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【発言要旨】社会インフラとしての金融・決済システム:災害時対応の視点から名古屋市立大学大学院主催シンポジウム「自然災害の発生が金融市場・金融機関に与える影響」における冒頭発言要旨

日本銀行副総裁 若田部 昌澄
2019年11月28日

1.はじめに

本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございます。

わが国には、阪神・淡路大震災や東日本大震災などの地震による災害のほか、台風や豪雨による風水害、火山の噴火と、様々な自然災害のリスクがあります。本年も、台風15号や19号等により非常に大きな被害があったところです。また、地震の関係では、南海トラフ沿いで大規模な地震が発生する確率が今後30年以内に70~80%とされる中、過去の経験も踏まえて、時間差で連続して地震が発生するケースへの防災対応の整備も進められています。

海外では、テロやサイバー攻撃、あるいは送電設備の不良などに起因する広域停電といったリスクへの警戒が強い国が多いように感じますが、自然災害への関心は世界的にも増しています。ルーベンカトリック大学災害疫学研究所の自然災害に関する統計データによると、近年、世界の自然災害発生件数は年300~350件で推移しており、以前に比べて増加しています1(図表1)。この点、数あるリスクの中で何をより重視するかには各国差がありますが、世界共通の課題として、近年、欧州諸国を中心に、気候変動のリスクが強く意識されるようになっています2。これは、わが国でも最近頻発している集中豪雨などの異常気象にも繋がりうるものといえます3。気候変動への対応については、これまでも様々な視点から議論がありましたが、今後は、より現実的な、そして国際的な課題として扱われていくことになるでしょう。

さて、わが国の戦後の自然災害を振り返りますと、甚大な被害が生じた災害がいくつも思い出されます。中でも1959年9月の伊勢湾台風は、わが国の災害対策を大きく進める一つの転換点となりました4。わが国の防災対策・災害対策の基本を定める災害対策基本法は、この伊勢湾台風による被害を契機に、1962年に施行されました(図表2)。また、日本銀行においても、災害対策基本法の制定を受けて、1967年に防災業務計画を作成しています。

本日は、「自然災害の発生が金融市場・金融機関に与える影響」というテーマを頂きました。私からは、わが国の災害対策における日本銀行の位置付けについて触れたのち、過去の災害対応も振り返りながら、災害時における「社会インフラとしての金融・決済システム」維持の重要性についてお話をしたいと思います。通常、交通、上下水道、電気、ガス、通信といった社会インフラは、空気のように自然にあるかのように思われています。しかし、大規模な災害が起きると、そうした社会インフラを維持できるかどうかが生活に重大な影響を及ぼすことが意識されます。金融・決済システムも社会インフラの一つです。大規模な災害が発生した際、金融機関は、時間の経過――復旧・復興といった局面の変化――とともに社会インフラとしての様々な役割を担うことになりますが(図表3)、本日はまず、災害発生時に求められる役割に着目してお話しします。

また、災害対策は、サイクルで捉えることができます。すなわち、(1)発生した災害に対し、被害の拡大や長期化を最小限にとどめる事後対策と、(2)災害の教訓を踏まえて、被害を未然に防ぐ、あるいは次に起こり得る災害を予測するための事前対策からなるサイクルです。この2つの対策を、相互に関連し合う一連のプロセス、あるいはサイクルとみなすことが大切であり(図表4)5、そうした観点からも最後にお話をしたいと思います。

  1. 1970年代以降の増加は、統計の精度が向上したこともあると考えられます(乾友彦「自然災害と経済成長」『経済セミナー』2019年2・3月号、25頁)。
  2. 気候変動については、各国金融規制当局・中央銀行の間でも実体経済や金融システムに与える影響について関心が高まっており、Network for Greening the Financial System (NGFS)、その他の国際会議で議論されるようになっています。日本銀行も新たにNGFSのメンバーとなったことを本日(11月28日)公表しました。なお、中央銀行がこの課題にどう取り組んでいるかについては、例えば、以下を参照して下さい。
    Margherita Giuzio, Dejan Krusec, Anouk Levels, Ana Sofia Melo, Katri Mikkonen and Petya Radulova, “Climate Change and Financial Stability,” Financial Stability Review, European Central Bank, May 2019.(外部サイトへのリンク)
    Lael Brainard, “Why Climate Change Matters for Monetary Policy and Financial Stability,” Speech at "The Economics of Climate Change" a research conference sponsored by the Federal Reserve Bank of San Francisco, November 8, 2019.(外部サイトへのリンク)
  3. ただし、環境省等がまとめた報告書によると、北大西洋を除けば、長期的に低気圧の頻度と強度が活発化したという確実な証拠はないとのことです(環境省等「気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018~日本の気候変動とその影響~」2018年2月[PDF]、54頁(外部サイトへのリンク))。
  4. 全国で死者・行方不明者が5,000人を超え、特に愛知県、三重県、岐阜県では、高潮により甚大な被害が生じました。
  5. 内閣府『平成17年版 防災白書』2005年(外部サイトへのリンク)。

2.指定公共機関としての日本銀行

日本銀行は、災害対策基本法において、日本赤十字社や電力会社などと並び、指定公共機関に位置付けられています。指定公共機関とは、国や地方公共団体とともに「国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため」、必要な体制を整えることが求められた公共機関です。日本銀行は、普段から、銀行券の発行や金融政策の運営といった業務に加え、金融機関の間のお金の決済が円滑に行われるようにするための仕組みを提供しています。例えば、図表5にあるとおり、皆さんが、商品の購入代金を支払うために、銀行Aに開設している預金口座から銀行Bに開設されている事業者の口座に振込を行うとした場合、全銀システムを通じて、振込金額や振込先口座番号などの為替データが銀行Bに通知されます。そして、金融機関毎に計算された受払の差額が日銀ネットに通知され、最終的に、それぞれの金融機関が日本銀行に開設している当座預金口座を通じてお金の決済が行われます。一方、事業者が、銀行Bの口座から銀行Aの皆さんの預金口座に給与振込を行うとした場合には、先程と逆の流れでお金の決済が行われます。全銀システムは全国銀行協会傘下のシステムであり、日本銀行は、こうした民間の主要な決済システムが安定的に稼動しているかを常時モニタリングしています。また、日銀ネットは、こうした金融機関の間のお金の決済を行うシステムであり、日本銀行が自ら構築し、様々なリスクにも備えながら運営しています。日本銀行は、災害時においても、銀行券の発行などと並びこうした決済システムの安定的な運行といった使命を遂行できるように、必要な業務継続体制を整えています。

3.東日本大震災の経験

ところで、皆さんは、大地震が発生し、その数分後に大津波警報が発表されたらどうされますか? 沿岸近くにいる方は、最小限のものを手に直ちに高台に避難すると思います。ただ、津波がひいた後で家に戻り、大切にしまっていた現金が泥だらけになっていたり、焼けて焦げ固まっていたらどうしますか? 預金通帳や印鑑が流されていたらどうしますか? また、翌週が給与の振込日にも関わらず、口座を開設している金融機関の店舗が津波に流されていたらどうしますか? 2011年の東日本大震災では、被災地で実際にこうした状況が広範に発生し、多くの人々が不安を感じました。

当時、被災地の金融機関は、自らも被害を受けながら、その使命を果たすために震災直後から懸命の努力を続けました。本日のテーマを考えるうえで、当時の金融機関の対応を少し振り返りましょう6

  1. 6日本銀行決済機構局「東日本大震災直後の金融・決済面の動向:データに基づく事実整理」2013年3月[PDF 1,191KB]。

(1)日本銀行の経験

2011年3月11日14時46分、日本銀行仙台支店は、激しい揺れに見舞われました。揺れがようやく収まったとき、天井からの落下物で白く煙る店内に、「日銀ネット、動いています」という声が響き、その声をきっかけに、職員全員が一斉に動き始めました。金融機関は、普段から、日銀ネットを通じて他の金融機関との間で巨額の資金決済を行っています7。お金を日本経済の血液に例えると、日銀ネットが止まるということは、いわば日本経済の血流が止まるということに他なりません。

日本銀行は、当時、次のような対応をとりました。まず、総裁を本部長とする災害対策本部を地震発生の15分後に立ち上げ、被害情報の収集、政府・関係機関との情報連携、日本銀行や金融市場の状況などに関する国内外への情報発信などを順次行いました。

また、3月11日は金曜日でしたので、東北地方にある日本銀行の支店・事務所では、週末も窓口を開けて、金融機関に対する現金の供給を継続しました。これは、災害発生直後には、人々は、当座の生活資金の確保や先行きの不安から現金を手許に多めに持とうとするため、そうした動きに対応する必要があったからです。お金には、取引の媒介(決済)手段、価値の保蔵手段という2つの機能がありますが8、災害時には、これらの両面で確実に機能を発揮する現金の需要が急速に高まります。

災害発生後数日が経つと、損傷した銀行券や貨幣の引換え依頼が大量に寄せられてきます。これに対応するため、被災地の各支店に全国から応援要員を派遣したほか、支店がない岩手県では、地元金融機関の店舗を一部お借りして臨時引換窓口を設置しました。

日本銀行は、年金や国家公務員給与の支払い、国税の受入れといった国庫金の受払に関する事務を金融機関に委嘱して行っています。当時、事務を委嘱している代理店――すなわち金融機関の店舗――の多くが被災したため9、日本銀行が事務を一部引き取るなどして対応しました。例えば、災害現場で救助活動に従事する自衛官などへの給与の支払いは震災の翌週に予定されていましたので、迅速な対応が求められました。

この間、決済システムについては、日銀ネットを災害発生時も一切止めることなく安定的に運行しました。また、民間が運営する決済システムの運行状況をモニタリングし、必要な連携・対応を図ることで、月末にかけて増加する給与の支払いなどにも極力支障が生じないよう対応しました。

  1. 7日銀ネットでは、2018年度の平均で1日約150兆円の資金決済が行われています。
  2. 8正確にいうと、価値の尺度という機能もあります。
  3. 9東北地方の一般代理店40先中16先で、一時、事務の継続が困難となりました。

(2)金融機関への影響と対応

次に、震災直後の被災地の金融機関への影響をみますと、津波や原発事故に伴う避難指示を受けて、3月14日の時点で、約280の店舗が閉鎖しました。これは、当時、東北6県および茨城県に本店がある72の金融機関の全店舗の10%強に当たり、これだけでも金融機関自身が被災者として大変厳しい状況に置かれたことがわかります。こうした状況の中、金融機関は、どのようなかたちで社会インフラとしての役割を果たしていったのでしょうか。当時の対応を具体的に振り返ってみたいと思います。

まず、被災地の金融機関は、被災者からの現金需要の高まりに応えるため、震災直後から、金融機関の店舗に普段より現金を大幅に厚めに確保する行動をとりました。日本銀行に開設している当座預金口座から現金を引出し、これを被災地の店舗に配送しましたが、一部で交通網の寸断や通行制限、現金輸送車の不足などもあったため、近隣の金融機関同士で協力して現金輸送車を運行し、被災地の店舗に現金を搬送する例もみられました。こうした金融機関の行動を背景に、日本銀行の東北地方の支店・事務所からの現金供給――金融機関による現金の引出し――は、震災後1週間で累計3,100億円となりました。これは当時において前年同期の3倍に相当する規模です。

金融機関は、被災者が預金通帳や印鑑を紛失している場合であっても、本人であることを確認のうえ、預金の払戻しに柔軟に応じました。これは、金融庁および日本銀行が、金融機関に対して被災者に便宜が図られるよう要請したことも踏まえたものです10。通帳等を紛失した預金者への払戻しは、2011年4月までに、被災3県の金融機関だけでも60億円近くに上りました(図表6)。また、被災者から濡れて汚れたり火災で損傷したりした現金が持ち込まれた場合には、金融機関はこれを新しい現金に引換えました。日本銀行の被災地支店の引換え窓口においても、金融機関から取り次がれた損傷現金や被災者から直接持ち込まれた損傷現金の引換えを行い、その枚数は、2012年3月までの累計で銀行券が47万枚(35億円)、貨幣が422万枚(1.4億円)に達しました(図表7、8)。

金融機関は、店舗が被災して復旧が困難な場合には、仮店舗を設けるなどして預金者の相談に可能な限り対応しました。震災直後に閉鎖した被災地の金融機関の店舗は、3月末までにその4割が営業を再開し、加えて41の仮店舗が設けられました(図表9、10)11

この間、日銀ネットや主要な民間決済システムは、全体として安定的に運営を続けたことから、給与の振込みや、公共料金等の引落しといった各種の支払いが嵩む3月下旬においても、被災地で資金決済の面で大きな混乱は生じませんでした。ただし、その裏側では、例えば、為替データを処理する全銀システムや日銀ネットは、予定された決済をできるだけ当日中に行うために、決済時間を連日延長して対応しました12。また、一部の手形交換所では、建物の損壊等により休業を余儀なくされたため、他の交換所で業務を代替するなど、決済機能を維持するために様々な対応が行われました。

東日本大震災では、極限の状況にもかかわらず、日本社会の秩序が維持されていることが海外メディアなどでしばしば報道されました13。こうした社会の安定の背景には、被災地において、全体として現金の流通が確保され、金融機関による決済機能が維持されたことも寄与したと考えています。

  1. 10通常、金融庁と日本銀行は、被災地に「災害救助法」が適用されたことを受けて、その都度、金融機関に対する要請を行うかどうかの判断を行います。
  2. 11このほか、被災者が遠方に避難した際などに、口座を開設している金融機関以外の金融機関で預金の払戻しに応じられるようにするため、金融機関同士の情報連携体制を整える動きもみられました。
  3. 123月14日に一部の金融機関でコンピュータシステムの障害が発生し、当該行からの為替電文の送信が遅延する状況となったため、全銀システムや日銀ネットでは決済時間を延長して対応しました。
  4. 13Nicholas Kristof, “Sympathy for Japan, and Admiration,” New York Times, March 11, 2011. Kyung Lah, “Amid Disaster, Japan’s Societal Mores Remain Strong,” CNN, April 10, 2011.

(3)金融市場の動きと政策対応

東日本大震災の発生は、金融市場にも大きな影響を与えました。災害などにより先行きの不透明感が高まると、金融機関や企業は、手許資金――流動性――を確保しようとする動きを強めます。これは、先ほど申し上げたように、震災後、家計が現金需要を高めたことと同様です。

こうした動きに対し、日本銀行は、資金面に関する不安を速やかに解消させ、金融市場の安定性確保に万全を期す必要があると判断し、震災の翌営業日にあたる3月14日には、過去最大規模となる21.8兆円の資金供給オペレーションを実施しました。その後も22日にかけて6営業日連続で、即日の資金供給オペレーションを実施しました(図表11)。こうした日本銀行の潤沢な資金供給のもとで、金融機関が資金のやり取りを行う短期金融市場では、目立った混乱は起きませんでした。

また、日本銀行は、震災から1か月程度が経過した4月28日に、被災地の金融機関を支援するための資金供給オペレーションの実施も決定しました。これは、復旧・復興に向けた資金需要が本格化する前のかなり早い段階ではありましたが、被災地の金融機関の初期対応を資金面から支援するとともに、その後の被災地金融機関の資金調達力を確保することを目的として導入したものです。

この間、株式市場や為替市場の動きをみると、例えば、日経平均株価は、被害の状況が明らかになるにつれて下落幅を拡大し、3月15日には前日比1,015円、率にして10.6%の下落を記録しました(図表12)。これは1日の下落率として、今日においても、1987年のブラックマンデー、2008年のリーマン・ショックに次ぐ過去3番目の大きさです。また、外国為替市場では円高の進行を受けて、3月18日には、日本、米国、英国、カナダ当局および欧州中央銀行による為替市場への協調介入が実施されました。

4.東日本大震災以降の取り組み

東日本大震災から8年以上が経ち、その教訓を踏まえた災害への対応力強化の取り組みは、政府から個々の企業に至るまで様々なレベルで行われ、今なお続けられています。金融機関でも多くの取り組みが進んでおり、これらは大きく次の3点に整理できます(図表13)。

1点目は、「自助」の取り組みです。多くの金融機関は、震災により電力不足や交通網の麻痺といったリスクを目の当たりにしました。このため、災害時にも決済機能等を維持するため、本部から物理的に離れた場所、例えば本部が東京にある場合には大阪などに、システムのバックアップセンターやバックアップオフィスを持つことの重要性を改めて認識し、こうした拠点の整備や強化に努めてきました。最近では、メインオフィスに加えてバックアップオフィスでも平時から一部の業務を行う、デュアルオペレーション体制をとる金融機関も増えています14

2点目は、「共助」の取り組みです。南海トラフ地震などによる甚大な被害を想定したとき、個々の金融機関がそれぞれ単独では対応できない、あるいは対応するにしても莫大な費用が必要となりそこまでの経営資源はとても割けない、といったことが認識されてきました。こうした金融機関では、例えば地域で協議会を立ち上げ、災害時には、地域の金融機関の間で必要な現金を融通し合う仕組みを構築したところもあります。また、短期金融市場、証券市場および外為市場という金融市場のレベルでは、市場に参加する金融機関の間で直ちに被害状況を共有するとともに、市場を円滑に運営するために定めている取引慣行について、被害状況に応じて変更を協議する「市場レベルBCP」の枠組みを強化する取り組みも進められています15

3点目は、「公助」の取り組みです。政府や地方公共団体では、東日本大震災以降、大規模地震や大雨による洪水などに関する被害想定を切り上げ、ハザードマップの見直しを進めてきました。これは、金融機関にとっては、沿岸部の店舗を中心に非常に厳しい想定を突き付けられることになりましたが、業務の継続や、従業員等の安全確保の観点から、具体的な検討や対策が進む契機となりました。災害時の現金搬送にも有効な優先復旧道路の整備や、緊急通行車両の登録など、地域の実情に応じた対策も進められています。一方、日本銀行では、日本銀行の支店やその支店に口座を開設している金融機関の店舗が被災した際に、金融機関が近隣にある別の日本銀行の本支店から現金を受け取ることができる制度を新設する、といった取り組みも進めています16

  1. 142019年5月に日本銀行が実施した調査によれば、大阪にバックアップオフィスを持つ金融機関のうち8割近くが、平時から、一部の業務に関してデュアルオペレーションを行っているとの回答を得ています。
  2. 15市場レベルBCP(Business Continuity Plan)とは、短期金融市場、証券市場および外国為替市場の各市場参加者が、災害により通常の市場運営が困難となる場合に備え、被災時の市場機能の維持や早期の機能回復を図るために情報共有等を行う枠組みです。
  3. 16災害等発生時に勘定店以外の日本銀行本支店で現金支払を受けるスキームの導入について [PDF 397KB]

5.業務継続体制の継続的な見直し・強化

わが国の金融機関全体で、業務継続体制の整備はどの程度進んでいるのでしょうか。日本銀行が以前行ったアンケート調査によれば、2014年の時点で既に85%の銀行・証券会社等が全社的な業務継続体制を「整備済みで、定期的な見直し」を行っていると回答しています17。金融機関は、融資した企業の信用リスクや保有する債券の価格変動リスクなど様々なリスクを把握しながら経営を行っていますが、把握すべきリスクには業務面のリスクもあり、コンピュータシステムの障害を含めて、災害に備えた業務継続体制の整備は経営上の重要な課題です。このため、金融機関にとっては業務継続体制の整備は当然のことであり、そのうえで、これを更に進める取り組みが必要です。災害の発生時にも社会インフラとしての役割を担っていく観点から、今後、金融機関に期待することを私なりに整理すると、次の3点です(図表14)。いずれも、災害に対するレジリエンス――すなわち被害を最小限に抑え、素早く復旧し、業務を継続できるようにする力――の強化に資するものです。

1点目は、「準備の強化」です。「適切な計画と準備は、最悪の結果を防ぐ」といいます18。実際に発生した災害への対応や日頃の訓練を通して、業務継続体制を繰り返し見直し、改善していくことが重要です。日本銀行も、毎年9月に総裁まで参加した災害対策本部運営訓練を行っています。その訓練では、具体的な被害の内容や程度を訓練参加者には事前に示さず、当日その場で提示するなど、工夫を重ねています。そして、毎回得られた気付きを業務継続体制のブラッシュアップに繋げるようにしています。それぞれの金融機関が経営陣のリーダーシップのもとで、訓練内容の見直しや訓練後の振り返りなどを通じて業務継続体制の定着を図っていくこと、そして、災害が発生した際の実践力の向上に継続的に取り組んでいくことが必要です。

2点目は、「連携の強化」です。災害により被害を受けてしまった場合には、ダメージコントロールを図る必要があります。この点、被害の影響範囲を最小限に止め、少しでも早く復旧するためには、関係機関などの協力が重要になります。平時から、地方公共団体、地域の他の金融機関、ライフラインを提供する地元企業、日本銀行の支店を含む金融当局等と関係を構築し、必要に応じて有事の協力体制を築いておくことが考えられます。お互いの業務継続体制や想定している事態に大きなギャップがないかを理解しておくことも、大切な視点です。

3点目は、「柔軟性と想像力の強化」です。環境の変化や新たなリスクは日々刻々と生じています。冒頭ご紹介したとおり、気候変動に関するリスクは国際的に強く意識されるようになっています。また、自然災害ではありませんが、近年、サイバーセキュリティ侵害の脅威も世界的に高まっています。金融界でも、こうした状況を受けて、G7といった国際的な枠組みや国内の金融機関の間で、様々なレベルのサイバー対策訓練が行われているほか、政府における対策も進んでいます19。モバイル決済等の利用拡大に伴い、サイバーセキュリティ面での対策は一段と重要になっています。政府や地方公共団体による被害想定の見直しは今後も行われる可能性がありますし、社会インフラが提供するサービスに対し、世の中の期待値が変化してくるといったこともあるかもしれません。こうした環境の変化や新しいリスクにも関心を払い、自らの業務継続体制に見直しの余地がないか、柔軟かつ想像力を働かせて検討していくことが大切です。

  1. 17 日本銀行金融機構局「業務継続体制の整備状況に関するアンケート(2014年9月)調査結果」2015年1月[PDF 1,152KB]
  2. 18英語では、6Ps (Proper Planning and Preparation Prevents Poor Performance)とも呼ばれます。
  3. 19サイバーリスクについて警鐘をならすものとしては、David E. Sanger, The Perfect Weapon: War, Sabotage, and Fear in the Cyber Age, London: Scribe, 2018(高取芳彦訳『世界の覇権が一気に変わる サイバー完全兵器』朝日新聞出版、2019年)があります。また、主としてマクロプルーデンス政策の観点からサイバーリスクへの規制対応の原則を提言したものとして、Anil K. Kashyap and Anne Wetherilt, “Some Principles for Regulating Cyber Risk” (American Economic Association Papers and Proceedings, 109: 482-487, 2019) があります。日本銀行の発信としては、次があります。
    桑原茂裕「金融市場インフラとサイバーレジリエンス」2018年2月6日 [PDF 258KB]
    日本銀行金融機構局「金融システムレポート別冊シリーズ ITの進歩がもたらす金融サービスの新たな可能性とサイバーセキュリティ」2016年3月 [PDF 1,484KB]

6.おわりに

以上、東日本大震災のときの対応も振り返りながら、災害発生時の金融機関の役割に着目してお話を進めてきました。金融経済を支える社会インフラとして、災害発生時には、現金流通の確保や、決済機能の維持がきわめて重要になります。災害が発生した際、事前の準備にも関わらず、事前に想定していた対応とは異なる対応が必要になることもしばしばあります。災害が終息した後、これを振り返ることが大切であり、そこから次なる災害への一段進んだ準備が始まります。この意味で、リスク・危機管理には終わりがありません20

当地で警戒すべき自然災害リスクの一つである南海トラフ地震について、今年、中部経済連合会が社会インフラの現状と課題を整理されたと伺っています21。金融機関においても、従業員の命を守ると同時に、それぞれの営業エリアにおいて、その役割を担っていくための検討や取り組みが今後更に進められていくと思います。日本銀行としても、こうした取り組みをしっかり支援していきたいと考えています。

最後に一つエピソードをご紹介して、本日のお話を締め括りたいと思います。東日本大震災の後、被災地にボランティアで行っていた学生が、津波で浸水したある被災者の家の片付けを手伝っていたとき、奥のタンスの中から泥だらけになった現金をみつけたそうです。その学生は、被災者と一緒に日本銀行の支店に行って、泥だらけの現金を新しい現金に引換えてもらったそうです。その学生は、現在、日本銀行の職員として働いています。災害時にも万全の体制で現金を供給していくことが、日本銀行の使命の一つです。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 20こうした自然災害への対策は、金融や経済危機への対応にも通じるものがあります。若田部昌澄編・PHP総合研究所「国家のリスク・マネージメント研究会」著『日本の危機管理力』(PHP研究所、2009年)。
  2. 21中部経済連合会「南海トラフ地震等が中部経済界に与える影響を最小化するために~取り巻く社会インフラの現状と課題~(愛知県をモデルとしたケーススタディ)」2019年5月[PDF](外部サイトへのリンク)。