場の重要性に着目したものとして、例えば、BIS (2016) "A Spare Tire for Capital Markets: Fostering Corporate Bond Markets in Asia," BIS papers, No 85を参照。
  2. 6Abraham, F., J. J. Cortina and S. L. Schmukler, (2019) "The Rise of Domestic Capital Markets for Corporate Financing: Lessons from East Asia," World Bank Group Policy Research Working Paper, No. 8844を参照。

より実効性の高い金融政策

第三に、金融政策の実効性という観点からお話しします。中央銀行は、金融政策を実行するうえで、金融市場で取引される様々な金融商品を資金供給の担保とし、また売買の対象としています。こうした金融政策のツールに関わる市場の機能度・流動性は、金融政策の実効性に影響を与える重要な要素の一つと考えられます。

この点、レポ取引は、信用リスクが低く、マーケットメイカーの在庫・流動性管理にも適していることから、金融政策運営において多用されるツールの一つとなっています。アジア諸国では、これまで市場アクセスの良さや実務上の利便性から、為替スワップ取引や無担保取引が選好され、レポ市場の役割は限定的でありましたが、変化がみられています。EMEAPによる調査報告7が示すように、非銀行セクターの取引参加の促進や取引標準化の推進などを通じ、レポ取引を含む短期金融市場や国内債券市場の機能度・流動性の改善に向けた取り組みが進んでいます。こうした取り組みを強化していくことが、金融政策の更なる実効性の向上に繋がると考えられます。

  1. 7詳細については、EMEAP Working Group on Financial Markets (2018), "EMEAP Money Markets: Market Survey"を参照。

3.金利指標改革について

最後に、金利指標改革についてお話しをしたいと思います。昨今、世界の各市場で活発な議論が行われており、幾つかの大事な論点を共有することは有益と思われます。

LIBORの不正操作問題を機に、より信頼性と頑健性のある金利指標の確立に向けて、主要な金利指標の改革が進められてきました。こうした中で、2017年7月に、英国FCAにより「2021年末以降、LIBOR の存続を保証しない」との表明がなされて以来、同年末以降にLIBOR が恒久的に公表停止される可能性が高まっています。

LIBORは、世界で最も利用されている金利指標であり、公表が停止した場合の影響はアジア諸国にも及びます。例えば、通貨スワップにより米ドルを調達している場合などでは、米ドルLIBORからその代替金利指標への移行対応が必要となります。また、それに伴い、ドルと交換する側の通貨も何らかの影響を受けるかもしれません。

また、アジア諸国の幅広い主体に対して影響が及ぶという点にも留意する必要があります。この点、EMEAPにおいて、域内の主体別の認知度について調査を行ったところ、機関投資家や事業法人等において、LIBORの公表停止がもたらす重大性が十分に認識されておらず、こうした先への意識づけが重要であることが指摘されています8

わが国では、日本銀行が事務局となって、金融機関や機関投資家、事業法人等の幅広い関係者によって構成される「日本円金利指標に関する検討委員会」が日本円LIBORの公表停止に備えた検討を進めるとともに、市中協議の実施、事業法人や業界団体等を対象としたフォーラムの開催などの幅広い情宣活動を展開しています(図表4)。こうした働きかけの結果、本件への問題意識は高まりつつあり、LIBORエクスポージャーの洗い出しに着手する動きがみられるなど、改革に向けた主体的な取り組みが始動しています。

LIBORの恒久的な公表停止という、グローバル金融史上のビッグイベントが刻一刻と迫ってきています。こうした中、ここにいらっしゃる皆様を含む幅広い主体が、「代替金利指標への円滑な移行」という共通の目的に向かって、必要なアクションを起こしていかなければなりません。より信頼性と頑健性のある金利指標の確立に向けて、私たちの知恵と経験を業界横断的に出し合って、金利指標改革をグローバル金融史における成功例として結実させましょう。

  1. 8詳細については、EMEAP Working Group on Financial Markets (2019), "Study on the Implications of Financial Benchmark Reforms"を参照。

4.終わりに

本年次会合は、数多くの有益なテーマが取り扱われています。この二日間の活発な意見交換や示唆に富む視点の提示が、アジアの資本市場の一層の発展に繋がることを期待しております。

ご清聴、ありがとうございました。