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【講演】新型コロナウイルス感染症:金融経済情勢と日本銀行の対応 内外情勢調査会におけるWeb Live講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年5月14日

1.はじめに

新型コロナウイルス感染症の大流行は、世界中に大きな影響を与えています。感染症は多くの人々の命を奪い、今なお闘病されている方が多数いらっしゃいます。亡くなられた方々に哀悼の意を表しますとともに、懸命に対応されている医療従事者の皆様と、人々の生活を支えるために働かれている皆様に心から感謝申し上げます。

現在、さらなる感染症の拡大を食い止めるため、各国・地域で懸命な取り組みが続けられています。また、世界経済は活動の抑制によって大きな打撃を被っており、世界中の政府・中央銀行がそのショックに対処するために迅速かつ大規模な対応をしています。わが国でも、政府は緊急事態宣言を発出するとともに、事業規模117兆円の緊急経済対策を策定しています。日本銀行も、2会合連続で金融緩和の強化を決定しました。本日は、感染症が内外の金融経済に及ぼす影響と先行きの見通し、日本銀行の政策対応についてお話しします。

2.新型コロナウイルス感染症拡大を受けた内外金融経済情勢

経済・物価情勢と先行きの見通し

新型コロナウイルス感染症は、中国で流行したあと、アジアや欧州、米国など世界中で急速に拡大しました。各国・地域で外出・出入国制限や営業・生産活動の停止措置などの感染拡大防止策がとられている結果、社会経済活動が大きく制約されています。このため、世界経済は急速に落ち込み、わが国の景気は厳しさを増しています。

日本銀行では、4月末の「展望レポート」で経済・物価の先行きの見通しを公表しました。ポイントは3つあります。第1に、感染症拡大の影響が和らぐまで、世界中で経済活動が抑制されるため、経済への下押し圧力は極めて大きいことです(図表1)。IMFは、2020年の世界経済について、▲3.0%というリーマン・ショック時を超える大幅なマイナス成長を予想しています。日本銀行も、2020年度のわが国の成長率について、▲5.0~▲3.0%と、大きなマイナスを見込んでいます。物価も、当面、感染症の拡大や原油価格の下落などの影響を受けて弱含むとみています。

第2に、感染症拡大の影響が和らいでいけば、経済は改善に向かうと想定されることです。実際、感染症の流行が落ち着いてきた中国では、経済活動に持ち直しの動きもみられています。もちろん、後で申し上げるように、経済の先行きは極めて不確実性が大きいですが、今回の見通しにおいては、IMFの標準シナリオと概ね同様に、感染症拡大の影響が、世界的にみて、本年後半にかけて和らいでいくことを前提としています。こうした前提のもとで、海外経済は、積極的なマクロ経済政策の効果にも支えられ、本年後半頃から成長ペースが高まっていくとみられます。IMFは2021年の世界経済の成長率を+5.8%と見込んでいます。わが国経済も、内外で感染症拡大の影響が和らいでいけば、ペントアップ需要の顕在化や挽回生産が予想されることに加え、緩和的な金融環境や政府の大規模な経済対策にも支えられて、改善していくと考えられます。日本銀行は2021年度のわが国の成長率を+2.8~+3.9%と見込んでいます。物価も、景気が改善していくもとで、徐々に上昇率を高めていくと考えています。

第3に、こうした経済・物価見通しの不確実性は極めて高く、下振れリスクも大きいことです。まず、感染症拡大の収束までの期間が非常に不透明です。また、通常の景気後退とは異なる経済活動の抑制の影響を予測する難しさがあります。感染症拡大が収束した後の経済の改善ペースも不確実です。さらに、日本銀行の見通しは、感染症拡大の影響が収束するまで、企業や家計の中長期的な成長期待が大きく低下しないことを前提としていますが、そうした前提にも大きな不確実性があります。加えて、以上の見通しには、もう一つ大事な前提があります。それは、金融システムの安定性や緩和的な金融環境が維持され、金融面から実体経済への下押し圧力が強まることは回避されるという前提です。

金融市場・金融情勢

そこで次に、金融面の動向を確認したいと思います。国際金融資本市場は、2月下旬以降、世界的に投資家のリスクセンチメントが悪化し、株価が暴落するなど、急速に不安定化しました。CP・社債市場を含め、クレジット資産の価格も大幅に下落し、直接金融の割合が大きい国を中心に、企業金融面にも大きな影響が及んでいます。世界経済の不透明感の高まりと、感染症に対する不安感が、安全資産への需要、特に米ドルへの予備的需要を急激に高めました。このため、ドル調達コストのプレミアムはリーマン・ショック以来の水準まで拡大しました。こうした状況に対して、各国・地域の政府・中央銀行が、リーマン・ショック時の教訓も踏まえ、迅速かつ積極的な対応をとった結果、金融市場は幾分落ち着いてきています。もっとも、多くの市場で、分散勤務体制への移行の影響もあって機能度が低下した状態が続いており、投資家のリスクセンチメントも依然として慎重です。グローバルな金融システムには強いストレスがかかり続けています。

こうした情勢は、わが国も同様です。金融仲介において主要な役割を担う預金取扱金融機関は、積極的な貸出姿勢を維持しており、今のところ、信用収縮は回避されています。しかし、売上げや収益の減少などから、大企業・中小企業とも資金繰りが悪化し、CP発行レートが上昇するなど、企業金融面の緩和度合いは低下しています。景気が厳しさを増す中、わが国の金融システムにかかるストレスは高まっており、一段と注意が必要な情勢です。金融市場もひと頃の緊張は幾分緩和していますが、流動性は低下しており、引き続き神経質な状況にあります。

3.日本銀行の対応

次に、こうした情勢を踏まえた日本銀行の対応についてお話しします。わが国にとって最優先の課題は感染症の拡大を抑え込むことですが、経済政策面では、感染症拡大の収束に目途がつくまで、雇用・事業・国民生活を守ることが何よりも大事です。その際、日本銀行の政策対応としては、金融面から実体経済への下押し圧力が強まることのないようにすることが重要と考えています。

金融政策面の対応

最初に、金融政策面の対応です。必要なことは、企業や事業者などが資金調達面から困難に陥るのを防ぐとともに、金融市場の安定を確保することによって、市場参加者や国民に安心感を与えることです。こうした観点から、日本銀行は、3月および4月に、金融緩和の強化を決定しました(図表2)。

まず、資金調達の円滑を確保する措置として、(1)CP・社債等の買入れの増額、(2)新型コロナ対応金融支援特別オペの新設・拡充、の2つを決定・実施しています。CP・社債等の買入れは、従来の約5兆円から、4倍の約20兆円まで買入れ得ることとしました。わが国のCP市場は20兆円台、国内公募社債市場は60兆円弱ですから、市場規模対比でかなりの規模の買入れが可能です。2つめの新型コロナ対応金融支援特別オペは、金融機関が幅広く民間部門に対して金融仲介機能を発揮することを促すため、日本銀行から金融機関に対して有利な条件で資金供給を行う仕組みです。さらに、4月会合では、政府の緊急経済対策を踏まえて行われる中小企業等への貸出等を対象に、日本銀行が金融機関に対して有利な条件でバックファイナンスを行う新たな資金供給手段を、早急に検討することとしました。中小企業等の資金繰りを一層支援することが狙いです。

次に、金融市場の安定維持を主目的に、3つの対応を行っています。第1に、主要6中央銀行の合意に基づくドルオペの拡充、第2に、ETF、J-REIT買入れの積極化、第3に、国債のさらなる積極的な買入れです。日本銀行が20兆円を超えるドル資金を供給したことで、国際的に活動する日本の金融機関や企業のドル調達コストははっきりと低下しています。ETFは、当面、従来の2倍の年間約12兆円に相当するペースで買入れることとしており、わが国の株価変動を抑制することに繋がっています。国債については、これまでも大規模な買入れを行っています。もっとも、債券市場の流動性が低下しているもとで、政府の緊急経済対策により国債発行が増加することの影響も踏まえ、債券市場の安定を維持し、イールドカーブ全体を低位で安定させる観点から、長期国債、短期国債ともにさらに積極的な買入れを行うこととしました。これに伴って、長期国債の買入れは、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、金額に上限を設けずに、必要な金額の買入れを実施することを明確にしました。こうした金融緩和措置は、緊急経済対策をはじめとした政府の積極的な財政措置と相俟って、いわゆる、「ポリシーミックス」の効果を高めていくものと期待しています。

日本銀行の金融緩和強化は、国際協調の枠組みの中にも位置付けられます。各国・地域の中央銀行は、3月以降、様々なレベルで情報交換を頻繁に行っており、ドルオペの拡充は国際協調の賜物とも言えます。もちろん、金融緩和措置の具体的な内容や規模は、各国の金融情勢や金融制度・市場構造の違いに応じて異なります。しかし、今回の各国・地域の中央銀行の対応は、感染症の拡大がもたらすグローバルな危機に対して、第1に、資産買入れの増額などで、大規模に流動性を供給することで、金融市場の安定を図る、第2に、貸出を支援する資金供給やCP・社債の買入れなどにより、企業等の資金調達の円滑を確保する、という2つの点で共通しています。

金融システム面・業務運営面の対応

次に、金融システムの安定確保に向けた対応です。金融システムの安定は、企業等の資金調達を支え、金融政策が最大限効果を発揮する大前提です。この面でも、国際的な協調が図られています。金融機関の資本や流動性に大きなストレスがかかっていることを踏まえ、健全性基準の柔軟な運用や、規制監督にかかる実務負担の軽減を行っています。バーゼルIII完全実施の1年延期が合意されたほか、規制上の資本・流動性バッファーの取崩しも奨励しています。4月初に、金融庁と日本銀行が公表したレバレッジ比率規制の緩和もこの一環で、貸出余力を広げるものです。金融機関は資本・流動性の両面で相応に強いストレス耐性を備えており、わが国の金融システムは全体として安定性を維持しています。ただし、感染症拡大の影響が長引いた場合には、実体経済の悪化が金融システムの安定性に影響を及ぼし、それが実体経済へのさらなる下押し圧力として作用するリスクがあります。現時点で、こうしたリスクは大きくないと判断していますが、先行きの動向を注視していく必要があります。

最後に業務運営面の対応です。緊急事態宣言が発出されたもとで、日本銀行は、感染症拡大防止のために業務の一部を縮退しつつも、指定公共機関として、金融機能の維持と資金決済の円滑確保といった、中央銀行として必要な業務を継続して行う体制を整備しています。今後も、国民生活に不可欠な中央銀行業務をしっかりと遂行していく考えです。

先行きの政策運営の考え方

以上の日本銀行による対応は、新型コロナウイルス感染症拡大への政府の各種対策や各国・地域の政府・中央銀行による様々な対応と相俟って、金融経済活動の下支えに貢献するものと考えています。そのうえで、日本銀行としては、当面、新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる方針です。また、その間、政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しています。

最後に、日本銀行の使命である物価の安定と先行きの金融政策運営についての考え方をお話しします。グローバルな感染症拡大の影響と、原油価格の大幅な下落という、極めて大きなショックが加わるもとで、わが国の物価は、当面、弱含むとみており、2%の「物価安定の目標」の実現も、見通し期間を超えて、かなりの時間がかかると考えています。物価のモメンタムはいったん損なわれた状況にあると判断しており、3月、4月と追加緩和を実施しました。もっとも、内外で感染症拡大の影響が和らいでいけば、経済が改善していくもとで、物価も徐々に上昇率を高めていくとみています。時間はかかるものの、日本銀行が、「物価安定の目標」の実現を目指していることには変わりがありません。日本銀行としては、現在の局面では、緩和的な金融環境を維持し、金融・経済の安定確保に努めることが、感染症拡大の影響が収束した後に、わが国経済が「物価安定の目標」の実現に向かっていくためにも極めて重要と考えています。

4.おわりに

以上、感染症が内外の金融経済に及ぼす影響と先行きの見通し、日本銀行の政策対応についてご説明しました。感染症による危機は、世界中の人々にとって非常に厳しい挑戦ですが、歴史を振り返れば、14世紀の欧州におけるペストや20世紀初のスペイン風邪など、人類は感染症の大流行との闘いを繰り返し、乗り越えてきました。経済学界では、過去の経験から何が学べるかの分析が始まっています。そのうちの一つに、スペイン風邪流行時の米国の地域データを分析したFRBエコノミスト等による論文があります1。同論文によると、休業要請等の公衆衛生上の対策がしっかりと打ち出された地域ほど、その後の景気回復が顕著で、公衆衛生上の対策による負の経済効果を上回ったとの結果が示されています。その後の経済のグローバル化の進展などを踏まえると、この結論を、今回のケースに単純に当てはめることはできませんが、現在、わが国が導入しているような公衆衛生上の対策が、長い目で見れば、プラスの経済効果を持つ可能性も期待できることは、心強く思われます。

また、今回の危機については、どうすればこの危機の経験を前向きな力に変えていくことができるかという視点も大事です。外出制限時の様々な情報通信技術の活用が、デジタル分野などにプラスの影響を及ぼせば、中長期的な成長期待を高める可能性もあります。これまで、情報通信技術の進展については、これが経済全体の生産性向上に繋がっていないという議論も聞かれました。その理由の一つには、情報通信技術が持つ潜在的な力を我々が完全には活用しきれていないことがあると思います。今回、外出自粛のもとでも、情報通信技術を最大限に活用して、在宅勤務や社会活動を続ける動きが現れています。改めて情報通信技術が持つ大きな可能性が認識されたように感じます。こうしたイノベーションの促進を、危機の収束後に、経済全体の生産性向上に繋げることができれば、危機の経験を前向きな力に変えることができると考えています。

そのためにも、当面の最優先課題は、一刻も早く感染症拡大を抑え込むことであり、それまで、雇用・事業・国民生活を守ることです。この間、日本銀行が果たすべき役割は、資金調達の円滑確保と金融市場の安定維持であり、そのためには、政府や海外当局ともしっかり連携しながら、中央銀行として出来ることを何でもやる覚悟です。

ご清聴ありがとうございました。

  1. Correia, S., Luck, S., and Verner, E., “Pandemics Depress the Economy, Public Health Interventions Do Not: Evidence from the 1918 Flu,” Working Paper, 2020.