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【講演】「わが国の金利指標改革」時事通信社「金融懇話会」における講演

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日本銀行副総裁 雨宮 正佳
2020年1月30日

1.はじめに

日本銀行の雨宮です。本日は、金利指標改革についてお話しをする機会を頂戴し、ありがとうございます。

「金利指標」という言葉は金融実務に携わっている方でなければあまりなじみのない用語かもしれませんが、市場における金利の実勢水準を示し、金融取引において金利水準を決定する際の基準金利として参照されるものを指します。世界的に最も有名で、広く使われている金利指標は、ロンドンの銀行間取引金利をもとに算出するLIBOR(ライボー)1と呼ばれるものです。現在、米ドル・英ポンド・ユーロ・スイスフラン・日本円の5通貨について、翌日物から12か月物までの7種類の期間の金利が公表されています。また、LIBORに類似した金利指標として、東京で公表されている円の金利指標であるTIBOR(タイボー)や、ユーロ圏で公表されているユーロの金利指標であるEURIBOR(ユーリボー)などがあります。このほか、最近では、主要な通貨について、「リスク・フリー・レート」――文字通り信用リスクの影響を受けない金利――と呼ばれる翌日物の金利指標も公表されるようになってきています。

これらの金利指標は、実際に、貸出や債券、デリバティブといった多様かつ多額の金融取引において、利用されています(図表1)。このため、金利指標のあり方は、様々な金融取引の価格形成に作用し、資金の運用や調達を通じて、銀行だけでなく、事業法人を含めた幅広い主体の経済活動に影響を及ぼすこととなります。

このように重要な機能を果たす金利指標ですが、グローバルに広く利用されているLIBORについて、2021年末にも、恒久的に公表が停止される可能性が高まっています。その背景については後ほど詳しく触れますが、LIBORの公表停止後も、金融市場における円滑な価格形成や、企業金融を含めた金融取引の安定を確保することが喫緊の課題となっています。

そのため、日本を含めた各国で、LIBORに代わる金利指標――代替金利指標――をどのように選択し、いかに円滑に移行していくかが、「金利指標改革」として議論されています。現在のLIBORを中心とした金利指標の枠組みは、長い時間をかけて金融システムに深く定着してきました。したがって、これに代わる金利指標の枠組みを設計し、実現することが、難度の高いプロジェクトであることはいうまでもありません。

これまでの金利指標改革の取り組みを通じて、LIBOR公表停止への備えや新たな枠組み構築に向けた対応の方向性は見えてきました。しかし、残された期間はわずか2年弱です。LIBORから代替金利指標への移行にあたっての課題の拡がりや複雑さを踏まえると、決して長いとはいえません。また、関係者の間でこうした点の認識も十分共有されているとはいいがたい状況です。2年弱という時限性の中で金融機関だけでなく事業法人も含めた幅広い関係者の主体的な取り組みが求められます。

そこで、本日は、これまでの経緯も振り返りながら、LIBORが公表を停止すると目される2021年末までの2年間にどのような取り組みが必要であるのか、また、金利指標改革を通じて何を実現していくか、といったことについてお話しさせていただきたいと思います。

  1. London Interbank Offered Rate

2.金利指標改革に至る経緯

LIBORの起源と利用拡大

最初に、LIBORが現在のように幅広く利用されるようになった経緯を振り返っておきたいと思います。

LIBORの起源は、1960年代後半に遡ります。当時、米国では、預金金利規制や資本流出規制もあって、米国内外のドル資金保有者は、オフショア市場であるロンドンのユーロダラー市場に資金を流入させました。

こうしたもとで、国際金融市場における様々なドル資金需要に応えるために、シンジケート・ローンによるリスク分散や、変動金利貸出による金利リスクの抑制といった、新しい融資の手法が生み出されました。その際、シンジケート・ローンに参加した各銀行のオフショア・ドル預金の調達金利の平均値を貸出金利の基準金利とする慣行ができました。これが、LIBORの原型です。

1986年からは、英国銀行協会が、米ドル・英ポンド・日本円の3通貨を対象として「BBA LIBOR」の公表を開始しました。これがLIBORの正式なスタートになります。LIBORは、「パネル銀行」と呼ばれるあらかじめ定められた複数の銀行が呈示するレートをもとに、所定のプロセスで算出され、公表されます。こうした仕組みを持つLIBORは、金融取引で利用するうえでの利便性が高く、一時、LIBORの公表通貨は10通貨2まで拡大することになりました。

当時のLIBORは、金利の実勢水準を示す事実上のリスク・フリー・レートと位置付けられていました。これは、第一に、高い信用力を有する銀行がパネル銀行に選ばれていたこと、第二に、LIBORのパネル銀行は、自行の調達金利ではなく、各行それぞれが判断する「プライム銀行」(とくに信用力の高い銀行)の調達金利、を呈示することになっていたこと、によるものです。このように位置付けられたLIBORは、貸出の基準金利としてだけでなく、社債の発行条件の決定にも用いられました。さらに、金融技術の発展により、デリバティブ取引が拡大する中で、金利スワップ取引などでもLIBORが参照されるようになりました。こうしたもとで、LIBORは、金利指標としての地位を一段と高めることになります。

  1. 2カナダドル・オーストラリアドル・ニュージーランドドル・デンマーククローネ・スウェーデンクローナについてもLIBORは公表されていましたが、2013年に順次公表が停止されました。

さらなる利用拡大

LIBORは、このような金融取引だけでなく、金融機関をはじめ社内部門間の取引金利として利用されることも一般的です。また、金融商品の時価評価や、金利リスクを管理するうえでのヒストリカル・データとしても、利用されるようになりました。このほか、ヘッジ会計のように会計基準の枠組みでLIBORが利用されるケースもあります。このようにLIBORは様々な分野で利用されており、金利という観点から金融システムを支える基盤を形成しています。

こうしたLIBORの成功を眺め、わが国でも、1995年から、全国銀行協会が、同様の枠組みでTIBORの算出・公表を開始しました。また、LIBORの対象でない通貨においても、例えば、香港にはHIBOR(ハイボー)、上海にはSHIBOR(シャイボー)があるといった具合に、LIBORと同様の枠組みで算出・公表する金利指標が広まっていきます。

グローバル金融危機の到来

このようにLIBORの利用が拡大した中で、2000年代後半のグローバル金融危機が生じました。

先ほど申し述べたとおり、LIBORは、事実上のリスク・フリー・レートとして利用が拡大してきましたが、銀行はもともと、民間経済主体であり、銀行間取引の金利にも銀行自身の信用リスクが内包されています。グローバル金融危機に際しては、銀行破綻の可能性から銀行に対する信用リスクが意識され、LIBORは急騰しました(図表2)。同時に、市場参加者間の相互不信を背景に、LIBORのパネル銀行が呈示レートを判断するもととなる銀行間の無担保資金市場が大幅に縮小しました。

その後、2012年に至り、一部のLIBORのパネル銀行が、グローバル金融危機の時期に、不正なレート呈示を行っていたことが明らかになりました。パネル銀行の呈示レートは、当初は「プライム銀行」の調達金利とされていましたが、1998年からは「自行」の調達金利を呈示することに変更されていました。こうした中、LIBORに本来含まれている銀行の信用リスクが顕在化したもとで、自行の信用力を高くみせるなど自行に有利になるよう不正なレートの呈示が行われたのです。ここに至って、LIBORの金利指標としての信頼性が大きく揺らぐこととなりました。

金利指標改革へ

様々な分野で幅広く利用されてきたLIBORの信頼性の低下は、デリバティブ市場も含めて金融市場における円滑な価格形成に懸念をもたらすだけでなく、貸出・債券などを通じて企業金融にも影響を及ぼすことから、金融システムの安定に対して潜在的な脅威となります。このため、LIBORをはじめとした金利指標の信頼性を取り戻すとともに、こうした不正が行われないよう頑健性を確保するための取り組みが求められることになりました。これが、「金利指標改革」です(図表3)。

LIBORに対する不正操作の衝撃は大きく、2013年9月のG20サンクトペテルブルク・サミットで金利指標の信頼性の回復を巡る議論が採りあげられ、証券監督者国際機構(IOSCO)が策定した「金融指標に関する原則」を承認するとともに、金融安定理事会(FSB)に対して、金利指標改革に取り組むことを求めました。これを受け、2014年7月、金融安定理事会は「主要な金利指標の改革」と題する報告書を公表しました。現在の金利指標改革は、この報告書をもとに進められています。

金融安定理事会の報告書では、「金利指標は可能な限り実際の取引にもとづくべき」との考え方のもと、LIBORのほかTIBORとEURIBORといった主要な既存指標については、恣意的な判断が入る余地を極力排する仕組みとすることで、指標としての信頼性と頑健性を高めることを提言しました。さらに、「銀行の信用リスクに影響されない金利指標も必要である」との考え方から、銀行の信用リスクを含まないリスク・フリー・レートを構築したうえで、目的に応じてLIBOR等と使い分けることを提言しています。この方針は、複数の金利指標の適切な使い分けを旨とすることから、「マルチプル・レート・アプローチ」と呼ばれています。

わが国との関係では、LIBORの対象通貨に日本円が含まれていることから、LIBOR改革の影響を受けるほか、TIBORについて改革が求められることになりました。また、日本円のリスク・フリー・レートに関する検討も必要となりました。このように、国際的な検討を経て、金利指標改革は、わが国にとっても、避けることのできない重要な課題となったわけです。

3.金利指標改革のこれまでの取り組み

ここからは、金利指標改革のこれまでの取り組みについて、二つのフェーズに整理してお話ししたいと思います。

第1フェーズ

国際的な議論を受けて、各国・地域では、既存指標であるLIBOR、TIBORおよびEURIBOR の改革が進められたほか、新たな金利指標として、翌日物資金取引の実際の取引レートをもとに算出するリスク・フリー・レートを利用するための検討が行われました。これが、金利指標改革の第1フェーズです。

日本ではまず、国内の貸出取引等にかかる金利指標として広く利用されているTIBORの改革が進められました。TIBORは全国銀行協会によって公表されていましたが、TIBORのより中立的な運営態勢を構築するために、2014年4月に「全銀協TIBOR運営機関」が設立され、TIBORの算出・公表業務が移管されました。また、2015年5月には、金融商品取引法上の「特定金融指標」として、金融庁の規制対象となることが明確となりました。その後、2017年7月には、統一・明確化された呈示レートの算出・決定プロセスに沿って呈示レートが算出されることとなりました。

一方、日本円のリスク・フリー・レートについては、2015年4月に立ち上がった「リスク・フリー・レートに関する勉強会」において議論され、2016年12月に、日本銀行が算出・公表している「無担保コール・オーバーナイト物レート」に特定されています。

第2フェーズ

こうしてわが国を含め各国・地域で金利指標改革の取り組みが進められる中、2017年7月、英国の金融監督当局である金融行為規制機構(FCA)のベイリー長官が、2021年末のLIBORの恒久的な公表停止を強く示唆する、重要なスピーチを行いました3。ベイリー長官は、LIBOR算出の裏付けとなる銀行間の無担保資金市場の取引が活発でないもとで、多くのパネル銀行がレート呈示に不安を覚えている中、LIBORの枠組みはもはや持続可能ではないと指摘しました。一方で、パネル銀行の脱退による無計画なLIBOR消滅は受け入れられないため、現在のパネル銀行に2021年末までのレート呈示継続のコミットメントを求めたうえで、その間にLIBORから代替金利指標への移行を進めることを促すとしたのです。

LIBORが公表停止となった場合でも、日本円やユーロでは、TIBORやEURIBORが存続することから、これらの指標とリスク・フリー・レートが併存することとなります。しかし、米ドルなどでは、LIBORと同種の指標がなくなるため、もっぱらリスク・フリー・レートへの移行を進めていくこととなりました(図表4)。

いずれにせよ、このベイリー長官のスピーチを機に、金利指標改革の主眼は、「LIBOR公表停止後の新たな金利指標の枠組みの設計・構築と、その枠組みへのソフトランディング」に変わり、改革の第2フェーズに移ったと位置付けられます。

そこでは、まずもって、LIBORの代替金利指標として何を用いるかを検討しなければなりません。また、LIBORを参照している既存の契約について、LIBOR公表停止後も円滑に取引を継続できるよう、あらかじめ契約文言の修正が必要になります。

これらの取扱いは、金融商品・取引の種類に応じて異なるアプローチで検討されています。まず、デリバティブ取引については、デリバティブ取引の国際的な標準契約書を管理する国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA)が、市場参加者の意見を聞きつつ、デリバティブの標準契約書を修正するための作業をグローバルに進めています。

一方、貸出や債券のような「キャッシュ商品」と呼ばれる金融商品・取引には、デリバティブ取引とは異なり、国際的に幅広く利用されている標準契約書はありません。このため、これらの取引におけるLIBOR公表停止への対応については、各国・地域でそれぞれ検討を行う必要があります。

この点、わが国では、2018年8月に、日本銀行が事務局となり、金融機関、機関投資家、事業法人等の幅広い関係者から構成される「日本円金利指標に関する検討委員会」が設立され、検討が進められました。昨年夏には、同検討委員会の作業の大きな節目として、円LIBORの代替金利指標に関する市中協議が実施されました。市中協議では、同検討委員会の提示した論点に対して事業法人を含む様々な関係者から多くの意見が寄せられました。

市中協議の結果4、貸出・債券のいずれについても、最大公約数としては、日本円のリスク・フリー・レートである「無担保コール・オーバーナイト物レート」の先行き予想から導き出される「ターム物リスク・フリー・レート」が、円LIBORの代替金利指標として最も支持されています(図表5)。

ターム物リスク・フリー・レートが多くの支持を集めた背景には、銀行の信用リスクに影響されないこと、また、LIBORと同様、基準金利の水準が取引前に確定できる「前決め」方式の金利であり、これまでの取引慣行や実務との親和性が高いことがあります。現在円LIBORを利用している取引については、今後、ターム物リスク・フリー・レートへの移行を軸に検討が進められていくものと予想されます。

  1. 3Bailey, A. (2017), “The Future of LIBOR”https://www.fca.org.uk/news/speeches/the-future-of-libor <外部サイトへリンク>)を参照。
  2. 4日本円金利指標に関する検討委員会(2019)「『日本円金利指標の適切な選択と利用等に関する市中協議』取りまとめ報告書」(https://www.boj.or.jp/paym/market/jpy_cmte/data/cmt191129b.pdf [PDF 751KB] を参照。

海外における検討状況

貸出・債券などに関するLIBOR公表停止への対応について、海外ではどのような状況になっているでしょうか。

例えば、米国や英国では、貸出を中心に、民間部門からは、日本と同様に各通貨のターム物リスク・フリー・レートを利用したいとの声も聞かれます。もっとも、金融当局者は、ターム物リスク・フリー・レートがなお十分に整備されていない状況を踏まえ、その構築を待つことなく、翌日物リスク・フリー・レートを事後的に複利計算して算出する「後決め」方式のレートを利用するよう強く促しています。米英当局のこうした姿勢は、2021年末という時限性を意識してLIBORから新たな金利指標への移行を進めなければならないことに対する強い危機感の表れともとらえられます。

4.なぜ改革がチャレンジングなのか

このように改革が先行してきた米国や英国においてさえも、2021年末という時限性を考慮すると、LIBORからの円滑な移行はチャレンジングなプロジェクトであるとされています。ここからは、わが国を含めて金利指標改革がなぜ容易ではないかを考えてみたいと思います。金利指標に内在する問題の本質にかかわることであり、この点の認識を共有しておくことが、今後の改革実現をより確実なものにするはずです。

第一に、金融取引には取引当事者ごとに多様なニーズが存在するなかで、いわば共通のインフラストラクチャーとしての金利指標を見出すプロセスが必要だという点です。LIBORは、その成り立ちから発展について先ほどみたとおり、市場参加者のニーズをもとに誕生し、貸出・債券など様々な取引で使いやすいように設計され、利用が拡大してきました。すなわち、金利指標は、幅広い関係者が金融取引において受け入れられるものでなければなりません。

第二に、金利指標はひとたび金融取引に関連する様々な分野で利用されるようになれば、金融システム全般に市場慣行として深く根付く性質を持っているという点です。金利指標の持つ、いわゆる「ネットワークの外部性」という特性です。LIBORを例にとると、多くの取引当事者がLIBORを選択すればするほど、LIBORを利用する取引の流動性が高まり、取引コストの面でLIBORの利用メリットが大きくなるため、利用がさらに拡大します。また、リスク管理や取引実務で幅広く参照されるようになると、それぞれの分野がLIBORを通じて相互に依存する関係になります。こうした中で、LIBORから他の金利指標への変更を図ろうとすると、あらゆる利用分野において、整合的なかたちで移行を進める必要が生じます。つまり、LIBORから代替金利指標への移行を目指すプロジェクトは、必然的に、関連するすべての分野での作業を同時並行的に進めていくことが必須となり、多数の関係者を巻き込んだ大規模プロジェクトとして、実現の難度が高まることになります。

第三に、金利指標改革に際しては、グローバルな調和を図る必要があります。今般の金利指標改革は、LIBORの公表停止を前提とし、その代替金利指標を通貨ごとに選択していくというアプローチをとるため、具体的な検討は各国・地域の作業に委ねられます。その結果、代替金利指標のあり方は、各地の金融市場の実情に応じて通貨ごとに異なる可能性があります。しかしながら、国境を跨ぐグローバルな取引の円滑を確保するためには、金利指標の利用について一定の調和を図ることが必要となります。典型的には、通貨の交換を要素とする通貨スワップ取引等に用いる金利指標について、グローバルな整合性確保が課題となります。

以上を踏まえれば、金利指標改革を進めるうえでの基本的視座がみえてきます。すなわち、取引当事者の多様なニーズを汲みながら、共通のインフラストラクチャーとして金利指標を見出すべく合意形成を図っていくこと、その際には金融システム全般に深く根付くという金利指標の性質に鑑み、多数の関係者が改革に取り組むこと、さらに金利指標改革のグローバルな動向との調和にも留意すること、が重要と考えられます。

5.円滑な移行に向けた本邦の取り組み

そこで、ここからは、LIBORの公表停止が見込まれる2021年末までの残された2年の間に、わが国の金利指標改革を具体的にどのように進めていくべきかについて、民間個別プレーヤーの取り組み、市場全体の取り組みおよび公的部門の役割の3つの観点から、お話ししたいと思います。

民間個別プレーヤーの取り組み

金融機関や機関投資家、事業法人といった金利指標の関係者は、LIBORをベースとした取引実務や組織体制を、代替金利指標をベースとした枠組みに転換していくことが求められます(図表6)。この点、業種・業態や個社ごとのビジネスモデルによって、これまでのLIBORの利用状況は異なると思われますので、まずはLIBORの利用状況を的確に把握することが前提となります。その際には、単にLIBORのエクスポージャーを点検するだけでなく、会計やリスク管理など分野ごとのLIBORの利用状況についても調査する必要があります。細部にわたる調査に伴う作業負担は重くなる場合も多いと思いますが、LIBORの利用が慣行として浸透していることから、徹底的な洗い出しを行うことは不可欠といっていいでしょう。

そのうえで、LIBORの利用状況に応じて程度は異なりますが、代替金利指標への移行に関する専担部署の設置を含めた体制の整備のほか、対応要員や予算等の社内資源の確保が求められます。社内のLIBORの利用状況によっては、システム対応や業務の見直しも想定されます。また、融資契約の改定には、貸し手と借り手の合意が必要です。このため、対応を十分に進めるには、相応の時間を要することも意識しておく必要があるでしょう。

この点、金融機関の場合は、金融取引の「ハブ」として機能しているので、個々の取引における対応の方向性などにつき、顧客である金利指標ユーザーに対してタイムリーに正確な情報を提供するとともに、LIBORを参照する取引の見直しに必要な対応を率先して進めていくことが期待されます。

市場全体の取り組み

以上に加えて、LIBORの代替金利指標の構築や市場慣行の整備など、市場全体としての取り組みを進めていくことは、市場参加者や金利指標ユーザーの個別対応を促していくうえでも重要な要素です(図表7)。先ほど申し上げたとおり、日本円については、ターム物リスク・フリー・レートが円LIBORの代替金利指標として多くの支持を得ています。まもなく、ターム物リスク・フリー・レートの算出・公表主体が決まる予定にあり、最初のステップとして、本年春には当該主体が、取引での利用を前提としない「参考値」のかたちでレート公表を開始する運びです。参考値の公表を通じて、代替金利指標での取引に備えた個別対応が進むことで、市場全体としても、円LIBORからターム物リスク・フリー・レートへ円滑に移行することが期待されます。その後、実際の取引での利用を前提としたターム物リスク・フリー・レートの「確定値」は、2021年半ばまでの公表を目指しています。

また、LIBORを前提として構築された市場慣行の見直しも必要になります。代替金利指標が、銀行の信用リスクを含まないリスク・フリーのレートとなった場合、これまでとは基準金利の性格が異なってきます。また、LIBORはロンドン時間の午前11時のレートが公表されていますが、今後、各通貨の代替金利指標は各国・地域で公表されることになりますので、公表時刻に時差が生じることになるなど、取引実務に一定の影響を及ぼすことになります。こうした点も含めて市場慣行のあり方を検討していくことが必要となるでしょう。

公的部門の役割

これらの民間個別プレーヤーおよび市場全体の取り組みに関して、公的部門としては、LIBORの公表停止前後を通じて金融市場における円滑な価格形成や金融取引の安定を確保する観点が重要になります(図表8)。そのため、民間個別プレーヤーの取り組みに関していえば、金融機関の対応をしっかり促していく必要があります。この点、私ども日本銀行では、先ごろ金融機関におけるLIBORの利用や体制整備の状況に関して金融庁と合同調査を行いました。

また、市場全体の取り組みに関しては、公的部門がコーディネーター兼ファシリテーターとして役割を果たすことが重要と考えられます。今般の金利指標改革に当たっては、LIBORを中心に構築された様々な制度・慣行について、同時並行的に見直しを進めていく必要があります。このような複雑なプロセスについては、公的部門が多様な関係者の異なる視点を調整しながら進めていくことが求められます。日本銀行は、引き続き、中央銀行として、また、「日本円金利指標に関する検討委員会」の事務局として、金融庁とも連携して、こうした観点から金利指標改革をしっかりとサポートしてまいりたいと考えています。

2021年末に向けて

以上の民間および公的部門の対応にあたっては、LIBORの公表停止が見込まれる2021年末に至るタイムラインを意識することが何よりも肝要です。この先、2年弱という時間は、民間個別プレーヤーの業務見直しや顧客対応、市場慣行の見直しといった膨大な作業を踏まえると決して長くありません。これまでの検討の成果も活用して、金利指標改革を成し遂げるためには、民間および公的部門のすべての関係者が、今一度2021年末という時限性を強く念頭に置き、適切に連携しながら、各々の対応を着実に進めていく必要があります。

6.おわりに――東京金融市場の魅力向上に向けて――

ここまでご説明したとおり、LIBORに代わる新しい金利指標の枠組みに移行するという共通の目標に対して、民間部門・公的部門が連携して、真剣に向き合うことが求められます。本日お越しの皆さんも含めて、関係者の多大な労力・コストを投入して金利指標改革を実現することで何を目指すのか、最後にこの点についてお話しさせていただきたいと思います。

金利指標は、経済主体が金融経済活動を行ううえでの重要なインフラストラクチャーのひとつです。経済・金融に様々なショックが生じても機能し続け、不正操作の生じる余地のない「信頼性」と「頑健性」を備えた円の金利指標を構築することは、わが国の金融システムの安定を維持し続けるうえで不可欠のピースと言ってよいでしょう。信頼性が高く、頑健な金利指標の構築は、既存の金融市場のインフラストラクチャーなどとともに、東京市場の機能強化、ひいては国際金融市場として、また、円のマザーマーケットとしての魅力向上につながるものと考えられます(図表9)。

このような東京金融市場の魅力向上の取り組みには、市場慣行の分野に絞っても、実例がいくつもあります。その一部を紹介しますと、1990年代以降、円の国際化や証券取引のグローバル化が謳われる中、国債決済期間の短縮が進められました。これは、決済期間短縮による決済リスクの削減と、国債の迅速な資金化という利便性の向上の両面から、日本の国債市場の魅力向上に資するものです。長年にわたり、市場参加者や市場インフラ機関、公的部門が連携した継続的な取り組みの末、2018年5月に、国債決済のT+1化とそれに伴う市場慣行の整備が実現しています。

また、株式市場においては、2014年2月には金融庁によって、いわゆる「日本版スチュワードシップ・コード」が、2015年6月には東京証券取引所によって、「コーポレートガバナンス・コード」がそれぞれ制定されました。これらを通じて、機関投資家と投資先企業との建設的な「目的を持った対話」、すなわちエンゲージメントの深化と、上場企業のガバナンスの強化が図られています。

そのほか、外国為替市場では、2017年5月に、市場参加者が守るべき行動原則を取りまとめた「グローバル外為行動規範」が公表されました。東京市場では、多くの市場参加者の遵守宣言が得られており、世界各国の為替市場の中でも、高い批准数を誇っています。これは、東京市場の参加者自身の規律意識の高さを示すものと言え、東京市場の信頼性向上に資するものと考えられます。

今後、経済や金融のグローバル化やデジタル化がさらに深化していくもとで、東京市場が機能を強化し、国際金融市場としての魅力を高めることは、わが国経済の発展を金融面からしっかり支えることに繋がっていくものと考えています。日本銀行としても、金利指標改革の取り組みのみならず、様々な分野で金融市場のインフラストラクチャーの整備に努めてまいります。

ご清聴ありがとうございました。